Masuk玲は横目で奏汰を睨みつけた。奏汰は気まずそうに鼻の頭を触り、笑って言った。「玲さんが作ったものも、美味しいですよ。もちろん」「それなら厚かましくお邪魔させてもらいますね。それじゃあ、私はもう休みますので、これで失礼します」唯月は空気を読んで、二人っきりにさせるため、部屋に戻った。彼女が部屋に戻ると、ソファに腰かけて隼翔に返事をする間もなく、誰かがドアをノックした。「どちら様?」唯月は尋ねながら立ち上がり、ドアを開けに行った。それはホテルのスタッフだった。唯月がドアを開くと、スタッフは笑顔で言った。「失礼いたします。内海様でいらっしゃいますか?ある方からお手紙をお渡しするように頼まれてきました」そう言いながら、スタッフは唯月に手紙を手渡した。唯月は手紙を受け取ると、スタッフにお礼を言った。部屋の中に戻り、彼女は興味深そうに封筒を開けた。中にはメモ用紙が一枚入っていた。そこに書かれていたのは、柏浜の、とある場所の住所だった。そして住所の下には一言。【内海唯月様、お一人でこちらに書かれている住所までお越しください。あなたの安全は保証いたします。誰にも知らせませんように】その右下には署名がしてある。【天野】天野?唯月は自分の周りに「天野」という名字の知り合いはいないと思った。他に天野という名字の人といえば……そういえば、黛凪についている人が天野という名字だった気がする。ビストロピエナのオープン初日、凪が天野という人に開店祝いを届けさせていた。つまり、凪が会いたいということだろう。でも「誰にも知られないように」とある。唯月は時間を確認し、ためらうことなく、すぐにスーツケースの中から個包装のマスクの箱を取り出し、中から二枚マスクを取り出して、サングラスも手に取った。そしてあまり目立たない着古した服に着替えて、ウィッグをかぶった。彼女は変装した後、携帯とさっきの手紙を手にとり、部屋を出てこっそりとホテルの部屋から出た。ちょうど彼女が柏浜に到着すると、奏汰がすぐさま二台の車を手配してくれていた。彼女とボディーガードたちが乗るためだ。車の鍵も彼女に渡してくれていた。唯月は直接エレベーターでホテルの地下駐車場まで行った。奏汰から、彼女が使う二台の車は駐車場のDエリアに
ラグジュリゾートホテルの最上階にあるプレジデンシャルスイートルーム。唯月と玲はリビングのソファに腰かけ、奏汰が二人に紅茶を入れて、フルーツ盛り合わせの皿を準備していた。「内海さん、もしよかったら、うちに泊まりませんか?私の持ち家で部屋数も多いし、広いんです。どのみち私は一人なので、同居人が増えると嬉しいです」玲は自分の家に唯月を誘った。唯月は玲のほうへ顔を向けて笑って言った。「白山社長、私がそちらにお邪魔したら、柏浜の芸能ニュースで、あなたと奏汰さんが破局したと騒がれてしまいますよ。それに、もしかしたら『結城奏汰はただの思い込み?白山社長が好きなのは、やはり女性だった!』みたいな伝え方までされてしまうかも」玲は言葉に詰まった。玲はまだ男装をしている。それなのに彼女の家に唯月が泊れば、すぐに誤解されて不必要な面倒に巻き込まれかねない。唯月は柏浜に来たばかりで、まだ足場を固めていない。そんな中で多くの女性から恨まれてしまっては、不利になる。玲を慕っている女性は多い。彼女達は男の奏汰には敵わないが、唯月相手となれば、きっといけると思うはずだ。「白山社長と奏汰さんの仲はますます良くなっていますよね。ちょうどいいタイミングで、正直に自分が女性だということを公にしてもいいと思います。お二人とも実際は違うのに、同性愛者だと言われているでしょう?」玲は少し黙ってから、口を開いた。「いえ、今は周りに説明する必要はありません。もし、彼と結婚することになったら、結婚式にはウェディングドレスを着ますので、みんなその時わかるでしょう」唯月は笑って言った。「それでも、もしかすると、白山社長は男なのに奏汰さんのために、自分が受けになってるなんて、言われてしまうかも」玲「……」「私も誰かに結婚しろとか離婚しろとか、お節介を焼くことは普段ありません。私自身、結婚していた頃は日々落ち着いて過ごせることはなくて、離婚騒動にまでなりましたから。元夫から暴力をふるわれた時は、包丁を持って彼を街中追いかけ回して、鼻が腫れるまで殴ってやりましたよ。たまに、結婚が女性にとって何の意味があるのかわからなくなる時があります。結婚して、夫と努力しながら家庭を支えていく。子供を産んで育て、義父母の世話までしないといけない。しかも、相手からは理解してもらえ
