Masuk隼翔は爽やかに笑っていた。彼の言った言葉を聞いて、俊介はまた申し訳なく思い、口調を変えて尋ねた。「東社長の足の具合はいかがですか?」心の中では、隼翔がこのまま歩けない状態でいればいいと思っている。俊介は自分と唯月が絶対に復縁することはないとわかっている。唯月は捨てた男をまた拾うような人間ではない。しかし、俊介は唯月が他の男と結婚するのを、特にその結婚相手が東隼翔であるのをどうしても見たくなかった。もし、唯月が普通の一般男性と結婚するのであれば、俊介も少しは気持ちに納得ができた。よりによって、唯月のことを好きになり口説いているのが東隼翔なのだ。彼は各方面どこをとっても俊介より優秀だ。唯一の欠点と言えるのは結婚するには年齢が少し上だということだ。しかし、隼翔は今まで結婚をしたことはない。少しくらい年がいっていても、一度離婚を経験し子持ちである唯月と一緒になったら、唯月のほうが彼に相応しくないと思う世間の目もあるだろう。今、隼翔は足が不自由になっているが、彼に結婚願望さえあれば、多くの女性が彼と結婚したいと思うはずだ。「佐々木さん、お気遣いをどうも。俺の足はだいぶ良くなっていますよ。今はリハビリ中で諦めずに続ければ、来年には普通に歩けるようになるでしょうね」俊介の言葉と内心が一致していないことなど、もちろん隼翔は見抜いている。隼翔は豪快で大雑把な性格をしているが、ビジネス界の荒波に長年揉まれてきた人間だから、人を見抜く力を持っているのだ。佐々木俊介と、その家族たちですらも、自分が残りの一生を車椅子で過ごすことを期待していると、隼翔はよくわかっている。隼翔はわざと、自分は来年には完全に回復すると言って、彼らをイラつかせたかったのだ。彼の足が一生不自由のままだったら、彼らが少し後押しすれば、佐々木俊介が唯月と復縁できるとでも思っているのか?夢でも見ていろ。さっき、唯月と隼翔が病室の前にいる時に、佐々木家の会話を聞いていた。俊介は顔を少し引き攣らせて、なんとか無理やり笑顔を作りだして言った。「それなら、良かったですね。東社長は良い方ですから、きっと神様が見ていてくれますよ。歩けるようになるはずです」佐々木母は唯月に椅子を運んできて、息子のベッドの前に唯月を座らせようとした。唯月はお礼を言って、その椅子を隼翔の隣に移動さ
この時、恭弥が陽に近づいて、あの花束を触ろうとした。その瞬間、俊介は慌てて言った。「恭弥君、勝手に触っちゃだめだ。これは陽がおじちゃんにくれた花なんだからね」「おじちゃん、お花きれいだから、ぼくもほしいよ。一本ちょうだい」俊介は一本すらも惜しく、花束を甥の手が届かないように、自分の隣に置いた。「恭弥君、もし花束から一本抜いたら見栄えが悪くなってしまうよ。姉ちゃん、りんご洗って唯月と、東社長と、それから陽にあげて」英子は頷き、自分の息子に言った。「恭弥、わがまま言わないのよ。あれは陽ちゃんがおじちゃんに買ってきた花束でしょ。おもちゃじゃないの。だから一本でも取ったらだめなんだよ。手を洗っておいて、りんごを食べようね」りんごを食べると聞き、恭弥はそれ以上花に執着することはなかった。彼は陽の服をじろじろと観察し、手で触って引っ張ると、陽に尋ねた。「陽君、これ、おかあさんから買ってもらった新しい服?カッコイイね。ぼくも新しいのがほしい」すると彼は後ろを振り返って、唯月に言った。「ぼくも陽君が着てるみたいな新しい服がほしい。買ってくれない?」以前であれば、唯月が買った物は陽も恭弥も持っていた。もし、唯月が買ってくれないと、英子が唯月に叱りつけていたのだ。佐々木母も英子と一緒になって、責めていた。それからは、唯月が陽に新しい服を買う時には、恭弥にも同じものを買うようになった。恭弥はまだ小さい。陽より一歳年上なだけだ。しかし、英子のような母親を持つ彼は、誰かから楽して美味しいところを横取りするような性格が形成されつつある。「恭弥君、新しい服が欲しいなら、自分の母親に買ってもらいなさい」すでに彼らとは親戚でもなんでもない。唯月は子供と言い争う必要もないが、彼に対して以前のような態度はもうなくしている。恭弥が欲しいなら、母親が買ってやればいいだけの話だ。唯月はもう二度と恭弥に物を買ってやることはない。英子は吸血鬼のように甘い血をすすろうとする人間だ。今はひたすら一心に、俊介と唯月を再婚させることしか考えていない。それは自分がまた苦労せずに、楽して唯月から利益を得たいがためなのだ。以前の唯月は、自分の稼ぎのない専業主婦だった。俊介がくれる生活費と、妹が毎月くれるお金で暮らしていた。そんな状況でも英子はうまい汁を吸ってい
