義姉に溺れる夫へ。私はあなたの従兄と再婚するわ

義姉に溺れる夫へ。私はあなたの従兄と再婚するわ

作家:  林檎たった今更新されました
言語: Japanese
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概要

現代

浮気・不倫

離婚後

CEO・社長・御曹司

独立

天才

上野柚希(うえの ゆずき)は、桐生柊馬(きりゅう しゅうま)の最も卑劣な裏切りを目の当たりにした。柊馬はあろうことか兄の妻である桐生莉奈(きりゅう りな)を妊娠させておきながら、なおも平然と言い放ったのだ。 「お前には子供が産めないだろ?でも、桐生家の跡継ぎは、誰かが残さなきゃならないんだから」 なんて皮肉なのだろう。かつて自分の前に何度もひざまずき、「子供なんていらない。俺だって、パイプカットを受けるよ。お前さえいてくれればいいんだ」そう誓ったのも、同じ男だったのに。愛が嘘だったというのなら、もう情けを残してやる必要もない。 その夜、柚希は誰もが恐れて、決して自分からは関わろうとしない番号へ電話をかけた。そして……海鳴市を支配する、誰ひとり逆らえない男のもとへ嫁ぐ道を選んだのだ。 柚希と柊馬が再び顔を合わせたのは、柚希の結婚式だった。 その時になってようやく、柊馬は目に涙を浮かべ、柚希の前に跪いた。「柚希……俺が間違ってた。なあ、頼むから、俺の方を一度だけ見てくれ。少しでいいんだ……」 だが、柚希は一歩後ろに下がった。すると、ちょうどその後ろに立っていた男の胸の中に収まる。「閻魔」の異名で恐れられ、海鳴市の裏も表も支配すると噂される男、桐生炎真(きりゅう えんま)。彼は柚希の腰を引き寄せると、刃のように冷えた声で言い放った。 「自分の立場を忘れたようだな。こいつは俺の妻だ。お前の兄嫁になるんだぞ」

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第1話

第1話

「柊馬、莉奈さんのお腹の子……あなたの子なの?」

桐生柊馬(きりゅう しゅうま)を問い詰める上野柚希(うえの ゆずき)の顔は、血の気が感じられないほど、青ざめていた。

7ヶ月前、柊馬の兄が事故で他界した。旦那を亡くし、さらには身重だった桐生莉奈(きりゅう りな)を、柚希は放っておけず、献身的に支えてきたというのに……こんなのは、あまりにも酷すぎる!

ずっと自分を誰よりも大事にしてくれていたあの柊馬が、まさか他の女に走るなんて。そんなこと、柚希は思ってもみなかった。

「はっきり答えて!」

震える声で、ソファに座る男を睨みつける。

部屋の明かりが彼の眉間に濃い影を落とした。いつもの余裕と気品に満ちた姿は消え、そこにあったのは、息苦しいほど張り詰めた重苦しい空気だけだった。

柊馬が深いため息をつく。

「柚希、少しは落ち着け。

桐生家には……跡継ぎが必要なんだ」

その言葉は、まるで刃物のように柚希の胸を貫いた。

3年前、柊馬を庇った事故で、柚希は子宮に深い傷を負い、そのせいで、もう子どもを望めない身体になってしまっていた。

あの時、柊馬は病院のベッドで誓ってくれたのに。「俺には、お前がいればそれでいい。子供なんて一生いらないから」と。

「跡継ぎ?」柚希は引きつった笑いを漏らし、目からは涙が溢れてくる。「だから、莉奈さんを抱いたの?柊馬……あなたって、本当最低!」

パシッ。

柚希の頬に、突然痛みが走った。

柊馬の母親である桐生洋子(きりゅう ようこ)が嫌悪に満ちた声で吐き捨てる。「育ちが悪いくせに、よくそんな口が利けるわね。兄がもういないのであれば、弟が穴を埋めるのは当然のことでしょ?あなたに口を挟む権利なんてないんだから。

そもそもあなた、子供も産めない不良品でしょ?なのに、よくそんなこと言えたものね。柊馬に追い出されないだけでも、ありがたいと思いなさいよ!」

子供が産めない不良品?

頬を押さえながら柊馬を見た。信じられなかった。まさか、彼までそう思っていたなんて……

それに、ありがたいと思えだって?

柊馬が自分を見捨てないことは、そんなにも感謝すべきことなのか?

