壊したいほど好きだから、

壊したいほど好きだから、

last updateDernière mise à jour : 2026-05-25
Par:  美木 猫助Mis à jour à l'instant
Langue: Japanese
goodnovel18goodnovel
Notes insuffisantes
12Chapitres
31Vues
Lire
Bibliothèque

Partager:  

Report
Overview
Catalog
Scanner le code pour lire sur l'application

保育園からずっと好きだった。 ただ、それだけだった。 宮原玲は誰にでも優しい。 怒らない。乱れない。嫌われない。 渚といるときは特に、壊れ物を扱うように丁寧に触れる。 でも本当は――閉じ込めたい。めちゃくちゃにしたい。自分以外の誰にも渡したくない。 その衝動を、玲はずっと別のところで発散してきた。 相良渚には過去がある。 男性が怖い。でも玲だけは怖くなかった。 事件が起きる前の、まだ綺麗だった頃の自分を知っている人だから。 同棲が決まった夜、渚は初めて打ち明ける。 怖くなくなりたい。玲のために、自分のために。 そして同棲初日、すべてが崩れた。 優しい彼と、動画の中の彼。 ――どっちが本物?

Voir plus

Chapitre 1

序章:001

なめらかな肌、掌に吸い付く肌触り。

躰の線を指先で撫でれば、小刻みに震え、甘い吐息を漏らす愛しい人

宮原みやはらあきらはフェザータッチから徐々に手の動きを大胆にしていき、大きな掌で、薄い腹に触れた。

その手に驚いたのか、玲の下にいる相良さがらなぎさの腰が跳ねた。

玲は渚の反応にすぐに手を止めた。

両眉を八の字に下げて、彼女を心配そうに見下ろす。渚は頬を赤く染め、瞳が潤んでいた。

「ごめん、驚かせた。大丈夫?」

答えの代わりに、渚は玲の背中に手を回した。遠慮がちに触れるだけ――爪を立ててくれても良いのに。血が出るほど、消えない痕を残してくれ。

「怖くない?」

玲が物騒なことを内心考えているなんて知らない渚は、玲の言葉に小さく頷いた。

「……玲」と渚から名前を呼ばれる。

彼女に名前を呼ばれただけで、玲自身の切先から我慢汁がダラリと流れた――それを悟られないように、玲は渚の体の上から身を起こした。ボクサーパンツ越しの肉棒が渚の肌に触れないように。

だが、彼女の為に身を起こしたのに渚の手が玲に向かって伸びてくる。頭を引き寄せられバランスを崩す。咄嗟に両手を渚の顔の横についた。

顔と顔の距離が、近い。

さっきより体は離れているのに、視線が逃げられない。渚の濡れた目が、真っ直ぐ玲を見ていた。

(大きな目だ)

どんぐりのようにまん丸で、吸い込むように澄んでいて。ずっとこのまま、渚に見つめられていたい、玲はそう思った。

「どうした?」

「……きて」

――きて。

子供ではない。意味は分かる。だがそれを、欲望のままに実行してはいけないことを玲は知っていた

「慣らさないと」

「……うん……」

か細い声が震えている気がして「大丈夫? 無理してない?」

「うん」

さっきよりも強い返事。それを合図に玲は渚の唇に、そっと自分の唇を重ねた。最初は触れるだけ。それから上唇を甘噛みして、次に下唇を甘く喰む――キスは深くしない。舌も入れない。怖がらせてしまう。

キスの次は細い首筋をなぞるように唇を落とす。唇を下げていき、形が良い乳房に触れた。

目の端に小さな粒が見えた。だけど、玲はそれに気付かないフリをして、柔らかい乳房に唇を落とすだけに留めた。

左手は、さっきの失敗を繰り返さないように指先だけで渚の躰を指先でなでて、渚の足の間に指を滑らせた。

本音を隠して、下着の上にそっと手を這わせる。

(クリトリスを指で摘まんで、転がしたい)

本音に蓋をして、恥核を通り過ぎる。

クロッチの柔らかな布越しに、渚の熱が指先に伝わる――指先をクロッチの端に滑り込ませ、閉じた蜜口にそっと触れた。

(このまま、俺のちんこ突っ込みたい)

