もちろん、彼女が愛に溺れて物事をしっかりと判断できないような人間であったら、彼もここまで彼女に狂ってしまうほど落ちてしまうこともなかったのだ。この時、理仁はふいに清水が彼に言っていた言葉を思い出した。彼が愛しているのは、今のこの唯花であって、もし彼女が変わってしまえば、それはもう彼が愛する彼女ではなくなっているのだと。彼女の性格はまさにこのようなのだ。「だって恋のライバルなんていないじゃないの。もし、最強のライバルが現れたとしたら、常にあなたから目を離さないように見張ってヤキモチを焼くに決まってるでしょ。誰かにあなたを取られちゃうんじゃないかって心配にもなるわよ。だって、私はそこまで優秀な女性とは言えないんだもの」彼女は当たり前のようにそう言った。彼女も本当に恋のライバルなどいないからだ。理仁のことを恋焦がれて慕っている女性なら絶対に少数ではないはずだ。しかし、そのような女性たちは、告白する勇気すら持っていない。それに唯花も理仁を慕う女性に会ったこともないから、バチバチと火花を散らすこともない。だから、今の彼女は順風満帆で、完全に理仁の優しさを独占しているのだった。彼の優しさ、深い愛情、そのすべては彼女のもの。そこまで考えて、唯花は自分は本当にとても幸せな人間なのだと実感した。ここまで愛にまっすぐで一途な男性など、なかなかいないだろう。こんなに優秀な男性から一身に溺愛されているとは、唯花は夢の中でも思わずにやけて目が覚めてしまいそうだ。理仁は愛おしそうに彼女を大事に抱きしめて、からかうように言った。「だったら、そんな君のために誰かライバルでも用意したほうがいいのかな。少しくらい俺のために焦らせたほうがいいだろうか?」「そんなことできるの?もし、誰かが私のところへやって来て『内海唯花、理仁は私のものよ。いったいいくらで彼を私に譲ってくれるのかしら?』って言ってきたら、私の言い値であなたを売ってやるわよ。夫を売って稼いだお金で優雅な日々を過ごしてあげるわ、はははは!」それを聞いていた運転手と七瀬は言葉を失っていた。この話題は非常に危険である。運転手は一旦車を止めて、一時退避をしたかったが、それを実行する勇気などなかった。七瀬は透明人間になりたいと心から思ったが、残念かな、そのような能力を彼は持っていない
詩乃は江藤家の屋敷の前に立ち、他の数人の夫人たちと一緒によく知っているあのロールスロイスが去って行くのを見送っていた。「神崎夫人、結城さんは姪っ子さんのことを本当に大切にしていらっしゃるようですね。パーティーはまだ半分しか終わっていませんのに、もう迎えにいらっしゃるなんて」詩乃はそれに対して笑って言った。「そうですね、結城さんは姪のことを大切にしてくれていますよ。我々年を取った者もあんなものを見せつけられると羨ましくなってしまうくらいに」詩乃の近くにいたある夫人が探るように質問してきた。「結城社長と姪っ子さんはいつ結婚式を挙げる予定でいらっしゃいますか?我々も、ご結婚のお祝いがいつできるのか、まだかまだかと心待ちにしているんですのよ」詩乃は笑って言った。「この間、私と夫、それから姪っ子たちと一緒に結城家の琴ヶ丘邸へお邪魔したんです。彼らの結婚式の件を話し合いに行ったんですよ。秋に差しかかる頃の良い日取りに決まりました。みなさん、まだ数カ月はお待ちいただくことになりますわ。ご安心ください、みなさんのお席はご用意しておりますから、結婚式にはお祝いをくださればいいのです」その場にいた夫人たちは揃って笑いだした。「それはもちろんですわ」結城家に招待されることは非常に名誉なことなのだ。そんな彼女たちも結城家と交友を深める機会を逃すわけはない。実際、多くの人が唯花と麗華の嫁姑が仲良くやっているのかを聞いてみたいと思っていた。唯花が毎回パーティーに伯母である神崎夫人と参加しているのは、姑との不仲のせいなのか、それとも他に原因があるのか知りたいのだ。しかし、以前原田夫人が余計なことを口にして麗華に嫌われてしまったことを考えると、みんなは好奇心があるものの、口に出すのは我慢していたのだ。詩乃から、理仁と唯花の結婚式が秋の初めに行われるということを知り、これこそ一大ニュースとなった。これにより、内海唯花が結城家の若奥様という立場であることが将来も確定し、いずれは結城家をとりまとめる女主人へとなることが決まったことになる。ここにいる夫人たちの中で娘がいる者は、家に帰ってさっそく娘に伝えようと思っていた。今後、もしパーティーで唯花に会ったら、友人関係にはなれなくとも、決して唯花を怒らせるような真似をするなと釘をさしておくのだ。息子がいてすでに嫁が