そもそも、無理に結婚したがったのは自分の方だっただろうか?違う……何度も頭を下げて、必死に結婚を望んだのは、柊馬の方だったくせに!

子供なんていらないと誓い続けたのも柊馬なのだ!

パイプカット手術の書類を差し出して、必死に結婚を迫ったのも!その書類だって、今も金庫の中に残っている……

柚希の赤い頬を見て、柊馬は心を痛める素振りを見せたが、最後にはこう言い放った。

「兄さんがいなくなった以上、桐生家の責任は俺にあるんだから、現実を受け入れろ。それに、お前は子供が産めない……仕方ないんだ。

柚希、お前は子供が好きだったよな?莉奈との子供が産まれたら、俺たちの子供として迎え入れればいい。三人で幸せに暮らそう」

「あのさ……」

柚希は苛立ちから、もう吐きそうだった。「じゃあ、私は感謝でもしなきゃいけないわけ?出産の辛さもなく、母親にしてくれてありがとうって」

「……柚希、俺は真剣に話してるのに、なんでそんな言い方しかできないんだよ?」

柊馬は不快感から、眉間に皺を寄せる。

「本当、生意気な子だね!子供をあげるって言ってるのに、まだ文句があるの?」

洋子が近づいてきて、柚希を思いきり家の外まで押し出した。「出て行って!外で頭を冷やして、桐生家の嫁としてどう振る舞うべきか、ちゃんと考えなさい。分からないなら、二度と戻ってこなくていいから!」

深夜10時過ぎ。雪が降りしきり、外の気温は氷点下を大きく下回っていた。

こんな薄着の自分を、外に放り出す気なのか?

柚希はすがる思いで柊馬を見たが、彼の視線は複雑に濁ったままだった。

柊馬は眉間を揉み、迷う素振りを見せながらも、最後には……柚希から目をそらす。

どうやら、黙認することを選んだらしい。

自分の母親の肩を持ち、そのやり方を拒まなかった。

バタンッ。

重厚なドアが目の前で閉められ、鍵がかかる冷たい音が耳に響く。

一瞬にして、骨まで凍るような寒さが柚希を包み込んだ。

柚希は魂が抜けた人形のように、冷たい石段の上で固まった。

一緒に暮らし始めて3年……

柊馬は、確かに愛してくれていたはずだった。

寝ている間に布団がはだけるたび、柊馬は何度もかけ直してくれた。

ただ雑誌で新作の鞄を見ていただけなのに、翌日にはクローゼットに並べてくれた。

旅嫌いな柊馬だったのに、自分が望めばすぐに仕事を放り出して、どこへでも連れて行ってくれた。

このまま二人で一生を添い遂げるのだと、疑いもしなかった……

だが結局……柊馬の愛情なんて、桐生家の「責任」だの「跡継ぎ」だのという現実の前では、あまりにも脆いものだった。

自分と「桐生家の責任」を天秤にかけたとき、彼は話し合うことすらせず、迷いなく自分を切り捨てたのだから。

柊馬は思い込んでいるのだ。故郷を離れて海鳴市へ嫁いできた自分に、この街では頼れる相手も帰る場所もないことを。

それに、自分が柊馬を愛しているから、簡単には離れられないと。だから、どれだけ傷つこうと、どれだけ惨めでも、最後には涙を呑んで、莉奈が産んだ子供を受け入れると高を括っているのだ。

