LOGIN人一倍性欲が強いのに、長い間彼氏がいないドジOLの甘崎りと。マッチングアプリで手痛い失敗をした彼女は、意を決して女性向け風俗のサイトを開く。そこでりとが目を奪われたのは、昼間自分を冷たく叱りつける完璧主義の鬼上司・鷲尾冴臣に酷似したセラピスト〝レイ〟のプロフィールだった――。
View More「はぁ、はぁ……っ、ん……」
お互いの吐息が混じり合う、狭くて、どこか安っぽいビジネスホテルの客室。
部屋の明かりは落とされ、枕元のスタンドライトだけが、不気味にオレンジ色の光を放っている。
「ねえ、もっと力抜いてよ。そっちから誘ってきたんでしょ?」
男の濁った声が耳元で鼓膜を震わせる。
太い指が、りとのタイトスカートの裾を強引に捲り上げていく。ストッキング越しの太ももを撫で上げる手のひらが酷く不快で、りとの背中に一瞬にして無数の鳥肌が立った。どうして、こんなことになってしまったのだろう。
りとは長い間、定まった彼氏がいない。決してモテないわけではなく、何度か付き合った人はいたものの、天真爛漫でドジな性格のせいか、いざ交際が始まると相手から「なんか思ってたのと違う」とあっさり振られてしまい、いつも恋愛が長続きしないのだ。
けれど、りとには誰にも言えない秘密がある。
実は、人一倍、〝性欲〟が強いのだ。 夜、ベッドの中でひとりで処理するだけでは、もう限界だった。身体の芯から湧き上がるような、疼くような渇き。誰かに強く抱かれたい、激しく愛されたい、甘やかされながらとろけるような快感を味わいたいという欲求が、風船のようにパンパンに膨れ上がっていた。その結果、理性を失った彼女が手を出してしまったのが、手軽なマッチングアプリだった。
プロフィール写真がそこそこイケメンで、優しそうなメッセージを送ってきた男。「まずはホテルでゆっくり話そうよ」
その言葉の裏にある意図を分かっていながら、欲求に抗えなかった自分が馬鹿だった。ホテルに入った途端、男は本性を現し、言葉のキャッチボールすらなく強引にりとをベッドに押し倒したのだ。
「んっ……、ちょっと、待って……っ!」
男の唇が、りとの首筋に押し当てられる。じっとりと湿った感触。ちゅっ、という生々しい水音が響き、その瞬間、りとの脳内に強烈な警報が鳴り響いた。
違う。私が求めていたのは、こんな、ドロドロとした、ただ男の欲望をぶつけられるだけの行為じゃない。もっとこう、胸が跳ねるような、愛のある、あるいは極上の快感に溺れさせてくれるような洗練されたセックスのはずだったのに。
「待てないって。ほら、ブラ外すよ」
「いや……っ!」パチン、と下着のホックが外される音が部屋に響いた。
その瞬間、りとの中で恐怖が性欲を完全に上回った。 火事場の馬鹿力とはこのことだろう。「うわっ!?」
りとは渾身の力で男の胸を突き飛ばした。
油断していた男がベッドの上に仰向けにひっくり返る。その隙を見逃さず、りとは乱れた衣服を掻き集め、ベッドから飛び降りた。「おい! 何すんだよ、ふざけんな!」
「ごめんなさいっ……!」脱ぎ捨てられたパンプスを掴み、バッグをひったくるようにして、りとはホテルの部屋のドアを開けた。
