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夫の優しさに、私は離婚を決意した

夫の優しさに、私は離婚を決意した

By:  タチアオイCompleted
Language: Japanese
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私の親友である須崎美咲(すざき みさき)の結婚式で、新郎が渋滞のせいで五分遅刻しただけで、彼女は大勢の前で迷いなく宣言した。 「この結婚、やめる!」 誰も理解できなかった。たったそれだけのことで、そこまでする必要があるのかと。 親友の家族に頼まれて、私、森田結月(もりた ゆづき)は彼女を説得しようとしたが、口を開く前に遮られた。 「付き合って八年、あの人が時間通りに来たことなんて一度もない。でも後輩の女の子に何かあると、前日からでも飛んで行きそうな勢いなの。もうずっと限界だった。これはただのきっかけにすぎないのよ! 結月、もう止めないで。古川優真(ふるかわ ゆうま)と結婚して七年、一度も離婚したいって思ったことないなんて言わせないから!」 その言葉に、私ははっと目を覚まされたようだった。 だから披露宴の席に戻って、優真が初めて自分から私の皿に料理を取り分けてくれても、嬉しいとは思わなかった。 私はただ、気づかれないように美咲へ小さく頷いた。 もちろん、あるに決まってる。 結婚して七年経つのに、彼はいまだに私が海鮮アレルギーだということを覚えていない。 でも先月、彼の誕生日会で、女性の同僚である神田玲菜(かんだ れいな)が個室に入ってきた瞬間、彼は即座にこう言った。 「君、五年前に入社した日もそのワンピース着てたよな?俺の記憶違いじゃないだろ?」 こんな結婚生活、もう続ける必要なんてない。

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Chapter 1

第1話

私の親友である須崎美咲(すざき みさき)の結婚式で、新郎が渋滞のせいで五分遅刻しただけで、彼女は大勢の前で迷いなく宣言した。

「この結婚、やめる!」

誰も理解できなかった。たったそれだけのことで、そこまでする必要があるのかと。

親友の家族に頼まれて、私、森田結月(もりた ゆづき)は彼女を説得しようとしたが、口を開く前に遮られた。

「付き合って八年、あの人が時間通りに来たことなんて一度もない。でも後輩の女の子に何かあると、前日からでも飛んで行きそうな勢いなの。もうずっと限界だった。これはただのきっかけにすぎないのよ!