そして何より、彼が頷かない限り、自分が離れていくことはできない……柊馬は、そう信じきっていた。

だが、柊馬は一つ忘れている。

洋子に言われ無理やり式は挙げたものの、婚姻届はまだ提出していないのだ。

だから法律上、自分は桐生家とは一切関係ない他人だった。

柚希はふっと笑みを漏らした。異様なほど澄み切っている彼女の瞳に残っていたのは、すべてを断ち切る覚悟だけ。

柊馬。

もう、あなたなんかいらない。

柚希はスマホを取り出し、かじかむ指で長いことかけていなかった番号へ発信した。

静かに口を開く。「あの時の話、まだ有効かな?炎真」

――

「奥様、柊馬様。柚希様は車に乗ってどこかへ行ってしまいましたよ……」桐生家の家政婦である山崎恵(やまざき めぐみ)は恐る恐る言った。

「行った?」

洋子は鼻で笑った。「謝りにも来ないで、本当に出て行ったっていうの?頭がおかしいんじゃない?」

「で、でも……今回は、確かにやりすぎかと。私も見てて、心が痛みましたから……

柊馬様。追いかけた方がよろしいのではないでしょうか?今なら、まだ間に合いますよ」

柊馬は外の雪を眺めながら、不快そうに首を振る。「放っておけ」

柚希の性格なら、寂しさに耐えられず戻ってくるはずだ。

それに、単に意地を張っているだけだから、頭が冷えれば、勝手に戻ってくるだろう。

「放っておけばいいのよ。どうせ、明日になれば戻ってくるはずなんだから!」

洋子は、謝ってくる柚希の姿を思い浮かべ、得意そうに言う。「戻ってきたって許さないんだから。二度と生意気な口が利けないよう、きつく教えてやるのよ。

柊馬、あなたが甘やかしすぎなのよ。もう少し、厳しくするべきだわ。

戻ってきたら、あの子にはベビーシッターの勉強でもさせなさい。莉奈ちゃんは身体が弱いから、あの子にやらせればいいわ。それくらい、桐生家のためにしてもらわないとね」

その言葉に恵は息を呑んだ。あまりに酷い言いように、胸がぎゅっと締めつけられる。ここまで踏みにじられて……それでも、柚希様はまだ黙って耐え続けるつもりなのだろうか。

