そして、深夜になり車や人通りが少なくなってから、内海唯花がやって来るのを待ってその車を無理やり止めるような行動に出たのだ。「おばあさんがいくらお金を使ったかなんて、私には関係ないね。彼らがお金で祖父母と孫の関係を断ち切った時、私たちに老後の世話も墓のこともする必要はないと言っていたんだから。当時あんたはまだ物心ついていなかったから、何があったのか知らないでしょう。私が書いたツイートを読み直すか、あんたの両親にでも聞いてみればわかるわ。だけど、あんたの両親は恐らく認めないでしょうね。あんた達が私の両親が命と引き換えにした賠償金を使っていなければ、今のような優雅な生活が送れていたかしらね?」内海唯花はとても冷ややかな顔つきで内海陸に反論した。「んなことどうだっていいんだよ。さっさと車から降りてこい。三つ数える、それでも降りてこないってんなら、てめえの車を壊すぞ」内海陸は仲間が多いので、かなりのさばっていた。彼が連れて来たその仲間たちは、すでに内海唯花の車の周りを囲っていた。その頃、後ろからも車がゆっくりと近づいてきていた。内海陸たちは若く血気盛んで、このような不良たちに普通の人はなるべく関わりたくないと思っているから、後ろからゆっくり来ている車なども彼らは全く気にしていなかった。内海唯花の車が内海陸に遮られていた頃、運転手はすぐに車のスピードを下げた。彼と七瀬は後ろを振り返り、結城理仁を何度も見た。結城理仁は顔をこわばらせていて、何も言わなかった。それで運転手はさらに車を減速させるしかなかった。主人は、奥様が危険な目に遭いそうな瞬間に助けに行くつもりなのだろうか?内海唯花は従弟が連れて来た仲間たちの中に、鉄の棒を持っている人がいるのを見て、彼らは本当に彼女の車を壊す気なのだと悟った。彼女は車の中をあさり、傘を見つけ出すと、それを強く握りしめ車のドアを開けて降りて行った。彼女が車を降りる瞬間、内海陸は仲間の一人からその鉄の棒を奪い取り、内海唯花に向かって振り下ろした。内海唯花は覚悟を決めていて、まずは傘でその棒を遮ると、動きを止めずに足ですぐに内海陸の腹を蹴り飛ばした。内海陸はその衝撃で後ろに数歩後退し、最後には地面に倒れてしまった。あの鉄の棒も一緒に地面に転がった。内海陸のそばにいた二人の少年がそれ
失策だ。人を襲う場所を間違えた。ここは信号機のある交差点で、近くには監視カメラが設置されていたのだ。彼らが先に襲ってきたのは明らかで、内海唯花はただ正当防衛したまでだ。内海陸は、自分が七、八人仲間を連れて来たから、内海唯花のような弱い女をやっつけるのは朝飯前だと思っていた。それがまさか、内海唯花が腕の立つ人間だとは思ってもいなかった。家族はどうして唯花が空手ができると教えてくれなかったんだ?「さあ、どうするつもり?」内海陸は引っ張られている耳をどうにかしたいと思ったが、内海唯花はさらに力を入れるので、あまりの痛さにわあわあ叫んだ。口から出るのは罵る言葉だった。「てめえ、その手を放せ、俺の耳を引っこ抜きでもしてみろ、父さんと母さんが許さないからな!」「従姉のお姉さんと呼びなさい」「はっ、ざけんな。何がお姉さんだよ?」「それもそうね。私はあんたの姉じゃないし、私だってあんたみたいな従弟はくれると言われても要らないわよ」内海唯花がさらに力を込めると、内海陸は痛みでさらに大きな叫び声をあげた。彼のあの仲間たちは早々に内海唯花の空手の腕に驚愕し、今は全員彼女の手によって打ち負かされ、内海陸がこのような仕打ちに遭っているのを見て、こっそりと後ろに下がった。「動くんじゃないわよ!」内海唯花の恐ろしい咆哮に、その不良たちはピタリと動きを止めた。みんな怯えた顔をしていた。「内海さん、俺たち人を見る目がなくて、失礼しました。俺らが間違っていました。内海陸の野郎に金つかまされてノコノコついてきちゃったんです。あいつが全部悪いんですよ。姐さん、どうか俺らのことは大目に見て、見逃してくれませんか」不良たちは唯花のことを姐さんと呼び始めた。