背後から男の汚い罵声が聞こえたが、振り返る余裕なんてない。エレベーターを待つ時間さえ惜しく、非常階段の重い扉を開けて薄暗い階段を駆け下りる。ストッキングがどこかで引っかかって伝線していくのが分かったが、構っていられなかった。とにかく、この男から離れなければという一心だった。ホテルのロビーを駆け抜け、夜の街へと飛び出す。
冷たい夜風が、火照った頬と、恐怖でガタガタと震える身体を容赦なく叩いた。 大通りに出て、ネオンの光が眩しい場所でようやく立ち止まる。 乱れた亜麻色のショートヘアを必死に両手で整えながら、りとは大きく息を吐き出した。「はぁ……、はぁ……。死ぬかと思った……」
ぽつりと、夜の街の喧騒に言葉が消えていく。
衣服を整え、パンプスを履き直し、トボトボと駅へ向かって歩き出す。「やっぱ……、マッチングアプリはだめかぁ……」
深く、深いため息が出た。
手軽に寂しさと欲求を埋められると思った自分が浅はかだったのだ。あんな怖い思いをするくらいなら、一生ひとりで悶々としている方がマシかもしれない。いや、でもこの持て余した熱はどうすればいいのだろう。りとは自分の無謀さを深く反省しながら、満員電車に揺られて家路についた。
――そして、翌日。
昨夜の事件のせいで完全に寝不足のまま、りとは重い足取りで出勤した。本人は疲労困憊だというのに、亜麻色のショートカットの髪はいくらブラッシングしても、頑固な寝癖がピョンと跳ねたまま直ってくれない。メイクも心なしかノリが悪い。
「おはようございます……」
営業部のオフィスに入り、小さな声で挨拶をする。
いつもなら「おはよう!」と天真爛漫な笑顔で周りを和ませるりとだが、今日ばかりは覇気がない。同僚たちが心配そうな視線を向けてくるが、まさか「昨夜ホテルから逃げ出して寝不足です」なんて言えるはずもない。「おい、甘崎」
自分のデスクに荷物を置き、パソコンの電源を入れようとしたその瞬間、頭上から絶対零度の声が降ってきた。
りとはビクッと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げる。 そこに立っていたのは、営業部一課の課長――
仕事がめちゃくちゃできて、社長からの信頼も厚いが、その分部下には容赦がない。社内でも恐れられている、いわゆる〝鬼上司〟だ。
「昨日頼んでおいた見積書、まだ俺のデスクに上がっていないんだが?」
「あ、えっと、それは……今すぐやります!」 「今すぐ、ではない。始業前に俺のデスクに置いておくのが、前日に指示された仕事の基本だろう。君の脳みそは、鳥のように三歩歩いたら忘れる仕様なのか?」痛烈な皮肉。相変わらず、言葉のナイフが鋭すぎる。
いつもなら、「すみません……っ!」と心の中で泣いて縮こまるところなのだが、今日のりとは少し違っていた。じっと、鷲尾の顔を下から見上げてしまう。
整った鼻梁、薄い唇。ネイビーのネクタイは寸分の狂いもなく締められ、仕立ての良いスリーピースのスーツが、彼の引き締まった身体のラインを強調している。無駄な脂肪の一切ない、洗練された大人の男の身体。(……怖い。めちゃくちゃ怖い。でも……)
ドクン、と心臓が変な音を立てた。
