Masuk「よし、到着!」
ソウマがゆっくりと足を止める。それに続いてアーニャが。最後に大きく遅れてエグゼが町に入る。 「化け物か……」 エグゼですらかなりの重りを着けている。が、それ以上の重りをソウマは着けているはずだ。なのに息一つ乱さずに町をあるき始めた。 「この町が石炭が有名なスミカか」 スミカでとれた良質の石炭はそのまま武具の街、シスカへとは運ばれる。その石炭がなければシスカの街も立ち居かないほど重要な拠点だ。 「もしスミカの協力が得られれば、武器だけじゃなくて火力を必要とする兵器や重要拠点の守りも強化できるし、敵側の勢力も大幅に削げるはずだよ」 息を整えながら町を見渡す。炭鉱で栄えた商店街はというと。 「寂れてるな」 「寂れてるわね」 ソウマとアーニャの意見は一致した。 「おかしいな……」 騎士の時代に何度も訪れたことのある町だが、ここまで活気がないのを見たことがない。 「ちょっと情報収集した方が良さそうだね」 エグゼが手近な人に声を掛けようとしたが、それをソウマが止める。 「その前に行くところがある」 エグゼもアーニャも顔を見合わせながらソウマに着いていった。 行き先は。 『武器屋』 「なにか必要な武器があるのか?」 そういうと、いきなりソウマに頭を叩かれた。 「バカ野郎、お前の武器だ。そんな鉄の棒切れなんて持ってたってなんの役に立たないだろ」 扉を開けて中に入るソウマの背中に「僕はそんなお金はないぞ」と呼び掛ける。 中に入ると、いかにも頑固そうなドワーフが座ってこちらを値踏みするように無言で見ていた。 「よう、店主!」 まるで旧知の知り合いのように気安く声をかけるソウマを見て、そのあとにエグゼの剣に目をやる。 「そっちの坊やの武器か」 なにも言わずともこちらの目的を覚ってくれた。一目見ただけでエグゼの剣が安物過ぎることと、筋力に見合わない重さだということがわかったのだろう。 「予算は?」 ソウマは懐から金貨を5枚取り出してカウンターに置く。 「おい、ソウマ!」 エグゼはソウマに金を出させることを渋った。昨日知り合ったばかり男がよくわからない人間に金貨五枚を使って武器を買おうというのだ。正気の沙汰ではない。 「まぁ、死にたくなかったらこれくらいが妥当だろう。その辺りにあるから好きなもん選びな」 気難しそうな店主はパイプをくわえて奥で作業をはじめた。 アーニャも興味深げに辺りを見回している。 「傘?これが武器なの?」 傘を手に取るとその中から空気を切り裂くような鋭い刀身が現れた。素人目にも素晴らしい剣だとわかるほどの業物。ビックリしたアーニャはそっとそれを戻した。 「なるほどね」 得心いったようにその場を離れる。 「こんな高価な剣、買ってもらうわけには……」 「勘違いすんなよ」 エグゼの言葉を遮る。 「これは俺たちのためでもあるんだ」 剣を吟味しながら、ソウマはエグゼに話しかける「少しの間でも俺たち一緒に旅をするならお前の命はお前が守るのが当たり前だ。それだけじゃなく、俺やアーニャの背中を任せる場合もあるだろう。その時にこれくらいの装備がないと話しにならん」 彼の中ではすでにエグゼは仲間になっているようだ。 ソウマは飾られた剣を一振り選んでエグゼに手渡す。 言葉を失ったエグゼがその剣を手に取るとまるで長年使いなれた相棒のような錯覚を覚える。鞘から抜き放つをと羽のように軽く、手に馴染む。 「どうだ? 気に入ったか?」 「あ、あぁ……」 たかが剣と思っていたが、こうして質のいいものを手にするとその違いは大きなものだった。 「おい、親父。これはいくらだい?」 