でも、駄目だ。玲は知っている。渚に何をしていいのか、悪いのか。後者を選べば渚を一生失ってしまう。

乳房に口付しながら渚に目線をやると、潤んだ瞳の渚と目が合った――彼女は微笑んだ。

「……渚。好きだよ」

「私も好き」

渚はそう言って照れ笑いを浮かべた。

渚を失えば、彼女の笑顔を二度と見られなくなってしまう。

それだけは、どうしても避けたかった。

「いい?」

と聞くと控えめな返事が返ってきて玲は渚の蜜口に指を一本、ゆっくりと沈めた。

本当は――舌でクリトリスを転がし、しゃぶって、クリトリスに触りながら陰部を舌で舐め、愛液を啜りながら指を抽送し、Gスポットを刺激して……ドロドロにしてちんこを突っ込みたい。きっと、最高に気持ちいい。

だが、玲は己の欲望に蓋をして、人差し指を奥まで入れずに第二関節までに留めた。なかは指を追い出すように締め付け、そして湿っていた。玲のキスと乳房への愛撫、フェザータッチで渚が感じてくれた証拠だった。

「……渚。いい?」

「きて」

玲はゆっくりと指を引き抜いた。

渚の息が、小さく乱れた。

渚の下着をゆっくりと脱がして、渚の両足を一本ずつ丁寧に脱がせる。足の間の蜜口をわざと見ないように視線を逸らす。

玲はボクサーパンツを脱ぎ、渚の足の間に収まる。渚の両目がこちらを見ていた。逃げない。怖がっていない。それだけを確認して、玲は自身にゴムを装着した。

「力、抜いて」

渚が頷く。

ゆっくりと、押し当てる。渚の眉が寄った。

「痛い?」

「……だいじょうぶ」

止まる。動かない。渚の呼吸が落ち着くのを待つ。

「続けて」

渚が言った。

少しずつ、深くなる。渚の指が玲のシーツを掴んだ。玲は渚の顔から目を離さなかった。苦しそうな顔をしたら止める。泣いたら止める。でも渚は――眉を寄せたまま、玲を見ていた。

「……玲」

名前を呼ばれた。

それだけで、どうにかなりそうだった。

「大丈夫?」

「うん」

玲はゆっくりと動き始めた。渚のペースに合わせて。渚が慣れるまで、このまま。

本当はもっと――。

渚が小さく声を上げた。

玲は、その声だけを聞いていた。

 ※

セックス後の肌は体温が上昇して、渚の白い肌が薄っすらと赤く染まっている。

(触りたい)

玲は渚の肌を自分の視界から遮断するように、起こさないようにタオルケットをかけた。

シーツの上で静かに横たわる渚の隣に、玲も横たわる。玲は天使のような渚の寝顔に魅入った。

渚の手に、そっと自分の手を重ねる。小さい手だった。

閉じた双眸を縁取る長い睫をじっと見ていると、渚がクスクス笑った。心地いい笑い声だった。

「ずっと見てるの?」

「分かった?」

「見られてるな、って気配がしたから」と言って渚は目を開けた。

重ねていた手を、渚が玲の指の隙間に指を絡ませる。玲はぎゅっと優しく握り返した

「何考えてたの?」

(──渚を閉じ込めたい)

「保育園の頃の渚を思い出してた」

「そんな昔のことを?」

渚が目を丸くして見せる。それを玲は愛おしそうに見つめながら、彼女の前髪を横に流した。

「向日葵を一緒に植えたでしょ? あれってまだ咲いてるのかな?」

「お盆に俺の実家に顔を見せに行くとき、保育園行ってみる?」

約束をそう取り付けると渚は「いいね」と頷いた。拒否られなかったことに玲は安堵する。

「……引っ越してきた男の子がいて、ずっと泣いてたから声をかけたの」

「覚えてる」

「覚えてたの?」

「あの頃から渚のことが好きだから」

照れ笑いを浮かべた渚の額に、玲は自分の額を軽く当てた。

「一目惚れだった。泣いている俺の手を握って泣き止むまで一緒にいてくれた子。あの頃からずっと渚だけが特別」

(だから、嫌われないようにしないと)

