「口先だけのきれい事はやめて!」女幽霊は怒りに震えながら言い放った。「私を死に追いやったあの6人は確かに幽霊になったが、私は彼らを抑え込んで転生させないつもりよ!」ゆみは眉をひそめた。「つまり……あの6人の学生があなたを殺したの?」「でなければ、なぜ私があいつらを殺したと思う!?」「もう復讐は果たしたでしょう?彼らを縛りつけることは、結局あなた自身をも縛ることになっているのよ。意味がないわ」「そんな簡単に転生させてたまるか!!」女幽霊の声は怒りに渦巻いていた。ゆみは静かに笑った。「あなたは執着が強すぎるの。だからこの場所に囚われ、自分の痛みを何度も何度も思い出しては自分を傷つけ続けている。もし、ちゃんとあの世へ行って罰を受けて、ちゃんと生まれ変わることができれば、それは、きっとひとつの救いになるわ」「説教なんか聞きたくない!」女幽霊は叫んだ。「ハッキリさせてやるわ!あんたたちが死ぬか、私が魂ごと消えるかのどっちかよ!!」そう言い放つと、女幽霊はゆみに襲いかかろうとした。ゆみが臨を呼ぼうとした瞬間、横から虚ろな影が現れた。駆けつけた朔也が放つ陰風に、女幽霊は吹き飛ばされた。「これほど言っても聞き入れず、それどころかゆみに手を出そうとはな。なら今ここで魂ごと消し飛んでもらおう」朔也の声は冷たかった。「魂が消えるならそれでもいい!」女幽霊は叫び返した。「私はもう、この世界にはうんざりなのよ!こんなにも汚らわしい世界、見たくもない!私がいじめられたことを知っても、両親は金を受け取ってすべてを終わらせた!兄も、あいつらが金持ちだと知ってそいつらとつるむようになった!何が転生よ……生まれ変わったって、待ってるのはまたこんな汚れた世界じゃない!お願いだから……消してよ。私はもう、こんな世界見たくないの!」その言葉を聞き終わると、朔也は手を上げようとした。「待って!朔也叔父さん」ゆみは慌てて叫んだ。朔也は手を止めて、ゆみの方に顔を向けた。「なんで?彼女はもう転生も望んでいない。ならば、それを叶えてやる」ゆみは女幽霊の前に歩み出た。「あなたが見たのは、確かにこの世界で最も醜い部分かもしれない。人間として、あなたの経験したことに心から同情する。でも、この世界は決してそれだ
ゆみの言葉を聞いて、佑樹はもうそれ以上何も言わなかった。夕方。臨は、学校から帰宅しゆみが家に戻っているのを見つけると、興奮した様子で駆け寄ってきた。「姉さん、帰ってきたんだね!」臨は顔をほころばせて言った。「どう?怪我はもう大丈夫?」ゆみは意味ありげに臨を見つめて、微笑みながら言った。「臨、今夜ちょっと手伝ってくれない?」「いいよ!」臨は何度も頷いた。「学校に行くんだろ?」ゆみは驚いたように臨を見た。「えっ?今はもう怖くないの?」臨の笑顔は次第に消えていき、真剣な表情で言った。「幽霊って確かに怖いけど……でも、もう姉さんがあんなふうにいじめられるのを見るのは嫌なんだ。あの時さ、姉さんが苦しんでるの見て、すぐ学校に行って幽霊どもをぶっ飛ばしてやろうと思ったんだ。でもみんなに『姉さんの気持ちを考えろ』って止められちゃってさ」ゆみは優しく笑いながら臨の頭を撫でた。「ずいぶん大人っぽくなったじゃない!私のことちゃんと気にかけてくれて嬉しいわ」臨は、ゆみの手を取ってしっかりと握りしめた。「僕は、ずっと姉さんのことを心配してるんだよ。次にまたこんなことするなら、絶対に僕も一緒に行かせて。姉さんの盾になりたいんだ」「わかった!」ゆみは笑った。「今夜家族みんなで夕食を食べたら、すぐに出発しましょう!」「了解!」夜になり、紀美子と晋太郎、念江が帰宅した。彼らは、ゆみが家に戻っているのを見ると喜んで彼女の周りに集まり、次々に声をかけた。食事を終えると、紀美子はゆみを二階に連れて行き、濡れタオルでさっと体を拭いてあげるとようやく外出を許可した。家を出たばかりのところで、ゆみと臨は、自宅前の庭に停まっている隼人のポルシェを見つけた。彼が運転席から降りてきたのを見て、二人は驚いたように彼を見つめた。「なんで来てるの?」隼人は別荘の方をちらりと見て言った。「佑樹が心配しててさ。送迎役として俺を派遣したんだよ」「うちには運転手がいるわよ。わざわざ来るなんて大変でしょ」「大丈夫!」隼人は言った。「外は寒いし、車の中で話そう」三人は車に乗り込み、世間話をしながら学校へ向かった。今回は臨が勇敢にも先頭に立ち、隼人に言った。「姉さんをちゃんと守るよ」廃校
