ログイン凪は驚き、信じられないといった様子で父親を見つめた。洋文は実の娘からこのような目つきで見つめられると、恥ずかしさで穴があったら入りたいくらいだった。親として間違いを犯したら、どうにかそれを子供たちには隠したいと思うものだ。子供たちが知って親としてのイメージが壊れるのが嫌だからだ。しかし、妻が子供たちと息子の嫁たちの前で、自分のこのような醜態を晒させた。子供世代に彼がやったことを知られては、もう二度と彼らの前で堂々と顔をあげて生きていくことはできない。この場に孫がいなかっただけでもまだ救いがある。孫たちの前でも堂々としていられなくなるところだった。「お母さん」凪は急いで母親の傍に腰かけると、慰めの言葉をかけた。「お母さん、お、お父さんはきっと一瞬だけ魔が差したのよ。お父さんは普段お母さんとはとても仲が良いじゃないの。もしかして……誰かの罠に落ちたんじゃ。それか、外にいる女狐にはめられたんじゃない?」「そうだ、あの女が私をはめたんだよ。凪、早く母さんに説明してくれ。本当にお父さんは罠にかかってしまったんだよ」洋文は娘の言葉に合わせた。過ちを全てあの女に押し付けようとしている。和子はタバコを吸い終わると、また二本目を取り出して火をつけようとしたところを凪にとめられた。「お母さん、タバコの吸い過ぎは体に良くないわ」凪は言った。「お母さんの怒りもつらさもよくわかる。だけど、お父さんが裏切ったからって、自分の体まで痛めつけることはないじゃないの。もう吸わないで、タバコは体にとって害なんだから」和子は凪を見つめた。このような時、実の娘だけが自分を慰め、気にかけてくれる。しかし他の子供たちは……和子はぐるりと子供たちを見渡した。彼らはビクビクと落ち着かない様子で、ひとことも発せずにいる。「お母さん、お父さん、誰かにはめられたんじゃないの?ほら、お母さんとお父さんは結婚して数十年経つし、私とお兄さんたち三人、子供を四人産んでずっと仲良くやってきたじゃないの。お父さんがお母さんにどんなふうに接してきたか、みんなその目で見てきたのよ。私が黛家に戻ってから二人の傍にはまだ二、三年ほどしかいないけど、二人の夫婦仲がとっても良いことはわかるわ。絶対お父さんは誰かにはめられたんだわ。そうじゃないと、お母さんを裏切るは
父親はひどい有様で、他の全員は息を殺して、しんとしていた。和子はソファに座りタバコをふかし、涙も鼻水も流しながら土下座している夫には一目もくれなかった。そして他のみんなは立っていた。それに誰も口を開けられる雰囲気ではない。母親から最も可愛がられている若葉ですら、この時はさすがに声を出すことができずにいた。圭太は音を立てないように妻の傍に近寄ると、小声で尋ねた。「父さんは一体どうしたんだ?誰があんなに殴ったんだ?」綾は小声で答えた。「お義母さんに叩かれたのよ。お義父さんがああやって床に土下座しているのが見えないわけ?」一瞬間を置き、彼女は夫のほうへ顔を傾けてさらに声を抑えて続けた。しかし、その声は少し人の不幸を楽しんでいるようだった。「お義父さん、浮気したみたいよ。お義母さんに浮気現場を目撃されて、その不倫相手のクソ女も彼女がボコボコにしてきたらしいわ」その言葉に、圭太の顔は一瞬にして青ざめた。彼は自分も浮気した事を思い出した。彼の両親はそれを知っていたが、ずっと目をつぶっていた。しかし、父親が浮気したのは大ごとだ。彼ら息子たちにもその余波が及んでいる。特に彼ら三人とも父親と同じ過ちを犯していたからだ。圭太はそれ以上尋ねることはできなかった。彼は黙って妻の横に立っていた。「お母さん」この時、凪が静寂を破った。凪は、鼻を腫らし、いつものイケおじの面影など一切ない父親を見て、怒りに顔を歪めている母親へ視線を向けて話し始めた。「お母さん、私たち全員を呼び出して、一体どうしたの?お父さん、どうしてこんな姿に……誰がこんなになるまでお父さんを殴ったの?もしかして誰かと喧嘩してきたわけ?」三人の嫁たちは皮肉を込めた視線で洋文を見ていた。そして隣にいる自分の夫の腰をぎゅっとつまんだ。彼らは痛みに声をあげたくなったが、ぐっと声が出ないように堪えていた。「凪、お父さんはね、やってはいけないことをしてしまったんだ。でも、私が間違っていたんだ。早くお父さんに代わって母さんに許すように言ってくれ。父さんは今後二度とこのような過ちを犯したりしないと約束する」洋文はさっきまでの静寂が破られると、口を開いた凪に向かって慌てて懇願した。凪は言った。「お父さんってばどんな過ちを犯したのよ。どんな間違いを