内海陸「……」気骨のないやつらだ。あいたたた、彼の耳はものすごく痛かった。このクソ女、本気でこのまま耳を引っこ抜いてしまうつもりか?「内海……姉さん。お姉さん、もうちょっと力を、緩めてもらえませんか。お姉さんと呼んでもダメですかね?」内海陸はもう泣きそうだった。内海唯花は彼の耳を掴む手を緩めた。そして、二度彼の顔をパンパン叩き、笑っているのかいないのかわからない表情で言った。「私ってあんたの姉さんだっけ?」「はい、はい、その通りです。私たちは同じ祖父母の孫同士ですんで。あなた
「そうよ、私はひどい人間よ。義理人情のかけらも持ち合わせてないわ。だけど、あんたたちはどうなのよ?当時、あんたの両親が私にどうしたのか、小さい時は知らなくても、大人になった今も知らないっての?もう過去のことだから、今になっても騒ぐななんて言わないでよね。あいつらが私に何をしたのか、私は全部覚えているわ。一生ね!」内海陸は口を開いて反論しようと思ったが、できなかった。最後に彼は起き上がると、唯花に背中を向けて逃げ出した。内海唯花はそれを追いかけ、ひと蹴りで彼を地面に倒し、荒っぽく彼の服を掴み元の場所へと引きずり戻した。地面との摩擦で痛みが走り内海陸はまたわあわあと叫び声をあげた。彼を仲間たちの方へと放り投げ、内海唯花は彼らに警告して言った。「ここで大人しく警察のおじさんが来てあんたらを救ってくれるのを待ってなさい。また誰か逃げようものなら、その時は本気で容赦しないわよ」彼らは内海唯花の凶悪さに恐れおののき、誰一人として逃げようとはしなかった。内海陸はひたすら内海唯花に罵声を浴びせていた。内海唯花の顔色がだんだん暗くなり、もう一度彼に警告した。「もう一度言ってみなさい。そうしたら私も容赦しないから」それを聞いて恐怖した内海陸は黙りこくった。そしてもうそれ以上内海花唯を悪く言う度胸はなかった。しかし、心の中では彼女の先祖にまで文句を言っていた。……唯花の先祖って、それはあんたと同じだろう?内海家の先祖の方々に知られたら、絶対「全く不孝者の子孫どもめ」と叱られるだろう祖先まで出してきて罵るというなら、お前らの責任だ、子々孫々を呪ってやるぞ。結城理仁は内海唯花が完全に優勢なのを見ていた。そこには彼がヒロインを救う白馬の王子になる機会などなかった。もちろん唯花が劣勢になったとしても、彼はその場に姿を現すつもりはなかった。最悪、七瀬以外のボディーガードに指示して彼女の助けをするくらいだ。彼は内海唯花が空手を習っていたことは知っていたが、まさかこれほどまで強いとは思っていなかった。さっき彼女がやられるのではないかと心配してまったく損した。あの数人の不良たちは、彼女の袖に触れる機会さえなかった。「車を出してくれ」結城理仁は低く落ち着いた声で指示を出した。「七瀬、彼女に見られるなよ」結城理仁は七瀬に一言注意するの
内海唯花が家に着く頃、すでに夜中の一時をまわっていた。玄関のドアを開けて入ると、部屋の中は真っ暗だった。結城理仁は帰って来ていないのか、彼の部屋にいるのだろう。内海唯花は黙って玄関を閉め、内鍵もかけた。リビングの明かりをつけ、静かに一分ほど黙っていた。そして、結城理仁の部屋の前まで行き、ドアをノックしようと思ったが、もう夜も遅いし、おばあさんも結城理仁の寝起きが悪いと言っていたのを思い出した。彼女はそれでノックをするのをやめておいた。彼が家にいたとしてもだからなんだというのだ?彼ら夫婦は今冷戦状態なのだ。内海唯花は結局彼の部屋に背を向け、自分の部屋へと戻っていった。この夜も静かだった。翌日の朝、夜寝るのが遅かったので、内海唯花はまだ寝ていた。屋見沢の住宅地に戻っていた結城理仁はいつもの時間に目を覚まし、スポーツウェアを来て朝のジョギングに出ようとしていた。一階に降りてきた時、執事の吉田が彼に言った。