麗華はじっと息子を少しの間見つめて言った。「あなたのことはあなた自身で決めて。お母さんはちょっと注意してあげただけよ。じゃあ、私はこれで帰るわね、お父さんが心配するから。年末はあなた達二人帰ってくるんでしょう?」「ばあちゃんから聞いてないのか?俺は28日に唯花さんと一緒に実家に帰るよ」「実家って、あ、もしかしてご先祖様のほうの実家?それでここ最近おばあ様がいつもあっちの家に行っていたのね」息子が唯花を連れて結城家の実家で年を越すと言っているのは、あの先祖が残してくれたかなり年季の入ったほうの実家なわけだ。あの家は結城家の「The・ご先祖の家」という感じだ。「あなた一体いつまで彼女に隠しておくつもりなの?」「母さん、俺も考えてるから、近いうちに打ち明けるよ。その時は星城全部に俺と唯花さんの結婚を公開するつもりだ」それから、結婚式の準備を始められる。理仁の頭の中では綺麗に事が進む状況が思い描かれていた。しかし、現実にはどうなることやら、誰も知らない。麗華は頷き「じゃあ、帰るわね」と言った。「気をつけて。今度来るときは事前に電話を入れてくれ、息子の嫁さんを驚かせないでくれないかな」麗華「……ちょっと母親を悪役みたいに言わないでちょうだい。唯花さんはかなり肝の据わった人よ、私とやり合うことだってできるのだから、そう簡単に驚いちゃうようなタイプじゃないでしょ」理仁は少し黙ってから、母親にお礼を言った。「なんでお母さんにお礼を言うのよ」「嫁さんに難癖付けないでくれて、どうも」麗華は我慢できず軽く彼に蹴りを入れた。「お母さんだって、あなたには楽しく幸せに生きてもらいたいと思ってるんだからね。あなたが唯花さんのことを愛していて、彼女があなたを楽しく幸せにしてくれるっていうなら、全身欠点だらけだったとしても、私だって我慢くらいするわよ。最悪優しく彼女の悪いところを指摘して直してあげるくらいで、わざと粗捜しをしにいったりしないわよ」結城家に嫁いで愛に満ちた生活を数十年過ごしてきて、良い影響を受けたことで、もともと悪い人間ではなかった麗華ではあるが、若い頃と比べるとだいぶ丸くなっているのだった。本当に何か言おうとするなら、彼女はただ息子夫婦は身分違いだと思っているくらいだろう。二人の差は歴然としている。だから唯花には理仁
食事の後。理仁は食器類を片付け、唯花はテーブルを綺麗に拭いて椅子を並べてからダイニングルームから出て来て義母の前に座った。彼女は時間を確認した後、義母に言った。「お義母さん、こんな時間ですし、車を駐車場にとめて、今夜はここに泊まったらどうですか?」「いいえ、私はもう少ししたら帰るわ。私が家にいないと夫が落ち着かないでしょうからね」一番上の息子が会社を引き継いだ後、夫は退職して、夫婦二人は毎日常に一緒に過ごしていた。彼女が家にいないと、夫は確かに慣れないのだ。唯花はこの義父母の関係が羨ましく思った。若い夫婦が年を取るまでずっと一緒にいて、人生が終わるまで自分の傍にいるのは最愛の人だ。「お義母さん、以前私は理仁さんがこの別荘を持っていたことを知らなくて、ずっと私に教えてくれてなかったんです。少し前に話してくれて、この家はフラワーガーデンの家よりも大きいし、私と理仁さん二人だけで住むには寂しいんですよね。それで、お義母さんとお義父さんの二人がここに引っ越してきて一緒に住むのはどうですか?」麗華は少し意外そうに言った。「あなた、義父母と一緒に住んでもいいの?」多くの若い夫婦は普通、親と一緒に住むのを嫌うのに。若い夫婦だけに限らず、自分が生んだ三人の息子たちは大人になったらそれぞれ実家から離れて外の部屋に住みたがった。結婚していなくとも、実家で両親たちと同居するのは嫌なのだ。若い世代と親世代の世界はやはり違うものである。「私は別に嫌じゃありませんよ」麗華は笑って言った。「だけど、理仁のほうは私たち親世代と一緒に暮らすのを嫌がるのよ。私たちはやっぱり自分の家で暮らすわ。あなた達若い人のお邪魔虫になりたくないのよ」彼女は心の底では唯花に対してあまり満足していなかった。一緒に住むことになれば、唯花の欠点が全面的に彼女の目に映ることになり、唯花を嫌う気持ちが加速してしまうだろう。それよりも今のまま距離を保っておいたほうがマシだ。唯花のほうはこの義母はとても良い人だと思っていた。彼女も毎日義母から欠点を指摘される心配もなく、お互いに平穏に過ごせるのだから。理仁がやって来ると、麗華は立ち上がって帰ることにした。「理仁、お母さんを見送ってちょうだい」唯花は本来自分も立ち上がって義母を見送るつもりだったが、義母がこのよう