ただ一人、恭弥だけがまだ何もわかっていない。彼は末っ子でまだ幼く、家族からは非常に可愛がられている。以前はよく陽をいじめて、陽の物を奪っていた。そして最後には、俊介の家に行っても陽に会うことはなくなり、恭弥もいじめる対象がいなくなって、何か奪うことはできなくなってしまった。しばらくぶりに会ったので、恭弥の他人の物を奪いたい衝動がふつふつと込み上げてきた。彼は陽の着ている服はとてもカッコいいと思い、それも欲しいと思った。「子供たちったら、すっかりこんなふうに呼ぶのに慣れちゃってて」英子は唯月の手からりんごの入った袋を受け取って、こう言った。「ここに来てくれるだけで、別に何も買ってこなくていいんですよ。本当にすみません」ちらりと中身を確認すると、りんごしか入っていなかった。今はりんごも少し値上がりしていて、受け取った袋に入っている量だと二千円くらいだろう。英子は唯月が前回来た時よりもケチになったと感じた。しかし、手ぶらで来るよりはマシなので。笑顔は消さなかった。しかしその笑顔も、主に昼食を奢ってもらおうという魂胆があるからだ。唯月は俊介の両親と姉に会釈した。それを挨拶代わりにして、陽に言った。「陽、買って来たお花をあなたのお父さんにあげて」佐々木家全員は唯月が約束通りに陽を連れて俊介のお見舞いに来てくれたので、とても喜んでいた。彼女が俊介と離婚してもう長い時間経っているのに、彼が重傷で入院している今お見舞いに来てくれたので、唯月は情に厚い人間だと彼らは感心していた。しかし、彼らはボディーガードに車椅子を押されて入ってきた隼翔を見た瞬間、全員笑えなくなった。東家のボディーガード一人が、手に二つ袋を提げていて、隼翔の合図でそれをベッドサイドテーブルの上に置いた。隼翔は丁寧な口調で佐々木家に挨拶をした。「佐々木さんのお見舞いに来ました」佐々木家は全員互いに顔を見合って、最後に俊介の父親が絞り出した笑顔で、隼翔にお礼を言った。自分の息子には唯月を取り戻すチャンスはないとわかっていながらも、実際に唯月と隼翔が一緒にいるのを見ると、彼も心の中に形容し難い苦しみが込み上げてきた。家庭をしっかり守り、世話をしてくれていた良い嫁を、彼ら一家は失ってしまったのだ。今、それを取り戻したいと思っても、困難だ。元嫁の傍にはす
英子も母親と一緒になって弟にきつく言った。「俊介、今回はなにがなんでも離婚しなさい。これ以上あんなふざけた女と一緒にいちゃだめよ。あんたがこんな目に遭ってから、みんなどんな生活してたかあんたわかったんの?あんたね、あのクソ女と自分のことだけじゃなくて、うちらのことも考えてよね。私はあんたを助けるために怪我して数日入院してたんだから。私たちは姉弟だから、治療費の請求をあんたにはしないんだよ。だけど、私たちの言うことは聞いてもらうからね。さっさとあんな女とは離婚しなさい。それから嘆願書は出すんじゃないよ。あの女はあんたを刺して殺そうとしたのよ。それなのにどうして許せるの。絶対に一ミリたりとも許しちゃだめ!最初はあんたから近づいたかもしれないけど、あっちにも下心がなけりゃ、あんた達が一緒になれるわけないでしょ。責任は両方にあるんだからね。あんたが彼女にちょっかい出してきた時、あの女はどうしてさっさと辞めてしまわなかったんだろうね?あんたから離れていきゃよかったじゃない。それなのに、つかず離れずあんたにくっついて回って、曖昧な空気を出してたんでしょ。プレゼントをすれば全部素直に受け取っちゃって。あの女がそれを嫌がっていたわけじゃないでしょ。完全に下心があったくせに、被害者面しちゃってさ。あんたはあいつを許そうって?