「若旦那様、おばあ様がいらっしゃいました」それを聞いて、結城理仁の顔は少し曇ったが、立ち止まらずどっしりした歩きで母屋を出た。そして、おばあさんはちょうど車から降りてきたところだった。おばあさんが突然やって来て彼の生活を邪魔されるのが好きではなかったが、結城理仁は急ぎ足でおばあさんの体を支えに向かった。おばあさんは彼のその優しさを拒むことはなかった。彼がスポーツウェアを着ているのを見て、尋ねた。「今から朝のジョギングに行くのかい?」「うん」「私もあなたと一緒に二周するわ」結城理仁は眉間にしわを寄せた。「ばあちゃん、もう年なんだからさ」「私はまだまだ足腰しっかりしてるわよ」結城理仁はどうしようもなかった。おばあさんが一緒に走ると言うのだから、彼は言うことを聞くしかない。祖母と孫は一緒に屋敷を出て、家の周辺の舗装された道路をゆっくりと走った。おばあさんは確かに年は取っているが、体は丈夫で、普段家にいるときでも家で働いている人たちと一緒に畑仕事をしている。彼女は全くお高くとまった人間ではなかった。結城家の本宅で働いている者達はみんなこの老主人のことが好きだった。「トキワ・フラワーガーデンにはよく住んでいたじゃないの。どうしてまたここにやって来たの?」おばあさんがここにやって来たのは、実は孫のこと
「唯花さんが何をしたの?あなたに家には帰って来るなって?」「彼女は何もしていない」「理仁、あなたは私の傍で大きくなったのよ。この家であなたのことをよくわかっているのはおばあちゃんよ。あなた達夫婦が何もトラブルがないっていうなら、あなたがこんなところまで来て暮らすわけないでしょ。唯花さんは一体何をしたの?あなたが言わなくてもいいわ、後で彼女のお店まで行って聞いてくるから」結城理仁は足を止め、おばあさんを見つめ少しイライラしていた。「ばあちゃん、言っただろ、俺と内海さんとの結婚生活に関しては何も首を突っ込むなって」「おばあちゃんは首なんか突っ込まないわよ。ただ二人に何があったのか心配で知りたいだけよ。あなたは傲慢でプライドが高く、金持ちであることも結婚自体も隠してるし、唯花さんはあなたの正体を知らないわよね。もしあなたが間違っていたとしても、そう簡単には自分から謝りに行かないだろうし、こんな時こそおばあちゃんの助けが必要でしょう。あなた達のそのギクシャクした状態を解いてあげるわ」おばあさんは結城理仁と内海唯花が結婚した後、夫婦二人の結婚生活については何も干渉しないと約束していた。しかし、おばあさんはずっと夫婦二人の一挙一動を見続けてきた。夫婦が出会って、だんだんお互いを知り、結城理仁が内海唯花に少しずつ優しくなっていき、おばあさんは、ほれ、見たことかと思っていた。やっぱり自分の目には狂いがなかったのだと、夫婦は彼女の期待通りに関係を近づけている。まさかそれが、見たことかと言い切る前に、夫婦が別居してしまった。それでおばあさんはかなり焦っていた。まだかまだかとひ孫を抱く準備をしているというのに。「少しすれ違いがあっただけで、そんなに大きな問題じゃないよ。ばあちゃん、心配しないでくれ。内海さんのところにも行く必要はないから。あと数日したらフラワーガーデンのほうに戻るよ」結城理仁はやはりその元の原因を白状したくないのだ。九条悟に言われた後、結城理仁は実は自分がヤキモチを焼いているみたいだと思っていた。九条悟は理仁が今内海唯花を気にしていると言っていた。しかし、いつもプライドが邪魔して、それを死んでも認めたくないのだ。内海唯花が金城琉生とご飯を食べて浮気している疑いがあり、彼に恥をかかせたと思っている。実際は二人は