恵には分からなかった。これまでだって、柚希はどれほど辛くても、ずっと黙って耐えてきていたから……

――

翌朝、雪はまだ降り続いていた。

重厚なロールス・ロイス・ファントムが雪を掻き分け、桐生家の門前に停まる。

車から降りてきた柚希。その手には婚姻届受理証明書が握られていた。

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「柊馬、莉奈さんのお腹の子……あなたの子なの?」桐生柊馬(きりゅう しゅうま)を問い詰める上野柚希(うえの ゆずき)の顔は、血の気が感じられないほど、青ざめていた。7ヶ月前、柊馬の兄が事故で他界した。旦那を亡くし、さらには身重だった桐生莉奈(きりゅう りな)を、柚希は放っておけず、献身的に支えてきたというのに……こんなのは、あまりにも酷すぎる!ずっと自分を誰よりも大事にしてくれていたあの柊馬が、まさか他の女に走るなんて。そんなこと、柚希は思ってもみなかった。「はっきり答えて!」震える声で、ソファに座る男を睨みつける。部屋の明かりが彼の眉間に濃い影を落とした。いつもの余裕と気品に満ちた姿は消え、そこにあったのは、息苦しいほど張り詰めた重苦しい空気だけだった。柊馬が深いため息をつく。「柚希、少しは落ち着け。桐生家には……跡継ぎが必要なんだ」その言葉は、まるで刃物のように柚希の胸を貫いた。3年前、柊馬を庇った事故で、柚希は子宮に深い傷を負い、そのせいで、もう子どもを望めない身体になってしまっていた。あの時、柊馬は病院のベッドで誓ってくれたのに。「俺には、お前がいればそれでいい。子供なんて一生いらないから」と。「跡継ぎ?」柚希は引きつった笑いを漏らし、目からは涙が溢れてくる。「だから、莉奈さんを抱いたの?柊馬……あなたって、本当最低!」パシッ。柚希の頬に、突然痛みが走った。柊馬の母親である桐生洋子(きりゅう ようこ)が嫌悪に満ちた声で吐き捨てる。「育ちが悪いくせに、よくそんな口が利けるわね。兄がもういないのであれば、弟が穴を埋めるのは当然のことでしょ?あなたに口を挟む権利なんてないんだから。そもそもあなた、子供も産めない不良品でしょ?なのに、よくそんなこと言えたものね。柊馬に追い出されないだけでも、ありがたいと思いなさいよ!」子供が産めない不良品?頬を押さえながら柊馬を見た。信じられなかった。まさか、彼までそう思っていたなんて……それに、ありがたいと思えだって?柊馬が自分を見捨てないことは、そんなにも感謝すべきことなのか?そもそも、無理に結婚したがったのは自分の方だっただろうか?違う……何度も頭を下げて、必死に結婚を望んだのは、柊馬の方だったくせに!子供なんていらないと誓い続けたのも
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第2話
柚希が戻ってきたのは、自分の荷物を持っていくためだった。玄関に足を踏み入れた瞬間、聞こえてきた耳障りな笑い声。普段は寡黙で滅多に笑わない柊馬が、どうやら莉奈の隣に座り、ジョークを言って彼女を笑わせているよだ。「クシュンッ!」莉奈がわざとらしいくしゃみをした。「寒いのか?」柊馬はすぐに、自分自身のジャケットを脱ぎ、莉奈の肩に優しく掛ける。顔を上げた莉奈と柊馬の目が合い、鼻先が触れそうな距離になった。一瞬、そこだけ時間が止まったかのようだった。二人だけの甘くて、曖昧な雰囲気……玄関でその様子を見ていた柚希は、無言で唇の端を少しだけ歪ませた。柊馬が莉奈に見せる行き過ぎた献身や庇護を、兄を亡くしたがゆえの純粋な責任感だと思い込んでいたのだが、それはどうやら違うらしい。実のところ……二人の間には、もう何かが芽生えているようだ。「ゆ、柚希ちゃん?」柚希に気づいた莉奈が目を大きく見開き、狼狽えながら口を開く。「こ、これは違うの。私が寒くないようにって、柊馬くんが気を遣ってくれただけで……」気遣い、か。柚希は心の中で笑った。暖房が効いてこんなにも暖かい室内なのに、莉奈のくしゃみひとつでそんなに慌てるなら、昨夜、薄着のまま雪の中に放り出された自分のことは心配しなかったのだろうか?まあ、もうどうでもいい。こんな茶番劇を見るのも嫌だった柚希は、何も言わずにリビングを通り抜け、そのまま階段を上った。3年間の結婚生活。物はたくさんあったが、柚希が持っていこうと思ったものは、スーツケースひとつ分に収まった。柊馬から贈られたダイヤモンドのネックレスや限定品のバッグ、それからラブレター……それらはすべてゴミ箱に投げ入れる。あんな最低な人間からもらったものを残しておいて、自分が不快な思いをする必要はどこにもない。婚姻届受理証明書をスーツケースの隙間に挟み、ファスナーを閉めようと立ち上がった瞬間、猛烈なめまいに襲われた柚希。危うく倒れてしまいそうになったが、なんとかスーツケースの取っ手を掴み、その場に踏みとどまった。やはり、体調を崩したか。昨夜あんな薄着で雪の中にいたのだから、無理もないだろう。炎真の家へ行く前に、病院へ寄らなければ。柚希はめまいを堪えながら、スーツケースを引いて玄関へと向かった