「だから、ずっと覚えてた」

 ※

駐車場まで一緒に降りた。

夜風が少し冷たい。玲は渚が車に乗り込む前に、渚のコートのボタンを首元まで留めてあげた。夜風で玲が使っているシャンプーの香りが渚から香った。

渚は行為が終わった後シャワーを浴びた。その反対に玲はシャワーを浴びないでいる。彼女の体液が自分の中に染み込んだと感じてから、シャワーを浴びることにしていた。

「送ってくれてありがとう」

「まだ居たらいいのに……いつもより帰るの早いね」

「明日、新しい上司が赴任してくるの。それに会議の準備もしなきゃいけないの」

「そっか」

渚が自分の車のドアを開けた。渚がシートに収まる。エンジンがかかった。

車の窓が開いて、渚が顔を出した。

「またね。おやすみ」

「気を付けて」

バックで駐車場を出て、出口へ向かう。テールランプが遠くなり、視界から消えるまで見送った。

(日曜も泊まって行けばいい)

言えない。

渚の気持ちを無視して、そんなことを言う男だと知られたら……嫌われてしまう。

(帰りたくない、と一言、言って言ってくれたら……)

閉じ込めて、誰の目も届かない場所へ大事にしまう。それが叶えば、渚の瞳は俺以外映さない――。

玲はポケットから車のキーを取り出した。ボタンを押すと、短い電子音が響く。

マンションのエントランスは背後にあった。

 ※

俺の唯一、俺の

玲がその光を一度失ったのは、小学二年生の頃だ。

Déplier
Chapitre suivant
Télécharger

Dernier chapitre

Plus de chapitres
Pas de commentaire
12
序章:001
滑らかな肌、掌に吸い付く肌触り。 躰の線を指先で撫でれば、小刻みに震え、甘い吐息を漏らす愛しい人。 宮原玲はフェザータッチから徐々に手の動きを大胆にしていき、大きな掌で、薄い腹に触れた。 その手に驚いたのか、玲の下にいる相良渚の腰が跳ねた。 玲は渚の反応にすぐに手を止めた。 両眉を八の字に下げて、彼女を心配そうに見下ろす。渚は頬を赤く染め、瞳が潤んでいた。 「ごめん、驚かせた。大丈夫?」 答えの代わりに、渚は玲の背中に手を回した。遠慮がちに触れるだけ――爪を立ててくれても良いのに。血が出るほど、消えない痕を残してくれ。 「怖くない?」 玲が物騒なことを内心考えているなんて知らない渚は、玲の言葉に小さく頷いた。 「……玲」と渚から名前を呼ばれる。 彼女に名前を呼ばれただけで、玲自身の切先から我慢汁がダラリと流れた――それを悟られないように、玲は渚の体の上から身を起こした。ボクサーパンツ越しの肉棒が渚の肌に触れないように。 だが、彼女の為に身を起こしたのに渚の手が玲に向かって伸びてくる。頭を引き寄せられバランスを崩す。咄嗟に両手を渚の顔の横についた。 顔と顔の距離が、近い。 さっきより体は離れているのに、視線が逃げられない。渚の濡れた目が、真っ直ぐ玲を見ていた。 (大きな目だ) どんぐりのようにまん丸で、吸い込むように澄んでいて。ずっとこのまま、渚に見つめられていたい、玲はそう思った。 「どうした?」 「……きて」 ――きて。 子供ではない。意味は分かる。だがそれを、欲望のままに実行してはいけないことを玲は知っていた 「慣らさないと」 「……うん……」 か細い声が震えている気がして「大丈夫? 無理してない?」 「うん」 さっきよりも強い返事。それを合図に玲は渚の唇に、そっと自分の唇を重ねた。最初は触れるだけ。それから上唇を甘噛みして、次に下唇を甘く喰む――キスは深くしない。舌も入れない。怖がらせてしまう。 キスの次は細い首筋をなぞるように唇を落とす。唇を下げていき、形が良い乳房に触れた。 目の端に小さな粒が見えた。だけど、玲はそれに気付かないフリをして、柔らかい乳房に唇を落とすだけに留めた。 左手は、さっきの失敗を繰り返さないように指先だけで渚
last updateDernière mise à jour : 2026-05-22
Read More
序章:002