結月、もう止めないで。古川優真(ふるかわ ゆうま)と結婚して七年、一度も離婚したいって思ったことないなんて言わせないから!」

その言葉に、私ははっと目を覚まされたようだった。

だから披露宴の席に戻って、優真が初めて自分から私の皿に料理を取り分けてくれても、嬉しいとは思わなかった。

私はただ、気づかれないように美咲へ小さく頷いた。

もちろん、あるに決まってる。

結婚して七年経つのに、彼はいまだに私が海鮮アレルギーだということを覚えていない。

でも先月、彼の誕生日会で、女性の同僚である神田玲菜(かんだ れいな)が個室に入ってきた瞬間、彼は即座にこう言った。

「君、五年前に入社した日もそのワンピース着てたよな?俺の記憶違いじゃないだろ?」

こんな結婚生活、もう続ける必要なんてない。

……

優真の箸はしばらく宙に止まったままで、顔の表情も今にも取り繕えなくなりそうだった。

隣の席の招待客たちが次々とこちらへ視線を向けてきた。

次の瞬間、優真は私の手を強く握って立ち上がり、皆に軽く会釈して言った。

「すみません、妻の具合が少し悪いので、先に連れて帰ります」

車のドアが閉まった途端、優真はもうあの平静な表情を保てなくなり、私に向かって鋭い声を飛ばした。

「須崎ってやつが頭おかしいなら、君まで一緒になって狂うのか?あれだけ人がいる場で、自分の面子を気にしないにしても、俺の立場くらい考えろよ!」

私は口を尖らせた。

「面子」という言葉は、優真が最もよく口にする言葉だ。

彼は飛び級クラスからそのまま学部、修士、博士課程へ進み、錦市最年少の教授となり、優秀青年教師にも選ばれた人物だ。ずっと人から仰ぎ見られることに慣れている。

だからこそ、彼は人前で私のことを話すのをいつも恥じていた。だって……

「ほかの教授の奥さんはお嬢様か海外帰りのエリートばかりだ……君をどう紹介しろっていうんだ?凛(りん)の『お母さん』ってか?」

親友にブライズメイドを頼まれた時も、優真はきっぱりと断った。

「なあ、少しは自分の体型を見たらどうだ?その肉を人前に晒したいのか?恥ずかしくないのかよ」

私はわかっている。さっき彼がわざわざ料理を取り分けてくれたのだって、結局は面子のためだったのだ。

こういう場では、男たちは皆、紳士的で妻思いな自分を演出したがる。

彼が自分を低くしてまで私を「機嫌取り」してくれたのだから、私が皆の前で彼に逆らうなんて、できるはずがない。そういうことだ。

だが、さっき控室で親友の美咲に言われた言葉が頭をよぎった。

「結月、結婚してから、毎日優真の周りをぐるぐる回ってる姿しか見てないよ。今日はネクタイにシワがないか気にして、明日は夕飯が口に合うか気にして、その次は凛が優真の学力を受け継げず、自分みたいにバカだって嫌われないか心配してる。

でも忘れたの?結月だって有名大学を出てるし、家だって裕福とまでは言わなくても不自由なく育った。全然悪くないんだよ!これだけ尽くしてきて、ちゃんと尊重されたことあった?本当に幸せ?もうずっと、結月が笑ってるところ見てないよ」

一言一句、胸に突き刺さった。

だから私は真っ直ぐ優真の目を見つめ、もう一度はっきりと言った。

「もう決めたの。あなたと離婚する」

優真は鼻で笑い、言うことを聞かない子供でも見るような目で私を見た。

「は?どういうこと?」

「本気よ」

私は身を乗り出し、勢いよくクラクションを叩いた。

突然鳴り響いたクラクションの音で、ようやく彼の表情が少し真面目になった。

「ふざけるな。大通りで危ないだろ。とりあえず家に帰ってから話そう」

優真は身を乗り出して私のシートベルトをきちんと締め、さらには軽く肩まで叩いた。

でも、それが私を落ち着かせるためじゃないことくらい、私にもわかっている。ただ、通行人に「古川教授が路上で妻と口論している姿」を見られたくないだけだ。そんなのは体裁が悪いから。

