「お前はこの問題をあまりにも簡単に考えすぎだ!」晴は隆一を一瞥した。「晋太郎すらも眼中に入れない男が、俺たちを相手にすると思うか?」隆一は肩を落とし、意気消沈した様子で言った。「じゃあどうすればいいんだ?何日も経つのに、糸口が全然見つからないじゃないか!」晴はしばらく考え込むと、こう提案した。「紀美子に会いに行こう」「紀美子に?」隆一は困惑した表情で聞き返した。「会える見込みでもあるのか?」「何か方法を考えるしかない」晴は言った。「今の俺たちでは、どんなに彼女を助けたいと思っていても意味がない。鍵となるのは紀美子自身がこれから何をするつもりなのかだ」隆一は驚きのあまりしばらく黙った。「つまり、紀美子が悟と一緒になる可能性があるってことか?」「その可能性も否定できない」晴は頷いた。「お前だったら、復讐したいと思わないか?」「そんなの当たり前だろ!」隆一は呆れたように言い返した。晴は彼をじっと見つめながら言った。「だからこそ、俺たちがどう動くかではなく、紀美子をどうサポートすべきかを考えよう。彼女が悟のそばに残れば、必ず奴の犯罪の証拠を手に入れることができる。それこそ、ここで頭を悩ませているよりも有効だ」「……確かに一理あるな」隆一は眉間に皺を寄せながら小声で呟いた。その時、晴の脳裏にある人物の名前が浮かんだ。「そうだ、瑠美だ!」隆一はきょとんとして彼を見つめた。「何が言いたい?」晴は悔しそうに頭をかきながら言った。「どうして今まで瑠美のことを忘れてたんだ!彼女なら紀美子と連絡を取れるかもしれない!」「でも、皆悟に捕まってるんじゃないのか?」「いや」晴は答えた。「裕也さんは悟が子どもたちとおばさんだけを監禁したって言ってた」「瑠美の連絡先は持ってるか?」隆一は興奮気味に言った。「早く彼女に連絡してみろ!」「裕也さんに聞いてみる!」数分後、晴は瑠美の電話番号を入手した。彼女に電話をかけると、すぐに繋がった。「瑠美か?」晴が尋ねると、電話の向こうで瑠美が驚いた声を上げた。「晴兄さん?」「そうだ」晴は続けた。「時間あるか?ちょっと会って話したいんだ」「いいわ。場所を教えて」それから二十分後、
「分かったわ、任せて」瑠美は言った。隆一は少し考えて言った。「瑠美、今君は何してるんだ?」瑠美はしばらく考え込んで答えた。「悟を追跡するつもりよ。今のところまだ彼に気づかれていないから」「いいだろう」隆一は言った。「もし助けが必要になったら、いつでも俺や晴に連絡してくれ。手伝うよ」瑠美は頷き、隆一と連絡先を交換した後、その場を離れた。その日の午後、瑠美は紀美子に密かに携帯を渡すことに成功した。携帯を受け取った紀美子は、呆然と瑠美を見つめた。瑠美は言った。「晴兄さんと隆一兄さんがあなたと連絡を取りたいって。携帯をしっかり隠して、絶対に見つからないようにしてね」「わかったわ、瑠美、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」瑠美は腕時計を見て言った。「言ってみて。ただ、あまり時間はないからね」「朔也の遺体は……」紀美子の目には悲しみが宿っていた。瑠美は小さくため息をついた。「お父さんがちゃんと葬儀を手配したよ。心配しなくていい」「叔父さんに迷惑をかけたわね」紀美子は静かに頷いた。「あなたが自殺なんて考えさえしなければ、誰も迷惑だなんて思わないわ」瑠美はつぶやくように言った。「携帯には私の連絡先も入れておいたわ。これからも悟の動きを追い続けるつもりだから。進展があったら知らせるわ」紀美子はその顔を見つめながら、胸中に込み上げてくる感情を押し殺して一言だけ言った。