和子は言った。「お母さんは本当に食欲がないんだよ。あなたは早く食べに行ってきなさい。私はもう少しここにいて帰るから。私は倒れないから、約束する。大した事じゃないんだから、私も数日ちょっと気分が悪いくらいで、すぐ良くなるわ。明日はあなたのよく知るお母さんに戻るから。ただのクソジジイのために、私が自分の体を壊すなんて馬鹿げてる。あなたにさっきたくさん話したけど、あなたの意見を聞きたいわ。内海唯月が来ている。あなたは彼女とどう向き合おうつもり?」「状況を見て、臨機応変に対応するわ」和子は少し声を詰まらせて、またすぐ笑った。「ははは、いいわ。さすが私の実の娘ね!私が星城に行った時、神崎夫人に会ったんだけど、かなりピリピリしていたわ。私が何を言っても、彼女の中では私が殺人犯に映っているみたいだった。だから、彼女は私に対してかなり敵対した態度を見せていた。夫人は私に、内海唯月にもチャンスをあげろと言ってきた。しかも私が彼女に後継者教育をして、あなたと公平に争わせてほしいんだって。もし、彼女が負ければあなたが次期当主、彼女も何も言えないわ。もし、彼女が勝てば、私たち家族はみんな黛家の権力の中枢から外されてしまう」詩乃はそこまではっきりとは言っていなかった。だが、つまりこういうことなのだ。和子は凪に向かって言った。「凪、私たち当主の座を、どうして他の誰かに譲ってやらないといけない?私はその要求には応えなかったわ。今回、内海唯月が柏浜に来たから警戒する必要がある。あなたはしっかりと目を光らせておいてね。私たち一族とは接触をさせないこと。一族の誰かをそそのかすような真似をされては困るからね。それから、彼女はここ柏浜でビジネスを展開するつもりでいるから、ある程度の資金ができてからじゃないと身動きはとれないでしょう。ここでのビジネスが成功しなければ、稼ぐこともできないし、有利にはなれない。柏浜でしっかりと基盤を作ることはできないわ。柏浜において、我々黛家こそ地盤を固めている。彼女にはいくつもの名家が支えとしてついていたとしても、何ができる?いくら強い者だとしても、テリトリーから外れれば大したことはないのよ。秘密裏に動いて……こうできればもっといいわ」そう言う和子は首をカットする動作をしてみせた。つまり、凪に唯月の命を奪
「お母さん、伯母様のその付き人の方って、まだご健在なの?」ここで凪は話題を変えた。母親は一族の決まりを変えるのに同意することはないとわかったからだ。「姉が事故に遭ってから、彼の行方はわからなくなったの。どこに行ってしまったのかも、生死すらわかっていないわ」和子は自分が当主になってから、多くの人を派遣して彼を探しまわった。しかし、一つも彼に関する情報は得られず、彼は突然この社会から姿を消してしまった。そして今でも、和子は彼のことを探し続けている。当時の事を、彼は、きっと多くの事を知っているはずだ。それに彼のところには証拠があるはず。彼を見つけ出して証拠を消さなければ、それは爆弾のようなものだ。いつ彼が突然現れてその証拠をもって、和子が姉と妹を殺害した犯人だと警察につき出すかわからない。たとえ子供の頃に片思いしていた相手であろうと、和子は自分の血を後世に続けさせるために、彼を見つけ出した時は殺すつもりでいる。数十年、ずっと彼と姪二人に関する情報は得られなかった。和子は姪は死んだか、永遠に見つかることはないだろうと考えていた。そうであれば、彼女は平穏に、滞りなく当主の座を娘に明け渡すことができる。しかし、神様は都合よくいかせてはくれなかった。二人の姪は、一人はすでに亡くなっているが、二人の娘をこの世に残している。そして生きているほうは名家に嫁ぎ、息子と娘がいる。さらに権力を持っているため、和子が彼女に手を出すことは難しい。妹の娘二人も、なかなか手を出せる相手ではない。彼女たちの後ろには巨大名家がいくつも控えている。あの二人に手を出せば、その名家たちを敵に回すことになる。今の黛家は栄えていた頃の勢いを失っている。だから和子もいくつもの名家を敵にするような行動には出られない。「私はね、姉一家を殺害したのは、彼の陰謀じゃないかと疑っているの。彼は姉のことが好きだった。でも、姉は他の人と結婚してしまったから、愛が憎しみに変わったのではないかしら。みんな裏で私が姉と妹を殺しただなんて言ってるけど、そんなはずないでしょ。だって血の繋がった姉妹よ。姉は私よりもずっと年上で、小さい頃は母親のように私を世話してくれた。私にとっては母親同然だった。それなのに殺すわけないでしょ?凪、周りのでたらめな噂なんて真面目に聞いては