車が走り出した後、私は再び口を開いた。

「帰ったら書類を持って、市役所へ離婚手続きをしに行こう」

「なあ、晩ご飯は何を作るつもりだ?さっきほとんど食べてなかっただろ」

優真は私の言葉を避けるように、落ち着いた様子でハンドルを握っている。だが、スマホの着信音が鳴った瞬間、彼は急にブレーキを踏み込んだ。

「特別通知」の着信音だ。

彼はスマホを確認すると、すぐ車のドアを開け、私に告げた。

「降りてくれ。大学のほうで急用が入った」

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第1話
私の親友である須崎美咲(すざき みさき)の結婚式で、新郎が渋滞のせいで五分遅刻しただけで、彼女は大勢の前で迷いなく宣言した。「この結婚、やめる!」誰も理解できなかった。たったそれだけのことで、そこまでする必要があるのかと。親友の家族に頼まれて、私、森田結月(もりた ゆづき)は彼女を説得しようとしたが、口を開く前に遮られた。「付き合って八年、あの人が時間通りに来たことなんて一度もない。でも後輩の女の子に何かあると、前日からでも飛んで行きそうな勢いなの。もうずっと限界だった。これはただのきっかけにすぎないのよ!結月、もう止めないで。古川優真(ふるかわ ゆうま)と結婚して七年、一度も離婚したいって思ったことないなんて言わせないから!」その言葉に、私ははっと目を覚まされたようだった。だから披露宴の席に戻って、優真が初めて自分から私の皿に料理を取り分けてくれても、嬉しいとは思わなかった。私はただ、気づかれないように美咲へ小さく頷いた。もちろん、あるに決まってる。結婚して七年経つのに、彼はいまだに私が海鮮アレルギーだということを覚えていない。でも先月、彼の誕生日会で、女性の同僚である神田玲菜(かんだ れいな)が個室に入ってきた瞬間、彼は即座にこう言った。「君、五年前に入社した日もそのワンピース着てたよな?俺の記憶違いじゃないだろ?」こんな結婚生活、もう続ける必要なんてない。……優真の箸はしばらく宙に止まったままで、顔の表情も今にも取り繕えなくなりそうだった。隣の席の招待客たちが次々とこちらへ視線を向けてきた。次の瞬間、優真は私の手を強く握って立ち上がり、皆に軽く会釈して言った。「すみません、妻の具合が少し悪いので、先に連れて帰ります」車のドアが閉まった途端、優真はもうあの平静な表情を保てなくなり、私に向かって鋭い声を飛ばした。「須崎ってやつが頭おかしいなら、君まで一緒になって狂うのか?あれだけ人がいる場で、自分の面子を気にしないにしても、俺の立場くらい考えろよ!」私は口を尖らせた。「面子」という言葉は、優真が最もよく口にする言葉だ。彼は飛び級クラスからそのまま学部、修士、博士課程へ進み、錦市最年少の教授となり、優秀青年教師にも選ばれた人物だ。ずっと人から仰ぎ見られることに慣れている。
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第2話
私は見えたのだ。彼の同僚の神田玲菜(かんだ れいな)から、【一緒にコンサート行かない?】というメッセージが届いた。もし以前の私だったら、きっと取り乱して大騒ぎしていたと思う。でも今の私は、ただ静かに車から降りた。「離婚協議書は早めに作っておくから」優真は眉をひそめたが、すぐにまたあの淡々とした表情に戻った。「変なこと考えるな。早く降りろ。急いでるんだ」こういうことって、結局は女の勘みたいなものなのだ。たとえば、彼が急に「最近どんな飲み物が好きなんだ?」なんて聞いてくるくせに、実際に買ってきてくれることはないとか。何気なく「飲み会、誰が来てるの?」と聞いた時、彼は玲菜の名前だけを飛ばしていたのに、集合写真では二人が肩を並べて立っていたとか。あるいは、誕生日に目を閉じて願い事をしていた時、あの「特別通知」の着信音が突然鳴って、目を開けた私は怒ったまま三十秒近く彼を睨み続け、ようやく彼がスマホを置いたとか。