昨夜、あの下劣な男に襲われかけた反動だろうか。鷲尾の持つ、圧倒的な清潔感と、その裏にある冷徹な大人の男のフェロモンが、ダイレクトにりとの脳を刺激する。ほのかに香るハイブランドの香水が、昨夜の安物の匂いとは対極にあって、ひどく心地よかった。(この人、すごく冷たいけど……めちゃくちゃ色気あるんだよなぁ……)
もし、この冷たくて薄い唇で激しくキスされたら。
この書類を捲る綺麗な長い指先で、私の身体のあちこちをなぞられたら。 いつもは冷酷に命令を下すその低い声で、耳元で甘く淫らな言葉を囁かれたら――。想像しただけで、下腹部の奥がキュンと甘く疼いた。昨夜満たされなかった熱が、ふつふつと蘇ってくるのを感じる。
まさか、毎日のように怒られている鬼上司相手に、朝のオフィスから発情してしまうなんて。「……聞いているのか、甘崎。俺の顔に何かついているか?」
「は、はいっ! いえ、何も! すぐに、すぐに見積書を提出します!」鷲尾の鋭い視線に射抜かれ、慌てて思考を打ち消す。りとは顔を真っ赤にしてパソコンに向かった。鷲尾は「五分以内だ」とフンと鼻を鳴らし、自分のデスクへと戻っていく。
その真っ直ぐで美しい背中を見送りながら、りとは自分の頬が熱を帯びているのを自覚して、机に突っ伏したくなった。けれど、りとの不純な妄想は、彼女自身のドジによってすぐに打ち砕かれることになる。
その日の午後。
オフィスの通路を、大量の会議用資料の束を抱えて歩いていたときのことだった。 昨夜の寝不足と、頭の片隅に居座り続ける鷲尾への邪念のせいで、りとの足元はおぼつかなかった。「あ……っ」
何もない平坦なカーペットの床で、パンプスの先が見事に引っかかる。
お約束のように、りとの身体は前方に大きく傾き、バランスを崩した。抱えていた書類が手から離れ、宙を舞う。「うわあああ!」という情けない悲鳴とともに、りとが床に派手にスライディングする。
バサバサバサッ、と乾いた音を立てて、オフィスのあちこちに散らばる重要書類。静かだった社内に響き渡る音に、全員の視線が一斉にりとへ注がれた。「……何をやっているんだ、君は」
目の前に、塵一つなく磨き上げられた黒い革靴が現れた。
恐る恐る視線を上に滑らせると、そこには、般若のような、いや、氷の彫刻のように冷たい表情でこちらを見下ろす鷲尾が立っていた。黒縁メガネの奥の目が、完全に据わっている。「す、すみません! すぐ片付けます!」
「これで何度目だ、甘崎。君は足元を見て歩くという、幼稚園児でもできることができないのか? それとも、社内に書類の雨を降らせるのが君の新しい趣味か?」鷲尾はため息ひとつ吐かず、ただ冷淡に、事実だけを突きつけるように言った。
周りの社員たちが、同情と呆れの混じった視線をりとに向けている。「この書類には、他社の機密情報や未発表のプロジェクト概要も含まれている。もし紛失したり、部外者に見られたりしたらどうするつもりだ。君の『ドジでした』という一言で済まされる問題じゃない。責任の重さを理解しているのか」
「はい……、本当に、申し訳ありません……」りとは床に膝をついたまま、真っ赤になって必死に書類をかき集める。
鷲尾はそれを手伝うこともなく、ただ冷たく一瞥すると、「三十分後の会議までに一部の欠損もなく揃えておけ」と吐き捨て、そのまま会議室へと歩き去っていった。(……かっこいいけど、やっぱり鬼だ〜〜〜!)