渚とばかり遊んでいたことをクラスメイトに囃し立てられ、思春期特有の照れ隠しから、好きじゃない、と否定した。それを証明するために渚との約束を連絡なしにすっぽかし、クラスメイト達と校庭でサッカーをして遊んだ。その次の日からだ。渚が学校に登校しなくなったのは。プリントを毎日届けても、渚の母親しか対応してくれず。話したい、とお願いしても「風邪をうつすと悪いから」と門前払い。二階の渚の部屋のカーテンは固く閉じたままだった。いつも玲が遊びに来ると必ず、あの窓から顔を見せてくれるのに。渚を怒らせてしまった、と玲は思った。体調が悪いのは本当かもしれない。でも、自分が家の外から渚を呼んでも返事さえしてくれないのは、連絡もせずに約束を破ったことに腹を立てているんだ。玲はポストに手紙を毎日残した。学校に登校してこなくなった前日、渚との約束の場所に行かずにサッカーに行ったことを必死に謝った。それから、『わんちゃんの子犬が産まれたよ。今度こそ、一緒に見に行こう』『駄菓子屋に行こう』『夏祭り、今年も一緒に行こう』約束の場所と、時間も書いた。だけど、渚は来なかった。(渚もあの時、こんな気持ちだったんだ)約束をすっぽかしたことを後悔しない日はなかった。手紙には、学校での出来事も事細かく書いた。渚が登校しても、知らないままで寂しくならないように。だけど、一度も返事はなかった。玲は諦めず、毎日欠かさず手紙を残したが、三ヶ月後に突然それは終わりを告げた。相良の家の窓から見えていた、明るいピンクのカーテンが消え、二階の渚の部屋の花柄のカーテンも消えていた。町中を探しても、見つからなかった。子供の足で行ける範囲なら、どこまでも行った。担任に聞いても、両親に聞いても、誰も知らない。何も聞いていないと返ってくる。空っぽになった旧相良家の前で玲は立ち尽くした。(俺が約束を破らなければ……渚は俺の隣にずっといてくれたのに)その日から、玲の世界は色をなくした。抜け殻のように生きてきたある日――八年ぶりに渚と再会した。――俺の唯一、俺の光。失ったら、生きてはいけない俺の命。愛しているから、傷つけない。大事だから、傷つけない。(でも、俺の本性を知れば、絶対に嫌われる)俺の命を失ってしまう。愛しているから、壊せない。だから、壊さない
last updateDernière mise à jour : 2026-05-22
Read More
第1章:001
(あぁ……嫌だ。どうしよ……)職場のトイレで相良 渚は手洗い場の鏡の前から動けずにいた。鏡に映るのは、薄化粧を施した顔。肩にかかるくらいのミディアムストレート。丁寧に整えれば、綺麗に見える筈なのに、どこか少しだけ不揃いで、自分のために髪を整えることに、まだ慣れていない。 そんな渚の表情は両眉が情なく下がり、胸の前で指をずっと弄っている。 「どうしよ……」 一週間前、渚が働く化粧品会社に事業部長が海外本社から異動してきた。本社で実績を残し、日本支部も盛り上げるため、という理由での異動。 異動自体は珍しくない。渚が新卒で入社した時の事業部長は半年後に海外に転勤になったくらいだ。よくあることだった。 だが――今回の異動は異例中の異例だった。 (事業部長が男性だなんて……) 女性が占める世界だからこそ、渚はこの会社に入社したというのに、そこに男性の存在。 新事業部長はガタイがよく筋肉質。男らしさが前面に出ていて、渚がもっとも苦手とする男性のタイプだった。 視界に入れなければいい。だけど、どうしても入ってしまう。渚のデスクが彼のオフィス前にあるのだ。透明なガラスで区切られているため、嫌でも視界に入った。 男性の姿が視界に入る度、無意識に肩に力が入る。呼吸が浅くなってしまう渚にとって、この現状は仕事どころではなかった。 (面談がある……しかも個室で二人きり) どうして面談の順番が最後なのかが気になってしょうがない。 二人きりになる時間が、一番長いからじゃないか――そんな考えが頭を過る。 (あぁ……でも、玲には悪いことをしちゃった……) 毎週金曜日から日曜日は玲の家で寝泊まりをしている。 先日の金曜日は渚が生理でセックスは出来なかった。そういう夜は玲の腕の中で寝て朝を迎えるのだが……男性が毎日近くにいるせいで、昔のトラウマが蘇ってしまい、玲と一緒のベッドで一緒にいられる自信がなくて断ってしまった。 『今回流血がすごくて、生理痛もひどいの……シーツを汚すといけないから……』 『お腹を温めて寝た方がいいって聞くよ。湯たんぽ用意するから、ちょっと待っててね』 流血が酷いのも、生理痛も嘘。 嘘を吐いてしまったせいで、玲に気を遣わせてしまった。 いっそ、玲に相談しようと思った。新事業部長が男性で不安でしょうがない、夜も眠りが浅いと言えば心配して