「気をつけて」瑠美は一瞬言葉を失い、その後、耳まで赤く染まった。「べ、別に病弱なあなたに心配されるほどヤワじゃないわ!」そう言い捨てて、瑠美はそっけなく背を向けて去っていった。紀美子は少し感動した。瑠美はただツンデレなだけで、本当はとても優しい人なのだ。そうでなければ、危険を冒してまで何度も自分の様子を見に来るはずがない。瑠美が去った後、紀美子は布団に潜り込んで晴の番号にメッセージを送った。「私よ、紀美子」晴は紀美子からの連絡を確認し、すぐに返信した。「紀美子?無事なのか?」「大丈夫。要件を簡潔に言って」「分かった、じゃあ、はっきり言うよ。今、出たいか?それとも悟のそばに留まるつもりか?」晴は返信した。「私は出ないわ。証拠を手に入れる必要があるの」「もう決め
「佑樹くん、お母さんだよ」ご飯を食べていた入江佑樹は、携帯がポケットの中で振動しているのに気づいた。彼は携帯を取り出し、見覚えのない電話番号からのメッセージを見て、疑問に思いながらも開いた。メッセージの内容を読んで、彼は持っていた箸をパタっとテーブルに落とした。「どうしたの、佑樹くん?」その音に気づいた森川念江は尋ねた。佑樹は少し離れたところにいるボディーガードを見て首を振った。「ううん、ただのスパムメールだ」ただのスパムメールだったら佑樹はあんな反応を取るはずはなかった。念江は疑った。しかし、佑樹がきっと濁して教えてくれないというのを分かっていたので、念江は敢えて聞かなかった。「お母さんは……どうしてるの?」佑樹は小さな手を震わせながら母に返信した。佑樹からの返信をもらい、入江紀美子はやっと安心できた。「お母さんは大丈夫よ、そっちは?」「僕達は渡辺家にいて、携帯も返してくれたけど、前使ってた携帯はきっと全部監視プログラムを仕込まれているだろうから、こっそり新しいのに換えた」「分かった。用心に越したことはないわ。ところで、彼達に暴力を振るわれたりはしてない?」「うん、そんなことはないけど、沢山のボディーガードに監視されてる。お母さん……自殺とか、もうしないで……」紀美子は心が痛み、自分の愚行で子供達を悲しませてしまったことを後悔した。「ごめん。また心配をかけるなんて、お母さんがバカだった」「お母さんが無事でいることが分かったから安心した。僕と念江くんは瑠美おばちゃんにパソコンを用意して貰ってる。できるだけ早く塚原悟の犯罪の証拠を集めて、お母さんを助け出すから!」「この件は、そんなに簡単なことじゃないわ。くれぐれも慎重にね」もちろん彼は無暗に動くつもりはなかった。母が塚原悟に捕まっている今、絶対に慎重に動かなければならない。さらに母がそう言ってくるのを聞いて、反論できなかった。でないとまたお母さんに心配をかけさせてしまう。「分かった、お母さん。いつお母さんに会えるの?」「彼はお母さんを藤河別荘に連れ帰ると言ってるわ。佑樹くん、これから、隙をついてはあなたと念江くんの技術的支援が必要になるかも」佑樹は警戒しながら周りのボディーガードを眺めた。「何をやってほ