我慢できず問い詰めても、彼は事務的にこう返すだけだった。「最近彼女とは同じ研究テーマをやってるんだ。重要な連絡にはすぐ返信しなきゃいけないから、特別通知にしてるだけだ。君こそ何を勘ぐってるんだ?」私が願い事を終えて目を開けるまでの、たった十五秒すら待てないほど重要な連絡って、いったい何だったのだろう。スマホの通知音で、私は我に返った。美咲からのメッセージだった。家のドアを開けるまで、頭の中ではずっとあの問いがぐるぐる回っていた。私は無理やり笑顔を作り、娘のもとへ歩いていった。しかし次の瞬間、ぬいぐるみが真っ直ぐ私の頭に飛んできた。体勢を崩して床に尻もちをついた私を見て、娘はますます楽しそうに笑った。「ドジお母さん、命中だ!」そうだ。凛も、私のことが好きじゃない。小さい頃から一番長く一緒にいたのは私だったし、何でも自分の手でやってきた。それなのに、娘は父親ばかり好きだ。優真がいない時、娘は彼の真似をして私を馬鹿にする。そして優真がいる時は、真っ先に彼のところへ駆け寄って、抱っこをねだったり、ご飯を食べさせてもらったり、キスを求めたりする。私は深くため息をつき、最後にもう一度だけ、その問いを口にした。「凛は、お父さんとお母さん、どっちが好き?」またおもちゃが飛んできた。娘
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第3話
娘の少し呆けたような表情を無視して、私はそのまま立ち上がり、書斎へ向かった。机の上のパソコンを開くと、画面にはロック解除のパスワード入力欄が表示される。私の誕生日、彼の誕生日、凛の誕生日、結婚記念日、次々番号を入力してみたが、全部違っていた。ロックが解除できなくなった数分の間、私はためらいながら彼の大学の公式サイトを開き、教員検索欄に【神田玲菜】の名前を入力した。彼女の誕生日を確認し、その数字を打ち込んだ。ロックは、あっさり解除された。私は思わず、乾いた笑みを漏らした。ふと顔を上げると、デスクトップ中央にひとつのフォルダがあった。タイトルは、【いつでも君を】だ。いつでも君を想う、ということか。その瞬間、ようやくわかった。以前、優真の誕生日会で、研究室の同僚たちは皆、玲菜のことを「神田さん」と呼んでいたのに、彼だけが「玲菜」と呼んでいた理由が。予想通りだ。フォルダを開くと、中には優真の玲菜への想いがびっしりと綴られていた。彼はこう書いていた。【世の人々は皆ただの凡人にしか見えない。ただ君だけが、特別だ】添えられたのは、学会で発表する玲菜の写真だ。パソコン画面を見つめる横顔は、真剣で眩しい。彼はさらに書いていた。【出会った瞬間に心を奪われ、共に過ごしてなお、今も胸が高鳴る】添えられた写真は、タピオカを飲みながら頬を膨らませる玲菜だ。彼女のドレスの色が、たまたま彼のネクタイと合っていた時の一枚だ。夕陽が彼女の髪に差し込み、目が痛いほど眩しい。……震える手で録画を停止し、私はデスクトップ画面へ戻った。その時、気づいた。どうやら私専用のフォルダもあるらしい。タイトルは、【つまらないが捨てるには惜しい】だ。結婚して半年後から記録されていたようだ。【彼女、賢くないし、容姿もせいぜい普通だ。好きではない。だが、良い妻と良い母親として働いてくれるだろう】【同僚に『離婚を考えたことはあるか』と冗談半分に聞かれた。もちろんある。彼女から生活費の明細が届いた時と、玲菜から論文掲載通知が届いた時が重なった瞬間にな】フォルダの中は、そんな文章で埋め尽くされている。画像は、たった一枚だけだ。出産直後の私が、娘を抱いて授乳している写真だ。頬の赤みはまだ引かず、腹部には妊娠線が残っている。彼は、ひどく冷淡
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第4話