奥に向かって声を投げ掛けると金貨が3枚飛んできた。それにはエグゼもソウマも驚いた。 「いくらなんでも安すぎないか?」 誰がどう見ても明らかに金額が釣り合わない。気難しそうなドワーフはのそりと、こちらに出てきた店主はその手にハードレザーのブレストアーマーを手にしていた。 「サイズはこれで合うはずだ。一回着てみろ」 有無を言わさず渡された鎧をエグゼは着けるしかなかった。 「これも……」 まるで最初からエグゼのものであったかのような装着感。 それまでの鎧など、ただの紙切れ見たいなものだった。 「ぴったりだ」 大きさもさることながら、留め金等の調製も完璧。それは長年の経験か。相手を見ただけである程度はサイズを知ることができる。 エグゼは鎧を装備してマントをを羽織る。このマントも店主から渡されたものだ。デスベアーと呼ばれる大型の熊の皮をなめして作ったこのマントは、防水と斬撃も受け流せるほど強靭な防具だ。 「おぉ、立派な騎士に見えるようになったな! さっきまでは浮浪者みたいだったのにな」 ソウマは呵々と笑う。アーニャもニヤニヤとエグゼを見た。 「そ、それは置いといて! それにしてもこれは安すぎじゃないですか」 金貨2枚。剣だけでも金貨5枚で足りるかどうか、という業物である。さらに最高級のハードレザーのブレストメイルにマント。新しい皮手袋にブーツ。適正価格にしたら金貨15枚は下らないだろう。ドワーフは片目でエグゼを見やる。 「お前さん、エグゼだろ? エグゼ・トライアド。旧国の魔法騎士団長だ」 大陸の外れにあるこの小さな町までエグゼのなはとどろいている。いや、大陸中を探しても彼の事を知らない人はいないかもしれない。 エグゼは顔を曇らせてうつむく。 今まで感じたことのない空気にソウマとアーニャは黙りこむ。特にソウマは何やら思案しているようだ。 「勘違いしないでくれ。俺はむしろお前さんに感謝しとるんだ」 店主はカウンターに置かれた写真を手に取る。年かさの女性と若いドワーフn青年。エグゼはその青年に見覚えがあった。 「カイル……?」 まだ国が平和でエグゼが騎士団長として城に使えていた頃だ。朝、昼、夜と急がしそうに走り回る調理師見習い。それがカイルだった。 いつも笑顔を絶やさずにホールを仕切っていた彼が城に来たときから知っている。最初はドジばかりで怒られドヤされ、仕事終わりには人知れず泣いている姿をよく見かけた。 そんなカイルは決して諦めることなく泣きながら上司に食らいつき、ホールはカイルがいないと回らないというところまで登り詰めたのだ「もうすぐ調理も練習させてもらえるんです!」と幼さの残る顔で笑っていた。 あの城での乱戦の中。戸惑うカイルを安全な場所まで逃がしたのだ。 「名前まで覚えていてくれたのか」 カタンと音をさせて写真をカウンターに伏せる。 「カイルは」 「死んだよ」 エグゼの問いに間髪いれずに答える。質問の内容がわかっていたかのように。 「あんたに助けてもらったあと、この町に戻る途中で流行り病であっけなく死んだんだ。せっかく助けてもらった命なのにな」 店主はゆっくりと後ろを向いた。その肩が僅かに震えているように見えるのは気のせいか、それとも。 「手紙にはアンタの事がいつも書かれていたよ。あんたの功績や訓練風景。こんな自分にも気軽に声をかけてくれる優しさとかな」 指名手配されているエグゼは今、この国でどのような立場におかれているのか。ソウマとアーニャにも少しわかった気がした。 「町の連中がアンタをどう思っているかは大体想像がつくだろう。ただ、少なくとも俺はアンタに感謝しているよ。城が。