さっきまでの〝ムラっとした気持ち〟はどこへやら、りとは心の中で血の涙を流した。
あの徹底した冷徹さ。あの容赦のなさ。やっぱり、あの人は恋愛対象とか、そういう次元の人間じゃない。ただの仕事の鬼だ。隙なんて一ミリもない。
書類を集め終え、自分の席に戻りながら、りとはこっそりとオフィスを見渡した。
……はぁ。
社内を見回しても、ため息しか出ない。 他の男性社員といえば、髪はボサボサでフケが落ちていたり、スーツのサイズが合っていなくてヨレヨレだったり、デスクの上はお菓子のゴミだらけだったり。優しくて話しやすい人はいるけれど、男としての魅力を感じるかと言われれば、正直、全員が冴えない。(この会社には、あの鬼上司以外に、男として見られる人がいないんだよね……)
それが、りとの悲劇だった。
唯一、圧倒的な色気と男としての魅力を放っているのが、自分を毎日こっぴどく叱りつける鷲尾課長だけなのだ。 でも、あの鬼に優しく抱かれる妄想なんて、現実逃避にもほどがある。絶対にあり得ない。結局、その日は一日中、仕事のミスを取り返すために走り回り、へとへとになって帰宅した。
一人暮らしのオートロック付きアパート。 お気に入りのふわふわの部屋着に着替え、ベッドに大の字になって寝転がる。「疲れた……。でも……」
身体は鉛のように重く疲れているのに、頭の芯はまだ、妙に冴えていた。
昨夜、男に襲われかけて未遂に終わったあの感覚。そして、朝、鷲尾課長に感じてしまった、あのゾクゾクするような背徳的な色気。
それらが混ざり合い、りとの中に眠る〝性欲〟の火に、たっぷりと油を注いでしまっていた。太ももの内側が、じわじわと熱を帯びてくる。下腹部が重だるい。
自分で触ってみても、虚しさが募るだけなのは分かっている。誰かに、もっと極上の技術で、優しく、時には激しく、この身を溶かされるほどに満たされたい。「はぁ……。手っ取り早く、この性欲を解消するなら……」
りとは仰向けのままスマホを手に取り、ブラウザを開いた。
そして、以前、深夜のネットサーフィン中にコラムか何かで見かけた単語を検索窓に打ち込む。【女性向け風俗】
画面には、たくさんの店舗のホームページがずらりと並んだ。
女性向け風俗――通称、女風。 女性が、お金を払ってイケメンのセラピストから極上のリラクゼーションと、疑似恋愛のような甘い時間、そして至高の快感を提供してもらうサービスだ。「本当に、こういうのあるんだ……」
りとはゴクリと唾を飲み込み、検索トップに出てきた、とある大手らしき高級店のサイトをタップした。
黒とゴールドを基調とした、シックで洗練された高級感のあるデザイン。そこには、〝極上の非日常を貴女に〟というキャッチコピーと共に、数多くのセラピストたちのプロフィールが並んでいた。「へぇ、みんなすごくイケメン……。あ、でも、顔ははっきり映ってないんだ」
載っている写真は、どれも首から下のスーツ姿だったり、顔の上半分にボカシが入っていたり、あるいは口元だけがアップになっていたりした。さすがに副業だったり、プライバシーの関係で、セラピストの顔は完全には載せないらしい。
けれど、衣服の上からでも分かる、引き締まった胸板や肩幅のライン。
シーツを掴む綺麗な指先。男らしい鎖骨。ネクタイを緩める仕草。 それらを見ているだけで、りとの心臓の鼓動がだんだんと速くなっていく。自分の奥が熱く疼くのを感じる。「みんな、カッコいいなぁ……。ん?」
スクロールしていたりとの指が、ピタリと止まった。
あるセラピストのプロフィール写真。 その人は、上質な白いシャツに黒いスラックスというシンプルな服装で、カメラに向かって少し斜めに構えていた。顔は鼻から上に薄いモザイクがかかっている。 髪型は、少し長めの、きっちりと整えられた茶髪。そして――何より、りとの目を釘付けにしたのは、その口元だった。
冷たそうに見える、けれど形の良い薄い唇。その右下に、小さな、けれど自己主張するような黒いホクロがあったのだ。「え……?」
りとはベッドの上でガバッと跳ね起きた。
スマホの画面をピンチアウトして、その写真を極限まで拡大する。(嘘……。この雰囲気……)
モザイクで隠れていて黒縁メガネこそ確認できないけれど、その全体の佇まい、シュッとした輪郭、醸し出される冷たくて知的なオーラ、そして何より、あの特徴的な口元のホクロ。
(……鷲尾課長に、めちゃくちゃ似てる……!)