おばあさんは孫のこのやり方が気に食わず、その場を動きたくなかった。そのまま道の端にある石造りのスツールの上に腰掛けた。彼女が一体どれほどの労力をかけてこの孫の結婚に取り付けたことか。その結果が……結城理仁は少し黙って、おばあさんの方へとやって来ると、横に座り落ち着いた声で言った。「ばあちゃん、無理に押しつけてもうまくはいかないって知ってるだろう。ばあちゃんに代わって恩返しするために、育ててくれたあなたの言うことを聞いて彼女と結婚したんだ。ばあちゃんと約束したろ、結婚後の生活には関わらないって。結婚の申請をしに行ったあの日もばあちゃんに言ったじゃないか。俺は彼女の人柄をしっかり見て、俺が一生をかけてもいい相手かどうか見極めるって。もし、彼女にその価値がなければ、半年後に終止符を打つだけだ」おばあさんは心中面白くなく、こう言った。「このねじ曲がった性格の坊ちゃんめ、もしあなたが唯花を好きになったとしても、絶対にそれを認めないだろうね」結城理仁「……」「もういい、結構よ。あの時、あなたに強制して唯花さんと結婚させた私が悪かったわ。あなたの言う通りね、無理に押しつけられたらうまくいかないって。もう自分の好きなようにしてちょうだい。あなたの言葉を借りれば、あなた達は結婚を秘密にしているし、このことを知っている人もほとんどいない。離婚した後、唯花さんが受ける影響は本当に少ないしね」おばあさんはため息をついた。「でも、後悔してほしくないわ。後悔しておばあちゃんのところに泣きついてきてもどうしようもないからね」結城理仁は唇をきつく結び、一言もしゃべらなかった。「運転手に連絡して迎えに来させて。私はもう行くわ。まったく、あなたに会うたびに腹が立って、頭に血がのぼったら早めにおじいさんに会いに行くことになるかもね。彼は亡くなる前、あなたの結婚を心配していたのよ。一生一人で生きていくんじゃないかってね」……彼のおじいさんが亡くなった時、彼はまだ今よりずっと若かったじゃないか。結婚のことなど全く焦る必要もなかったはずだ。もちろん、彼は今でも若い。まだ30歳なんだぞ。「ばあちゃん、朝食をとってから帰ったらいい」結城理仁はやはりおばあさん思いだ。彼は祖父母に育てられた。祖父が亡くなって祖母は独りになってしまった。彼は昔、長い時間をおばあさんと
「おばあちゃんは外にいるの。あなたの店で一緒に朝食を食べようと思って。そうだわ、唯花ちゃん、朝食を買って来る必要ないわよ、おばあちゃんが三人分を用意しておいたから。持って行って、あなたと明凛お嬢さんと一緒に食べましょ」「わかったわ。じゃあ、おばあちゃん、お店で私を待っててね。すぐ行くから。でも、これからはこんなに早起きしないで、もっとたくさん寝たほうがいいよ。私朝そんなに焦ってご飯食べる必要もないから」「おばあちゃんはね、年取ったから睡眠が浅くてお天道様が昇ったら目が覚めちゃうようになったの。あなたがお腹空かすんじゃないか心配してるんじゃなくて、ただ私があなたと一緒に食べるのが好きなだけよ。そのほうが同じ朝食でも美味しく感じるんだから」内海唯花はそれを聞いて笑った。過去数か月の中で、彼女はよくおばあさんと一緒に食事をしていた。おばあさんは星城にある美味しい店をたくさん知っていて、彼女と牧野明凛を連れて星城でも有名な地元料理を食べ回っていた。彼女と明凛はおばあさんが若かりし頃、絶対に大食いだっただろうと確信していた。今は年を取ったので、食べる量も少なくなった。それに、生活条件も良くなったから、選り好みをするようになったのだ。おばあさんの食欲はそれで低下したのだ。二人は暫くおしゃべりしてから、おばあさんは電話を切った。電話を切った後、顔を上げるとそこには沈んだ黒い瞳で彼女をじいと見つめる孫の顔があった。おばあさんは驚いた後、彼に尋ねた。「そんなふうに私を見つめてなんなの?おばあちゃんに何を聞いてもらいたかったの?」結城理仁は一の字に結んでいた唇を動かして言った。「電話はもう切ったろ、俺が何を言っても意味ないじゃないか」「なんでさっき言わなかったの?」結城理仁は顔をこわばらせて何も言わなかった。おばあさんは彼の腕をぱちんと叩いて言った。「見てごらんなさい、あなたっていっつもこうね。頑固者なんだから。言いたいことや聞きたいことはその口を少し動かして言葉にすればいいでしょう?そんな口を固く閉じて、厳しい顔つきで生まれつき口がない人間みたいよ。私もおじいさんも口下手な人じゃないのに、なんであなたはこう育っちゃったのよ。ちゃんと口があるってのに、どうやって使っていいのかわからないのかしら」結城理仁の整った顔が少し赤く