塚原悟はその分厚い書類を見て、眉を寄せた。まだ2日目にも関わらず、解約の申し込みが既に十数件も来ていた。森川晋太郎にこんなに沢山の忠実なパートナがいたとは!「今後はこういう書類は見せなくていい、そのまま違約金を請求しろ!」「彼達は弁償を断っています」杉本肇は悟に注意した。「しかも、彼達は逆に我々に賠償金を請求しています。如何せん彼達と契約を結んだのは晋……森川社長であり、あなたではありませんでしたので。契約期間内に断りなく株主を変更したため、彼達は如何なる違約弁償も拒否するとのことです」悟は書類を見て、目つきが段々冷たくなった。彼は書類を手に取り確認した。最初に目に入ってきたのは、田中グループからの契約中止の申込書だった。悟はあざ笑った。どうやらこの人達は、自分がこの座に着く資格はないと思っているようだ!帝都での地位を固めることは、そう簡単ではないようだ。悟は、このままこの反対が続くとMKが没落してしまうのではないかと考え始めた。おそらく彼には、帝都において相当な力を持つ女に頼る必要があるのだろう。帝都では、森川家、田中家そして渡辺家以外、あと4番目の地位を持つ加藤家がある。加藤家……そう考えながら、悟は段々と笑顔になった。どうやらそろそろ加藤家に協力する時が来たようだ。……3日後。悟は病院にいた。入江紀美子の退院を迎えにきたのだった。紀美子を車いすに座らせ、悟は後ろでゆっくりと押して病院を出た。病院の入り口には沢山のボディーガードが立っていて、その派手さで彼女は眩暈がしそうになった。悟が後ろにいなかったら、てっきり森川晋太郎が戻ってきたと勘違いするところだった。あの男も沢山のボディーガードを連れて出かけることが好きだった。紀美子は悔しさで心が痛み、ふと真っ青な空を見上げた。晋太郎、あなたは生きているの?こんな簡単に約束を破るなんて、子供達と私だけにこんな難局と対面させるつもりじゃないよね?紀美子を車の傍まで押していき、悟は手を伸ばし彼女を支えようとした。しかし目元が赤く染まった紀美子が目に入り、一瞬動きが止まった。「君はあの人のことを思っているのか?」悟は低い声で尋ねた。紀美子は唇を軽く噛んだ。彼女はまるで悟の話が聞こえなかっ
「それはいつのことですか?」入江紀美子は真っ青になった唇を動かして尋ねた。「もう大分前のことです。森川社長にできるだけ早く工事を完了させろと指示を受け、作業員たちに無理な工程を組んで作業してもらいました」紀美子は、ある日晋太郎に文句を言ったのを思い出した。確かその時自分は、「徹夜してまで工事を進めるなんて、一体どんな隣人さんでしょう」と言った。また、「この別荘の買主はきっと変わった性格をしてるからこんな無理な仕事をさせるんだ」とも言った。当時の晋太郎の顔色はどんなのだったっけ?なぜもっとちゃんと確かめなかったのだろう?そこまで考えると、彼女の目元からは涙がこぼれ落ちてきた。紀美子は拳を握りしめ、深呼吸をしてから震えた声で言った。「分かりました、ちゃんと残金を支払います。別荘の鍵をください」「ありがとうございます!」男は何度もお辞儀をした。「いいえ、礼には及びません」「私の携帯を返して」紀美子は塚原悟に言った。悟は目でボディーガードに指示して、携帯を持ってこさせた。紀美子は携帯で残金を支払い、男から別荘の鍵を受け取った。男が帰った後、紀美子は別荘の方を眺めて悟に頼んだ。「別荘の中を見回ってきたいの。時間をちょうだい」「分かった」紀美子は別荘に向かって歩いた。入り口には指紋認証のカギがかかっていた。彼女は手を伸ばし、迷わず自分の誕生日を入力した。「カチャッ」と、ドアのロックが解除された。紀美子は唇を噛みしめ、悲しい気持ちを無理に抑えながらドアを開いた。目に映ってきたのは、温もりのある内装スタイルの部屋だった。一階の部屋の壁は全部取り除かれ、大きなリビングとなっていた。リビングの隅には、入江ゆみが大好きなマスコットが置かれており、ソファと飾り物もちょうど良い所に置かれていた。彼女は脳裏で、ゆみが兄たちと手を繋いで遊んでいる光景を思い浮かべた。自分は晋太郎とソファに座っていて、暖かい目で子供達を見守るんだ。しかしその幸せなシーンは、今となってはもう夢の話だ。胸に強烈な陣痛が走り、紀美子は思わず胸を手で押さえ、ゆっくりと壁に寄りかかりながらしゃがみこんだ。彼女は唇を噛みしめたが、悲しみを抑えきれなかった。晋太郎……あなたは一体どこにいるの