まさか、そんなはずはない。
あの仕事の鬼で、カタブツで、冗談一つ言わないあの鷲尾課長が、こんな夜の街で女性を甘く癒やすセラピストをしているわけがない。会社は副業禁止だし、そもそもあんな冷徹な男が女性に優しくサービスする図なんて想像もつかない。これはただの他人の空似だ。世の中には似た人が三人いると言うし。
分かっている。頭では分かっているけれど。 一度そう思ってしまうと、もう、そのセラピストから目が離せなくなってしまった。食い入るようにプロフィールを読む。
【ハイクラスコース担当:レイ】
【年齢:30代前半】 【特徴:クールに見えて、ベッドの上では非常に情熱的です。日頃のストレスを忘れさせる、大人の極上の癒やしをお届けします。Sっぽいプレイをご希望の方にも対応可能です】「クール……Sっぽい?」
特徴までどこかリンクしてしまうのは、自分の妄想が完全に暴走しているからだろうか。
しかし、りとの中で限界を迎えている性欲と、昼間に課長に対して抱いた〝ムラっとした気持ち〟が、ここでガチリと危険な音を立てて噛み合ってしまった。もし、この〝レイ〟というセラピストが、本当に課長だったら――。
いや、似ているというだけでいい。あの鬼上司そっくりの男に抱かれ、甘くとろかされるなんて、極上の背徳感を味わえるのではないか。普段は絶対に自分を見下しているだけの冷たい瞳が、欲情に歪む姿を想像してしまう。じわっ、と、りとの可愛いお気に入りのショーツが、自分の蜜でしっとりと濡れていくのが分かった。
もう、我慢できない。 昨夜の恐怖なんて、この圧倒的な好奇心と、抑えきれない欲望の前に跡形もなく吹き飛んでしまった。「……よし」
りとは、震える指先で【予約する】のボタンをタップした。
希望日時は、今週末の土曜日の夜。コースは、たっぷりと堪能できる一番人気の百二十分コース。オプションで、ホテルのスイートルーム指定。画面に『ご予約が完了いたしました。当日をお楽しみに』という文字が表示される。
りとはスマホを胸に抱きしめ、トクントクンと激しく打つ鼓動を聞きながら、ベッドに深く沈み込んだ。これが、とんでもない秘密の扉を開くことになるとは、この時のりとはまだ、知る由もなかった。
七月最後の土曜日。 梅雨明けの抜けるような青空の下、りととロゼを乗せた特急列車は、海沿いの線路をひた走っていた。 行き先は、日本有数の温泉地である熱海だ。「わぁ……海だーっ!」 車窓からキラキラと光る水面が見えると、りとは窓に張り付くようにして歓声を上げた。 今日のりとは、休日のリゾート気分に合わせたミントグリーンのオフショルダーワンピース。麦わら帽子から覗くショートヘアが揺れて、いかにも夏らしい爽やかな可愛らしさだ。 隣に座るロゼは、黒のキャミソールにシアーシャツを羽織り、ダメージデニムを合わせた少し辛口なカジュアルスタイル。大人の色気が漂う彼女の雰囲気に、とてもよく似合っている。「ちょっと、はしゃぎすぎだってば」 ロゼが呆れたように笑い、りとの麦わら帽子を軽く叩いた。「ねぇ、せっかくの旅行だしさ。もうお仕事じゃないんだから、源氏名で呼び合うのやめない?」「あっ、確かにそうですね! じゃあ、私のことは〝りと〟って呼んでください!」「おっけー、りと。アタシの本名は〝綾〟だから。よろしくね」「はいっ、綾さん!」 本名で呼び合うことになり、二人の距離がまた少しだけ縮まった気がした。 熱海駅に到着すると、二人はホテルへ向かう前に〝熱海サンビーチ〟へと足を伸ばした。 白い砂浜と青い海、それに立ち並ぶヤシの木が南国リゾートのような雰囲気を醸し出している。 