自分の息子がこのように嫁に対して気遣い、優しくしているのを見ると、母親である麗華は少し面白くなかったのだ。それでもまだいい、嫁のほうが息子よりももっと気遣いがあるようだからだ。「どれどれ」麗華はその気持ちを受け取るように唯花が取り分けてくれたおかずを食べた。食べてみた後、麗華は息子が作った料理のほうが唯花のよりも美味しいと言いたかったが、そんなことを言うのは良心に背くと思い、少し悩んでから結局本当のことを言った。「理仁の料理はやっぱり唯花さんには敵わないわね。今後時間があったら料理の勉強しなさい、唯花さんのために作ってあげるのよ」そうすることで夫婦仲を深めることもできることだし。「だけど、平日は働いていて、仕事も忙しいし……」「お義母さん、安心してください。仕事のある平日には彼に料理をさせたりしませんから」今は彼らの家には家政婦の清水がいる。唯花のその態度に麗華は非常に満足していた。「母さん、エビ食べるか?」理仁は母親に尋ねた。「お母さんはもうご飯を食べたの。でも、唯花さんがあなた達の料理の腕を見てほしいってことで、ちょっとだけいただいたのよ。あなた達二人で食べなさい、私はテレビでも見てるわ」麗華は自分のお皿のおかずを食べた後、箸を置いて立ち上がり食卓から離れた。理仁は母親がいなくなってから、すぐに殻を剥いたエビを唯花のお皿に入れて優しく言った。「唯花さん、ゆっくり食べてね。このスープもたくさん飲んで、体に良いから」彼は唯花にウインクした。唯花は彼のその表情を見て、思わず口の中のご飯を噴き出してしまいそうだった。いつも難しい顔をしている彼が、まさかウインクをしてくるとは思ってもみなかったのだ。唯花は軽く咳払いをした後、すぐにリビングのほうへ目をやり、義母が優雅な動作でソファに腰かけるのを見ていた。彼女は再び義母の教養の高さに惚れ惚れとした。ドラマの中に登場する貴婦人よりもさらに優雅で美しかった。腰を下ろすその動作ですらこんなに優雅な所作なのだから。理仁は近寄ってきて、彼女の耳元で小声で言った。「大丈夫、母さんはこっそり俺らを見ることなんかしないから」もしおばあさんであれば、その性格からいって恐らくこっそりと覗き見してくるだろうが。母親は小さな頃からしっかりと教育されて育ち、彼女が聞い
麗華は結婚してから、夫から今までずっと愛され続け、三十数年を過ごしてきた。そして、今でも夫の中ではこの妻は最も重要な位置を占めている。少し黙ってから、麗華は息子に言った。「どうしたの?私があなたの奥さんは家事をさぼってあなたにご飯を作らせてるって責めるのが怖いの?あなたが出張から帰ってからすぐ会社に戻ってきたのは言うまでもないし、あなた数日間風邪で寝込んでいたんでしょ、ようやく体調が良くなったのに、彼女ったらあなたに食事を作らせるなんて。お母さんは別にあなたに奥さんを大事にするなと言ってるわけじゃないのよ。ただあまりに甘やかしすぎたら駄目じゃないの。そんなことして彼女があぐらをかいて、わがままになったらどうするの。あなたの身分を笠に着て、外で偉そうに威張り散らしたり、余計な問題を起こしたり、軽はずみな行動をし始めるかもしれないわよ」それを聞いた理仁の顔色は一気に暗くなった。「はいはい、わかったわよ。お母さんもう彼女の悪口は言わないから。あなたのその顔、私はただちょっと注意しただけなのに。別に私がさっき言ったみたいに彼女が変わったっていう話じゃないでしょ、なのにそんな怖い顔しちゃって、すごい鬼の形相よ、あなた」麗華は、唯花が結城家があの財閥家だと知ったら、すぐに態度をガラリと変えて、狂ったように自分の身分を笠に着て自由勝手な振舞いをし、息子がその後処理にまわる羽目になるのではないかと心配しているのだ。それを少しだけ注意しただけなのに、結果息子はそれが面白くなかったらしく、端正なあの顔を不機嫌そうにしてしまった。「母さん、唯花さんとはあまり関わったことがないのに、どうして彼女がどんな人間かわかるって言うんだ?だけど、息子の俺の人を見る目はどうか母さんも知ってるはずだ。彼女は決して権力を振りかざして人をいじめるようなタイプじゃないよ」内海姉妹は神崎夫人という金も権力もある伯母ができたのに、やはり以前のまま控えめな態度でいる。ただ上流社会の世界に生きる人だけが姉妹が神崎家の姪であることを知っていて、一般世間は何も知らないのだ。いや、佐々木家は知っているのだが。俊介の両親と姉は、今頃きっと悔しさで腸が煮えくり返っていることだろう。彼がちょっと圧力をかけるだけで、佐々木家はすぐに仕事を失うことになる。その時には佐々木家の面々はさら