入江紀美子は、視線をエリーのガーゼを包まれた左手に落とした。ガーゼには血がついていた。数秒経ってから、紀美子は視線を戻し、2階に上がろうとした。「紀美子」塚原悟は急に口を開いた。紀美子は足を止め、冷たい表情で悟の方へ振り返った。「これからエリーを別荘に駐在させ流。そしてもう一人の家政婦を雇って君の生活の世話をさせる」紀美子はあざ笑いをして、悟に言った。「私をいつまで監禁するつもり?」「監禁するつもりはない」悟は言った。「もし出かけたいなら、エリーに同行してもらえばいい」「監視じゃない?まさかあんたにこんな扱いされるとは」「違う、私はただ、君の安全を考えてそうしているのだ」「私を殺そうとした人に、そんなことを言う資格があるの?」紀美子はそう言うと、階段を上っていった。部屋に戻ると、懐かしい匂いがしてきた。それは森川晋太郎特有の雪松の香りだった。更衣室に入ると、晋太郎の服はまだずっしりとハンガーにかけられていた。紀美子は優しく晋太郎の服の上に手を置き、ゆっくりと掠めた。彼はいつか帰ってくる、そうよね?しばらくすると、紀美子は寝室を出た。真正面の寝室を眺めると、彼女の眼底には侘しさが浮かんだ。自分は露間朔也の最期を看取ってあげられなかった。明日に墓園に行って彼の墓参りをしよう。そう考えながら紀美子がドアを押し開けようとすると、階段の方から会話が聞こえた。「影山さん、既に手配済みです。明日加藤さんが警察署から釈放されます」ボディーガードの話は紀美子を驚かせた。自分の勘違いでなければ、ボディーガードが今言っていた「加藤さん」は、加藤藍子のことだ!悟が藍子を釈放させるつもり?一体なぜ?佳世子は彼を害するようなことをなど一切していないのに、彼女まで傷つけるつもり?紀美子は我慢できず、怒りを抑えながら1階に降りようとした。しかし階段を降り始めたところで、誰かが上ってくる音がした。2階に上がろうとしているエリーを見て、紀美子は冷たい声で言った。「ここはあなたが上がっていい場所じゃない!」エリーは冷たい目つきを浮かべ、紀美子に近づいてきた。「さっきボディーガードの話が聞こえたんでしょ?」「だったら何?」紀美子は直ちに聞き返した。
入江紀美子が1階に降りると、塚原悟は別荘を出ようとしていた。「待って」彼女は悟を呼び止めた。悟は脚を止め、彼女の方に振り向いた。「どうした?」悟は俊美な眉を上げて尋ねた。紀美子は一瞬動揺した。まるで彼はまだあの悟で、何でも話せる親友のようだった。しかし今まで起きた一連の出来事も事実だった。「なぜ加藤藍子を助けるの?」「紀美子、私にはやりたいことがあるんだ」悟は彼女に面と向かって言った。「藍子は佳世子を陥れた犯人よ!これ以上佳世子を苦しめるつもり?」「紀美子」悟は落ち着いた顔で言った。「私は他の人の気持ちまで構っていられない。利用できる価値のある人は助けねばならない」「つまり、あんたが生かしてくれたのは、私にまだ利用する価値があるから?」悟の目つきがやや暗くなった。その質問に対して、彼自身もどう答えたらいいかよく分からなかった。紀美子に答えられなかった彼は、振り向いて別荘を出た。部屋に戻った紀美子は、先ほどのことを田中晴に教えた。紀美子の話を聞き、晴の怒りは爆発した。