「君、客にそんな態度を取るのか?」「そんなに大事なら、自分で料理すればいいじゃない」空気は険悪なまま膠着していたが、玲菜が慌てて間に入って取りなした。「優真、さっきも言ったけど、外で食べればよかったのに。こんな気まずくなる必要ないよ……」彼女がそう言い終えると、優真の険しく寄っていた眉も少し緩んだ。空気がわずかに和らいだその瞬間、娘が突然駆け寄ってきて、小さな体いっぱいの力で私を突き飛ばした。「玲菜お姉ちゃんをいじめないで!」玲菜はすぐに笑顔になり、娘の頭を優しく撫でながら、ポケットからキャンディを取り出した。「凛はそんなにお姉ちゃんを守ってくれるの?お姉ちゃんお姉ちゃんも凛のこと大好きよ」だがそのあと、彼女は私に向かって弁解するように言った。「森田さん、子どもって何も分かってないし、気にしないでくださいね」娘は片方の手で玲菜の手を、もう片方の手で優真の手を握っている。三人で並んで立つその姿は、まるで本当の家族みたいだ。ふと、この前、優真の誕生日会のことを思い出した。玲菜が個室の扉を開けた瞬間、娘はすぐ駆け寄って彼女の手を引き、自分の席まで連れていきながら、頬を膨らませて私に言った。「玲菜お姉ちゃんが隣に座って!お母さんが嫌だ!」その時の玲菜も、今日と同じように娘の頬をつまみながら冗談めかして言った。「凛がお姉ちゃんのことそんなに好きなら、お姉ちゃんがお母さんになっちゃおうか?」そしてそのまま、私にグラスを差し出した。「森田さん、冗談だよ。本気にしないでくださいね」その間ずっと、優真は何も言わず、ただ優しい眼差しで玲菜の後ろ姿を見つめていた。私は三人の仲睦まじい様子を見つめながら、ふっと笑い、穏やかな口調で提案した。「ずいぶん仲がいいみたいだし、私はもうお邪魔しないわ」
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第5話
優真の視線は私に向けられた瞬間、冷え切ったものになった。「その狭量で下劣な考え方で、俺と玲菜の関係を勝手に決めつけるのをやめられないのか?」私は、彼のパソコンのフォルダにある写真を思い出した。玲菜と指を絡め合った手。彼女のむき出しの肩を伝い落ちる汗。その太腿の内側にあった赤いほくろ。だから私は彼の耳元に顔を寄せ、隠そうともせず皮肉をぶつけた。「彼女と何回寝たの?一緒に思い出してあげようか?」その瞬間、優真の顔が怒りで真っ赤に染まるのを、私は初めて見た。彼は一秒たりとも迷わず身を乗り出してきた。普段はあれほど体面を気にする人なのに、使用人や愛人、そして娘の前で、私に思い切り平手打ちを食らわせた。私は床に倒れ込んだが、それでも彼の目から怒りは消えず、鋭い声で言い放った。「彼女を侮辱するな!」床に座り込んだまま顔を上げると、玲菜の顔には隠しきれない嘲笑が浮かんでいる。娘も「わあっ」と泣き出したが、それでもあの二人の手をさらに強く握り締めた。「お父さん、玲菜お姉ちゃん、早く行こう!ここにいたくない!」数秒後、扉が乱暴に閉められた。夫にも娘にもここまで嫌われているのに、本来なら大泣きして当然なのかもしれない。だが私は体を起こし、どこか解放されたように笑った。スマホの録音停止ボタンを押したあと、腫れ上がった頬をカメラで何枚も撮影した。撮影画面を閉じた直後、優真からメッセージが届いた。【悪かった。さっきは俺も感情的になってた。でも君もさすがに言い過ぎだ。玲菜も凛も怯えてる。二人を落ち着かせたら、ちゃんと話そう】私は鼻で笑い、返信はせず、そのまま美咲に電話をかけた。「もう証拠は揃った。この結婚、絶対に終わらせる」「分かった。ちょうど離婚訴訟に強い友達の弁護士がいるの。一緒に会いに行こう」美咲の力強い返事を聞いて、ようやく一日中押し込めていた感情が少し緩んだ。待ち合わせのカフェに着いた時、美咲の顔にはまだ落とし切れていない結婚式のメイクが残っていて、私の頬には赤く腫れた手形がうっすら浮かんでいる。私たちは二人とも、とても人に見せられるような姿ではない。「おめでとう。これでやっと自由の身だね」顔を合わせた瞬間、私たちは興奮したように抱き合い、周囲の視線など気にも留めなかった。気持ちを
