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第8話

Penulis: ひとひらの雲
車を降りた瞬間、瑠璃は美羽の手をつかんで、湖へ向かって必死に走り出した。

走りながら、ところどころ言葉を詰まらせつつも、状況を説明してくれた。

「優奈の元カレが、海外から追いかけてきて……ホテルにまで押しかけて復縁迫ったの。お兄ちゃん、ブチギレてそいつと殴り合いになって……でも優奈、止めるどころか煽ったのよ。『このネックレス拾った人と付き合う』って言って、それを湖に投げたの!

あいつの元カレが飛び込もうとしたら、お兄ちゃんも一緒に飛び込もうとしたの。この湖の下には崖があるって、プロのダイバーですら潜らないような場所なのに……みんなで止めたのに、お兄ちゃんまったく聞く耳持たなくて……お願い美羽ちゃん、止めて……私にとって、たった一人のお兄ちゃんなの!」

話を聞くうちに、美羽の表情はどんどん暗くなっていった。

相手が優奈なら、たとえ百人がかりでも悠翔を止めるのは無理だ。

でも、泣きはらした目で懇願してくる瑠璃の前では、その現実を口に出すことがどうしてもできなかった。

湖に着いたとき、悠翔はちょうどダイビングスーツを身につけているところだった。

優奈の元カレはすでに準備を終え、湖に飛び込んでいた。

その姿が水面から消えていくのを見つめながら、悠翔の目には鋭い光が宿り、動きがさらに素早くなった。

周囲の友人たちは、鍋の上の蟻みたいに慌てて、なんとか彼を止めようとしていた。

「この湖、深すぎてネックレスなんか絶対見つかんねぇって!誰が潜っても無理だよ、悠翔、やめとけって!」

「女一人のために命捨てんのか!?目を覚ませよ、悠翔、このバカヤロウ!」

だけど、悠翔は何も言わず、酸素マスクをしっかり装着すると、目の前で立ちはだかる仲間たちを一気に突き飛ばした。

もう限界だった瑠璃は彼の元へ駆け寄り、その腕にしがみついた。

絶望と涙にまみれた声が響いた。

「優奈のたった一言で死ぬつもり!?お兄ちゃん、私やお父さんとお母さんのこと考えたことあるの!?美羽ちゃんのことは!?今日もし死んだら……私には、もうお兄ちゃんなんかいなくなっちゃうよ!」

その場の空気が一瞬にして凍りついた。

悠翔は動きを止め、ゆっくりと瑠璃を見つめた。

しばらく沈黙したのち、彼は静かに手を上げ、妹の手をそっと握った。

そして低く、落ち着いた声で言った。

「必ず戻ってくる。このことは、両親にも、美羽にも言わないでくれ」

そう言って、瑠璃の指を一本ずつ優しくほどくと、迷いなく湖に飛び込んだ。

水面に広がる波紋を見つめながら、美羽は少し離れた場所に立ち、ぎゅっと両手を握りしめていた。

あたりは静まり返っていたが、不意に笑い声が響き、全員の視線がその方向に向いた。

笑っていたのは、優奈だった。

彼女は勝ち誇ったような顔で、堂々と美羽の隣へと歩み寄ってくる。

「彼、私のことを命懸けで愛してるのよ。それだけの覚悟があるってこと。美羽、あなたにそんなこと、できる?」

「優奈、他人の命を使って遊ぶとか……頭おかしいなら、病院行け!」

あまりにも傲慢な態度に、泣き疲れて声もかすれていた瑠璃が突然飛びかかり、力いっぱい平手打ちをかました。

優奈は、これまでこんな屈辱を受けたことがなかった。

怒りに任せて反撃しようとしたが、周囲の人々がすぐさま二人の間に割って入った。

美羽は瑠璃を抱きとめ、必死になだめた。

ようやく瑠璃が少し落ち着きを取り戻し、呆然とモニター画面を見つめ始めた。

それから一時間ほど経って、酸素が先に尽きた元カレが水面に浮かび上がってきた。

静寂に包まれていた岸辺がざわつき始め、誰もが息をのんで、悠翔の登場を待った。

だがさらに五分が経過しても、彼の姿は現れなかった。

酸素の残量も限界に近づき、現場には一気に緊張が走った。

そんな中でも、美羽だけは冷静だった。

すぐにホテルの救助チームに連絡を取り、どうか助けてほしいと必死に頼み込んだ。

プロのダイバーたちが、次々と湖に飛び込んでいく。

さらに十数分が経っても、何の手がかりもない。

瑠璃はもう崩れ落ちそうで、さっきまで余裕ぶっていた優奈も、次第に不安げな表情に変わっていった。

美羽の顔には感情らしきものは浮かんでいなかったが、手のひらには自分の爪が深く食い込んでいた。

一方、優奈の取り巻きたちはすでに怯えたように、縁起でもないことを口にし始めていた。

「もう無理なんじゃ……酸素切れてから結構経ってるのに、まだ戻ってこないって……」

「もし本当に何かあったら、神崎家が黙ってるわけないよね……」

「関係ないって。あれは悠翔が勝手に優奈のためにやったことなんだから」

その時だった。

長らく沈黙していた湖面から、突然、水音が響いた。

数人の救助隊員が、一人の男を連れて、ゆっくりと岸へ泳いで戻ってきた。

人々はすぐに駆け寄り、力を合わせてその身体を岸へと引き上げた。

悠翔は、意識が朦朧とし、今にも倒れそうだった。

酸素マスクを外された彼の青白い顔を見た瞬間、友人たちも、瑠璃も、涙を浮かべた。

そんな中、彼は胸を苦しげに押さえながら、じっとある一点を見つめていた。

その視線の先には――優奈がいた。

「……見つけた、ネックレス……」

かすれた声でそう言いながら、彼は震える右手をゆっくりと持ち上げた。

水に洗われたダイヤのネックレスは、夕陽を受けて、まばゆい光を放っていた。

あまりにも眩しくて。

あまりにも、目に痛いほどに美しくて。

その視線は、ずっと優奈だけを追い続けていた。

最初から最後まで。

すぐそばに立っていた美羽の存在にさえ、気づくことはなかった。

ただ――

悠翔が、どれほど強く、他の誰かを愛しているのかを、見せつけられただけだった。

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