last updateDernière mise à jour : 2026-05-23
Read More
第1章:002
※ドアをノックすると、「どうぞ」という低い声が返ってきた。一歩踏み出せば胸に圧がかかる。渚は息を浅くしたまま、ドアを開けた。橘 涼は書類から顔を上げた。 「相良さん、座って」 手で示された椅子に、渚は背筋を伸ばして腰を下ろした。渚は、目の前のガタイがいい男――橘の放つ威圧感に圧されていた。――やっぱり、苦手なタイプの男だった。背が高い。肩幅が広い。腕も太い。スーツの上からでも分かる体格の良さ。「楽にしていいから」と橘は手元の書類を捲った。(楽に……無理……)橘の声は近くで聞くと余計に低く、男らしさを感じさせるものだった。唯一の救いは、男性の臭いも苦手な渚だが、橘からはそれはなく、彼の付ける香水が清潔感のあるホワイトムスクだったこと。それでも橘への恐怖心は拭えず、小刻みに震える手を隠すために膝の上に置いて、書類から顔を上げた橘の顔を見る。『どうしても男性と目を合わせなきゃいけない時は、目じゃなくて顔のパーツを見るといいよ。そうしたら、話している方は自分を見てるように思うから』大学時代、面接の練習を男性教授相手にせねばならない時に、玲に教えてもらった方法を試す。橘と目が合っているようで、合っていないこの方法は渚を少し楽にしてくれた。「相良さんの企画、向こうでかなり評価されてるよ。知ってる?」「……はい。聞いています」「本来なら相良さん自身が本社へプレゼンに行くはずだったよね」「はい」「でも行かなかった」「……はい」橘は書類を置いた。渚の方を真っ直ぐに見た。 「どうして?」渚は膝の上の震える指をきつく組んだ。喋らないままでいるのは、面談の意味がない。渚は息を吸い込んだ。「私が行くよりも、得意な人にプレゼンをしてもらった方がことが上手く進むと思いました」(半分本当、半分嘘……)相手が女性だけならまだいい。だけど、取引先には男性の営業マンが居て彼らの前で上手く話せる保証はない。そもそも、プレゼンに行くなら車では無理だ。飛行機、新幹線……前後、隣に女性が座るとは限らない。男性が座った場合、過呼吸、パニックに陥る確率が高かった。「でも、企画を出した本人の方が内容を分かっているから上手く説明できるんじゃないかな? 他人が行くことで上手く伝わらず、企画が流れてしまうこ
last updateDernière mise à jour : 2026-05-23
Read More
第1章:003
「……え?」 顔を上げる。 思考が止まる。 「パートナーいるし、女性に何かする気はないから安心して」 あっさりと言われた。 あまりにも自然で、冗談にすら聞こえない。 暫くして、橘が携帯を取り出した。何かを操作して、それを渚の方に向けた。 画面には、二人の男性が並んで笑っている写真があった。 (二人とも、幸せそう……) いい写真だった。 「俺のパートナー。十年になる」 渚は、その写真をじっと見た。 「だから」と橘は言った。「怖がらなくていい」 渚はまだ写真を見ていた。 胸の中で何かがゆっくりと解けていくのを、渚は感じていた。 「それと」と橘が小声で、教えてくれた。 「無理して男口調で喋ってるけど……本当は、私オネェ言葉が喋りやすいのよね」 思わず橘を見ると、彼は渚に向かってウインクをした。 「二人っきりの時は、この口調で喋っていいかしら?」 渚は笑った。久し振りの、笑顔だった。 ※ ※ ※ 歓迎会の会場は、会社から徒歩五分の居酒屋だった。 乾杯の声が上がって、渚はグラスを持ち上げた。ウーロン茶。飲めないわけじゃないけれど、お酒が入った場の空気が苦手だった。男性社員は橘一人だったが、お酒が入ると距離感が変わる。そういう経験が、渚にはあった。 橘は席の中央で、女性社員たちに囲まれていた。 「橘部長って彼女いるんですか?」 「いないよ」 「えー! もったいない!」 「私、立候補しちゃおうっかなー」 「えー! ずるい! 私も!」 肉食女子たちの会話を、橘は苦笑いして聞いている。ふと、橘と目が合った渚は思わず視線を逸らした。 