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第3話
豪華なVIP病室。病室のベッドの上で、莉奈は柊馬がいれてくれた温かいお茶を、ゆっくり飲んでいた。「ねえ、柊馬くん。家政婦さんから聞いたんだけど、今朝柚希ちゃんが乗ってきた車、ロールス・ロイスだったんだって。それに、昨日の夜だって、ずっと帰ってこなかったでしょ?もしかしてさ……怒って誰かと……」「そんなことはないよ」柊馬は顔も上げず、不器用に林檎の皮を剥きながら、はっきりと言った。「柚希は絶対に、俺を裏切るような真似なんかしない。それに今日はこれから二人で籍を入れにいくんだから」「籍を入れるの?」驚いた莉奈の瞳の奥で、激しい嫉妬の炎が燃え上がる。自分の夫はもうこの世から去ってしまった。それに今は、柊馬がお腹にいる子の父親だというのに、どうして柚希はいつも自分から柊馬を奪っていくのか。黙って柊馬を自分に譲ってくれればいいのに!その時、携帯の着信音が鳴った。電話口から聞こえてきたのは、洋子の怒ったような声。「柊馬!柚希ったら、スーツケースを持って家を出て行くなんて、一体どういうつもり?!あの子がいなくなったら、誰が家のことをするっていうの?それに、入院している莉奈ちゃんには、誰が荷物を届けるのよ!」「柚希が家を出ていった?」林檎を剥く手を止めた柊馬は、驚きの表情で固まった。今日入籍しようと約束していたはずなのに、これはどういうことなんだ?「柚希ちゃんってそんな感じなのね。柊馬くんと入籍するって決まったのに、何が不満なんだろう?柊馬くんに大切にしてもらえるだけで、幸せなのに……私なんか……もう旦那すらいないのに……」俯いた莉奈の目から、シーツの上に涙が溢れた。「でも、いいの。柊馬くん、早く柚希ちゃんのところに行ってあげて。私は大丈夫だから。もし、体調が悪くなっても、ナースコールがあるし……なんとかなるよ」柊馬は、傷つきながらも健気に耐え、すべてを受け入れようとする莉奈を見つめる。彼女は、こんなに理解してくれるのに、柚希ときたらいつも騒ぎを大きくするばかり……そう思った瞬間、抑えていた怒りが一気に込み上げてきた。母さんが言っていた通り、自分はどうやら柚希を甘やかしすぎていたようだ。あいつは妊娠している莉奈を思いやらないどころか、こんな時に嫉妬で家出をするなんて。全く理解ができない。柊馬の顔色がふっと暗
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第4話
翌日。FSグループの社長室では、苛立った様子の柊馬がファイルをデスクに放り投げ、指先でこれまた高級な木製の机を叩いていた。「柚希はまだ出社してこないのか?」柊馬の秘書は俯いて答える。「はい。柚希さんは……3日ほど出社しておりません」柊馬の眉間に深い皺が寄った。カードを止めたというのに、柚希はこの数日間どうやってしのいでいるんだ?お腹を空かせて、路頭に迷っているのだろうか?それとも野良猫のようにどこかの角で震えているのか……そんな光景を想像するだけで、柊馬の胸は締め付けられた。自分があまりにも甘やかしてきたせいだ。だから柚希はこんなにも頑なになり、どれほど辛い目に遭っても、自分から折れようとはしないのだろう。柊馬は疲れ切った様子で眉間を押さえ、仕方がないというように溜め息をついた。「居場所を調べろ。連れ戻しに行くから」「柊馬くん!」社長室のドアが勢いよく開けられ、妊娠7ヶ月目の膨らんだお腹を抱えた莉奈が、焦りを浮かべた顔で入ってきた。その手にはダイヤが輝く指輪が握られている。「友達とショッピングしてたら、この指輪をつけてた女性を見つけて……私、一目で、柊馬くんが柚希ちゃんに贈った結婚指輪だって分かったの!だって、柊馬くんが、結婚式の時にオーダーメイドで作った、世界に一つだけの指輪だったから。だから、慌ててその人に、どこで手に入れたのか聞いてみると……」莉奈は言葉を濁し、困ったような表情を浮かべた。「その人が言うには……中古品の店で購入したらしい」パキッ。柊馬の手元にあった高級万年筆が、怒りによって真っ二つに折れた。柊馬の顔色がみるみるうちに変わり、こめかみには血管が浮かび上がった。唇を震わせ、言葉を吐き出す。「柚希……やってくれたな」自分は柚希が苦労していないか心配していたというのに、よりによって自分が贈った結婚指輪を売ってお金に換えていたとは。「柊馬くん、全部私のせいだよね……私のせいで、柚希ちゃんはこんなこと……」莉奈はわざとらしく涙を拭いながら、同情するように言った。「……結婚指輪なんて、二人の愛の証なのに。それを売っちゃうなんて、別れるつもりなのかな?」「別れる……?」柊馬はまるで馬鹿げたことでも聞いたかのように、鼻で笑ったが、その瞳の奥には恐ろしい怒りが渦巻いている。「柚希は俺に
