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第1367話 番外編十五

Author: 花崎紬
ゆみの顔に気だるげな笑みが浮かんだ。

「わかった」

剛は満足そうにうなずいて、くるりと背を向け歩き出した。

だが、数歩進んだところで、澈の気配がないことに気づいた。

振り返ると、澈はまだゆみの前で立ち尽くしていた。

「何ボーッとしてんだよ?行くぞ、ほら」

澈がゆみを見上げると、彼女は既に自分の席へ戻っていた。

彼は視線をそっと戻し、無言のまま剛の後について教室をあとにした。

午後。

授業を聞く気にもなれず、ゆみは机に突っ伏して昼寝していた。

夢の中で、突然背後から凍えるような冷気が押し寄せてくるのを感じた。

その感覚に覚えがあり、ゆみはハッと目を開け、後ろを振り返った。

だが、そこには何もなかった。

冷気も次第に薄れていった。

ゆみは眉をひそめた。

間違いない――さっき確かに何かがいた。

だが、こんなに早く消えるとは……

再び机に伏せようとした時、前の席の生徒が叫んだ。

「扇風機が落ちてくる!!」

天井の扇風機がガタガタ揺れ、真下の女子生徒めがけて落下した。

まさに朝、ゆみを殴ろうとしたあの女子生徒の上に。

その女子生徒は避ける間もなく、扇風機は直撃した。

一瞬にして、教室は悲鳴と混乱に包まれた。

ゆみは眉をぐっとひそめた。

さっき冷気を感じて、その直後に扇風機が落ちた?

前でも後ろでもなく、まさに彼女の上に、ピンポイントで。

まさか……

誰かが……私のために、仕返しを?

ゆみは勢いよく立ち上がり、教室を飛び出した。

周囲を探し回ったが、霊の気配らしきものは何一つ見当たらなかった。

ゆみは教室のドアにもたれかかり、黙って考え込んだ。

扇風機の下敷きになった女子生徒は救急車で運ばれることになった。

救急車のサイレンに引き寄せられて、同じ棟の学生たちが続々と集まってきた。

階上、澈のいる教室。

階下での出来事を知った学生たちが噂話を始めた。

「マジでやばいよ。113号室から運び出された子、背中の服が血まみれだったらしい!」

113?

その言葉を聞き、澈はパッと彼らの方へ振り向いた。

「本当?その子誰だよ?」

「そのクラスって、女子三人しかいねえだろ……」

「ギィィッ——」

その瞬間、澈が席から立ち上がった。

椅子が耳障りな音を立てたため、その場が一瞬で静まり返った。

剛が音の方を向くと
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