Masuk仕事と育児に追われるシングルマザーの相沢葵(あいざわあおい)32歳は、謎のストーカーに殺された。 「もっと娘との時間を大切にすればよかった」 後悔の中で目を覚ますと、そこは半年前。 今度こそ3歳の娘・陽奈を守り、幸せにすると誓った葵だったが、まだ現れるはずのないストーカーが再び動き始める。 そんな葵を救ってくれたのは、彼女が勤める会社のCEO・瓢真人(ひさごまさと)35歳。 そして二人を守るため、彼から持ちかけられたのはまさかの偽装結婚だった。 「ふたりのことは、俺が守ります。このまま傍にいてください」 偽りの夫婦から始まる、二度目の人生。 今度こそ私は、愛する娘と幸せになってみせる――
Lihat lebih banyakこの子を不自由なく育てたかった。
そのために必死に働いた。
でも、こんな未来が待っているなら――
もっと一緒にいればよかった。もっと抱きしめればよかった。
もっとたくさん、話を聞いてあげればよかった。
ごめんね、陽奈。ママ、あなたをひとりにしてしまう。
その後悔を最後に、私の意識は途切れた。
――はずだった。※
「相沢さん。相沢さん」
誰かが私を呼んでいる。
ゆっくり目を開けると、見覚えのある男性が私を覗き込んでいた。
「顔色が悪いですよ。大丈夫ですか?」
瓢真人(ひさご・まさと)。
私が勤めるIT企業、ネオリンクスカンパニーの社長だ。
「……社長?」 どうして社長がここに?私は、家に侵入していたストーカーに殺されたはずなのに。
周囲を見回す。ここは……会社の休憩室。
壁に掛けられた時計とスマートフォンの日付。それを見た瞬間、息が止まった。
この日付は半年前……。「相沢さん?」
「……っ」
生きてる。
私は、生きている。
震える手で自分の胸元に触れた。
心臓が動いている。
息もできる。
殺された時の傷もない。
戻ってきたんだ。
どうしてなのかは分からない。でも、そんなことはどうでもよかった。
陽奈は? 「すみません、娘……娘は!?」「え?」
慌ててスマートフォンを開く。わき目もふらずに保育園に連絡を入れた。
『はい、あかつき幼稚園です』
「先生っ、すみません! 相沢です。相沢陽奈の母ですっ。陽奈は……陽奈は元気ですか!?」
『陽奈ちゃんですか? えっと……ああ、給食も残さず食べて、今、お昼寝していますよ』
それを聞いて、崩れ落ちそうになった。
なんとか堪え、礼を言って予定通り迎えに行くと伝えて電話を切った。 陽奈は生きてる。そして私も……。ぐらりと視界が揺れた。
立ち上がろうとした私の身体を、瓢社長がとっさに抱き留める。
「無理をしないでください」
「す、すみません……」
「謝らなくていい。病院へ行きましょう」
「でも仕事が……」
「仕事?」
瓢社長の眉がわずかに動いた。「そんな状態で、まだ仕事の心配をするんですか?」
「……」
何も言い返せない。
「今日は帰ってください。仕事はこちらで対処します」
「でも……」
「相沢さん」
低い声で名前を呼ばれた。
「あなたが倒れても、会社は回りますので心配には及びません」
はっとさせられた。
自分がやらなきゃ。もっと働かなきゃ。
もっと稼がなきゃ。
ずっとそう思っていた。でも、その結果が――あの最期。
もしかすると、これは、やり直しのチャンスなの?