国が滅びようとしているのになにもできなかった臆病者はな」 話はこれで終わりだ、と言わんばかりに店主はまた部屋の奥へ戻ろうとする。 最後に「この町の現状を知りたきゃ酒場に行ってみな。臆病者がたむろってるぜ」と言った。 三人は工房に戻った店主に礼を言うと、言葉通りに酒場へ向かった。 急激に寂れてしまったこの町に一体何が起こったのか。その答えを知るために。 昼の酒場。この時間はドワーフたちも炭鉱で働いているため人数も少なく、酒場というよりは定食屋の様相を呈して……。 ……いなかった。 空もまだ明るいうちから炭鉱夫たちは暗い顔で酒を飲み、昼飯を食べていた。 「おう、マスター! 麦酒を一杯くれ!」 ソウマは炭鉱夫たちには目もくれずにカウンターに一直線。早速酒を注文していた。 愛想なく麦酒を突き出したマスターは何事もなかったようにまた料理に戻った。 グビリと一口あおり、ソウマはやっと酒場を見渡した。20数名からいる炭鉱夫たちも敵意をあらわにしていきなり現れた三人組を睨む。 「なぁ、おっさんたち」 途轍もなく失礼な物言いで、ソウマが炭鉱夫たちに声をかけた。たしなめようとしたアーニャの言葉もむなしく、ソウマはそのままの調子で話しかける。 「おっさんたちはなんでこんなところで管巻いてるんでだ? この時間は炭鉱にいかないのか?」 空気が凍る。今まで陽気に酒を飲んで楽し気に笑っていたドワーフたちが物凄い剣幕でソウマをにらむ。 青年ドワーフが声を荒げ突っかかってくる。 「お前みたいなよそ者になにがわかる!!」 青年が投げた木製のコップはソウマに避けられて壁に叩きつけられて砕け散る。ソウマはグビリと麦酒を煽り飲み干す。 「マスター、麦酒もう一杯ね~」などと呑気に追加で酒を飲んでいる。「そりゃよそ者だからな。わからないから聞いてるんだ」 酒を飲む手は止めることなくドワーフたちに話しかける。血気盛んなドワーフたちは椅子を鳴らして立ち上がり手に刃物を持ちながら構える。鍬や鶴嘴、小刀や剣。 敵意を向けられたソウマは呑気なもので、2杯目の麦酒を飲み終わり3杯目には火酒を頼んでいた。 「やめろ!!」 年かさのドワーフが青年たちを止める。 「ただの旅人の戯言だ。儂たちには関係ない」 こちらもソウマと同じく落ち着き払っている。 その姿にエグゼは見覚えがあった。 年に2度、各地の主要な町や村の代表が城に集まり、町の様子や経済状況などを報告する定例会が開かれていたのだが、スミカの町の代表としてこの中年ドワーフが参加してたのだ。 王の護衛として定例会に参加していたエグゼとも当然面識があった。 「あんた、エグゼか? あの魔法騎士団長の……」 その一言にさらに酒場が騒めく。場の空気は敵意から殺気に変わりドワーフたちはエグゼたちを取り囲むようにジリジリと迫ってきた。 「お前が」 一人のドワーフが怒声を挙げながらエグゼに飛び掛かる。しかしエグゼは避ける素振りも見せずに目を閉じた。 まるで剣を受けるのが当たり前のように。 一瞬の静寂。 剣はエグゼにあたることはなかった。エグゼの前にソウマが立ちはだかり、その斬撃を受け止めたからだ。 「ふざけんなっ!」 ソウマがこの町に来て初めて見せる怒りの表情。 その圧に引いたドワーフたちは動きを止める。それと同時に町の代表が立ち上がり、若い衆を引き下がらせた。 「お前はよその国の者か?」 ビーン、と名乗ったこの町の代表は言葉を続ける。 「お前にあの日の儂等の絶望がわかるか? 襲い掛かるモンスターから町を守り、それでも助けられなかった同朋が死んでいく。そんな地獄が」 ビーンは怒るでもなく、淡々とクーデターの数日を語る。 