二人はサンダルを脱いで波打ち際を走り回り、「冷たーい!」「綾さん、水かけないでくださいよぉ!」と、女の子同士らしい無邪気な戯れを満喫した。 ひとしきり遊んだ後、送迎バスに揺られて到着したのは、高台に建つ豪華なリゾートホテルだった。 吹き抜けになったエントランスには巨大なシャンデリアが輝き、全面ガラス張りのロビーからは、相模湾の絶景がパノラマで広がっている。 案内された客室も広々とした和洋室で、窓の外には果てしなく続く海が見えた。「すごーい! こんなお部屋、一生に一度泊まれるかどうかですよぉ!」 りとはふかふかのベッドにダイブして大興奮だ。綾も「レンレン、本当太っ腹だね……」と感心したように室内を見回している。 夕食の前に、まずは汗を流そうと大浴場へ向かった。 広々とした脱衣所で、りとはなんの躊躇いもなく服を脱ぎ捨てていく。一方、隣の綾は、なぜか壁の方を向き、タオルで隠すように
分厚い遮光カーテンが引かれた、都内のシティホテルの一室。 薄暗い間接照明の下で、不規則な水音がねっとりと響いている。 小太りで少し髪の薄い、銀縁メガネをかけた中年男の腰の動きに合わせ、彼女の艶やかなグレージュの長い髪が、シーツの上でふわり、ふわりと揺れていた。「んっ、んんっ……」 男の熱を帯びたものを口に含み、懸命に奉仕を続ける。 しかし、不意に息継ぎのタイミングが合わず――ガリッ。「痛っ! ちょっとリオちゃ〜ん、なんか今日怒ってる?」 うっかり歯を立ててしまい、男が顔をしかめた。「あっ、ごめんなさい〜。わざとじゃないんですよぉ」 彼女――〝リオ〟という偽名を使っている女は、上目遣いで甘ったるく微笑んだ。そのふわふわとした庇護欲をそそる空気に当てられ、男はぱっとだらしない笑顔を浮かべて表情を和らげる。「うふふ〜。やっぱりリオちゃんは可愛いな〜。おじさん、許しちゃう」 男の脂ぎった手が伸びてきて、豊かに膨らんだ胸をいやらしく揉みしだく。「やんっ♡」 甘い嬌声を上げると、男はさらに機嫌を良くした。「今日は特別に、お小遣い弾んじゃおうかな〜?」 「やったぁ。嬉しいですぅ。そしたら、私も……もっとサービスしちゃいますね」 吐息が混じり合うほどの至近距離で、完璧な愛想笑いを浮かべる。 しかし、彼女の頭の中はひどく冷めきっていた。(早く……早く、終わって……!) 顔には一切出さないが、腹の底には吐き気にも似たうんざりする感情が渦巻いている。(私は……私は、自分の身を削って、ここまでしないと彼に会えないのに……!) 脳裏にフラッシュバックするのは、休日の駅のホームで見かけた、信じられない光景。 大好きな彼が、愛おしそうに、他の女の額にキスを落としていた。『さ、冴臣さん……っ!?』 あの子は、そう呼んでいた。(冴臣さん、って……。あの子は、〝レイ〟くんではない、彼の本当の顔を知っている……!) ギリッと奥歯を強く噛み締める。 ドス黒い嫉妬心が、胸の内側をドロドロに焼き尽くし、今にも押し潰してしまいそうだった。「リオちゃん、そろそろ……いいかな?」 「はいっ……優しく、してくださいね」 やがて、上にのしかかってきた男の重みと、乱暴な挿入の痛みが下半身を貫く。 彼女は嫉妬と惨めさで泣き叫びそうになるのを必死に