一時間ほどで、渚は先輩に帰ることを告げた。渚がいつも一次会で帰ることを知っている先輩は渚を引き留めることはなかった。 近くの人に軽く挨拶を返し、橘にも頭を下げる。彼は「お疲れ」と軽く手を上げた。 外に出ると、夜風が冷たかった。携帯を開く。 『一次会で帰る。今から行っていい?』 既読がついて、すぐに返信が来た。 『もちろん。迎えに行こうか?』 渚は少し笑った。 『大丈夫。お酒のんでないから、車だよ』 『じゃあ夜食作っておくね。何か食べたいものある?』 (また、気を遣わせてしまった) 『なんでもいい。ありがとう』 送信して、渚は携帯をしまった。 夜の街に、人の声が
last updateDernière mise à jour : 2026-05-23
Read More
第1章:004
「してないよ」 すぐに返ってきた。でも一瞬の間があった。 渚は何も言わなかった。 「……何か、あった?」 不安そうに訊ねた玲に、「なんでもない」と答えて首を振る。そして、玲の胸に顔を埋めた。 髪を撫でる手が、また動き始める。 (してる) 渚には分かった。 玲が渚のペースに合わせていること。怖がらせないように、壊さないように、触れていること。 それが嬉しくないわけじゃない。 でも。 (玲に、ずっと我慢させてる) 渚のせいで。渚が怖がるから。渚が、普通じゃないから。 玲は優しい。 怖がれば止まってくれる。 無理をさせない。 急かさない。 渚が泣きそうになれば、すぐに気付く。 ――だからこそ、苦しかった。 本当はもっと触れたいはずなのに。 本当はもっと欲しいはずなのに。 玲は、渚が怖がらない範囲でしか求めてこない。 その優しさに、甘えている。 自分は玲に守られてばかりだ。 「……本当に、何もない? 嫌なことがあったわけじゃない?」 暫くして、玲が渚にそう訊ねてきた。 顔を上げて、彼の顔を見ると捨てられた仔犬のような……何かに怯えている子供のような表情をしていた。 「心配しないで。ただ、聞いただけだから」 渚が笑って見せたが、それでも彼の不安な表情は消えなかった。 (余計な心配をかけさせちゃった) 「大丈夫。寝よ」 渚は玲を抱き締め、彼の胸に頬を当てる。 渚の髪を撫でていた玲の手が、震えているような気がした。 渚は目を閉じた。 (逃げたまま、でいいの?) 橘の言葉じゃない。自分の声だった。 ――玲のためにも。自分のためにも。 ――玲に、これ以上我慢させないためにも。 渚は決めた。 ※ 次の週から、金曜の夕食の約束がなくなった。 玲と過ごす筈だった時間が、静かに別のものに変わった。 『残業が入って。ごめんね』 最初の金曜、渚はそう送った。 嘘だった。送信ボタンを押した瞬間、胸の奥が鈍く痛んだ。 玲はきっと、「無理しないで」と返してくる。 責めたりしない。 疑ったりもしない。 だから余計に、苦しかった。 画面を閉じたあと、少しだけ指が震えていた。 それでも、エンジンをかけた。 カーナビに登録した場所へ向かう指先が、少しだけ躊躇った。 (ほんとうに、行くの……?) 知
last updateDernière mise à jour : 2026-05-25
Read More
第1章:005
※ ※ ※ 別に渚を疑っている訳じゃない。 社会人にでもなれば、残業は増えるものだ。 ここ最近になって、残業が増えたのは事業部長が変わったから、と言うのも納得は出来る。 だが――相手は海外から赴任してきた人物だ。 そんな人間が日本の悪しき風習である残業を部下にさせるだろうか。しかも、決まって毎週金曜日。金曜は渚に手料理を振る舞って、その後は配信ドラマや映画を観て、ベッドに入るという流れが今では夕食の時間が遅れ、ドラマと映画を見る時間が削られてしまっていた。 「橘部長がね、アメリカ本社のパーティで」 (橘) 「橘部長が、アメリカのカフェで」 (橘) 「橘部長が、今日の会議で」 (橘、橘、橘……) 口を開けば橘のことばかり。 ピロートークが橘になりつつあった。なりつつ、というより……もうなっている。 以前の渚は、仕事の話をあまりしなかった。 それが今では、楽しそうに仕事をしている。 今日は何を食べたとか。 テレビで観た動物動画が可愛かったとか。 そんな、他愛もない話ばかりだった。 渚の世界は、狭かった――それでいいんだ。 俺と、ほんの少しの日常だけでいい。 