「確かに、お前は15年も想い続けて、たくさんの時間をかけてきた。だが澈、気づいてるか?ゆみはとてつもなく理性的な人間だ。一度覚悟を決めたら、すぐに前を向くタイプなんだ」隼人は言った。澈は呼吸が乱れるのを感じ、震える息を深呼吸で整えながら隼人を見つめた。「ああ」澈は答えた。「彼女は誰よりも感情的でありながら、理性的でもある」「例え話をするよ。もしゆみが本当に俺を選んだら、お前はどうする?」「何もしない」澈はきっぱりと言った。「言った通り、ゆみの決めたことなら、僕は何でも認める。お前も気にしなくていい。別れても恨みっこないさ。僕はそんな人間じゃない」隼人はさらに問いかけた。「つまり、ゆみが俺と付き合ったとしても、お前はゆみと友達でい続けるってことか?」澈は眉をひそめた。「僕とゆみは友達だ。もし恋人になれないとしても、関係はそのまま続く。隼人、お前がゆみを好きなのは分かる。でも、それで僕とゆみの友情を邪魔することはできない」隼人は突然笑い出した。「それなら安心だ!」澈はその笑いの意味が分からず戸惑った。隼人はエレベーターの前に歩いていき、ボタンを押した。「てっきり、お前は俺とゆみが一緒になったら、気を遣って距離を置くと思ってたよ」「……」澈は言葉を失った。「実はな、俺も一度は諦めようかと考えたんだよ、ゆみのこと。だってお前の状況って、本当に……」言葉を途中で止め、隼人は澈を一瞥した。「お前を傷つけるようなことは言わないが、でも後から考えたんだ。もし俺が自分の気持ちだけでゆみを諦めたら、それはお前に対して失礼すぎるよなって」エレベーターのドアが開き、隼人は足を踏み入れた。澈も続いた。二人はエレベーターの中で並んで立ち、しばらく沈黙が続いた後、澈が口を開いた。「お前の決断は間違ってない。僕の家庭は確かに不完全だけど、それでも僕は人間だ。この世には親の愛に恵まれない人間なんて山ほどいる。でも彼らはそれでも生きてる。なら僕にだってできるはずだ」隼人は驚いた顔で彼を見た。「おい、成長したな!」「成長?」隼人は笑顔を見せながら、澈の肩に腕を回した。「家族の愛がないってだけで、自暴自棄になる奴もいる。でもお前は違う!やっと分かったよ、ゆみがなんでお前のことを好
隼人は右手を挙げながら言った。「あの時さ、俺の手が血まみれになってさ……君の背中の肉を削ってるのまで見ちゃって、何日も寝られなかったんだ」「そんなの簡単じゃん!」ゆみが笑いながら言った。「お医者さんに睡眠薬でも処方してもらえば、ぐっすり眠れるでしょ」隼人は笑いながらベッドのそばにしゃがみ込んだ。「ゆみ、君は……俺のこと、責めてないの?」「責める?」ゆみは首を傾げた。「何を?」隼人は鼻をかきながら、少し恥ずかしそうに呟いた。「俺があそこに連れて行かなければ、君は怪我なんてしなかったんじゃないかって、そう思ってさ」ゆみは呆れたように彼を見つめた。「それ、あなたが連れてったとか関係ないでしょ。悪いのはあの礼儀知らずの幽霊たちよ。治ったら、全員きれいに片付けてやるから!」「また行くつもりなのか?」隼人は驚いて聞き返した。「もちろん!」ゆみは手を差し出して言った。「七体全部冥土に連れて行けたら、閻魔様だって笑い転げるわよ」隼人は無邪気に笑う彼女の表情を見て、胸が痛んだ。「俺としてはさ、君に軽くでも怒られてくれた方が気が楽なんだけどな。こんなふうに笑って話されると、逆に辛いよ」「怒ったってしょうがないでしょ!」ゆみは言った。「からかった方が楽しいもん。ベッドから降りられるようになったら、ちゃんとご飯連れてってよ?体力つけなきゃ」「おう、任せとけ!」隼人は即答した。「何でも!」ゆみは頷いた。「そういえば、佑樹兄さんから聞いたんだけど、あなた市子おばあちゃんのところに行ったんだって?」隼人は特に隠すことなく答えた。「ああ、行ったよ。どうすれば君を守れるのか、聞きたくてさ」「ははははは!」ゆみは突然大声で笑い出した。「私を守る?なんでそんなこと思ったの?それにあなた幽霊見えないでしょ?どうやって戦うの?自慢の正義感で幽霊を圧倒しようとでも?」「もし正義感で幽霊を退治できたなら、あんな幽霊たちなんて問題にすらならないだろうに」「またそれ!」隼人の笑顔が少し消えた。「ゆみ……俺はまだ君のそばにいられるかな?」ゆみは瞬きをして、きょとんとした顔で聞き返した。「なんでダメなの?」「俺はてっきり……」「はいはい、もういいってば」