「お前が、騎士団長だなんて言われたお前が。伝説の王の再来などともてはやされて、大事の時になんの役にも立たずに国を守れなかったせいで、この国は……。俺たちは……」 静かな罵倒。王も国も守れなかったかつての英雄に向けられた失望感と絶望感と無力感。 なかには泣き出しているものもいる。父を。母を。家族や親友、恋人を亡くし、傷付けられた者たちの怨嗟。すべてが今、エグゼに集中していた。 「黙れ!!」 ソウマの一喝に再びドワーフたちは黙る。 「俺は戦乱の絶えない大陸から来たよその者だ。戦争がどれだけ悲惨で恐ろしいものか、愚かなことか誰よりも知っている」 常に最前線で戦い、倒れ行く仲間や助けられなかった無力な民たちを誰よりも見てきた。 「だから俺はわかるぞ。最前線で戦い大勢の人たちを助けられなかった無力感。お前ら臆病者と比べ物にならない重圧を背負って戦ったこの男の気持ちが!!」 臆病者。 この町のために命を懸けて戦った戦士たちを、ソウマは臆病者と言い切った。その心はドワーフたちに理解できずにただ侮辱されただけだと受け取った。 「臆病者、だと……?」 「そうさ! 確かにこの町を守ることも大変だっただろう。必要だっただろう。しかし、この国を守るために城に向かった者はいたか!? 守るべき王室の方々を守ろうと思った者がいたかっ!?」 町を守る。国を、王たちを守る。 どちらかを天秤に掛けたとき最も重要なのはなにか。 たとえ数名だとしても城へ、王のもとへ馳せ参じて戦おうとする気持ちが彼らの中にあったのか。 ソウマの怒りはそこに向いていた。 「史上最強の魔法騎士様なら裏切り者を倒してくれると思ったか? 自分たちの出番はないと思ったか? この町だけを守れば王たちは自分たちでこの困難を乗り越えてくれるはずだとでも思ったかっ!!」 場は静まり返る。ソウマの言葉は炭鉱夫たちの心に突き刺さった。現にこの町の者たちは誰一人として城に向かうことはしなかった。 「確かにそのための魔法騎士団であり、騎士団長だろう。でもな。どれだけ強くてもできることには限界があるんだよ。エグゼだって人間なんだ。すべてを守り切れるほど強くはない、お前らと同じ人間なんだよ……」 戦意を剝き出しにする者は既にいなかった。 「お前は一体何者だ?」 かろうじて、ビーンがその一言を発した。 「俺は反乱組織『メリクリウス』のリーダー。ソウマ・ブラッドレイだ」 その一言にドワーフたちは再びどよめいた。 「今は一緒に戦ってくれる協力者、支援してくれる町を探している。そのためにこの町に来たんだが……」 「あまり儂等を舐めるなよ、若造」 ビーンも悔いていた。今ソウマが放った言葉は正にビーンが心の底でわだかまっていたこと。 初めて会ったこの男はその思いを蘇らせた。 「もし次があるなら、儂も命を懸けて国のために戦うぞ」 それは静かな闘志。自身を失望するような先の大戦が終わった後に魂に誓った思い。 その機会があるとすれば、大きな組織が反旗を翻した反乱の時のみ。 「ならば、俺がその機会を作ってやる。俺は必ずミハエルを、グランベルトを倒す」 かの英雄が勝てなかった化け物。それをこの男は必ず倒すと言い切った。普段なら馬鹿な事を、と笑い飛ばすような話だがこの男が発すると本当にやり遂げてしまうような気になる。 「こいつと一緒にな!」 先ほどまでの剣呑な態度はどこにいったのか、ソウマは再び少年のような笑みを浮かべるとエグゼと肩を組む。 それだけでその場が和む。 ビーンはため息をついた後にエグゼに問いかける。 「お前さんも同じ気持ちか?」 