俺以外、視界に映さなければ、なんでもいい。 でも今は違う。 渚の知らない顔が増えていく。 俺の知らない時間が増えていく。 その中心にいるのが、橘だ。 (そんな奴のことより、俺の話をしてくれ) と内心思うも、玲は言えない。 不要な発言をしたことで、渚に不信感を持たれたくない。 渚が生まれて初めて職場で尊敬できる相手を見つけたのだ。茶々を入れることはできなかった。 (相手は……女だし) 男なら、渚がこんなに楽しそうに仕事をする筈がない。 (だが……それを俺がどう思うかは別の話だ) 渚が俺以外に意味を見出して、俺じゃなくても良くなったら、俺はどうすれば? 「――あの……お隣り、いいですか……?」頭上から声がして、玲はウイスキーが入ったグラスの縁から唇を離した。 視線を上げると、背中まで伸びた黒髪を後ろに流し、胸が強調される服に、タイトなミニスカートの下に黒タイツを履いた女が玲を見ていた。 化粧慣れも、着慣れていない感じがした。素朴さがまだ前面に出ている、擦れてないような子だ。 (……壊れやすそうだ)
last updateDernière mise à jour : 2026-05-25
Read More
第1章:006
「どうぞ」 無害そうな笑みを浮かべ、隣りを促すと女は恐る恐る玲の隣りに座った。 Barの高い椅子も不慣れなのか何度も座り直す。その度にスカートが捲れそうになり、慌てて手で押さえていた。 ようやく、思ったように座った彼女はマスターに「同じのを下さい」と伝えた。度が強いウイスキーだということを玲は教えなかった。 ――案の定、二杯で酔ってしまっていた。 「わたし、今日が二十歳のたんじょうび、なんれす」 「おめでとう」 心のこもらない言葉を、グラスで隠す。 女は愚痴を喋り続けている。 玲はそれを聞き流しながら、別のことを思い出していた。 (あの時) ――怖かった、と震える声で電話が来た。 大学時代、女子だけだと思っていた飲み会に男が来て。 差し出された酒を、渚は断れなかった。 一口飲んで、顔色が変わった。 トイレの個室に閉じこもって、泣いていた渚を思い出す。 レイプドラッグを酒に混ぜて渚に渡した男の大学を調べようと思ったが、渚がことを大きくしたくないから、と被害届は出さなかった。 『未遂だから大丈夫』 ――未遂? こんなに怖い思いをしたのに? 震えて、夜も眠れないのに? (……殺してやればよかった) 顔も知らない男に、そんな感情が浮かぶ。 (渚……暫くは、外に出られなかったな……) ――あのままで良かったのに。 カラン、と音を立ててウイスキーが置かれる。 玲はグラスを手に取り、隣の女に差し出した。 (渚なら、こんな場所に来ない) ――来させない。来られたら困る。 アルコールにトラウマがある渚が、こんな場所に足を踏み入れることはない。 玲がここで何をしていようと――触れていようと、壊していようと。 (知ることはない)「俺からの誕生日祝い」微笑むと、女は頬を染めた。 (こういう女は、少し優しくすればすぐ縋る)グラスがぶつかる音。 女は躊躇いなく飲み干した。 玲は微笑みながら女を眺めていた。女が同じ酒をマスターに頼んでいることも止めなかった。 「――おにぃさんが、やさしそう、だったからぁ」 「そう思ってもらえて嬉しいよ」 優しい男は、酒が弱い女に強い酒を進めないし、限界を知っていて止める。 昔から、無害な外見で得することは多かった。身なりを清潔に整え、温和に、冷静に振舞えば他人からの第一印象は決
last updateDernière mise à jour : 2026-05-25
Read More
第1章:007
※ 玲が渚と初めてセックスしたのは、高校三年生のクリスマスイヴだった。 渚が手編みのマフラーをくれた。「重いよね、ごめんね」と謝った渚に、強く首を振った。渚は知らない。玲にとって、渚から貰えるなら何でも嬉しいことを。 (あのマフラーは今でも使っている) 解れるたびに渚が手直しをしてくれる。冬になると、渚に毎日抱きしめられているような気分になる。 (あのデートも、セックスも、全部覚えてる) ――こんな、安っぽいホテルではなかったのは確かだ。 消毒液の匂いが混じったラブホテルの室内。 「ほら、ちゃんと力抜いて」 優しく言っている筈なのに、声は低く、逃げ道を塞ぐ響きを持っていた。 