おばあさんは孫を見つめ、孫はおばあさんを見つめていた。 彼女は何度も口を開いて何かを言おうとしたが、何も言わなかった。そして最後に、はははと笑い出した。結城理仁は顔を曇らせて、屈託なく笑うおばあさんを見ていた。おばあさんは笑いながら結城理仁の肩をパシパシと叩いていた。理仁はおばあさんがあまりに邪心なく笑ってうっかり転んでしまうんじゃないかと思って彼女の体を支えなくてはならなかった。暫く経ってから、おばあさんはようやく大笑いを止めて言った。「理仁ちゃんったら、おばあちゃんが間違ってたわ。唯花さんは空手を習っていたのよね。うん、腕っぷしはそりゃあ良いでしょう。そこら辺の不良くらい、十人近く集まっても彼女には敵わないわ。これはおばあちゃんからのアドバイスよ。次、唯花さんがトラブルに遭ったら、彼女に手助けが必要かどうかは構わずにすぐ助けに行ったらいいの。ちょっと怪我するくらいがちょうどいいわよ。そうすれば唯花さんは申し訳ないと思ってあなたに良くしてくれるだろうから」結城理仁は顔色を暗くさせ、唇をきつく結んだ。「彼女を追いかけるなら、ちょっとくらい、せこい真似したほうがいいのよ。もちろん、一番大事なのはあなたの真心よ」結城理仁は冷ややかに言った。「ばあちゃん、俺は彼女を追いかけてなんかいないよ」「わかった、わかった。違うのね。あなたは頑なに認めないんだもの。いつかきっとおばあちゃんに助けてって言ってくるわよ。ふふふ」結城理仁のこの時の表情といったら、目の前にいるのは実の祖母なんだよね?彼はなぜだか、祖母が面白いものが見られるんじゃないかと期待しているように感じられるのだが?なんだか人の不幸を喜んでいるような感じだ。おばあさんの車の運転手が車を運転してやって来た。「おばあちゃんは先に帰るわね。あなたはゆっくりジョギングしてちょうだい。もし朝ごはんを食べる時に食欲がなかったら、おばあちゃんの真似をしてみて、私の方法はとっても効くんだから。私のほうが経験豊富なんですからね」おばあさんはまた結城理仁の肩をぽんと叩き、はははと笑って車に向かい、運転手に忘れずに尋ねた。「吉田さんがあなたに朝食を包んだのを手渡したかしら?」「もちろんです、ありますよ」おばあさんはうんと返事をした。結城理仁はよく気が利き、車のドアを開け
神崎詩乃は冷ややかな声で言った。「あなた達、私の姪をこんな姿にさせておいて、ただひとこと謝れば済むとでも思っているの?私たちは謝罪など受け取りません。あなた達はやり過ぎたわ、人を馬鹿にするにも程があるわね」彼女はまた警察に言った。「すみませんが、私たちは彼女たちの謝罪は受け取りません。傷害罪として処理していただいて結構です。しかし、賠償はしっかりとしてもらいます」佐々木親子は留置処分になるだけでなく、唯月の怪我の治療費や精神的な傷を負わせた賠償も支払う必要がある。あんなに多くの人の目の前で唯月を殴って侮辱し、彼女の名誉を傷つけたのだ。だから精神的な傷を負わせたその賠償を払って当然だ。詩乃が唯月を姪と呼んだので、隼翔はとても驚いて神崎夫人を見つめた。佐々木母はそれで驚き、神崎詩乃に尋ねた。「あなたが唯月の伯母様ですか?一体いつ唯月にあなたのような伯母ができたって言うんですか?」唯月の母方の家族は血の繋がりがない。だから十五年前にはこの姉妹と完全に連絡を途絶えている。唯月が佐々木家に嫁ぐ時、彼女の家族はただ唯花という妹だけで、内海家も彼女たちの母方の親族も全く顔を出さなかった。しかし、内海家は六百万の結納金をよこせと言ってきたのだった。それを唯月が制止し、佐々木家には内海家に結納金を渡さないようにさせたのだ。その後、唯月とおじいさん達は全く付き合いをしていなかった。