Se connecter保育園からずっと好きだった。 ただ、それだけだった。 宮原玲は誰にでも優しい。 怒らない。乱れない。嫌われない。 渚といるときは特に、壊れ物を扱うように丁寧に触れる。 でも本当は――閉じ込めたい。めちゃくちゃにしたい。自分以外の誰にも渡したくない。 その衝動を、玲はずっと別のところで発散してきた。 相良渚には過去がある。 男性が怖い。でも玲だけは怖くなかった。 事件が起きる前の、まだ綺麗だった頃の自分を知っている人だから。 同棲が決まった夜、渚は初めて打ち明ける。 怖くなくなりたい。玲のために、自分のために。 そして同棲初日、すべてが崩れた。 優しい彼と、動画の中の彼。 ――どっちが本物?
Voir plus「……っ、」 小さく息を呑んで、渚が指を引こうとする。玲はそれを逃さなかった。 指先を軽く唇で挟んで、それから離した。 渚の耳まで赤くなっている。そのあどけない反応が、さっきまで胸の奥に沈んでいた冷たいものを、じわりと溶かしていく。 (……やっぱり、渚だけだ) 玲は渚の顔をじっと見た。 「いい?」 渚は答えなかった。ただ、ゆっくりと、小さく頷いた。 顔が赤いまま、視線だけが玲を見ている。 玲は渚の顎に手を添えて、ゆっくりと顔を近付けた。 触れるか触れないかの距離で、一度止まった。 渚が目を閉じた。 それを確認してから、玲はそっと唇を重ねた。 柔らかい唇をゆっくりと喰む。さっきのプリンの甘さと、渚が塗っているリップクリームの香りが混ざって、舌先に滲んだ。 彼女の甘さを味わってから、玲はゆっくりと名残惜しそうに唇を離した。 渚の額に己の額を軽く当てて、瞳を真っ直ぐに見つめた。軽く触れるだけのキスで、渚の瞳が潤む。その顔を見る度に――もし深くしてしまえば、渚はどのように乱れてくれるのだろう。 「……いい?」呼吸を整えようと、渚は肩を小さく上下させていた。 「……シャワー、まだ浴びてないから……」 それは拒絶ではなく、彼女なりの照れや躊躇いだった。玲もそれは分かっている。いつもなら「いいよ、待ってるね」と、穏やかに彼女の髪を撫でて送り出すはずだった。けれど、今の玲にその余裕はなかった。 (渚は、どこにいた) 誰と。何をしていた。自分の知らない時間の中で、渚は笑っていたのか。 一秒でも早く、彼女を自分の一部にしたい。彼女の肌に刻まれた、自分の知らない一日の痕跡をすべて塗り潰したい。 「終わっても入るから、同じだよ」玲はそう囁き、渚の唇を再び塞いだ。浅く、角度を変えながら、何度も。渚の吐息が乱れていく。 「……あっ、」 玲はソファに座る渚の膝裏に腕を差し入れ、軽々とその身体を持ち上げた。 突然の浮遊感に、渚が驚いて玲の首に腕を回す。その腕の力が、玲の独占欲を激しく刺激した。(このまま、離さないでくれ)玲は渚を抱き上げたまま、寝室へと歩を進める。 一歩踏み出すたびに、腕の中の温もりが自分のものだという実感が強まっていく。 ベッドに横たえられた渚は、不揃いなミディアムストレートの髪をシーツに散らし、恥ずかしそうに視線
※ ※ ※ 金曜日の夕暮れ、玲は渚の好きな焼き菓子を手に提げて、渚の会社近くの駐車場に向かった。 渚がいつも停めている区画に目をやるも、白い軽自動車がなかった。 (……?) もう一度、確認する。間違いない――渚の車が、ない。 残業中なら、車はここにある筈だ。 玲は近くのコインパーキングに車を止めると、迷いのない足取りで渚の会社の入口へ向かった。ビルのエントランスから、退社する従業員達が出てくる。女性ばかり。 玲は入口で立ち塞がる守衛に、玲はビジネスマンらしい、隙のない微笑を向けた。 「すみません、営業の者なんですが、今から中に入ることはできますか?」 守衛が時計を一瞥した。 「この時間はちょっと難しいですね。それと、弊社は働き方改革で残業は基本的にないので、ご用件があれば明るい時間帯にいらしていただいた方がいいですよ」 「……そうですか。失礼しました」 玲は頭を下げ、その場を離れた。 夜風が冷たかった。 手の中の焼き菓子の袋が、やけに重かった。 渚のために用意したそれが、急に意味のないものに変わった。 (残業は、基本的にない) 渚が言っていた。毎週金曜日、残業が入ると。 (嘘だった) それだけだった。それだけのことだった。 なのに。 玲は歩きながら、その言葉を何度も頭の中で繰り返した。繰り返す度に、胸の奥で何かがゆっくりと形を変えていく。 (どこに行った?) 誰と? 何をしている? 玲は答えを出すことなく、夜の中を歩き続けた。どこへ向かうのかも決めないまま。 ※ 玲の部屋のドアが開く音がして、玲はいつものように穏やかな微笑みで渚を迎え入れた。だが、その胸中には、数時間前に自分の目で確かめてしまった「事実」が、冷たい澱のように沈んでいる。 駐車場に渚の車はなく、守衛からは「残業などない」と告げられた。 それなのに、渚は少し疲れたような顔をして、玲のために買ってきたというコンビニの袋を差し出した。 「玲、お疲れ様。……これ、プリン。帰りにコンビニで買ってきたの」 玲は「ありがとう」と礼を言い、その黄色いパッケージを受け取った。 夕食は、もはや砂を噛んでいるようだった。ここは自分の家で、目の前には愛する女がいて、彼女は自分のためにプリンを買