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第6話
優真は凛と玲菜を連れて家を出ると、そのまま車に乗り込んだ。凛はずっと泣き止まず、騒ぎ続けるせいで、優真は頭が痛くなり、とても運転どころではなかった。そこで彼は、ごく自然に助手席の玲菜へ言った。「凛をあやしてくれ。君の言うことなら聞くだろ」玲菜は頷き、凛へ向かって両腕を広げた。「凛。お姉ちゃんが抱っこしてあげるね」だが、凛がぐずぐず泣きながら玲菜の胸に飛び込み、そのまま鼻水と涙を彼女のドレスに擦りつけると、玲菜の表情は徐々に引きつっていった。ついに、交差点で赤信号に止まった時、玲菜は我慢しきれなくなり、苛立ちを滲ませて言った。「優真、凛のこと、ちゃんとどうにかしてくれない?ドレス、汚れるんだけど」優真はゆっくりと顔を向け、彼女を見た。玲菜は珍しく顔中のパーツをぎゅっとしかめ、髪も乱れ、メイクも崩れている。その目には隠しきれない嫌悪感が浮かんでいる。それが逆効果だったのか、凛はますます激しく泣き出した。優真の記憶の中の玲菜は、いつだって落ち着いていて、服装も化粧も隙がなく、声も穏やかな女性だ。こんなふうに取り乱した彼女を見るのは初めてだ。彼が黙ったままでいると、玲菜はとうとう耐え切れなくなり、凛を抱き上げると、そのまま彼の腕の中へ押しつけた。青信号になると、優真は慌てて安全な場所へ車を寄せて停めた。彼は凛を見つめながら、どうしていいか分からず戸惑っている。なぜなら、この数年、こういう汚れ仕事や面倒事は、ほとんど全部結月がやってきたからだ。凛が食べ物を手でぐちゃぐちゃにして遊んだ時も、幼い頃に服を汚してしまった時も、粉ミルク缶をひっくり返してその中で転げ回った時も、彼はいつも真っ先に結月の名前を呼んでいた。いつの間にか、凛が騒ぎ出したり問題を起こしたりすると、結月は反射的に優真を押しのけ、自分で片付けるようになっていた。そして優真は、ただ凛からの無条件の愛を享受し、機嫌のいい時だけ抱き上げたり、キスしたりしていればよかった。だから今回、彼はほとんど全神経を使い果たす勢いで凛をあやした。玲菜は眉をひそめたまま、ウェットティッシュでドレスの汚れを何度も拭っており、一言も発しなかった。その姿を見ながら、優真はまた結月のことを思い出した。どんな厄介事に直面しても怒鳴ったりせず、家の隅々まできち
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第7話
「優真、私ちょっと用事があるから、先に帰るね」優真がまだ考え込んでいる最中、玲奈は立ち上がって別れを告げた。正直、彼にはよくわからなかった。もともと家で夕飯をご馳走になりたいと言い出したのは玲奈のほうなのに、今になって急に用事ができたと言って帰ろうとしている。優真は内心、少し彼女を責めたい気持ちもある。もし彼女を家に連れて帰らなければ、結月とあそこまで大きな衝突にはならなかったかもしれないからだ。だが体裁もあり、優真は気遣うように頷くだけに留めた。「わかった。気をつけて帰れよ」優真は凛を連れてショッピングモールへ向かった。ひとつは食事のため、もうひとつは結月へのプレゼントを探すためだ。凛が車を降りた途端、まるで新しい世界を見つけたかのように、あれも見たいこれも触りたいと大騒ぎし始めた。六、七歳の子供なんて、一番元気が有り余っている年頃だ。一度言い出したら、誰でも引っ張れないほど頑固になる。「お父さん、これ欲しい!お父さん、これすごく美味しそう!お父さん、あのスカート、かわいい!」この二時間、優真の耳には凛の声が絶え間なく響いていた。彼はその小さな手を引きながら、ほとんどモール中を歩き回った。たった二時間なのに、優真は頭が爆発しそうだ。結月はこれまで、いったいどうやって耐えてきたのだろう。どうやって毎日根気よく凛の話に付き合い、その一言一言にちゃんと応えてきたのだろう。優真は初めて心の底から、結月に対して敬意のような感情を抱いた。