「朝まで寝かせるつもりはない」という前回の鷲尾の言葉は、決して比喩ではなかった。 カーテンの隙間から白々と朝日が差し込んでいる。何度目かの激しい絶頂を迎えて、さすがに疲労が勝ったのか、鷲尾は静かな寝息を立てて眠ってしまっていた。(まつ毛、ながっ……) 普段は黒縁メガネの奥に隠れてわかりにくいが、目を閉じていると、彼のまつ毛が羨ましいほどに長く美しいことがよくわかる。 りとはすっかり目が冴えてしまっていた。(そ、それにしても……声、思わずたくさんだしちゃったな) 前回は依千との最中の声を鷲尾に聞かれてしまったが、今回は逆に、壁の向こうにいる依千に丸聞こえだったはずだ。あの彼が、どんな顔で隣の部屋の音を聞いていたのかと想像すると、心底申し訳なくなる。(ご、ごめん……いっちゃん) 心の中でそっと懺悔し、二度寝はできそうにないからと、りとはそっとベッドを抜け出してシャワーを浴びに向かった。「……っ!?」 脱衣所の鏡を見て、りとはギョッとして目を剥いた。 洋服から見えない部分に数え切れないほどの赤いキスマークが点々と咲き乱れていたのだ。(キスマーク、こんなにつける〜!?) クールな顔をして、意外と独占欲が強い。そんな彼の不器用な情熱が嬉しくて、りとは一人で頬を緩ませた。 シャワーを終え、りとはキッチンで手早く朝食の準備に取り掛かった。 鷲尾のことだから、絶対に栄養バランスの良い和食を喜ぶはずだ。冷蔵庫にあった食材を使い、雑穀ごはん、鮭の塩焼き、厚焼き玉子、ほうれん草の胡麻和え、かぼちゃの煮物、そしてねぎと豆腐の味噌汁を手際よく並べていく。 出汁のいい匂いが部屋に漂い始めた頃、ベッドの上の大きな身体がモゾリと動いた。「……朝食を作ってくれたのか?」 寝起きの低い声。のっそりと起き上がり、ベッドサイドに置かれた黒縁メガネをかける鷲尾の姿が、どうしようもなく愛おしい。 向かい合って座り、「いただきます」と手を合わせて食事を始める。 鷲尾は一口食べて小言を探すような顔をしたが、味も栄養バランスも文句のつけようがなかったらしい。 「……美味いな」と、悔しそうに素直に褒めてくれた。「せっかくの休日なのに、今日は槍でも降るんでしょうか?」「……失礼だな」 窓の外を見上げながら大げさに眉を下げるりとに、鷲尾は呆れたように言いながらも、満足そ
柔らかなマットレスに二人の身体が深く沈み込む。間接照明だけの薄暗い部屋の中、重なり合う二つの影が、真っ白なシーツの上に濃く落ちていた。 先ほどまで彼を縛り付けていた、悲惨な過去の記憶。その冷たい鎖を少しでも溶かして洗い流したくて、りとは鷲尾の首筋に腕を回し、自分からそっと唇を寄せた。 まずは、お互いの輪郭と体温を確かめ合うような、ひどく優しくて丁寧なキスだった。普段の会社で見せる隙のない鬼上司としての顔は、今の彼にはどこにもない。 触れ合うだけの甘いキスを何度も繰り返すうち、やがて少しずつ熱を帯び、鷲尾の薄い唇がわずかに開かれる。そこへりとは自分から舌を滑り込ませ、彼の熱い舌と絡み合うような、深く息が詰まるほどの口づけへと変わっていった。「んっ……ふ、ぁ……っ、冴臣、さん……っ」 キスの合間、甘く痺れる頭で荒い呼吸を繰り返しながら、りとは潤んだ瞳で至近距離にある彼の瞳を見つめた。「……冴臣さんは……私のこと、好きですか?」 息も絶え絶えに紡いだその言葉に、鷲尾はほんの少しだけ動きを止めた。「……惹かれていると、先ほど伝えただろう」 はぐらかすような、どこか不器用な答え。それに対し、りとは「ダメです」と首を横に振る。 そのまま鷲尾の首筋に甘えるように頬を擦り寄せた。彼から漂う、清潔な大人の男の香りと、体温が上がったことによる微かな汗の匂いが、りとの鼻腔をくすぐって胸をひどく高鳴らせる。「惹かれている、じゃなくて……ちゃんと目を見てしっかりと気持ちを伝えてほしいです」 懇願するように言うと、二人の間に若干の空白の時間が落ちた。 