問われたエグゼは迷うことなく答えた。 「たとえ死んで、魂のみなっても僕はミハエルを必ず殺す」 静かな決意。その覚悟は場にいたすべての炭鉱夫たちに伝わった。 「わかった。儂たちも力を貸そう。今度は臆病者だ、などと罵られることがないくらいにはな」 アーニャとエグゼは喜びかけたかが、ソウマ「しかし」と続けた。 「なにかしら問題があるんだろう?」 ビーンはにやりと笑うと。 「そうだ。俺たちの、この町の問題を解決してくれたら、だ」「ぬぅ……」 その夜のご飯はソウマ作。野宿の時ですらお店に負けない味を出せる腕前である。新鮮な食材の揃った家庭において、その味は正に高級レストランにも劣らないものだった。 長年の一人暮らしでそれなりに家事もこなせるたたらからしてみれば、こんな年下の野鼠な男に家事能力で負けるのは少々癪だった。「さっきも言った通りお前たちは少し他の奴らとは違うようだ。そこで、一つ試練をやろう」 この町の裏山。そこには大精霊の住む山がある。 聖なる山それは言葉通りの意味で、決してむやみに近づいてはならない聖域だ。 さらにこの山では『精霊石』という、精霊の力を通しやすい鉱石が採れる。この鉱石を使えば精霊魔法の威力は格段に跳ね上がるだろう。 この街に辿り着く方法は二つに限られている。 一つはこの町より北東にあるツクヨミの街を通過するか。 もう一つはツクヨミの街の背後にある『霊峰メイルストローム山脈』を越えてくるかだ。 しかし験峰として知られているあの山脈を軍隊を引き連れて越えることは不可能。「一体どうやって現れたのか。その原因も探ってほしい」 なるほど。ソウマのやることは。 エグゼの護衛。軍隊の壊滅。いきなり現れた軍隊の謎を解く。 この三つになるようだ。「軍隊の秘密を探るにはアーニャの力が必要かもな。戦闘はいつも通り俺に任せておけばいい。山登りは先のスミカの鉱山の比じゃないと思うが、一緒に行くか?」「もちろん!」 アーニャは1も2もなく答える。「それが成功したならば、お前らの要求を考えてやらないでもない」 引き受ける、とは言わないあたりがたたららしいのか。 エグゼは苦笑しながら肩をすくめた。「山の頂上付近に、スミカにあったような『精霊の寝所』があるんだけど、そこには結界が張られていて認められた人間しか入れないんだ」 エグゼの顔に陰が落ちる。「魔法力のなくなった僕も、もしかしたらその結界の中に入れないかもしれない。そうなったらそこで僕が大精霊と契約することは叶わなくなる」 それでもその顔には決意が浮かんでいた。 たとえ大精霊の力を使えなくても、エグゼは前王の仇を取るために王政グランベルトに立ち向かうことだろう。 たとえそれが叶わずに死ぬことになったとしても。「どちらにしろ全ては山に登ってみなければわからん。貴様らは今日は早く休むといい」
スミカの村を出てから5日。エグゼの鍛錬をしながら時間をかけてようやくシスカの町に辿り着いた。「やっと着いた……」 連日の修行につかれたエグゼはようやく重い荷物を下ろすことが出来た。修行で鍛えた筋肉は、十分な休養を取ることで強靭になっていく。「まだまだ! そんなに辛くないはずだぞ」「荷物持ってもらってごめんね、エグゼ」 対して元気なのはソウマとアーニャ。自分たちの荷物を鍛錬と称してエグゼに預けてゆっくりと歩いてきていた。毎日こんなやり取りを続けている気がする。「この町に腕のいい武具職人がいるのか?」 鍛冶で栄えた町をぐるりと見渡す。 どの家の煙突からも煙が上がり、鉄を叩く音や刃物を研ぐ音が聞こえてくる。 アーニャは汗を拭うと、そのタオルが真っ黒になっているのを見て悲鳴を上げた。