これまで彼が軽視してきた育児や家事というものが、こんなにも神経をすり減らすものだったとは思わなかったのだ。ようやく凛がおとなしくなり、彼にも少し余裕ができて、結月へのプレゼントを選び始めた。だが、その最中、優真は急にぞっとした。自分はこの数年、あまりにも結月を蔑ろにしてきたのではないか。そんな思いが胸をよぎったのだ。五年前、玲奈が大学に赴任してきてから、自分は彼女に惹かれ、日常のあらゆる場面で彼女に近づく口実を探すようになった。小さなサプライズを用意したり、ネットで流行りの愛の言葉を調べたり、どうすれば彼女の気を引けるか、どうすれば喜ばせられるか、必死になって考えていた。そして玲奈が一度、「私は日常の中の『特別』を大事にしたいタイプなの」と言ったことを、彼
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第8話
弁護士との打ち合わせを終えると、彼女はこの案件を最後まで責任を持って追うと約束してくれた。法律事務所を出た後、美咲と私はそろって大きく息を吐いた。私は何気なく切り出した。「そういえば、常陸は揉めなかった?あと向こうの家族とか」美咲は鼻で笑い、ようやく吐き出し口を見つけたようにまくし立てた。「今のあいつ、私と揉めてる暇なんかないわよ。結婚式を中止にしたくてしたくて、代わりに自分の後輩と結婚したくてさ!しかも遅刻した理由が、その後輩から『家が停電したからブレーカー見てほしい』って急に電話かかってきたからなのよ。あの女、あいつの結婚式だって知ってるくせに、わざわざそのタイミングで電話してきたの。どう見ても下心丸出しなのに、あいつもあいつでまんまと引っかかってさ」美咲の苛立った様子を見て、私はどう慰めればいいかわからず、ぎこちなく言葉を返した。「なんか最近、どこも停電してるんだね。さっき優真も、『停電したから』って愛人連れて家でご飯食べるとか言ってたし」美咲は鼻でふっと笑った。「ほんと意外だったわ。古川って、普段あんなに品行方正ぶってるのに、裏で浮気してたなんて」美咲が知らなかったのも無理はない。私は今まで一度も、家庭のことを彼女に愚痴ったことがなかったのだ。それは、いわゆる「面子」のためでもあったし、自分のちっぽけなプライドを守るためでもあった。でも本当は、心のどこかで私自身もわかっている。确かに優真には間違いがあるが、私が長年現実から目を逸らし続けてきたことにも原因はあったのだ。子供が生まれたら変わるかもしれないとか、子供が大きくなれば良くなるかもしれないとか、いつか突然彼が私の良さや大切さに気づいて、昔みたいに戻れるかもしれない……ずっと、そんなふうに思い込んでいた。「その女、どんな顔してるか見せて」私は優真のSNSを開き、以前の飲み会の集合写真を探した。そして写真を拡大して、スマホを美咲へ渡した。すると彼女は、画面を見た瞬間、目を大きく見開いて叫んだ。「なんでこの女なの?」私は戸惑って彼女を見た。すると美咲は慌てたように続けた。「直人の後輩って、この女なのよ!」「え?」信じられずに瞬きをした私へ、さらに彼女が問いかけた。「この人、『神田玲奈』って名前じゃない?海外留学帰り
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第9話
「もちろん」私は頷いた。その時、美咲のスマホにまた通知音が鳴った。玲奈からの友達申請だった。【須崎さん、自分の婚約者くらいちゃんと管理してくれない?もう私に付きまとわせないでください】その一文を見た瞬間、美咲はとうとう叫び声を上げた。「もうほんと無理なんだけど!いつも肝心なタイミングで直人に電話して、自分のところへ呼びつけてるのはあいつのほうじゃん!なのに今さら『ちゃんと彼を管理して』って何様なの?だめ、絶対に全部暴露してやる。あのクズ男どもまとめて全員地獄へ落としてやる!」怒りで胸を大きく上下させながら息を荒げ、しばらくしてようやく落ち着きを取り戻すと、彼女は真剣な目で私を見た。「結月、もう一回だけ聞くね。