彼が無意識に彼女の電話番号をかけようとすると、隣にいる鈴木隆一に抑えられた。「お前、正気か?紀美子に電話をするなんて!」隆一は焦った声で彼を止めた。「俺は今すぐ彼女にどうなっているかを聞きたい!藍子を釈放させる訳にはいかない!絶対にだ!」「お前が反対するからって、あいつが聞いてくれるわけがない!」隆一は続けて言った。「そう簡単に藍子を助け出せるとは、ヤツは刑務所にもとんでもないコネを持ってるに違いない!もし本当に藍子を助け出させたくないなら、前晋太郎に言われた通りにしろ!」「うちの両親に助けを求める?」晴は驚いて隆一に確かめた。隆一は頷いた。「まだ藍子が釈放されていないうちに、今すぐお前の父に頼むのだ」「彼達がやってくれるとは限らない!」晴は歯を食いしばった。「試さないと分からないだろ?行こう、俺がついて行ってやる。応援してやるから!」晴は暫く黙ってから頷いた。午後2時。晴と隆一は田中家に着いた。家に入ると、外から帰ってきたばかりの晴の父に会った。晴の父は彼らを見て、ため息をついて尋ねた。「晋太郎の消息はまだ掴めないのか?」晴は頷いた。
「自分が何を言っているか分かってるのか?」晴の父の顔色は急に険しくなった。「俺は本気で言っている!」晴は真顔で答えた。「俺と一緒にならなかったら、佳世子はあんな風にならずに済んだ!誰がどう言おうと、彼女を手放すつもりはない!」「このまま意地を張ったら、どうなるか分かってるのか?」晴の父は厳しい声で尋ねた。「分かっていなかったら、今日こんな相談をしにくることはなかった!」晴は答えた。「女一人の為に、健康な体が薬漬けに成り下がってもいいのか?」「本当に愛し合っていたら、苦難派ともに乗り越えるものだ!」晴は真剣に言った。「たとえお前がそう考えているとしても、相手は分からないだろ?」そう言われると、晴は黙り込んだ。そして、彼はあざ笑いをした。「佳世子がどう思っているとしても、俺は彼女を裏切らない!」晴は言った。「彼女は俺の元に戻ってきたくないと言っているが、俺はこんなことで彼女を手放すつもりはない!」「だからお前は愛と言う名の鎖で彼女を束縛し、彼女を一生苦しめるつもりか?」その話を聞いて、隣の鈴木隆一は驚いた。晴の父の言い分に、反論の余地はなかった。とても理にかなっているように聞こえる!隆一は心配して晴を見た。もう終わりだ……「晴、彼女は家を出て随分経っているよな?」晴の父は持っている茶碗を置いて尋ねた。晴は何も言わなかった。「彼女の勇気と決心は認める。たとえお前のせいで彼女が加藤藍子に陥れたのだとしても、彼女にはお前を道連れにする考えがなかったと言うことだ。それならお前も彼女の意見を尊重すべきだ、違うか?」「俺は今日、藍子のことだけを相談しにきたんだ!」晴は両手に拳を握りしめ、話を逸らそうとした。「加藤家に刃向かうつもりか?」晴の父は尋ねた。「お前、加藤家の帝都での地位を知らないのか?」「知ってる!」晴は答えた。「地位が高いからって、犯人を野放しにするのを黙ってみろというのか?」「お前はその女の為に田中家を巻き込むつもりか?」晴の父の顔は真っ青になった。「どうやらあんたたちには、助けてくれる気がないんだな?」晴はがっかりして言った。「俺は、何を優先すべきかが分からないほど老いぼれてはいない!」「分かった」晴