暫くして、和子は突然話題を変えた。「内海唯月が来ているわ」「ええ、知ってる」凪は全く驚かなかった。和子は少し驚き、すぐに自嘲気味に笑って言った。「そうね、あなたの傍にも付き人がいるものね。我が黛家の付き人となる人間は特に優れた者たちばかり。一体いつの時代からこのような風習ができたのかは知らないけど。特殊訓練所まで設けてある。私たち後継者のために、最も優れた人間を送り出す施設よ。あなたは何も知らないかと思っていたけど、知っていたのね。なかなかやるわね」和子はそう言い終わると、凪が持ってきた温かいお茶を少しすすった。彼女はコップを手に持ったまま、社長椅子の背もたれによりかかり、くるりと凪に背を向けて窓の外を眺めた。すでに外は暗くなり、街には明りがともっている。彼女は穏やかな口調で言った。「昔、姉の付き人は本当に何をするのも完璧で優れた人物だった。今私についている彼よりもずっとすごい人だったわ。それに、性格もよくて、カッコよかったわね。本当に容姿まで完璧だったのよ。私は小さい頃から姉に育てられてきて、よく彼に会う機会があったから。あれから大人になって、私は……彼のことが好きになった。だけど、彼ら付き人は結婚して子供を持ってはいけないルール。結婚して家庭を持ち、子供ができれば甘くなる。新しく守りたい人ができれば、私たち当主に対する忠誠心が揺らいでしまうから。でも、彼らが当主と結婚するなら別。当主と結婚して子供ができた場合は、自分の子孫を残すことができる。当主が結婚したら、彼ら付き人は薬で生殖能力を失うのが決まりよ。それは当主が付き人と結婚した場合を除いての話だけどね。そうするのは、彼らが当主の知らないところで誰かと結婚して子供を作らないようにするためよ」凪「……」凪は秀一たち付き人の未来はこのような定めだと初めて知った。それに黛家の先祖は残酷過ぎると思った。彼女は付き人は孤児で、親も親戚もおらず、ただ当主を中心とし、一生忠誠を誓うものだと思っていたが、まさか自分の子供ですら残してはいけないという決まりだとは。当主と結婚する場合を除いて……「じゃあ、伯母様の旦那さんは付き人の方だったの?」「違うわ」和子は否定した。「姉は彼に、男女としての気持ちを抱かなかったの」和子は姉の付き人のことが好き
和子は言った。「私はお腹は空いていないから、食べたくないの。私のことは構わなくていいから、あなたは急いで食べておいで。私はここにもう少しいて、それから帰るわ。あなたは夜まだ接待があるんだから、食べておかないとだめよ。空腹でお酒を飲むわけにはいかないから」実の娘は会社の仕事をどんどんうまくこなせるようになってきた。和子自ら顧客との商談に行くのは減らし、特に重要な場合を除いて、他は凪に任せるようになっている。「ねえ、お母さん、まだお父さんのこと怒ってる?」凪は和子に温かいお茶を入れて持ってくると、コップを和子の目の前に置いて、気遣う様子で尋ねた。「綾さんから聞いたけど、お父さんは今家で何も食べようとしないんだって。だけど、きっと怪我して痛いから食べられないだけだと思う。若葉はとてもお父さんの心配してるみたい。毎食部屋に届けているらしいよ。お母さんは普段からあれだけ若葉のことを大事にしてるっていうのに、お母さんにはちっとも気遣いを見せないのね」凪はこれはチャンスとばかりに、若葉の悪口を言った。「若葉、お母さんのこと憎んでるんじゃない?今までずっと可愛がられてきたのに、突然お母さんから厳しくされて、罰を与えられたでしょ。心の中ではお母さんへの不満をためてるんじゃないかな」和子は冷ややかに笑った。「あの子ね、恐れる存在でもないし。私があの子を潰そうと思えば、蟻を潰すくらい容易いことよ」すると彼女は実の娘のほうを向いた。「凪、あなたはこれを機に若葉を黛家から追い出したいと思ってる?」凪は笑って言った。「お母さんがあれほど彼女を可愛がってるのに、私が追い出したって意味ないでしょ?お母さんはまたあの子を呼び戻すよ。それに、ようやくお母さんと親子の仲が少し深まったところなのに、また私たちの仲にヒビが入るわ。私たちはまだ家族としての愛情が薄いんだもの。だから、そんな冗談私には言えるはずない。若葉が完全にお母さんが許せないほど怒らせれば別だけど。私はやっぱり、お母さん自身があの子を追い出してほしいと思ってる。それが一番彼女を傷つけることだろうからね。私が追い出したって、彼女は絶望に落とされることはないよ。お母さんたちが私を説得して、味方をしてくれるだろうって期待するはずだから。もちろん、私だって彼女をこのまま好き勝手にさせておく