奏汰たちがラグジュリゾートで食事をしている頃、凪は家に帰る途中だった。和子が柏浜に戻ってきた知らせを凪は秀一から聞いて知っていた。それに母親が空港から帰る時に、直接ラグジュリゾートへ向かったことも知っている。聞くまでもなく、母親は夫の浮気現場を押さえに行ったのだ。父親が最近外で若い女と遊んでいることを、凪は知らないふりをしていただけで、心の中では誰よりもわかっていた。奏汰も言っていたが、今回の件は凪が策略を立てて、奏汰が裏でその後押しをした形だ。この時、家に戻るよう通知を受け、凪は母親の怒りが頂点に達していることがわかった。凪は心のうちで、静かに父親に哀悼を捧げた。凪の三人いる兄は今怯えていることだろう。母親が子供たち全員に帰宅命令を出して、何をする気なのかこの時まだ知らない。それにどうして母親が予定よりも早く帰ってきたのかさっぱり訳がわからないはずだ。みんな母親はあと数日後にしか帰らないと聞いていたからだ。凪が家に到着した頃、若葉と三人の嫁もみんな家に着いていた。兄たちは凪の後に帰ってきた。凪が兄三人と会った瞬間、長男が凪に文句を言った。「凪、母さんが事前に帰ってくることをお前も知らなかったのか。もし、知ってたらなんで俺たちに一言教えなかったんだよ。跡取りのくせして、まさかその情報はお前にも知らせていないのか、おっそいな」凪は言った。「お兄さんはお母さんと、私なんかよりもずっと親しいじゃない。そんなあなたも知らなかったことなのに、私が知ってるとでも?お母さんが家にいる時、毎日のように私はひどく叱られているのよ。お母さんがそんな私に予定を早めて帰ってくるなんて、お兄さんたちを差し置いて、教えるわけないでしょ。お兄さんたちだって私の言うことなんて聞いてくれないし、私を支持する人間なんていないでしょ。情報伝達を早くしろなんて、そんなの叶えられるとでも思う?」そう言うと、凪は三人の兄をその場に置き去りにして、自分だけさっさと部屋に入っていった。長男の圭太(けいた)は二人の弟に言った。「あの田舎娘、見たか?俺がちょっと言っただけで、大袈裟に言い返してきたぞ。あいつ、何も能力がないくせに、連絡が遅れたことをよくも俺らのせいにしやがって。仕事の処理能力がないだけだろ」「まったくだな。田舎者はやっぱ田舎者
洋文が和子に連れていかれた後、無様な姿に成り果てた女は、周りから後ろ指をさされることになった。彼女が他人の家庭を壊した不倫相手の女であるとわかり、殴られてひどい有様になっていても、誰も同情などしなかった。彼女は力を振り絞って立ち上がると、よろけながら歩きだした。彼女は洋文が黛家当主の夫であるなどと、まったく知らなかった。もし、知っていれば、あんな年寄りの男などと火遊びはしなかったというのに。それに、以前であれば、強力な後ろ盾が自分にはあるから好き勝手できていたが、今回はそれが通用せず、こんなにひどく殴られることになってしまった。奏汰は玲と一緒にホテルに入っていった。二人はレストランの個室に入り、料理が運ばれてくるのを待つ間、奏汰は玲に尋ねた。「さっきはお楽しみいただけましたか?」彼らは和子よりもたった数分遅れでホテルに到着した。和子が夫の浮気現場を押さえている時、奏汰は玲を連れてその現場に駆けつけ、間近で楽しむことは、さすがにできなかった。二人は一階のロビーでソファに腰かけてくつろいでいた。もしあの女が逃げ出そうとしていなければ、今回、二人は面白い場面を見ることはできなかっただろう。「そうですね、素晴らしいものでした」玲はあっさり認めた。「ちゃんとばれないようにしましたか?黛当主があなたを疑わなくても、彼女の傍には付き人がいます。それは彼女たち黛家の当主に必ず仕える人で、当主に忠誠を誓っているんです。彼らはずば抜けた能力を持ち、黛当主が何か行う際には、ほとんど彼が計画を立て、手配まで全て手伝っているんです」奏汰は言った。「今回の件は別に俺一人でやったわけじゃないですよ。黛凪さんが裏であの女を選んで差し向けたんですからね。ちょうど彼女の父親があの女と出会って、はまってしまっただけです。もちろん、黛当主の付き人には気づかれることはないですよ。全ては偶然の成り行きなんですからね。誰かが裏で操っていたなんてわかりませんよ。俺自身もしっかり警戒しているし、当主が凪さんのせいだと気付くこともありません」奏汰は玲が凪を高く評価していることを知っている。それに、今のところ凪が正当な行いをしているのだから、彼も手助けしているのだ。実際、凪も奏汰を利用している。「それに、黛当主が裏で俺が動いていたと知ったところ