佐々木親子は唯月には家族や親族からの支えがなく、ただ一人だけいる妹など眼中にもなかった。この時、突然見るからに富豪の貴婦人が表れ、唯月を自分の姪だと言ってきたのだった。佐々木母は我慢できずさらに尋ねようとした。一体この金持ちであろう夫人が本当に唯月の母方の親戚なのか確かめたかったのだ。どうして以前、一度も唯月から聞かされなかったのだろうか?唯月の母方の親族たちは、確か貧乏だったはずだ。詩乃は横目で佐々木母を睨みつけ、唯月の手を取り、つらそうに彼女の傷ついた顔を優しく触った。そして非常に苦しそうに言った。「唯月ちゃん、私と唯花ちゃんがしたDNA鑑定の結果が出たのよ。私たちは血縁関係があるのあなた達姉妹は、私の妹の娘たちなの。だから私はあなた達の伯母よ。私のこの姪をこのような姿にさせて、ひとことごめんで済まそうですって?」詩乃はまた佐々木親子を睨
一行が人だかりの中に入っていった時、唯花が「お姉ちゃん」と叫ぶ声が聞こえた。陽も「ママ!」と叫んでいた。唯花は英子たち親子が一緒にいるのと、姉がボロボロになっている様子を見て、どういうわけかすぐに理解した。彼女はそれで相当に怒りを爆発させた。陽を姉に渡し、すぐに後ろを振り向き、歩きながら袖を捲り上げて、殴る態勢に移った。「唯花ちゃん」詩乃の動作は早かった。素早く唯花のところまで行き、姉に代わってあの親子を懲らしめようとした彼女を止めた。「唯花ちゃん、警察の方にお任せしましょう」すでに警察に通報しているのだから、警察の前で手を出すのはよくない。「神崎さん、奥様、どうも」隼翔は神崎夫婦が来たのを見て、とても驚いた。失礼にならないように隼翔は彼らのところまでやって来て、挨拶をした。夫婦二人は隼翔に挨拶を返した。詩乃は彼に尋ねた。「東社長、これは一体どうしたんですか?」隼翔は答えた。「神崎夫人、彼女たちに警察署に行ってどういうことか詳しく話してもらいましょう」そして警察に向かって言った。「うちの社員が被害者です。彼女は離婚したのに、その元夫の家族がここまで来て騒ぎを起こしたんです。まだ離婚する前も家族からいじめられて、夫からは家庭内暴力を受けていました。だから警察の方にはうちの社員に代わって、こいつらを処分してやってください」警察は隼翔が和解をする気はないことを悟り、それで唯月とあの親子二人を警察署まで連れていくことにした。隼翔と神崎夫人一家ももちろんそれに同行した。唯花は姉を連れて警察署に向かう途中、どういうことなのか状況を理解して、腹を立てて怒鳴った。「あのクズ一家、本当に最低ね。もしもっと早く到着してたら、絶対に歯も折れるくらい殴ってやったのに。お姉ちゃん、あいつらの謝罪や賠償なんか受け取らないで、直接警察にあいつらを捕まえてもらいましょ」唯月はしっかりと息子を抱いて、きつい口調で言った。「もちろん、謝罪とか受け取る気はないわよ。あまりに人を馬鹿にしているわ!おじいさんが彼女たちを恐喝してお金を取ったから、それを私に返せって言ってきたのよ」唯花は説明した。「あの元義母が頭悪すぎるのよ。うちのおじいさんのところに行って、お姉ちゃんが離婚を止めるよう説得してほしいって言いに行ったせいでしょ。あ
佐々木親子二人は逃げようとした。しかし、そこへちょうど警察が駆けつけた。「あの二人を取り押さえろ!」隼翔は親子二人が逃げようとしたので、そう命令し、周りにいた社員たちが二人に向かって飛びかかり、佐々木母と英子は捕まってしまった。「東社長、あなた方が通報されたんですか?どうしたんです?みなさん集まって」警察は東隼翔と知り合いだった。それはこの東家の四番目の坊ちゃんが以前、暴走族や不良グループに混ざり、よく喧嘩沙汰を起こしていたからだ。それから足を洗った後、真面目に会社の経営をし、たった数年だけで東グループを星城でも有数の大企業へと成長させ、億万長者の仲間入りをしたのだった。ここら一帯で、東隼翔を知らない者はいない。