「なにこれっ!?」 炭を燃やたその煙には粉塵が含まれていて、町中にいるだけで皮膚や服を汚していく。それはこの町いる限り仕方のないことだった。「今日はお湯に浸かれると思うから」 苦笑いして、エグゼが先頭に立って進む。この鍛冶の町においても「腕利き」と称される職人の鍛冶場は町の中でも奥の方。良質の鉱石が採れるという山の麓に建てられていた。「これでいい装備を手に入れることが出来る訳だ」 ソウマはウキウキとエグゼの後をついていく。「痛てっ!」 がらん、と音を立てて地面に落ちたのはトンカチだった。「誰が偏屈だ? 私の顔をみてもう一度行ってみろ」 建物の前に立っているのは一人の少女。 大きな一つ目に、一本しかない足。その細腕に似つかわしくない巨大なハンマーを手に持ち、エグゼを睨んでいた。「んで、この人が腕利きの職人さんかい?」「可愛い!」「なんだお前らは」 三者三様。お互いのこともわからない他人同士が自己紹介を始めた。「何が可愛いだ。これでも300年生きている一本多々良だ」 一本多々良。彼女の容姿がまさにそれで、一つ目に一本足の魔物だ。「この子が火ノ元たたら。素晴らしい鍛冶師だ」 素晴らしい、を強調してソウマたちに紹介する。「俺とこっちのアラクネのアーニャは『メリクリウス』の代表としてここまで来たんだ」 いつも通りの気さくな態度。 しかし、たたらの態度は柔らかくなる所かさらに厳しくなる。「ほう。有名な反乱軍のリーダーが私のところになんの用だ?
第12話 決着 ミハエルの気配が消える。遠隔操作を解いたのだろう。だが、目の前の脅威が過ぎ去ったわけではない。「さて、これは本気でかからないとな」 未曽有の大災害へと向かいたいところだが、目の前のノームがそれを許してはくれないだろう。「ソウマ!!」 一度は避難したエグゼとアーニャの姿があった。傷口は塞がってはいるようだがそれはあくまでも表面上に過ぎないようだ。無理をすればまた傷が開くような最低限の治療。「ノームは僕とアーニャに任せろ。もしソウマにあの山崩れを何とかすることができるなら、そっちを頼む」 逡巡したソウマ。エグゼの力量では本気を出したノーム相手に一秒も持たずに殺されることだろう。 そんな相手をエグゼと、戦闘力皆無のアーニャの二人に任せる。それこそ自殺行為だ。 なんの策もなくただ玉砕するほど愚かなエグゼではないとわかっている。なにかノームを抑える手立てがあるのだろう。「わかった」 ソウマは二人を信じて山崩れを止めに行く。「させない……」 それを阻止しようとするノームだが、それを遮りエグゼが叫ぶ。「ソウマ、アーニャ目を閉じろ!!」 エグゼが放った一つの魔水晶。その中に込められた魔法は。──閃光。 かろうじて目を閉じるのが間に合った三人は即座に次の行動に移れたが、目をかばえなかったノームはもろにその閃光を食らい、体をよじった。「アーニャ、頼む!」「うんっ!」 アーニャとともにノームの懐に飛び込む。いくら閃光を食らったと言ってもノームの隙を作れるのはほんの一瞬。 その一瞬にアーニャはノームの歪んだ魂を見る。 変わらずに醜く融合した魂だが、確かにノームと造魔の結合部分が見えた。この場所に寸分たたがわずに剣を入れることが出来れば。 失敗は許されない。造魔の魂をノームの魂に残さないように。ノームの魂を傷つけないように。『大いなる精霊王の剣』が淡く光り始める。 ノームという精霊の魂とパスを繋ぎ、違和感の正体を探る。アーニャの言葉通りに剣を進めると、そこに違和感の正体が現れた。 造魔の魂は激しく抵抗するが、今のエグゼにもアーニャにも反撃する余裕はない。大けがを負ったエグゼはさらに傷付きながら剣を振り下ろした。「やったよ、エグゼっ!!」 切り離した造魔の魂に最後の剣を振るう。(ありがとう……) 造魔の魂と同時に『大