理仁が唯花を迎えに来た時、まだ九時だった。パーティーが終わるまで、あと二時間はあるのだ。それなのに、結城社長はもう妻を迎えに来てしまった。江藤社長は笑顔を作り言った。「結城社長、ここまで来てくださったことですし、今日は私の母親の傘寿のパーティーなんです。社長も中に入って顔を出していただけませんか?」理仁はそれには返事せず、低く沈んだような声で「七瀬」と呼んだ。この時、七瀬は理仁が準備していた傘寿祝いの品を持って来た。理仁は落ち着いた声で言った。「予定より早くお邪魔してしまいまして、これは誕生日祝いのプレゼントです。お母様にはこれからも幸せに健康にお過ごしになられるよう祈っています」彼は邸宅の中へと入る気はなかったが、プレゼントを用意して来て、江藤家のおばあさんへの顔を立てたのだった。七瀬はそのプレゼントを江藤社長に渡して、彼はそれを受け取り何度も理仁にお礼の言葉を述べた。理仁がそこに立つ姿は爽やかでイケメン。あの花束も月の光に照らされて特に目を引く美しさだった。理仁が屋敷の中に入る意思がないのを見て、江藤も無理強いすることなく、人に頼んで唯花を呼びに行かせた。しかし、江藤がわざわざ呼びに行かせる必要もなかった。理仁が来たことで外がかなりざわついていたので、この時、隅の方でグルメを楽しんでいた唯花もその騒ぎに気づいて驚いていて、理仁が来たことを知ったのだった。彼女は姫華にひとこと言って、ナイフとフォークを置くと、一体どういうことなのか確認に出てきた。「理仁さん」唯花は隅の方から抜け出してきて、本当に理仁がやって来たのを見ると、彼を一声呼んだ。小走りに急いで彼の元に行こうと思っていたが、自分が高いヒールを履いていることを思い出して、走り出す足を止めた。理仁は彼女のほうを見て、彼女の美しさをまた認めざるを得なかった。彼女が高いヒールを履いて歩いていると、まさに淑女の雰囲気を醸し出していた。さらにこの時ドレスを身にまとい、ナチュラルメイクをしてジュエリーをつけ、ゆっくりと歩くその姿はまるで童話に出てくる白雪姫のようだった。江藤社長たちと顔を合わせている時の理仁はあの厳粛で冷たい表情を維持していたのだが、唯花を見た瞬間、彼はすぐに笑顔を見せ、瞳には彼女一人しか映っていなかった。「唯花さん」理仁は花束を抱えたま
唯花は言った。「大丈夫よ。ここに普通に座ってるでしょ。だけど、私の車は壊されちゃったから、今日理仁さんがここまで送ってくれたの」唯月は緊張した面持ちで尋ねた。「そんなこと、一体誰の仕業?またあいつらなの?」唯月はまた内海家の親戚たちの仕業だと思ったのだ。「違う、柴尾家よ。この間、助けた柴尾咲さんの妹と、二回ももめちゃって、彼女が不良たちを私のところに寄越したのよ」「法治国家をなめているわけ?」唯月はそう鈴の文句を言った。「警察には通報したの?」「うん」唯花は姉に抱かれている甥を見つめて言った。「お姉ちゃん、私は大丈夫だから。理仁さんが危険から守るために、また二人のボディーガードを私につけてくれたの。私のせいでお姉ちゃんと陽ちゃんが巻き添えにならないか心配で。お姉ちゃん、いっそのこと、私たちの部屋に引っ越して来て、一緒に住まない?そうすればお互いに面倒も見られるし、安全だと思うの」唯月はそれに対して「私が借りている部屋もセキュリティはしっかりしているし、もう警察には通報して処理してもらっているんでしょ。その人たち、これで懲りて、もう変な真似はしてこないはずよ。ここは法治国家なんだから」と返した。また少し考えてから唯月は話し始めた。「うちの店には小さな倉庫部屋があるわ。そこはもう片付けてしまって、二段ベッドを買って来て置こうと思ってるの。それから、今借りている部屋は引き払って、陽と店舗に住むこともできるかなって。そうすれば部屋を借りる家賃も浮くし、もっと安心できるでしょ」あの店の近くは、隼翔が警備員をすでに配置しているから安全なのだ。普段、親子が出かける時には、多くの場合唯花が車で送り迎えもしてくれている。「そんなに心配しないでね。堂々とはあの人たちも今後何もできないはずだから。さっきの話はお姉ちゃんにもちょっと心に留めて少し警戒心を持って気をつけておいてもらいたいなって思ったから話したの。これからは、お姉ちゃんが東グループで働いていた時のように、私が朝早くお店まで陽ちゃんを迎えに来て私のところで清水さんに世話をしてもらうのでもいいわ。そうすればお店のほうにも集中して働けるでしょ」この時、姉妹二人はもう昔のように誰も頼りになる人間がいないわけではない。結城家と神崎家が彼女たちの後ろに控えているのだ。誰かがこの二