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第5話
「柚希!」柊馬は青ざめた顔でそう叫ぶと、なりふり構わず柚希を追いかけて走り出した。レストランを出たところで、柚希はすぐさま健一に電話をかけた。「もしもし、健一さん。ちょっとしたアクシデントで契約がキャンセルになったので、直接挙式場のチェックに行きます。担当者の連絡先を教えていただけますか?」「奥様、こちらへどうぞ」柚希が顔を上げると、そこには優しげな笑みを浮かべた健一がエレベーターの前で待っていた。まさか、ずっとここで待っていてくれたなんて。柚希は小さく微笑み、エレベーターへと乗り込む。扉がゆっくりと閉まりかけた時、後を追ってきた柊馬の目に、健一と柚希が二人で並んで立っている姿が飛び込んだ。不審そうに眉をひそめる。「健一がなぜここに?」それを聞いていた店員が、気を利かせて答えた。「桐生社長、健一さんは挙式場の視察でいらっしゃったそうです。今月末、炎真様の結婚式が控えておりますが、ご存知ないのですか?」海外で育った炎真は、6年前に帰国すると、その強烈なやり方で海鳴市のビジネス界を制圧した。あの凄まじい粛清の嵐は、一ヶ月も続いたという。それ以来、業界の人間からは「閻魔」と呼ばれ、畏敬の眼差しを向けられていた。「炎真さんが結婚?」柊馬は驚きを隠せなかった。これまで数多くの名家の令嬢たちがいくら見合いを申し込んでも、一切興味を示さなかったあの人が、なぜ急に結婚を?一体、どれほどの相手だというのだ?驚きながらも、柊馬は慌てて隣のエレベーターのボタンを押した。一刻も早く、柚希を連れ戻さなければならない。なぜなら、炎真の邪魔をし、彼を怒らせるわけにはいかないから。あの人は本当に狂ってる。相手が女であっても容赦はしないだろう。最上階に着き、静かにエレベーターの扉が開いた。健一は体をさっと引く。「奥様、どうぞ。海鳴市を一望する挙式場、『スカイ・ミラー』でございます」柚希は健一の案内で、夢のように美しい挙式場へと足を踏み入れた。時を同じくして、すぐ横のエレベーターも開いた。焦った柊馬が勢いよく飛び出してくる。鋭い視線でフロアを見渡したが、そこに柚希の姿はない。胸が一気に重くなった柊馬は、重々しい足取りで「スカイ・ミラー」の入口へと向かった。柚希は入ってしまったのか?恐れていたことが起きてしまった
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第6話
「奥様。今、炎真様が対応している問題は……かなりややこしくて。もしかしたら、数日どころか、半月は戻ってこないかもしれません」柚希は少し考えた。どうやら、直接話すことは難しそうだ。ラインで伝えるなんて、失礼だとはわかっているが、それ以外に方法がない。柚希は携帯を取り出し、炎真にメッセージを打つ。【忙しい?少しだけでいいから時間作れないかな?話したいことがあるの】送信ボタンを押した。一向に変化がない、トーク画面。そこに表示されているのは、自分が送った緑色のメッセージだけ。ぽつんと取り残されたように画面に残っている。おかしい。仕事のできる炎真は、返信が驚くほど早いことで知られているはずなのに……柚希の口角が自嘲気味にくっと上がった。まあ、当然と言えば当然か。炎真が自分と結婚したのも、ただ柊馬を牽制するため。それに、自分個人に対しては……おそらく昔と変わらず、距離を置き、もしかすると嫌悪感すら抱いているのだろうから。自分がいようといまいと、彼には関係のないことなのだろう。柚希は静かに携帯をしまい、部屋に戻った。サイドテーブルに無造作に指輪を置く。落ち着いたら買い取りに出して、莉奈のせいで無くなった4000万のインセンティブの代わりにしようと思った。「奥様。安眠効果のあるお香をご用意しました。ゆっくりおやすみください」メイドがお香に火をつけると、部屋にはとてもいい香りが漂った。柚希が深い眠りについた頃……夜の静寂に包まれた部屋、ドアが静かに押し開かれる。すらっとした人影がベッドのそばへ近づき、サイドテーブルに置かれた指輪を見下ろした。長く伸びた指が指輪を摘み上げ、掌の奥へと力任せに握り込む。指の関節が白くなるほど、手のひらが強く握り締められた。それはまるで、指輪を粉砕しようとするかのようで、すーっと、男の指の間から血が一筋滴った。その痛みが、怒りでどうにかなりそうな男の衝動を少しだけ鎮める。男はふっと自嘲の笑みを漏らすと、その血で染まった指輪をゴミ箱へと投げ捨てた。まるでガラス細工でも扱うかのように、男は血で濡れた指で、眠る柚希の頬を優しく撫でた。暗闇の中、執着にまみれた眼差しが彼女に絡みつく。「柚希……俺から離れられると思うなよ」――海外に飛ぶのは来月のことだが、この