隼人は、佑樹たちを病院から見送ると、椅子に腰かけて遠くからゆみの様子を見守っていた。彼女は穏やかに眠っており、呼吸に合わせて胸がゆっくりと上下していた。その時、一人の看護師がそばを通りかかった。隼人は、それに気づくとすぐに立ち上がり近づいて声をかけた。「すみません、看護師さん」看護師は彼を見て返した。「はい、どうかされましたか?」「ゆみはいつICUから出られますか?」「それはちょっと分かりませんね。傷の回復具合やバイタルサインの安定次第だと思います。私がこれまで見た中でも、あの子の傷の範囲はかなり大きい方です。うまくいかないと、跡が残るかもしれませんね……はあ……」そう言い終えると、看護師は静かにICUのドアを開けて中へと入っていった。隼人はその言葉を聞いて、またしても強い罪悪感に襲われた。この罪は、一生背負っていくことになるだろう。……三日後。ゆみがICUから出ると聞き、紀美子と晋太郎も病院に駆けつけた。ベッドにうつ伏せになったまま無気力な様子の娘を見て、二人の胸は締めつけられた。紀美子は、そっと近づき、ゆみの髪を撫でながら言った。「ごめんね、ゆみ。お兄ちゃんたちから連絡があって、急いで来たんだけど……遅くなっちゃって……」ゆみは首を振り、無理やり笑顔を作って答えた。「大丈夫だよ、お母さん。ほら、元気そうでしょ?」紀美子の目には涙が浮かんでいた。「安心して、母さんが必ず腕の良いお医者さんを見つけて、背中の傷痕を全部きれいに治してもらうから」「そんなの気にしてないよ。背中なんて見せることないし、自分でも見えないから全然平気」「君がどれだけ見た目にこだわるか、みんな知ってるぞ」佑樹は横で、壁に寄りかかりながら皮肉交じりに口を挟んだ。ゆみは彼の方を見ようと顔を向けたが、その動きで背中の傷が痛み思わず顔をしかめた。佑樹は眉をひそめ、口調を和らげた。「動くな。分かったよ、もうからかわないから」その様子を見ていた晋太郎が、真剣な顔で佑樹に言った。「佑樹、お前たち、海外にけっこうコネがあるだろ?優秀な皮膚科医を探してくれ。ゆみの背中は、絶対に元通りにしてあげないと」佑樹はうなずいた。「分かってる。もう手は回してるよ」ちょうどその時、病室のドアが開き隼人
恐れと不安が次々と頭をよぎり、隼人はなかなか眠れなかった。彼は、目を開けてサンルーフ越しに空を見上げた。ゆみの仕事において、自分は何の力にもなれない。ならばせめて、彼女の「安全」くらいは守れるだろうか?そう思いながら、隼人は携帯を取り出し、佑樹にメッセージを送った。「市子おばあちゃんが泊まっているホテルを教えてくれないか?」しばらくすると、佑樹からホテルの住所と部屋番号が送られてきた。「ありがとう」佑樹はメッセージを見て冷笑しながら返信した。「ゆみの件、まだ許してないぞ」「殺すなり罰するなり、好きにしてくれ。俺のせいだ、責任はちゃんと取る」その後、佑樹から返信は返ってこなかった。隼人もそれ以上は何も送らず、車を発進させてホテルへと向かった。三十分後。隼人は、市子の部屋の前で2秒ほど躊躇してからドアをノックした。すると、すぐに中から声が聞こえてきた。「はい、今行きます」ドアを開くと、市子は少し驚いた表情で彼を見た。「あなたは、病院にいた少年ね?」隼人は頷いた。「市子おばあちゃん、少しだけお時間をいただけませんか。お話したいことがあるんです」「いいわよ」そう言って、市子は体を横にずらした。「入りなさい」ソファに腰を下ろすと、市子は尋ねた。「で、何の用だい?」隼人は緊張した様子で、両手をギュッと握りながら言った。「市子おばあちゃん、正直に言います。俺みたいな普通の人間に……ゆみを守る方法って、あるんでしょうか?」「普通の人間、ね……」市子はくすっと笑った。「あなたにとって、私たちのような仕事をする人間は“普通の人間”じゃないってわけか?」隼人はハッとし、慌てて言い直した。「そ、そういう意味はありません。ただ、俺たちとは違って、特別な力があるっていうか……」「それは、ただ神様から与えられた運に過ぎないわ」市子は静かに言った。「私たちだって普通の人間よ。ご飯を食べて、年を取って、病気にもなるし、死にもする。たしかに、ちょっとばかり特別なことができるけど、必ずしもそれが幸せとは限らないんだよ。それで、あなたは“ゆみを守りたい”と言ったね?」隼人は力強く頷いた。「はい、そうです」「ゆみはね、誰かに守ってもらう必要なんてないのよ。そ