紀美子は翔太に事情を簡単に説明した。話を聞いた翔太は深くため息をついた。「あの子たちはみんなしっかりした子たちだ。自分で決めたことなら、無理に引き止めるわけにはいかない。尊重してやらなきゃな。だが……こんな場所で気分転換するべきじゃない」「そういえば、翔太さんはここで何を?」佳世子は話題をそらすように尋ねた。翔太はバーの入口を一瞥しながら答えた。「あの連中は舞桜の遠縁の親戚たちなんだ」二人は顔を見合わせ、紀美子は怪訝そうに聞いた。「どうして舞桜の親戚と一緒に?」翔太は苦笑し、鼻をこすりながら答えた。「実はな、舞桜と一週間後に婚約する予定なんだ」「えっ!?」二人は声を揃えて叫んだ。「そんな大事なこと、どうして教えてくれなかったの?」紀美子は驚きを隠せなかった。佳世子は舌打ちした。「翔太さん、私たちより早いじゃない!」「彼らが帰ってから紀美子に話そうと思ってたんだ」紀美子は軽く眉をひそめた。「さっき見かけたけど、舞桜と同世代くらいの人たちみたいね。難しい人たちなの?」「なんというか……」翔太は小さくため息をついた。「茂の親戚と似たような連中だ。だから君には早く知らせたくなかったんだよ。彼らは本当に面倒を起こすから」「舞桜が止めないの?」佳世子は聞いた。「いつまでも我慢してばかりじゃダメよ!」「止めないわけじゃない」翔太は言った。「舞桜の父親からの試練のようなものだ。舞桜は彼らのことで父親と大喧嘩したんだ。でも、父親は自分だけでは決められないと言ったらしい。舞桜の祖父の意向もあるみたいで」紀美子は話の裏を読み取って聞いた。「もしかして、その祖父って……舞桜と兄さんの関係に反対してるの?」「そうだ」翔太は率直に認めた。「舞桜の祖父は、海軍の偉いさんでさ。我々のような商人のことを、なかなか認めてはくれない」「今どきそんな家柄を気にするなんて!」佳世子は呆れたように言った。紀美子はしばらく考え込んでから言った。「でも、そうでなければ、舞桜もここまで来て兄さんと出会うこともなかったわね」「うん、その通りだ。前に舞桜が俺に会いに来たことが、余計に彼女の祖父の反感を買ったらしい」「舞桜は良い子よ」紀美子は翔太を見つめて言った。
「結婚を発表する日に、この件も公表する」晋太郎はペンを置いてから答えた。今のところ、自分はまだ紀美子を正式に口説き落としていない。いきなりこんな話をしても、笑いものになるだけだ。夜。紀美子は佳世子に連れられ、帝都に新しくオープンしたバーに来ていた。入り口に入った瞬間耳をつんざくような音楽が聞こえてきて、紀美子は鼓動が早くなるのを感じた。彼女は佳世子の手を引き寄せ、耳元で叫ぶように言った。「佳世子、ここはやめようよ。あの人たちに知られたら、飛んでくるに決まってる」「どうしていけないの?」佳世子は紀美子の手を引っ張って中へ進んだ。「あの人たちはあの人たち、私たちは私たちよ。付き合ってるからって、こういう場所に来ちゃいけないルールでもあるの?正しく楽しんでるんだから、平気でしょ!」紀美子は佳世子が気分転換のために連れてきてくれたのだとわかっていた。だが、こういう騒がしい場所は苦手だった。理由は主に二つあった。一つは環境が乱雑なこと、もう一つは晋太郎の性格だ。彼が知れば、このバーごとひっくり返しかねない。自分でトラブルを起こすつもりもなければ、晋太郎に誰かに迷惑をかけさせるつもりもなかった。ボックス席に着いても、紀美子はまだ佳世子の手をしっかり握っていた。「佳世子、やっぱりここは嫌だわ。静かなバーに変えようよ?」「え、何?!」佳世子は聞き取れなかった。紀美子はもう一度繰り返し言った。「紀美子、まず座って落ち着いて話を聞いてよ」佳世子は言った。紀美子は彼女の意図を察し、しぶしぶ一緒に座った。佳世子は紀美子の耳元に寄った。「晋太郎、まだ記憶が戻ったって認めてないでしょ?」紀美子は彼女を見て尋ねた。「それがここに来ることと何の関係が?まさか、彼を刺激したいの?」佳世子は激しく頷いた。「男ってのはみんなそうよ。何か起こさないと本当のことを言わないのよ!」「だめだめ」紀美子は慌てて首を振った。「言わないのは彼の勝手よ。私がどうするかは私の自由。佳世子、本当にここにいたくないの」佳世子はまだ何か言いたげだったが、ふと目の端に映った人影に気づき、言葉を止めた。そしてじっとその見覚えのある姿を見つめながら言った。「紀美子、あの人……あなたのお兄