あの女がボディーガードに取り押さえられた後、和子はまた女に往復ビンタをくらわせた。女の顔はさらに赤く腫れあがっている。この時、きっと彼女の言うパトロンすらも、彼女を見て誰なのかわからないだろう。「和子さん」洋文は和子が人を殴り殺してしまうのではないか心配していた。それに、自分が少し遊んだ女が可哀想に思えて、我慢できずに和子の手を引いて止めようとした。そして、和子の怒りの炎が彼の身に向けられた。和子はサッと振り返ると、夫の顔に一発お見舞いした。多くの野次馬がいる中、和子は周りなど一切気にせず、夫を捕まえ暴力を振るった。そして野次馬にまざり、面白い場面を満喫していた奏汰がこの時前に出てきた。「黛当主」奏汰は声を抑えて、和子に一声かけた。すると夫に蹴る殴るの暴行を加えていた和子はその手をピタリと止めた。彼女は振り返って、自分を呼んだ声のほうへ目線を向けた。するとそこには奏汰がいて、和子は我に返ったように、夫を殴って乱れた服をきれいに整えながら言った。「結城奏汰さんではありませんか」「当主、私は今しがた戻ってきたもので、一体何があったのか把握していないのです。このホテルはうちが経営しているホテルですので、ここでは手加減をしてあげてください。死人が出てしまうと、うちのホテルの評判に関わります。それではちょっと困りますので」この七十過ぎのご老人はなかなかすごい。不倫夫とその不倫相手に、手加減など一切せず、暴行を加えている。多くの人が河野洋文という人間を知らない。しかし、さっき女の口から彼が黛家当主の夫であると聞いたので、今野次馬たちはみんな知ってしまった。河野洋文は黛家に婿養子として入った。浮気現場を妻に押さえられたうえに、ホテルの入り口で大勢が行き来している中、妻からこれでもかと痛い目に遭わされてしまった。今、洋文は完全に大恥をかいている。奏汰は、この男は絶対に心の中で黛当主をひどく恨んでいるだろうと断定した。和子は何度か深呼吸した。そして奏汰のほうを向いて謝った。「結城社長、申し訳ありません。さっきは頭に血がのぼってしまい、ここがラグジュリゾートだと忘れていました。お宅のホテルの名声を傷つける前に、今すぐこの男を連れて帰りますので」奏汰は、鼻を青く腫らし、ひどい有り様になっているうえに、ひと
和子は連続十回往復ビンタを洋文にかました。洋文は鼻が腫れ、青くなり、口の端からも鼻からも血を流していた。彼は和子に歯向かうことなどできない。おとなしく妻の怒りを受け止めるしかないのだ。和子が手を止めると、洋文は彼女の手を掴んで、つらそうな顔をして尋ねた。「和子さん、手が痛かっただろう?疲れたはずだ、マッサージしてあげるよ」しかし、和子は彼を床に蹴り飛ばした。「そこの二人を連れて行きなさい」和子は冷たくボディーガード二人に命令し、洋文と女を連れ帰って、引き続き罰を与えるつもりだった。裏切り者を簡単に許すわけにはいかない。ボディーガードたちはすぐに部屋に入り、あの女を担ぎ上げて当主の後に続いた。洋文に関してはボディーガードが連行する必要もない。彼は自ら立ち上がり、おとなしく妻の後ろについて、許してくれと懇願していた。彼は自分はこの女にはめられたと主張し、自分が若い女にうつつを抜かし、何度もホテルに来たことを完全に否定し続けた。和子は彼の言葉などまったく聞こえていないかのように、そのまま、まっすぐに歩いていた。それと同時に彼女は執事に電話をして、子供たち全員に即刻、今すぐ、家に帰るよう通達を出すよう命令した。洋文がこんなことができるのは、どこかから金をもらったからだ。経済力があってこそ、このように若く恥知らずな尻軽女をその気にさせることができる。名義上、洋文の毎月の小遣いは少ないわけではないが、和子がずっと夫の小遣いを管理し、財布には一万円超えないようにさせていた。そんな彼がラグジュリゾートほどの高級ホテルで消費できるということは、必ず父親孝行な子供たちからもらったに決まっている。和子は一体どの親孝行な子供が、父親にここまで親切にしてやったのか知りたいはずだ。和子がそのような通達を執事にしたのを傍で聞き、洋文の顔色がまた変わった。心の中では激しく和子に対する恨みを吐いていたが、実際にそのような悪態を口に出すことはできなかった。二人のボディーガードに担がれているあの女は、最初はおとなしく彼らに抵抗することはなかった。しかし、一階に着くと、隙をついてボディーガード一人に蹴りを入れ、相手が痛がって手を離した隙に、大きな力でもう片方のボディーガードの手を振りほどいた。そして必死に足を動かし、外に向かっ