理仁は母親がいい顔をしないかと心配していた。最後の料理を作り終わると急いでキッチンを出てきて、玄関を出ようとしたところ、母親と唯花が仲良く笑い合いながら入ってきたのを見た。彼は立ち止まり、整った顔に微笑みが浮かんだ。やはり唯花のことを心配しなくてもよかった。彼女ならきっとうまくやって、いい雰囲気を作り出し、母親に非難されるような隙を見せないだろう。「母さん」理仁は落ち着いた声で母親を呼んだ。「入ったらいい匂いがしたわ。料理の腕は落ちていないようね」麗華は息子をひとこと褒めて、また唯花に言った。「唯花さん、頑張って練習すれば、きっとすぐに彼を追い越せるわよ」「お義母さん、まだ味見してないでしょう。理仁さんの料理は確かに良い匂いがしてますけど、まずは実際に食べてみなくっちゃ。彼がもし私に負けたら、毎日彼に料理してもらって、腕を磨いて、お正月にはお義父さんとお義母さんにまたその腕前を見てもらいましょう」麗華は美しい瞳を光らせ、笑って言った。「そうよね。私たちが美味しい物にありつけられるように、時間があったら、この子にもっと練習させないと」理仁は笑いながら二人の会話を聞いていた。母親は唯花に今後料理を担当させようとしていたが、唯花は母親を怒らせないような言葉で見事にかわしたのだ。その時、インターホンがまた鳴った。「今度はきっと新鮮なエビが届いたんでしょう。取りに行ってきます」唯花は振り向いて、また家を出た。彼女が出ると、麗華は息子の周りを一周しながら彼を見つめた。「母さん、言いたいことがあればちゃんと言って。唯花さんは今いなくて聞こえないから」麗華は理仁のエプロンを少し引っ張って言った。「あなた、お父さんに似てきたわよ」「俺は父さんの実の息子だから、似て当然だろう」理仁は母親をソファに座らせた。「結城家の御曹司、結城グループの社長様は一体どのくらい調理器具を握っていなかったかしら?今はたった一人の女性のために自ら料理をするなんて。理仁、本当にお母さんをびっくりさせたわね」彼女は確かに唯花という嫁があまり好きではないが、長男の性格はよく知っていたのだ。もし家族の年配者がどうにか策を考えないと、このバカ息子は一生独身でいたかもしれない。幼い頃から、理仁は女の子と一緒に遊ぶのが嫌いだった。他の
理仁の温かい言葉で、唯花はすっかり安心して、笑って言った。「じゃ、お義母さんを迎えに行くわね。もし家事をしないことでお義母さんに責められたら、私が反論しても怒らないでね」彼女は女性が結婚したら、必ず家事全般を引き受けるべきだとは思わない。もし、義母が佐々木母が姉を責めるように彼女にもその態度を取れば、唯花はきっと黙ってはいないだろう。理仁は笑った。「わかったよ。絶対怒らないし、母さんもきっとそんなこと言わないと思うよ」たとえ母親が本当に唯花に不満を抱いても、彼に少しこぼす程度だろう。唯花がひどいことをしない限り、母親は彼女を直接責めるはずがない。唯花は義母を迎えに行った。麗華は長い時間待たされて少しイライラしてきたが、顔には出さなかった。唯花は正門を開けながら申し訳なさそうに言った。「お義母さん、お待たせました」麗華は穏やかな声で尋ねた。「理仁とまだご飯を食べていないの?」「はい、まだです。理仁さんは今キッチンで晩ごはんを作っています」唯花は門を開けて、麗華がそのまま入ってくるのを見て、思わず尋ねた。「お義母さん、車は?中に入れないんですか」麗華は足を止め、少し考えてから言った。「ちょっと様子を見に来ただけで、すぐ帰るから、車はそのままで大丈夫よ」息子が出張でひどい風邪を引いたと聞いて、麗華はすごく心配していた。二日おきにメッセージを送り、状況を聞いていたのだ。それで、唯花がしっかり看病していて、それにしっかり理仁を管理していた。毎日彼に水筒いっぱいの漢方薬を飲ませたのだ。麗華は今複雑な気持ちだった。彼女は長男の嫁の唯花があまり好きではなかった。理仁がおばあさんの恩返しのために、仕方なく唯花と結婚したことを知っていたからだ。理仁は絶対、唯花を好きにならないと思っていたが。まさかたった三ヶ月で、理仁はもう唯花に心を奪われてしまった。唯花には確かに神崎詩乃という伯母がいるが、神崎家がどうであれ、「内海唯花」とは関係ないのだ。麗華は詩乃がいるからといって、唯花を高く評価するわけはなかった。ただ、彼女は教養のある人だから、唯花に対して何かを言ったり、何かをしたりはしない。唯花と一緒に生活するのは理仁で、彼女ではない。二人が相応しいかどうか、一緒にいて幸せかどうかは、全部彼らのことなのだ。