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第7話
莉奈は突然の平手打ちに完全に面食らい、作りかけていた悲しげな表情すら顔に張り付いたまま固まっていた。頬には焼けつくような痛み……え?何?この女、本当に叩いたの?柊馬も呆気に取られていたが、すぐさま怒りを露わにした。「柚希、気でも狂ったのか?お前がこんなに嫉妬深くて、性根の腐った女だとは知らなかったよ!今のお前、はしたないにもほどがあるぞ!」「あら、そう?で、それがどうしたの?」柚希は気にする様子もなく手首を回すと、冷徹な視線で二人を見つめた。「もう次はないよ。もし、またこんなことしたら、二人まとめてだから」その冷たい瞳と顔の激痛に、莉奈は思わず身をすくませる。弱い者には強く、強い者には弱い。柚希は鼻で笑うと、この汚らわしい二人には目もくれず、ゴミ箱に捨てられたノートパソコンを拾い上げてそのまま歩き出した。「柚希!待て!」柊馬は顔を真っ赤にして叫んだ。「それでも行くって言うなら、もう二度と戻ってくるなよ。AIエモリンクシステムの発表にも、お前の名前は載せてやらないからな!」しかし、そんな脅しは何の意味もなさない。柚希は足を止めることも、一度振り返ることもなく、その場を去った。ドンッ。腹の虫が収まらない柊馬は、力任せに、持っていたジュエリーケースを地面に叩きつけた。和解したかったはずなのに、どうしてこうなってしまったのだ?気力を振り絞って開発部から出た柚希だったが、腰の痛みでまともに立っていられなくなり、壁に手をついた。「柚希さん」雅美は柚希に駆け寄り肩を貸し、同情の視線を向ける。「病院に行きましょう」「ありがとう」——腰を痛めた柚希は、スカイ・ペニンシュラへ戻り、ベッドの上で安静にせざるを得なくなった。部屋の外、廊下には人影が……健一が真剣な面持ちで報告する。「炎真様、調べて参りました。奥様はFSグループで莉奈様から嫌がらせを受け、そして柊馬様は事情も聞かずに莉奈様をかばったらしく……奥様の腰の怪我は、柊馬様に突き飛ばされたのが原因だそうです」「死にたいようだな」殺気が闇の中から一気に漏れ出す。影の中に佇む長身の男は、その場の空気を一変させた。まるで地獄から現れた魔王のような圧倒的な威圧感をまとっている。「あいつは自分の手すら制御できないようだ。だったら、そ
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第8話
「桐生社長、柚希さんが来ました!」莉奈の秘書が慌てて、柊馬に駆け寄る。「もう発表は終わっていますし、莉奈さんが『ココロガタリ』の公式開発者として認識されてしまいました。今ここで柚希さんが入ってきて……全部暴露されたら、ノクターン財閥との契約どころか、FSグループ全体が大恥をかくことになりますよ!」「やっぱりあいつは来たのか!」柊馬の胸がふっと軽くなった。しかし次の瞬間には、怒りが込み上げてくる。勢いよく背を向け、大股で会場の入り口へと向かった。周囲から羨望の眼差しを浴びていた莉奈も、それを見た瞬間顔色を変え、慌てて人波をかき分けて追いかけた。莉奈は追いかけながら、猛烈な勢いで携帯を操作する。「本当、使えないね!何で、あの女が会場に来たの?あんた、今どこにいるのよ!」それでも、返信は一向に来なかった。柊馬は会場の入り口まで着いたところで、柚希の姿を捉えた。シンプルなオフィススタイルの柚希。華奢な背筋をピンと伸ばし、迷いのない足取りで会場へと向かっている。しかし、よく見ると彼女の顔色はあまり良くなく、額には薄っすらと汗が浮いていて、息もどこか荒かった。「今更来たのか?お前が来て、何か変わるとでも?」柊馬は失望を滲ませ、責めるように言う。「発表はもう終わってるんだぞ?幸い、莉奈が代わりに壇上に立ってくれたから、穴を開けずに済んだ。お前が遅刻したせいでこうなったんだから、文句言わずに受け入れろよ」柚希がゆっくりと目を上げた。その眼差しには、骨まで凍りつきそうなほど冷たい嘲りの色が満ちている。非常階段へと引きずり込まれた瞬間、莉奈の狙いが「ココロガタリ」の横取りだと確信した。FSグループを離れるつもりだった柚希にとって、「ココロガタリ」など、もうどうでもよかった。それに、莉奈なんかにあのシステムが扱えるわけがない。だが、ノクターン財閥の開発部チーフが設計したシステムとなれば話は別で、FSグループの利益も何十倍にも膨れ上がらせることができる。引き際を見誤らない。それが自分の原則だ。ましてや、システムの発表はあくまで通過点に過ぎない。後々のメンテナンスやアップデートを行わないとシステム自体が致命的なバグを起こす……それへの対処は、自分にしか構築できないのだから。莉奈がいま浴びている賞賛など、バグが起こった
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第9話