二人は涙を見せれば、ゆみがますます別れを惜しんでしまうことを恐れていたのだ。「ゆみ、待ってるから!毎日携帯見て、お兄ちゃんたちからの連絡を待ってるからね……ゆみはちゃんと大きくなるよ。ご飯もいっぱい食べて、悪さしないで……うう……早く帰ってきてね……」紀美子も、堪えきれず涙をこぼした。晋太郎がそっと近寄り、彼女を優しく抱き寄せた。この別れは、誰の胸にも重くのしかかっていた。ゆみは学校に行かなければならなかったので、佑樹と念江を見送った後、昼食を取るとすぐに急いで飛行機で帰って行った。紀美子は、がらんとした別荘を見回し胸の奥にぽっかりと穴が空いたような感覚に襲われ、ソファに座ったまま呆然としていた。今にも、子供たちが階上から駆け下りてきてキッチンで牛乳を飲むような気がしてならなかった。そんな紀美子の様子を見て、晋太郎は携帯を取り出し佳世子にメッセージを送った。1時間も経たないうちに、佳世子が潤ヶ丘に現れた。ドアが開く音に、紀美子がさっと振り向いた。佳世子と目が合うと、一瞬浮かんだ期待の色はすぐに消えていった。佳世子は小さくため息をつき、紀美子の隣に座った。「紀美子、まだ子供たちのことで頭がいっぱいなの?」紀美子は微かに頷いた。「うん……なかなか慣れなくて。佑樹と念江も行っちゃったし、ゆみもすぐ帰っちゃったし……」「あの子たち、本当にあなたに似てるわ」佳世子は言った。「あなたが帝都を離れてS国に行った時も、こんな風に自分の目標に向かって突き進んでたもの」紀美子はぽかんとし、思わず苦笑した。「あれは状況に迫られてのことよ」「そんなこと言ったら、まるで子供たちがあなたから離れたくてたまらないみたいじゃない」佳世子は紀美子の手を握った。「そんな話はやめましょう。午後はショッピングに行くわよ!」「ちょっと!」紀美子は驚いたように彼女を見つめて言った。「どうして急に来たの?」佳世子はきょろきょろと周りを見回し、晋太郎の姿がないのを確認すると、小声で言った。「実は、あなたのご主人に頼まれて来たのよ!」紀美子は、ご主人様という言葉を聞いて顔が赤くなった。「え、え?ご主人なんて……私、彼とはまだそんな関係じゃないのよ……」「遅かれ早かれ、そうなるんだから!」佳
俊介は淡く微笑んだ。「晋太郎、子供たちは俺にとって実の孫同然だ。心配する必要はない」その言葉を聞いて、紀美子は少し安心した。一行は保安検査場の目の前まで来ると、紀美子は子供たちの前にしゃがみ込んだ。彼女は無理に笑顔を作りながら、子供たちの腕に手を置いて言った。「一時間後には搭乗よ。誰と一緒でも、自分のことはきちんと守って。無理しないでね」佑樹と念江は頷いた。「ママ、心配しないで。僕たち、できるだけ早く帰るから」佑樹は言った。「ママも体に気をつけてね」念江は笑みを浮かべて言った。「パパと一緒に、今度は妹を作ってよ」紀美子は一瞬固まり、念江の鼻をつまんで言った。「ママとパパはまだ何も決めてないの。その話はまた今度ね」ゆみを待っている晋太郎は、周囲を見回しながらふと紀美子の方を見た。口を開こうとした瞬間、背後から慌ただしい足音が聞こえてきた。