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第3話

Author: 雲游
また、知らない朝が来た。

私は浴室の鏡の前に立ち、パジャマを少しめくる。

左肩には、爪で引っ掻かれたような、曲がった赤い傷痕があった。皮膚がわずかにめくれている。

右足首には紐で締め付けられたような紫色の痕が、ぐるりと一周していた。まるで何かで固く縛られていたかのように。

鏡に映る傷だらけの体を見つめているうちに、頭の中が真っ白になった。

「昨日、公園へ散歩に連れて行ったら、君が湖のほとりに行きたがってね。水草が足に絡まったんだよ」

凌太がドア枠に寄りかかり、長袖のシャツを手にして立っていた。

「水辺には近づくなってあれほど言ったのに、聞かないんだから。

君が何かやらかすたび、俺が君の友達から責められるんだぞ。少しは俺のことも考えてくれないか」

私はうつむいたままかがみ込み、長い靴下を履いてその痕を隠した。

「……ごめんなさい」

彼はため息をつき、靴を私の足元に揃えた。

「今日は君の誕生日だ。咲良に会いに行こう」

車に乗り込んで初めて、後部座席に誰かがいることに気づいた。

美羽が窓際にもたれ、雑誌をめくっている。顔を上げようともしない。

私は凌太を見た。

彼は慣れた手つきでハンドルを操作しながら、穏やかな声で言った。

「美羽はこっちに友達がいなくてね。ひとりで家にいるのも可哀想だろう。ついでに連れ出して、気分転換させてやるんだ。中には入らないし、車の中で待たせておくだけだから」

私が口を開きかけると、凌太が横目でさっとこちらを睨んだ。

「何だ?そのくらいのことも受け入れられないのか?

俺だってこんなに忙しい中、わざわざ時間を作って連れて行ってやってるんだ。これ以上わがままを言うなよ」

私は口をつぐみ、顔を窓の外へ向けた。

バックミラーの中で、美羽が雑誌のページをめくっている。口の端がわずかにつり上がっていた。

療養施設の廊下は長く、消毒液の匂いが漂っていた。

病室のドアを開けた瞬間、彼女の姿が目に飛び込んできた。

咲良はベッドの隅に縮こまっていた。枯れ枝のように痩せ細り、胸には手のひらほどの大きさの、木彫りの小熊を抱え込んでいる。

私が近づくのを見ると、彼女はびくりと身をすくめた。

それから顔を上げ、怯えた小動物のように鼻先を上げ、空気の匂いを嗅いだ。

「……お姉ちゃん」

涙が一気にこみ上げた。

ベッドの脇へ駆け寄り、彼女を抱きしめる。

彼女は私の胸に顔を埋め、指で木彫りの小熊の腹にあるボタンを何度も押した。

「咲良、怖くないよ。お姉ちゃんがいるから」

自分の声が、木彫りの小熊から流れた。

よそよそしいのに、どこか懐かしい。そこには、今の私がもう失ってしまった確かな強さと温もりがあった。

一度、また一度。

彼女の震えが、少しずつ治まっていく。

ドアの外で、ヒールの足音がした。

美羽がドアを開けて入ってくる。部屋をぐるりと見回し、「トイレ探してたら、部屋を間違えちゃった」と言った。

けれど、出て行こうとはしない。

彼女の視線は、咲良が抱える木彫りの小熊に釘付けになっていた。その目が妙に輝いていた。

「わあ、この木彫りの熊、可愛い。喋るの?」

ベッドへ歩み寄り、腰をかがめて覗き込む。

「レトロな作りで、私の写真の雰囲気にぴったり合いそう。ねえ紗英子さん、これ2日くらい借りてもいい?撮り終わったら返すから」

咲良は見知らぬ人間が迫るのを感じ取った。

甲高い泣き声を上げ、体を丸めると、木彫りの小熊を服の中へ必死に押し込む。

私はベッドの前に立ちはだかり、両手を広げた。

「だめ。これを取り上げたら発作を起こすから」

美羽はつまらなそうに唇を尖らせ、背を向けて病室を出ていった。

15分後、看護師がノックして入ってきた。

「平野紗英子様。すみませんが、今期の投薬に関する同意書に、ナースステーションでもう一度ご署名いただけますか」

凌太が椅子から立ち上がり、私の肩を叩いた。

「署名しておいで。咲良はこっちで見ててやるから」

私はベッドの上でようやく落ち着きを取り戻した咲良をちらりと見て、それから凌太を見た。

彼は私に笑いかけた。

「すぐ戻ってくればいいさ。ちゃんと見ておくから」

廊下を一歩進むたび、まるで胃の中を虫に食い荒らされるような不安に襲われた。

ナースステーションでペンを握る指が震え、何度も書き損じては書き直す。

最後の署名を終えると、私はほとんど走るようにして病室へ戻った。

ドアを勢いよく開けると、咲良がベッドにうつ伏せになり、枕に顔を埋めていた。

小動物が息絶える間際に漏らすような、くぐもった泣き声を上げている。

両手がシーツの上を狂ったようにまさぐり、爪が布地に食い込んで、指先からは血が滲んでいた。

木彫りの小熊がない。

凌太はベッドの足元に立ち、スマホに向かって話していた。

私が駆け込んできたのを見ると通話を切り、不機嫌そうに眉をひそめる。

「君が出て2分も経たないうちに、自分であれをベッドの下に放り投げたんだ。拾ってやろうとしたら引っ掻くわ噛みつくわでね。美羽がほこりを落としてから返すと言って、持っていったよ」

彼は手の甲についた赤い引っ掻き傷を見せつけながら、咎めるような口調で言った。

「見ろよ、こんなに暴れて。君からも、あの子にもう少しおとなしくするように言ってくれないか」

私はベッドにすがりつき、全身を痙攣させている咲良を抱きしめた。

唇を強く噛んだのか、血が顎を伝って流れ落ちている。彼女の爪が、私の背中を狂ったように引っ掻く。まるで私が本当にそこにいるのか、必死に確かめているかのようだった。

私は顔を上げ、震える声で凌太を睨んだ。

「……木彫りの小熊を返して。今すぐ」

凌太の瞳に、明らかな苛立ちが浮かんだ。

「美羽がきれいにしてから返すって言ってるだろ。そんなに急がなくてもいいじゃないか。

たかがあんな薄汚れた木のおもちゃだろ。今度、あれより10倍いいものを買ってやるよ」

彼は背を向け、ドアのほうへ歩いていった。

「もう騒ぐな。咲良をちゃんとなだめておけ。俺は下で待ってる。

10分だけな」

無情にドアが閉まった。

咲良は私の腕の中で、なおも必死にもがいている。

「くま……くま……くま……っ」

私は彼女をきつく抱き締め、その頭に自分の顎を乗せたまま、どうしても全身の震えを止めることができなかった。

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