※ 終わったあとは、虚しさしか残らない。 性欲を満たし、溜まった鬱憤を出し切っても残るのは、ぽっかり空いた穴。そこを覗き込めば、いるのは飢えた獣が覗き返しているだけ。 (どうすれば、飢えを凌げるか……) ――渚に全てをぶつければ、満たされることを玲は理解していた。玲の空虚を埋められるのは彼女だけなのだから。 (そんなことをしたら、俺は嫌われてしまう) 九年前に再会できたこと自体が奇跡なのに、それを自ら壊すことはしたくない。玲は壁に片手を突き、頭から降り注ぐ熱い飛沫に身を任せていた。 タイルを叩くシャワーの音だけが、狭いユニットバスに反響している。 洗い流しているのは、女の匂いか、それとも自分自身の汚濁か。 足元の排水溝へ、白く濁った泡と共に吸い込まれていくお湯を、玲は無言で見下ろした。 (……汚い) 今しがたまで抱き捨てていた女の肌の感触も、耳を劈くような嬌声も、玲にとってはただのノイズでしかない。 どれだけ他人の体液を浴びても、どれだけ他人の身体を蹂躙しても、胸の奥にある黒い渇きは一向に癒えることはなかった。 むしろ、汚せば汚すほど、渚への渇望が強まるばかりだった。 (渚……) 濡れた前髪を無造作に掻き上げる。 彼の脳裏にあるのは、さっきの女の喘ぎ顔ではなく、電話越しに聞いた渚の穏やかな寝息だけだ。 自分は今、最低な場所にいて、最低なことをしている。 けれど、こうして汚れを外で吐き出し、熱いシャワーで証拠を消し去ることで、自分はまた明日、彼女の聖域に相応しい優しい玲として笑うことができる。 排水溝に渦巻く濁流を見つめる玲の瞳には、一切の感情が宿っていなかった。 (飢えも一緒に、流してくれたらいいのに) 玲は蛇口を乱暴に締め、静寂が戻った浴室で、濡れた顔を拭うこともせず立ち尽くした。 玲は鏡を見ることもなく手早く着替えを済ませると、女が横たわっているはずのベッドルームには一瞥もくれず、ホテルの部屋を後にした。 背後で重く閉まったドアの音とともに、先ほどまでの情事は玲のなかで「なかったこと」として処理される。 エレベーターを待つ間、内ポケットから携帯を取り出す。画面に躍る『渚』の二文字を見た瞬間、玲の頬の筋肉が、まるで魔法にかかったかのように柔らかく解けた。 無事に帰宅したという報告と、一枚の自撮り写真。
※ 玲が渚と初めてセックスしたのは、高校三年生のクリスマスイヴだった。 渚が手編みのマフラーをくれた。「重いよね、ごめんね」と謝った渚に、強く首を振った。渚は知らない。玲にとって、渚から貰えるなら何でも嬉しいことを。 (あのマフラーは今でも使っている) 解れるたびに渚が手直しをしてくれる。冬になると、渚に毎日抱きしめられているような気分になる。 (あのデートも、セックスも、全部覚えてる) ――こんな、安っぽいホテルではなかったのは確かだ。 消毒液の匂いが混じったラブホテルの室内。 「ほら、ちゃんと力抜いて」 優しく言っている筈なのに、声は低く、逃げ道を塞ぐ響きを持っていた。 「大丈夫。教えてやるから」 女の身体がびくりと震える。 拒絶でもなく、肯定でもない――ただ、従うしかない震え。 (この段階まで来れば、もう同じだ) 考えることをやめて、与えられる刺激だけを追い始める。 自分でどうしたいかなんて、どうでもよくなる。 「な?」 耳元で囁く。 「自分で動かなくても、ちゃんと気持ちよくなるだろ」 女は答えられない。 代わりに、浅く乱れた呼吸だけが返ってくる。 (……単純だ) 壊しているつもりはない。 ただ――順番を教えているだけだ。 考える前に、感じること。 抵抗する前に、委ねること。 それだけでいい。 「ちゃんと、俺の方見ろ」 女の視線が、ゆっくりと引き戻される。 もう、どこにも逃げ場はない。 (最初から、分かっていた) 少し優しくしてやれば、 少し触れてやれば、 あとは勝手に、こちらを求めるようになる。 ――そこから先は、早かった。 ※ 「ひ……あ、っ! もう、むり……っ、しんじゃう……っ!」 玲はそんな懇願を無視し、仰向けになった女の両足を高く、天井へ向かって蹴り上げた。彼女の腰を大きな掌で強引に持ち上げ、自身の膝を支えにした。 宙に浮いた女の身体は、玲が楔を叩き込むたびに、逃げ場を失って無様に揺れた。 「――お前が『知りたい』って言ったんだろ」 玲は嗤った。額に浮かんだ汗を拭うこともしない。 渚の前では決して見せない、獣の獰猛さを孕んだ貌。 「性感帯を探してあげてるんだから、まだ頑張れよ。まぐろを卒業したいんだろ?」 玲は片手を伸ばし、自身の楔が限界まで埋まっている女の下腹