もしこの件を全部暴露したら、古川の仕事も名声も終わるかもしれない。それでも、本当に後悔しない?」私は薄く笑った。答えようとしたその時、スマホが震えた。優真からのメッセージだった。【どうして家にいないんだ?どこ行った?】私は知っている。優真はもう長年、家に帰れば私が食事を作って待っている生活に慣れきっていた。だが十数秒後、また新しいメッセージが届いた。【凛がお母さんに会いたいって泣いてる。凛を悲しませても平気なのか?】それもわかっている。彼はいつも、娘の機嫌が良い時だけ遊び相手になる。寝かしつけも、食事も、排泄の世話も、細々したことは全部私任せだった。私が返信しないでいると、さらに三通目が届いた。【本当に悪かったと思ってる。今までのことも、今日感情的になったことも……プレゼントも買ったんだ。帰ってきたら、一緒に開けないか?】結局のところ、優真はただ慣れていないだけなのだ。私がもう彼の周りを回らなくなったことと、家庭にすべてを捧げなくなったことに慣れていないのだ。だから今さら、わざわざプライドを下げて私の機嫌を取っているだけだ。そう思うと、私は返信する気にすらならなかった。私は顔を上げ、美咲に向かってしっかり頷いた。「もちろん。全然気にしない。これは、あの人が受けるべき報いだから」私は写真やチャット履歴を保存し、横断幕の印刷を頼みにプリントショップへ向かった。その日は、私も美咲も目が回るほど忙しかった。二人そろってホテルのベッドに倒れ込んでから、ようやくスマホを手
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第10話
その夜、優真はほとんど一睡もできなかった。生活から突然結月がいなくなったことで、自分がいかに多くのことを結月に頼っていたのか、ようやく思い知ったのだ。だが、結月は一向にメッセージを返さない。玲奈も次第に冷たくなり、ついにはこんなメッセージまで送ってきた。【私たちの関係、そろそろ見直したほうがいい気がする】だから深夜三時になっても、優真は目を閉じることができず、ベッドに仰向けになったまま考え続けている。たった一日で、どうしてここまで壊れてしまったのか。だが、夜が明けても答えは見つからなかった。それでも生活は続く。大学の仕事を放り出すわけにもいかない。七時半、目覚ましが鳴ると、優真は重い身体を起こした。鏡の前に立った時、そこに映っていたのは見たこともないほどやつれた自分だ。そしてもう、隣で結月が笑いながら髭剃りを渡してくれることもない。なぜだかわからないが、胸が締めつけられるように痛かった。心臓を強く握り潰されるようで、息さえ苦しい。彼はスマホを開き、一晩経って結月から返信が来ていないか確認しようとした。だが先に届いていたのは、同僚からのメッセージだった。【古川教授、すぐ学校に来てください……大変なことになってます……】嫌な予感が胸をよぎった。優真は急いで車を走らせ、普段なら三十分かかる道を十五分で飛ばした。車を停めた瞬間、教職員棟の前にずらりと並んだ横断幕が目に入った。彼の姿を見た人々は、皆ひそひそと指を差し合った。印刷されたチャット履歴のスクリーンショットに並ぶ親密な言葉の数々を見た瞬間、優真は頭の中が真っ白になった。自分がずっと胸の奥に隠してきたものが、どうして世間に晒されているのか理解できなかった。そして、自分が密かに想い続けていた玲奈が、他の男とも関係を持っていたことも思わなかった。しかもその相手が、美咲の婚約者だったことも。優真は玲奈に問い詰めようとした。だが気づけば、周囲は彼を噂する学生や教職員たちで埋め尽くされている。「まさか古川教授が不倫してたなんて……」「普段あんな真面目そうなのに、結局は下半身で動く男かよ」「こんな教師が学生教えてるとか終わってるだろ」優真は耳を塞ごうとした。だが、ざわめきは止まらない。どれだけ拒んでも、その声は容赦なく耳へ流れ込んでくる。
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