働き虫になってしまった私を哀れんだ神様が、陽奈とやり直せるチャンスをくれたのかも――真人さんの家に帰ると、陽奈はさっそく新しいもかちゃんをソファに座らせた。「もかちゃん、ここにすわってね!」 ちょこん。 真っ白なウェディングドレスを着たもかちゃんが、ソファの真ん中に座っている。「ママ! みてみて!」「うん。かわいいね」「もかちゃん、けっこんするの!」「そうなんだ。お相手は誰なの?」「えっとねぇ……」 陽奈が部屋をきょろきょろと見回す。そして、真人さんを指さした。「しゃちょーさん!」「えっ、また僕?」 真人さんが驚いた顔をする。「しゃちょーさん、もかちゃんのおむこさん!」「ははっ。僕は大忙しだね」「いそがしい?」「うん。陽奈ちゃんとも結婚する約束をしたし、もかちゃんとも結婚するんだろう?」「そう!」 陽奈が嬉しそうに頷く。「ママとも!」「ちょっ、陽奈!」 もうまたその話!? 真人さんが私を見て、にこっと笑った。「そうだね。葵さんとも結婚しないと」「ま、真人さん!」「ははっ。冗談だよ」 もう、絶対楽しんでる! 私は赤くなった顔を隠すように、キッチンへ向かった。「と、とにかく! ご飯作るから陽奈と遊んでてっ」「了解」「しゃちょーさん! けっこんしきするよ!」「はいはい。では、お姫様。僕はなにをすればいいのかな?」「ここにすわって!」「かしこまりました」 真人さんが陽奈の隣に座る。 すると、陽奈がもかちゃんを抱き上げて、真人さんの膝に乗せた。「はい! およめさん!」「これはこれは。かわいいお嫁さんだね」「でしょ!」 ふたりの楽しそうな声が聞こえてくる。その光景を見て、思わず笑ってしまっ
「ママ、どうしたの?」「な、なんでもないよ!」「おかお、あかいよ?」「えっ!?」 思わず両手で頬を押さえた。 すると、真人さんがくすっと笑う。「葵さん、そんなに照れなくても」「て、照れてません!」「そう?」「そうです!」 もう! 真人さんまでからかわないでよ!「ママ、しゃちょーさんのこと、すき?」「ええっ!?」 ちょっと待って! 陽奈、なんてこと聞くの!?「ひなは、しゃちょーさんだいすき!」「ありがとう。僕も陽奈ちゃんが大好きだよ」「ママは?」「えっ、私!?」 陽奈が大きな目で私を見上げる。 どうしよう。 ここで嫌いなんて言えるわけないし、そもそも嫌いじゃない。 むしろ……。「ママも、しゃちょーさんのことすきでしょ?」「そ、それは……」 真人さんが私を見る。 やだ。 そんな顔で見ないで!「……うん。好きだよ」 小さな声で答えた。 すると、陽奈が嬉しそうに笑った。「やったあ! みんなだいすき!」「そうだね」 真人さんも笑っている。 でも、なんだろう。 さっきより、ちょっと嬉しそうな気がする。 ……気のせいかな?「葵さん」「は、はい!」「ありがとう」「……え?」「好きって言ってくれて」「っ……!」 だから! そういうこと言わないでよ! 真人さんは
保育園に着くと、陽奈はお友達と一緒にお絵描きをしていた。「陽奈」「あっ! ママぁ!」 私を見つけた途端、ぱあっと顔を輝かせる。 そして、持っていたクレヨンを置いて、こちらへ走ってきた。「ママ! おむかえ!」「うん。お待たせ」 ぎゅっと抱きしめる。 温かい。 陽奈の小さな身体が、私の腕の中にすっぽり収まる。 よかった。 今日も無事に会えた――それだけで、涙が出そうになる。「ママ?」「ん?」「どうしたの?」「……なんでもないよ」 陽奈の髪を撫でる。「今日は何して遊んだの?」「おえかき!」「そうなんだ。何を描いたの?」「ママと、しゃちょーさんと、ひな!」「えっ?」 陽奈が嬉しそうに教えてくれる。「みんなで、おててつないでるの!」「そうなんだ」 陽奈が私の後ろを覗き込む。真人さんに気が付いたようだ。「あっ! しゃちょーさん!」「陽奈ちゃん、こんにちは」「しゃちょーさんも、おむかえ!?」「そうだよ。今日は僕も一緒に来たんだ」「やったあ!」 陽奈が真人さんに飛びついた。「おっと!」 真人さんが笑いながら受け止める。「今日も元気いっぱいだね」「うん!」 その光景を見ているだけで、胸が温かくなった。 真人さんは、本当に陽奈をかわいがってくれている。 陽奈もすっかり懐いてしまった。「これみて~。かいたの」「えー、うまいね。僕のことも描いてくれたの?」「うんっ!」「そうだ、陽奈ちゃん」「なあに?」「今日はプレゼントがあるんだ」
そう考えるだけでぞっとした。 もかちゃんは、陽奈が肌身離さず持ち歩いているもの。 ストーカーなら、それを知っていてもおかしくない。「……葵さん?」 真人さんに声をかけられて、はっとした。「あ、ごめんなさい」「大丈夫?」「うん……」 まだ、何もわかったわけじゃない。 偶然かもしれない。 花菱さんが、ただキャラクター好きなだけかもしれない。 でも、大人の男の人がそんなのしょっちゅう見に来て買うものなの? どうして、こんなに気になるんだろう。「サトさん、ありがとうございました」「いえいえ! また陽奈ちゃんと一緒に来てくださいね!」「はい」 私たちは店を出た。「葵さん。花菱は、初めて来たって言ってたよね」「……うん」「でも、実際にはよく通っている常連だった」「そうだね……」「どうして嘘をついたんだろう」 私は首を横に振った。「わからない……」 寄り道をしていたのがバレたから、焦って誤魔化しただけなのかな。「真人さん……」「うん?」「私、花菱さんがもかちゃんを好きだなんて、全然知らなかった」「そうだね」「陽奈も、もかちゃんが大好きなの」「うん。知ってるよ」「だから……なんだか、怖い」 真人さんが私の肩をそっと抱いてくれた。「まだ決めつけない方がいい。でも、気をつけるに越したことはないね」「……うん」「川原にも確認しておくよ。今日の外回り先と、商談が終わった時間を」