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第9話

Penulis: ひとひらの雲
悠翔は病院に搬送された。

美羽は瑠璃と一緒に、病室で一晩を過ごした。

朝8時、あらかじめセットしていたアラームが鳴った。

スマホの画面に「出発」と表示されたメモを見た瞬間、瑠璃は現実に引き戻されたように目を見開いた。

そのまま美羽にしがみついて、泣きながら訴える。

「美羽ちゃん、行かないで……お願い、行かないで……次に会えるの、三年後なんでしょ?その頃には、きっとピカピカのスーパースターになってて、もっと会えなくなっちゃうよ……寂しいよ……」

美羽も目を潤ませながら、そっと彼女の背中を撫でた。

何度も優しく宥めて、ようやく瑠璃は泣きながらも、美羽を送り出した。

病院を出て、タクシーを止めようとしたそのとき――

ふと、美羽の足が止まった。

そういえば、みんなにはちゃんと別れを告げたつもりだった……ただ一人、悠翔を除いて。

三年間の恋だった。

きちんと終わらせるには、「けじめ」が必要だと思った。

もう一度踵を返して、彼の病室へ向かった。

でも、病室の前に立った途端、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。

優奈が悠翔の胸にしがみつき、涙交じりの声で語っていた。

「ただ、あなたの気持ちが知りたかっただけなの……ネックレスが見つからなかったら、それでよかったの。どうしてあんな危ないことまでして……バカすぎるよ……

まだ私のこと、好きなんでしょ?ちゃんと今の彼女と別れるって言って、私とやり直したいって言ってくれたら、私……応えたのに……なんで素直にそう言ってくれなかったの?」

その言葉は、悠翔がこの六年間ずっと聞きたかったはずのものだった。

だけど、実際に耳にした今、なぜか心はまったく弾まなかった。

それどころか、「別れる」って言葉が混じっていたせいで、真っ先に思い浮かんだのは、美羽のことだった。

車の前に飛び出して、自分を庇ってくれたときの姿。

赤く潤んだ目で「一生、好きだよ」って笑った顔。

誕生日の夜、誰よりも楽しそうに祝ってくれたあのときのこと。

何度も、何度も、自分の腕の中で、心からの愛を注いでくれた、美羽のことを。

頭が割れるように痛んだ。

心はぐちゃぐちゃで、もう何が正しいのかもわからなかった。

そんな中、ふと顔を上げたとき、視界の端に、見慣れた人影が映った。

病室のガラスの向こうに立っていたのは、美羽だった。

彼女はじっと、まるで湖面のように静かな瞳でこちらを見つめていた。

その視線が合った瞬間、悠翔の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。

悠翔は咄嗟に、腕の中の優奈を振り払うように立ち上がった。

だが、窓の外に、美羽の姿はもうなかった。

慌てて廊下に飛び出した。けれどそこも、静まり返っていた。

見間違いだったのか?

いや、違う。

自分は「美羽には話さないでくれ」ってみんなに頼んだ。湖に潜ったことも、入院していることも、美羽が知るはずがないし、来るわけがない。

なのに、どうしてこんなにも胸がざわつくんだろう。

まるで、大切な何かが静かに、自分の手の中からすり抜けていくような、そんな得体の知れない焦りに、胸が締めつけられる。

一方その頃、美羽はもう、「最後の挨拶」すらやめていた。

家に戻ると、無言でカレンダーを破り捨て、机の上にそっと、部屋の鍵を置いた。

そのあとスーツケースを引いて、階段を降りた。

空港へ向かう車の中で、悠翔とのチャット画面を開いた。

長い間悩んだ末に、たった三行のメッセージを送った。

【別れましょう。今までのこと、ありがとう】

【どうか、和泉さんと幸せになって】

【悠翔。私は行くね。もう、二度と会わない】

「別れましょう」の一言で三年間の想いに区切りをつけ、「幸せになって」の言葉で悠翔を手放し――

そして「もう、二度と会わない」で、彼との未来を完全に閉ざした。

それからというもの、悠翔は「親友の兄」でしかなくなった。

送信ボタンを押したあと、しばらくしても返事はなかった。

美羽は、きっと今は優奈と一緒にいて、こんな自分からのメッセージを見る暇なんてないんだろう、と思った。

たとえあとでそのメッセージを見たとしても、たぶん何の感情も湧かないだろう。

だって、好きな人はもうすぐそばにいるのだから。替え玉だった自分のことなんて、気にする必要すらないはず。

搭乗前、律が新しいスマホを差し出してきた。

「早坂さん、契約どおり、今日からは事務所以外との連絡は一切禁止です。これが仕事用のスマホになります」

美羽は頷いて、自分のスマホを取り出し、そっとそれと交換した。

飛行機はちょうど離陸し、アナウンスの音がややうるさく、後ろの数人の女性たちが楽しげに騒いでいた。

美羽は、スマホの電源が切れる前に一瞬光った画面を見逃し、続いて鳴り続けた通知音も耳に届かなかった。

顔を少し横に向け、窓の外で曇り空から晴れ間に変わっていく景色を眺めながら、そっと微笑んだ。

これからの人生が、あの空のように晴れやかになりますように。

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