坑道内から急ぎ脱出し、ソウマは臨戦態勢を。エグゼはアーニャを守る態勢をとっていた。「ころ……す。殺す?」 ノームが頭を抱えて倒れこむ。「エグゼ……! 僕を殺して……!!僕がこの大地を破滅させる前に!!」「ノーム?」 先ほどまでは強力な敵意を剥き出しにしていたノームは一転して自分を殺せと懇願してきた。「どういうことだ?」 なお止まないノームの攻撃をいなしながらソウマは混乱していた。ただ、エグゼに言われた「ノームを殺すな」という命令を守っているだけだ。「ノームの……、魂に気持ち悪い魔物の魂が、融合してるの……」 アーニャが振り絞るように言葉を発する。「魂に魂が融合?」 それなら、二重人格のようにノームの意識が入れ替わっていることも納得がいく。完全に融合しきれてはおらず、二人の意識が代わる代わる出てきているのだろう。「そんなんどうすればいいんだよっ!」 事ここにおいて、このレベルの戦闘になるとエグゼではなんの役にも立たなかった。 ソウマは二人をかばいながら、ノームの連撃を躱し続けている。『なかなか粘りますね、ソウマ君』「っ!!?」 ノームが今までにない声色で話し始めた。「その声は……っ!!」 聞き間違うはずもない。王を、国を乗っ取った裏切り者。そして今は新たな国を作り恐怖政治を持って民衆を支配する暴君。「ミハエルっ!!」 エグゼの怒号。それはソウマとアーニャが初めて聞く怒りの声だった。『まだ生きていてくれたのですね、エグゼ君。楽しみがまだ続くようで嬉しいですよ。そして、初めましておチビさん』 今度はアーニャの方を向き直り飄々と挨拶をする。『魔眼持ちだとは聞いていましたが、まさかこのノームの魂まで見通せるとは……。確かに、貴女なら黒のカーテンの秘密を解き明かせるかもしれませんね』 それでもミハエルは余裕を崩さない。『さて、そろそろお相手しましょうか』 言い終わると、ノームはスルリとソウマに近づく。その足運びは熟練した武闘家のそれだった。「っ!」 先ほどまでは力任せに魔法を使い、大地を操り攻撃を繰り返すだけだった。それが、今は人が変わったように流れる攻撃を仕掛けてきた。「ソウマ、気をつけろ! ノームの魂に寄生してるのは『造魔』だ! 造魔はミハエルが遠隔で操ることもできるんだ!」 そしてミハエルは格闘技だけはな
最奥に向かう三人の行く先が緑色の光が見えた。壁前面に生えた光苔が暗い坑道を、松明がなくても洞窟内を見渡せる程明るくしていた。「なんか、神秘的……」 アーニャが呟くのも無理はない。こここそが、この山。この土地を守る精霊『ノーム』がいる場所なのだ。 先は行き止まりになっているがかなりの広さがあった。その中央には。「ノームっ!!」 エグゼが語り掛けるとノームがこちらを向く。しかしその様子はおかしい。目の焦点はあっておらずこちらを認識していないかのようだが、こちらを向いていた。「っ」 ノームがこちらを見た途端、アーニャが壁際によると、胃の内容物を吐瀉する。「なに? あれ……」 更なる吐き気を我慢しつつアーニャが立ち上がる。異様なのはエグゼやソウマにも理解できたが、彼女は一体なにを見たのか。「たす……、けて……」 涙を流しながらノームは助けを求めた。意外、といっていい反応だった。問答無用で攻撃を仕掛けてきてもおかしくない雰囲気だったが。「うぐっ!」 