鷲尾はそっと、りとの華奢な肩を大きな両手で掴むと、密着していた身体を少しだけ離した。 薄暗い部屋の中、至近距離で二人の視線が真っ直ぐに絡み合う。黒縁メガネの奥の瞳が、どう言葉を紡ぐべきか葛藤するように、僅かに揺れているのがわかった。「…………」「…………」 痛いほどの沈黙。りとは逃げずに、彼が言葉を探してくれるのをじっと待つ。 やがて鷲尾は、照れ隠しのように気まずそうに、ふいと視線を逸らした。「……今更、言いづらいな」「えー! なんでですか! 言ってくださいよぉ!」 りとは不満げにジタバタと身をよじり、真っ白なシーツを蹴飛ばして抗議する。その子供っぽい仕草に、鷲尾は観念したようにふぅ、と一つ長いため息
――そして、運命の週明け、月曜日。 朝からオフィスの空気は、いつも以上に重く感じられた。 いや、実際に重いわけではない。りとの心が、勝手にそう感じているだけだ。 亜麻色のショートカットを揺らしながら、りとは自分のデスクでパソコンの画面を見つめていた。しかし、タイピングする指はさっきから完全に止まっている。 視線の先にあるのは、斜め前に座る営業部一課の絶対的権力者、鷲尾課長の背中だ。 土曜日の夜の出来事が、フラッシュバックする。 あのホテルでの、甘く、熱く、とろけるような時間。あの冷徹な鬼上司が、夜はあんなにも優しく、情熱的に自分を愛撫してくれたのだ。 あの長くて綺麗な指先。首
激しい波が何度も押し寄せ、ようやく静まり返ったハイクラスホテルのスイートルーム。 間接照明の柔らかな光の中、りとは真っ白なシーツにすっぽりと包まれながら、指一本動かせないほどの心地よい疲労感にどっぷりと浸っていた。「お疲れ様でした。少し、汗を拭きましょうか」 レイ――鷲尾課長の声は、昼間の冷徹さからは想像もつかないほど甘く低く、どこまでも優しかった。 温かいホットタオルが、りとの火照った身体を丁寧に拭い清めていく。その手つきには一切のいやらしさがなく、ただ大切なものを慈しむように扱われているという絶対的な安心感だけがあった。 ふわりと鼻腔をくすぐるのは、彼から漂う落ち着いた〝ウッ
土曜日の夜。 職場である都心のオフィス街から電車を乗り継ぎ、一時間以上離れた閑静なエリアにあるハイクラスホテル。 りとは広々としたスイートルームのふかふかの上質な絨毯の上で、落ち着かない様子でウロウロと歩き回っていた。 女性向け風俗、出張型リラクゼーションサービス〝メロウルーム〟。 予約を完了した日から今日まで、りとは仕事中も上の空になるほど、この日のことばかりを考えていた。下着も奮発して、少し透け感のある黒のレースのランジェリーを身につけている。上には、ホテルに備え付けられていた肌触りの良いバスローブを羽織っていた。(あの写真の人……本当に鷲尾課長なのかな。いや、まさかね。いく
「はぁ、はぁ……っ、ん……」 お互いの吐息が混じり合う、狭くて、どこか安っぽいビジネスホテルの客室。 部屋の明かりは落とされ、枕元のスタンドライトだけが、不気味にオレンジ色の光を放っている。 甘崎りとは、見知らぬ男の身体の下に敷き調えられていた。 男の硬い胸板が押し当てられ、鼻を突くのは、どこのものとも分からない安価な香水と汗が混じったような匂い。りとが望んでいた展開とは、あまりにもかけ離れた現実がそこにはあった。「ねえ、もっと力抜いてよ。そっちから誘ってきたんでしょ?」 男の濁った声が耳元で鼓膜を震わせる。 太い指が、りとのタイトスカートの裾を強引に捲り上げ