「大丈夫。教えてやるから」 女の身体がびくりと震える。 拒絶でもなく、肯定でもない――ただ、従うしかない震え。 (この段階まで来れば、もう同じだ) 考えることをやめて、与えられる刺激だけを追い始める。 自分でどうしたいかなんて、どうでもよくなる。 「な?」 耳元で囁く。 「自分で動かなくても、ちゃんと気持ちよくなるだろ」 女は答えられない。 代わりに、浅く乱れた呼吸だけが返ってくる。 (……単純だ) 壊しているつもりはない。 ただ――順番を教えているだけだ。 考える前に、感じること。 抵抗する前に、委ねること。 それだけでいい。 「ちゃんと、俺の方見ろ」 女の視線が、ゆっくりと引き戻される。 もう、どこにも逃げ場はない。 (最初から、分かっていた) 少し優しくしてやれば、 少し触れてやれば、 あとは勝手に、こちらを求めるようになる。 ――そこから先は、早かった。 ※ 「ひ……あ、っ! もう、むり……っ、しんじゃう……っ!」 玲はそんな懇願を無視し、仰向けになった女の両足を高く、天井へ向かって蹴り上げた。彼女の腰を大きな掌で強引に持ち上げ、自身の膝を支えにした。 宙に浮いた女の身体は、玲が楔を叩き込むたびに、逃げ場を失って無様に揺れた。 「――お前が『知りたい』って言ったんだろ」 玲は嗤った。額に浮かんだ汗を拭うこともしない。 渚の前では決して見せない、獣の獰猛さを孕んだ貌。 「性感帯を探してあげてるんだから、まだ頑張れよ。まぐろを卒業したいんだろ?」 玲は片手を伸ばし、自身の楔が限界まで埋まっている女の下腹
last updateDernière mise à jour : 2026-05-25
Read More
第1章:008
※ 終わったあとは、虚しさしか残らない。 性欲を満たし、溜まった鬱憤を出し切っても残るのは、ぽっかり空いた穴。そこを覗き込めば、いるのは飢えた獣が覗き返しているだけ。 (どうすれば、飢えを凌げるか……) ――渚に全てをぶつければ、満たされることを玲は理解していた。玲の空虚を埋められるのは彼女だけなのだから。 (そんなことをしたら、俺は嫌われてしまう) 九年前に再会できたこと自体が奇跡なのに、それを自ら壊すことはしたくない。玲は壁に片手を突き、頭から降り注ぐ熱い飛沫に身を任せていた。 タイルを叩くシャワーの音だけが、狭いユニットバスに反響している。 洗い流しているのは、女の匂いか、それとも自分自身の汚濁か。 足元の排水溝へ、白く濁った泡と共に吸い込まれていくお湯を、玲は無言で見下ろした。 (……汚い) 今しがたまで抱き捨てていた女の肌の感触も、耳を劈くような嬌声も、玲にとってはただのノイズでしかない。 どれだけ他人の体液を浴びても、どれだけ他人の身体を蹂躙しても、胸の奥にある黒い渇きは一向に癒えることはなかった。 むしろ、汚せば汚すほど、渚への渇望が強まるばかりだった。 (渚……) 濡れた前髪を無造作に掻き上げる。 彼の脳裏にあるのは、さっきの女の喘ぎ顔ではなく、電話越しに聞いた渚の穏やかな寝息だけだ。 自分は今、最低な場所にいて、最低なことをしている。 けれど、こうして汚れを外で吐き出し、熱いシャワーで証拠を消し去ることで、自分はまた明日、彼女の聖域に相応しい優しい玲として笑うことができる。 排水溝に渦巻く濁流を見つめる玲の瞳には、一切の感情が宿っていなかった。 (飢えも一緒に、流してくれたらいいのに) 玲は蛇口を乱暴に締め、静寂が戻った浴室で、濡れた顔を拭うこともせず立ち尽くした。 玲は鏡を見ることもなく手早く着替えを済ませると、女が横たわっているはずのベッドルームには一瞥もくれず、ホテルの部屋を後にした。 背後で重く閉まったドアの音とともに、先ほどまでの情事は玲のなかで「なかったこと」として処理される。 エレベーターを待つ間、内ポケットから携帯を取り出す。画面に躍る『渚』の二文字を見た瞬間、玲の頬の筋肉が、まるで魔法にかかったかのように柔らかく解けた。 無事に帰宅したという報告と、一枚の自撮り写真。
last updateDernière mise à jour : 2026-05-25
Read More
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status