エグゼはこれ以上アーニャがノームがを見つめないように、ノームの視線からアーニャを守るように立ちふさがる。「ノーム、どうしたんだい?」 精霊使いであったソウマの声は届くのか。ノームはエグゼを見る。「エ、ぐぜ……?」 彼らの頂点に立つ『大精霊』と契約していたエグゼを知らない精霊はいない「おね、が、い。ぼくが、ぼくでい、られ……る、うち、に……」「どういうことだ、エグゼ。敵はどこだ? ノームは一体……?」 唯一事情がよくわかっていないソウマ。それも無理なことだった。魔眼使いと精霊使い。この二人だからこそ気づいた異変。「魂が……、二つ融合してる」 吐き気を抑えてアーニャが言葉発する。その言葉を受けてノームの表情が一転する。「殺す。ここに立ち入る者は、すべて殺す」 今までの悲しみが一変。憤怒の表情を浮かべると、三人に向かって手を掲げる。「?!」 最も早く動いたのはソウマだった。坑道内の通路や壁が敵を穿つ巨大な槍のように隆起し、三人に襲い掛かる。 ソウマは拳を振るい、その巨岩を薙ぎ払う。エグゼはアーニャを庇いながら撤退をした。「くそ、何だってんだ!」 先ほどの雰囲気からはとても攻撃を仕掛けてくる感じではなかった。それがいきなり敵意を剥き出しにして襲い掛かってきたのだ。ソウマがいち
「十中八九、この坑道の先には『精霊の寝所』がある」 三人は松明を手に取り、薄暗い坑道の中を歩いていた。手元にはビーンから聞いた内部の構造をできるだけ地図に興した羊皮紙がある。しかしビーンたちが知らぬうちにモンスターたちが新しく道を作ったり、自分たちの寝床を作っている可能性もあるため、今一度すべての道をたどりマッピングをしていく必要があった。 案の定、ゴブリンやオークなどのある程度の知能を持ったモンスターが住み着き住処を奪い合いながら、坑道に新しい道や部屋を作ってた。 隊列は今までと同じく。ソウマ、アーニャ、エグゼのままだったが魔物との戦闘や狭い道を引き返す時には前後が逆になり、出くわした魔物の強さによってはエグゼが足手まといになることもあった。 しかし、それなりにレベルアップもしてきたエグゼは十分に戦力になりつつあった。「ふぅ……」 何回目かもわからないモンスターの襲撃を退けてエグゼが大きくため息を吐く。「なかなか様になってきたじゃないか」 初めのうちこそ剣に振り回されたり、坑道内の狭さに苦戦していたものの、今は一端にその狭さを利用したり、足元の石や砂利を利用するといった応用も利くようになっていた。 エグゼと出会ったばかりのダメダメな姿を見ていたアーニャもその成長振りに驚いていた。「あんなに毎晩ヒーヒー言ってたのが噓みたいね」 クスクスと少し前までのエグゼを思い出して笑っている。「そんなに笑うことないだろう。こうして結果が出てるんだから」 肩をすくめてエグゼもおどけてみせる。少し前までのエグゼからは考えられないような、肩の力の抜けたやり取りだった。「さて、と」 気を取り直して、ソウマが道の先を見据える。 最後に残った坑道の行き止まり。そこは今までとは異なる雰囲気に包まれていた。 エグゼの言葉が正しいとしたらこの先に『精霊の寝所』があり、この山の守り神たるノームがいるはずだ。 坑道の入口を守っていたのもこのノームの使役する使い魔としてポピュラーなものだ。「ノームがいるのに魔物が蔓延って、炭鉱夫たちが引かなきゃならない理由がこの先にあるのか」 ソウマやアーニャには皆目見当もつかなかったが、ただ一人エグゼにはこの事件の全貌がうっすらと見えていた。──幕間── 玉座に座り、水晶玉を見つめる醜い中年男。 その先にはエグゼたち一行