その時――閉まっていた会場の扉が、勢いよく開け放たれ、ひときわ洗練された雰囲気と圧倒的な存在感をまとった一団が、姿を現した。先頭に立っていたのは、長身で冷徹な顔立ちをしたE国の男性。その人物こそ、見る目の鋭さと容赦のない手腕で名を馳せる――ノクターン財閥・AI研究開発部でグローバル・チーフディレクターを務めるトム・スミスだった。彼らが放つ威圧感により、その場の空気は一瞬にして凍りつき、人々の視線が一斉に注がれる。会場内の人々もまた、彼らの後に続いて外へ出てきた。莉奈は一瞬呆気に取られていたが、すぐさま大きな喜びが胸を駆け巡った!ノクターン財閥の上層部自らが顔を見せるとは!間違いなく、自分に会いに来たのだ!すぐに完璧な笑みを浮かべた莉奈は、背筋を伸ばし、ハイヒールを鳴らして小走りで歩み寄ると、自信に満ちた声でトムに挨拶をする。「トムディレクター、初めまして。ココロガタリを開発した莉奈です。お会いできて光栄です……」すると、トムの足が止まり、意味ありげな視線を莉奈に向けた。しかし、すぐに目を逸らすと、玖に取り押さえられ青ざめている柚希の方を見る。柚希がそのように扱われているのを見て、彼の顔つきは一瞬にして嵐の前のような静かな暗い色に染まった。「何をしているんだ!」莉奈の胸がひやりとした。目の前のチャンスを逃すわけにはいかない。柚希に台無しにされてたまるものか。即座に先手を打って口を開いた莉奈。声にやるせなさと痛ましさを滲ませる。「トムディレクター、見苦しいところをお見せして申し訳ありません。彼女は義妹の柚希といって。私が『ココロガタリ』の開発に成功したのを嫉妬し、さらには家庭内で自分の居場所がなくなるのを恐れ……あろうことか私の研究データを盗み、ここで自分の手柄にしようとしたんです……」莉奈はわざとらしく深いため息をついた。「本当は身内で、密かに片付けるつもりだったのですが、皆様の目に入るような騒ぎにしてしまい、本当に申し訳ありません」「研究データを盗んだ」その一言は、実に陰険で、たちが悪かった。たとえ柚希がオリジナルのデータを取り出したところで、何を言っても誰も彼女を信じてくれないだろう。周りで見ていた人々の中で、ざわめきが起こる。軽蔑の視線と陰口が冷たい波のように柚希へと押し寄せてきた。「信
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第10話
柊馬の顔から、一瞬で血の気が引く。目を限界まで見開き、信じられないといった様子で柚希を凝視し、まるで石のように硬直していた。どうして柚希がノクターン財閥のチーフエンジニアなのだ?「そんな……ありえない!柚希ちゃんがノクターン財閥のチーフなわけがないでしょ!」真っ先に理性を保っていられなくなった莉奈は、柚希を指差して叫んだ。必死に保っていた上品なイメージも崩れ去り、ただ極限の恐慌と狂気に駆られている。「トムディレクター、人違いですよね?!彼女は桐生柚希。FSグループをクビになったただの平社員ですよ?彼女なんて……」「莉奈さん」トムが静かに言葉を遮った。「柚希は、ノクターン財閥が3年にわたって、社長自らが頭を下げ、誠意を尽くしに尽くして、ようやくお迎えすることができた世界最高クラスの研究開発者なんです。彼女のことは、誰であろうと疑えるものではありません。むしろ、あなたは……」隠しようのない嫌悪と冷ややかな嘲笑が混じっているトムの声。「私たちノクターン財閥の開発チーフが、あなたの成果を盗もうとした、とおっしゃいましたか?冗談はよしてくださいよ。ノクターン財閥の中核プロジェクト『バイオニック・ニューロン・マトリクス』は、すべて柚希の理論が基礎となっています。だから『ココロガタリ』程度のプログラムなんて、柚希に言わせればおもちゃに過ぎないのに、盗む必要があるとでも?」トムは、顔面蒼白になっている柊馬と莉奈をちらりと見た後、最後は柊馬へと視線を戻し、一言一句はっきりと告げた。「FSグループさん。今日柚希に対して、あなたたちがとった行動、ノクターン財閥は忘れませんから。ただいまをもって、全世界、全事業ラインにおいてFSグループとの取引を永遠に停止します」ドンッという音と共に、莉奈が糸の切れた人形のように力なく床にへたり込んだ。その表情は絶望に打ちひしがれている。トムはまるでゴミを見るかのような目で二人を一瞬見たが、柚希に向き直ると、さっと笑みを浮かべた。「柚希、会場に入りますか?それとも、会議室に?あなたの貴重な時間を、こんなつまらないものに割く必要はありません……こんな人たちなんか、ゴミ以下ですから」最後の一言は、顔面蒼白になっている莉奈と柊馬に向けられたものだった。「会場に入ろう」柚希は落ち着いた口調でそう言うと、乱
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