じゃ、どうしてお父さんやお母さん、それに私のことは理解してくれないのよ。見なさい、あんたの事で二人とも髪が真っ白になってるわ。さっさとあの女とは離れるのが一番よ。重刑を受けさせないと。あんたは無事だったから、死刑は免れるわよね。でもあの女がやった事を考えれば、無期懲役はいけるはず。一生刑務所で過ごせばいいの。あんたは離婚して、早く元の奥さんと子供を取り戻しなさい」英子は自分が代わりに唯月を取り戻したくてたまらなかった。ここまでずっと口を閉じていた父親が、この時話し始めた。「唯月さんはきっと戻ってこないだろう。だが、成瀬とは離婚したほうがいい。危うく命を奪われるところだったんだ。私たちは誰もあの女を許しはしないよ。俊介、私も母さんも、もう結構な年だ。もうこれ以上ごたごたに付き合わされるのはたえられない。もし、またこんな事が起きたら、その瞬間心臓が止まってあの世行きだ。親のことを考えるなら、成瀬とは離婚してくれ。それから、その嘆願書とや
数日休んで、俊介の精神状態は目が覚めたばかりの頃よりも少しよくなっていた。しかし、ベッドから降りて歩くことはまだ無理だった。体には無数のナイフで切られた傷がある。莉奈にこのように刺され、彼がまだ生きているのは奇跡としか言いようがない。ベッドから降りて行動したくても、医者からはまだまだ時間がかかると言われている。生と死の境目を経験し、俊介は誰が良い人間か、悪い人間かもよくわかっている。しかし、彼は莉奈を責めてはいなかった。結局彼女をあそこまで追いつめたのは自分だからだ。彼女の言っていたとおり、当時、俊介のほうから莉奈に近づいていった。あの時、俊介が下心を持たなかったら、、莉奈も真面目に彼の秘書をしているだけだっただろう。それで、二人が一緒になることもなく、こんな事件など起きなかったのだ。そして俊介は、最高の妻を自ら手放した。莉奈と結婚した後も、彼女が望む暮らしを与えてあげられなかった。二人の生活はまったく幸せではなかった。毎日喧嘩し、揉め事が起きていた。莉奈が自分を見失い俊介を刺し殺し、一緒に地獄に落ちようと思ったことを俊介は理解できた。彼は命の危険から逃れ、なんとか話をすることができるようになっていた。両親に、自分の怪我が良くなってから、情状酌量の嘆願書を提出し、彼女の弁護士に手伝ってもらって刑を軽くできるようにしたいと伝えた。両親はそれを聞いて叱りつけたが、俊介は自分の考えを変えようとしなかった。あまりの怒りに両親は俊介を放っておいて、田舎に帰りたいとさえ思った。「お母さん、唯月さんって今日陽ちゃんを連れて俊介のお見舞いに来るんじゃなかった?もう十一時よ、どうしてまだ来ないのかな?明日にするつもりなのかしら?」英子が時間を見て母親に尋ねた。「私お腹空いちゃった。唯月さんが来たら一緒に外で食べようって思ってるのに」英子は唯月の新店舗を見に行きたいと思っていた。場所が分かれば、唯月の新店舗がオープンしてから、英子が市内に来た時には、そこで美味しいものでお腹を満たせるというわけだ。英子は自分のお金を使うのには、非常に財布の紐が堅い。両親が彼女の家から引っ越していった後、もう代わって子供の面倒を見たり、買い物して食事を作ってくれる人がいなくなってしまった。そして英子は自分で買い物する時に、豚肉は高いし、鶏
この時、唯月がやって来た。「東社長」隼翔は彼女のほうを深い眼差しで見つめた。「唯月さん、今日は俺も病院に行く予定があって、君が陽君を連れて彼の父親のお見舞いに行くって聞いたから、ここまで来たんだ。一緒に行ってもいいかな」実際、彼が病院で再検査をする日はまだなので、行く必要はない。ただ口実をつくっているだけだ。唯月と陽が病院に俊介に会いに行くのが不安なのだ。佐々木家がどうにかして唯月を説得し、俊介と復縁させようと考えているからだ。俊介は生と死の境目を経験し、きっとようやく誰が自分に相応しかったのか気づいているだろう。そんな彼が家族の話を聞いて、また唯月を追いかけ始めるかもしれない。当初、俊介は唯月が醜くなったことに嫌気がさし、浮気をし始めた。唯月を裏切ったくせに、また唯月に復縁してくれと頼める資格があると思っているのか?