唯花は以前、結城社長が自分の夫である結城理仁と同一人物だとは思ってもいなかったのだ。「唯花、それはもう過去の事よ。彼が私に敬語を使って話した瞬間、彼に対する幻想は全て断ち切ったわ。彼があなたのためにできることは、とっても、とってもたくさんあるってわかったから。それと比べて、彼は私に対してはなんにもしてくれなかった。私と話すことさえ嫌がっていたんだもの」姫華が理仁への気持ちを完全に断ち切ってしまったのは、唯花の存在があるからだけではなかった。彼女は理仁が誰かを愛している時と、全くの無関心である時と、その違いをはっきりと見抜くことができるようになったのだ。「そういえばね、私の親友とあなたの物語ってとっても似通っているところがあるのよ。ただ、希を結城さんの立場に入れ替えた形になるんだけどね、彼女は自分の令嬢という身分を隠して、彼氏と付き合っていたの。そしたら、彼のほうが彼女を捨てて、他の金持ち女のヒモになりに行ったのよ。これで楽して生活できるって言ってさ」唯花「……結婚する前にその男の本性がわかって良かったと喜ぶべきね」「私だって、そう彼女を慰めたのよ」姫華は車の鍵を手に取って言った。「唯花、それじゃあ、私はこれで失礼するわよ。土地借用の件だけど、時間がある時に、契約書をあなたが書いてみる?時間がないようなら、お兄ちゃんの秘書に作成してもらうわ。私こういうの作るのはイライラして苦手なのよ。前回、計画書を作成するのに一晩もかかったわ」「私がやるわ」唯花はその役目を引き受けることにした。なんでもかんでも姫華一人に任せっきりにしておくわけないはいかない。この件は彼女たち三人が共同で行うプロジェクトである。その過程でやるべき事を自分の力でやってみてこそ、経験を積むことができるというものだ。「夕方、あなたを迎えに来るわね。パーティーに行きましょ」唯花は笑顔でそれに応え、姫華を見送った。姫華が遠くに去ってから、店に戻り、明凛を手伝って昼食の準備を始めた。それから少しして、店内のお客は増えて賑やかになった。二人は食事を準備する手を一旦止めて、先に本屋の仕事をし始めた。それからまた暫らくして、唯月が陽を連れてやって来た。彼女は会社に出勤する人のためにも朝早くに店を開ける。この時すでに半日は働いていたから、とても疲れていた。かなり
唯花は姫華の話を聞いて驚いていた。田舎の土地を借りて事業を起こすまでもなく、理仁との間に子供を産むことに専念するだけで、ものの見事に超絶金持ちの夫人になれるではないか。それを横で聞いていた明凛もかなり驚いていた。なんといっても、やはり星城一の富豪家である。子供を産んでそんなにお金がもらえるのだ。さっきのはおばあさんからの出産祝い金であり、それ以外にもお祝いのお金がもらえるはずだ。「唯花、あなた、何人か子供産みなさいよ。あっという間に大金持ちよ」明凛が笑いながらそう言った。姫華は明凛の手を取って、何度も何度も明凛が悟の母親からもらったダイヤのブレスレットを触りながら言った。「明凛、あなたは唯花を羨ましがる必要なんてないでしょ。将来のお義母さんから、もう九条家の家宝とも呼べるジュエリーをいただいているじゃないの。最初、見間違いかと思ってたけど、何回もこれを見て、直に触ってみてわかったわ。これは九条家の歴代の夫人に伝わるブレスレットでしょ」明凛「……これが九条家の家宝ですって?姫華ったらどうしてそんなこと知ってるのよ?」明凛はまさか悟の母親が初めて会って、その家宝として伝わるジュエリーを彼女にくれるとは思ってもいなかった。つまりこれは、結婚までに通過すべき試練に、ただ一回でパスしたことを意味しているのか?「うちのお母さんが、私を連れて九条家の数人のご夫人たちに挨拶しに行ったことがあるのよ。毎回小百合夫人がそのブレスレットをつけているのを見ていたの。それから、九条弦さんのお母様も同じようなものを身に着けているの。彼女のほうが小百合夫人のものよりも、もっとダイヤが散りばめられたもので、ものすごく高価なもののはずよ。小百合夫人も、それは九条家に伝わるジュエリーで、代々長男のお嫁さんに受け継がれるものだっておっしゃっていたわ。悟さんって長男でしょ?」明凛はそれを聞いてすぐに「九条弦さんのほうが年上のはずだよ」と答えた。「あの二人は兄弟じゃなくて、従兄弟同士でしょう」明凛は顔を少し赤くした。「さっきはちょっと驚いてただけ。あの二人って本当の兄弟みたいに仲が良いんだもの。悟は長男で間違いないはずよ」姫華は笑って言った。「だから、あなたは唯花のことを羨ましがる必要なんてないって言ったのよ。あなたの将来の旦那さん一家は、結城