いや、星城のビジネス界において、東隼翔を知らない者などいないと言ったほうがいいか。「こいつらがうちまで来て社員を殴ったんです。社員をこんなになるまで殴ったんですよ」隼翔は唯月を引っ張って来て、唯月のボロボロになった姿を警察に見てもらった。警察はそれを見て黙っていた。女の喧嘩か!彼らはボロボロになった唯月を見て、また佐々木家親子を見た。佐々木母はまだマシだった。彼女は年を取っているし、唯月はただ彼女を押しただけで、殴ったり手を出すことはしなかったのだ。彼女はただ英子を捕まえて手を出しただけで、英子はひどい有り様になっていた。一目でどっちが勝ってどっちが負けたのかわかった。しかし、警察はどちらが勝ったか負けたかは関係なく、どちらに筋道が立っているかだけを見た。「警察の方、これは家庭内で起きたことです。彼女は弟の嫁で、ちょっと家庭内で衝突があってもめているだけなんです」英子はすぐに説明した。もし彼女が拘留されて、それを会社に知られたら、仕事を失うことになるに決まっているのだ。彼女の会社は今順調に行ってはいないが、彼女はやはり自分の仕事のことを気にしていて、職を失いたくなかったのだ。「私はこの子の義母です。これは本当にただの家庭内のもめごとですよ。それも大したことじゃなくて、ちょっとしたことなんです。少し手を出しただけなんですよ。警察の方、信じてください」佐々木母はこの時弱気だった。警察に連れて行かれるかもしれないと恐れていたのだ。市内で年越ししようとしていたのに、警察に捕ま
東隼翔は顔を曇らせて尋ねた。「これはどういうことだ?」英子は地面から起き上がり、まだ唯月に飛びかかって行こうとしていたが、隼翔に片手で押された。そして彼女は後ろに数歩よろけてから、倒れず立ち止まった。頭がはっきりとしてから見てみると、巨大な男が暗い顔をして唯月を守るように彼女の前に立っていた。その男の顔にはナイフで切られたような傷があり非常に恐ろしかった。ずっと見ていたら夜寝る時に悪夢になって出てきそうなくらいだ。英子は震え上がってしまい、これ以上唯月に突っかかっていく勇気はなかった。佐々木母はすぐに娘の傍へと戻り、親子二人は非常に狼狽した様子だった。それはそうだろう。そして唯月も同じく散々な有様だった。喧嘩を止めようとした警備員と数人の女性社員も乱れた様子だった。彼らもまさかこの三人の女性たちが殴り合いの喧嘩を始めてあんな狂気の沙汰になるとは思ってもいなかったのだ。やめさせようにもやめさせることができない。「あんたは誰よ」英子は荒い息を吐き出し、責めるように隼翔に尋ねた。「俺はこの会社の社長だ。お前らこそ何者だ?俺の会社まで来てうちの社員を傷つけるとは」隼翔はまた後ろを向いて唯月のみじめな様子を見た。唯月の髪は乱れ、全身汚れていた。それは英子が彼女を地面に倒し殴ったせいだ。手や首、顔には引っ掻き傷があり、傷からは少し血が滲み出ていた。「警察に通報しろ」隼翔は一緒に出てきた秘書にそう指示を出した。「東社長、もう通報いたしました」隼翔が会社の社長だと聞いて、佐々木家の親子二人の勢いはすっかり萎えた。しかし、英子はやはり強硬姿勢を保っていた。「あなたが唯月んとこの社長さん?なら、ちょうどよかった。聞いてくださいよ、どっちが悪いか判定してください。唯月のじいさんが私の母を恐喝して百二十万取っていったんです。それなのに返そうとしないものだから、唯月に言うのは当然のことでしょう?唯月とうちの弟が離婚して財産分与をしたのは、まあ良いとして、どうして弟が結婚前に買った家の内装を壊されなきゃならないんです?」隼翔は眉をひそめて言った。「内海さんのおじいさんがあんたらを脅して金を取ったから、それを取り返したいのなら警察に通報すればいいだけの話だろう。内海さんに何の関係がある?内海さんと親戚がどんな状況なの
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