唯月も絶対に俊介とヨリを戻すことはないと言っているが、それでも隼翔は心配だった。唯月が自分の告白を受け入れて結婚してくれるまで、彼はどうしても安心できない。それでなにかと唯月の前に現れては、周りに彼女の傍には自分がいるのだと主張している。「再検査の日はまだ先じゃありませんでしたか?」唯月が尋ねた。それに対し、隼翔はさらりと嘘をついておいた。「昨日の夜なんだか足が痛んで、先生に話したんだよ。先生から今日一度病院に来て見せてくれないかと言われてね」唯月は視線を彼の足へ落とした。「それなのに、陽を膝の上に乗せているんですか。陽、早く降りて、おじさんは足が痛いんですって、座ってたらダメよ」「大丈夫だよ、陽君は軽いから」隼翔は手の力を緩めることはなく、そのまま陽を膝に乗せて、ボディーガードに車の前まで押していくように言った。それから陽に言った。「陽君、おじさんの車で病院まで行こうか」「でも、おじちゃん、ぼく、さきおばちゃんのお店でお花をおとうさんに買わなくちゃ」隼翔は愛しそうな眼差しで陽を見て言った。「じゃ、一緒に買いに行こう。お父さんにあげるって、自分のお金で買うのかな?」陽はまだ三歳だが、実は結構な貯金がある。毎年正月にはいつもお年玉をもらっている。その金額は大人顔負けだ。「そうだよ。おとうさんに買うんだもん、もちろんぼくが出すよ。だって、ぼくのおとうさんだからね」隼
「わかった、それなら理仁さんにそう伝えておくね」唯花も姉が自分で陽の学費を払うと言うので、それに関しては何も言わなかった。姉が陽を星城セントラル幼稚園に入れる気があるだけで十分だった。姉もその学費を払えるというのだから問題はない。陽は唯月の息子だから、その学費を負担するのは当たり前のことなのだ。もし、唯月がその学費を払えないようであれば、陽をセントラルに入れるつもりもなかった。唯花は姉のことを十分わかっていた。今、唯花が結城家の若奥様という立場であり、お金には困っていないが、唯月はそんな妹に頼る気はない。お金の話になるといつも唯月は断わり続けている。唯月は妹にお金の
善が好きな女性ができて追いかけていることを知った愛美は、結婚を催促することはなくなった。しかし、善はあまり両親に恋愛のことを話さず、普通兄である蒼真に話している。そして愛美は長男からこの情報を手に入れたのだった。愛美は姫華の写真を見たことがあり、長男の嫁から姫華がどのような人なのかを聞いて、神崎家の令嬢にはとても満足していた。しかし、善がまだ姫華から告白を受け入れてもらっていないので、愛美も姫華の前に姿を現して驚かせるわけにもいかなかった。この時、善はその端正な顔を少し恥ずかしそうに赤らめて、正直に話した。「帰ってからここ数日の間、家にはいたけど、心はずっと星城のほうにあったんだよ
良い印象がある時には、人の欠点でも良く見えて、悪い印象の時には全てが長所だとしても悪く見えてしまうものだ。「神崎さん、こんばんは」一颯は笑顔で姫華に挨拶を返した。そして彼は姫華の後ろを見てみたが、神崎夫人の姿はなかった。今回は神崎夫人が食事に誘ってきたので、彼女がいると思っていたのだ。一颯が通りすがりに詩乃が地面に座っているのを見て、どうしたのか車を止めて聞いたのがきっかけで、彼女を家まで送ってあげた。それは彼にとっては大したことではないのだから、ここまで気を使う必要はないのにと思っていた。しかし、詩乃のほうは彼のことをまるで命の恩人であるかのように感謝感激してくるもの
隼翔は陽を抱きかかえたまま部屋に入ると、玄関のドアを閉めて笑って陽の質問に答えた。「東おじさんは社長だから、仕事がしたくないならしなくていいのさ。誰もおじさんに指図できないんだよ。それに休んで給料が減らされる心配もしなくていいしね」陽はひとこと「そっか」と返した後すぐにまた話し始めた。「だけど、りひとおじたんだってしゃちょうだよ。どうして毎日お仕事に行くの?」隼翔は言った。「……彼の会社はおじさんのよりもちょっと大きいから、彼がやらないといけないことが多くて、それで毎日行かないといけないんだよ」陽はその言葉を信じた。そして隼翔は陽を下におろした。子供にはたくさんの「どうして