「お兄ちゃん!!念江お兄ちゃん!!」ゆみの声が響き、一同が振り返った。ゆみは小さな体で次々と乗客の間を縫うように駆け抜け、全力で佑樹と念江の元へ突進してきた。そして両手で二人の首にしっかりと抱きついた。「間に合ったよ!」ゆみは泣きながら二人の肩に顔を埋めた。「お兄ちゃんたちの見送り、間に合って良かった」佑樹と念江は呆然と立ち尽くした。まさかゆみがこんなに遠くまで見送りに来てくれるとは思ってもいなかったのだ。二人の目が一瞬で赤くなった。これ以上の別れの贈り物はないだろう。二人はゆみをしっかりと抱きしめ、必死に冷静さを保ちながら慰めた。「もう、泣くなよ!」佑樹はゆみの背中を叩いた。「人がたくさんいるんだぞ。恥ずかしくないのか」念江の黒く大きな目は優しさに溢れていた。「ゆみ、わざわざ来てくれてありがとう。大変だったろう」ゆみは二人から手を放した。「向こうに行ったら、絶対に自分のことをちゃんと気遣ってね。時間があったら、必ず電話してよ。分かった?」佑樹と念江は、思わず俊介を見た。その視線に気づいたゆみは、俊介を睨みつけた。「あなたのくだらない規則なんて知らないよ!お兄ちゃんたちを連れて行くのはいいけど、連絡を絶たせるなんてひどいよ!ゆみは難しいことは言えないけど、家族は連絡を取り合うべきだってわか
紀美子は箸を握る手の力を徐々に強めながら、優しく言った。「念江、大丈夫よ。本当にママに会いたくなったら、会いに来ればいい」念江はぽかんとした。「でもあそこは……」紀美子は首を振って遮った。「確かにルールはあるけど、抜け道だってあるはずでしょう?」念江はしばらく考え込んでから頷いた。「うん。僕たちが認められれば、きっとすぐにママに会える」紀美子は安堵の表情でうなずいた。子供たちと食事を終えると、彼女は階上へ上がり、荷造りを手伝った。今回は晋太郎の部下に任せず、自ら佑樹と念江の衣類や日用品をスーツケースに詰めていった。一つ一つスーツケースに収める度に、紀美子の胸の痛みと寂しさは募っていった。ついに、彼女は手を止め俯いて声もなく涙をこぼし始めた。部屋の外。晋太郎が階下へ降りようとした時、子供たちの部屋の少し開いた扉から、一人背を向けて座っている紀美子の姿が目に入ってきた。彼女の細い肩が微かに震えているのを見て、晋太郎の表情は暗くなった。しばらく立ち止まった後、彼はドアを押して紀美子の傍へ歩み寄った。足音を聞いて、紀美子は子供たちが来たのかと慌てて涙を拭った。顔を上げ晋太郎を見ると、そっと視線を逸らした。「どうしてここに……」「俺が来なかったら、いつまで泣いてるつもりだったんだ?」晋太郎はしゃがみ込み、子どもたちの荷物をスーツケースに詰めるのを手伝い始めた。「手伝わなくていいわ、私がやるから」「11時のフライトだ。いつまでやてる気だ?」晋太郎は時計を見て言った。「もう8時半だぞ」紀美子は黙ったまま、子供たちの服を畳み続けた。最後になってやっと気付いたが、晋太郎は服のたたみ方すら知らないようだった。ただぐしゃぐしゃに丸めて、スーツケースの隙間に押し込んでいるだけだった。紀美子は思わず笑みを浮かべて彼を見上げた。「あなた、本当に基本的なことさえできないのね」晋太郎の手は止まり、一瞬表情がこわばった。彼は不機嫌そうに顔を上げ、紀美子を見つめて言った。「何か文句でもあるのか?」紀美子は晋太郎が詰めた服を再び取り出しながら言った。「文句を言ったところで直らないだろうから、邪魔しないでくれる?」「この2日間で、弁護士に書類を準備させた。明日届く
「それは――龍介さんが自分で瑠美とちゃんと話すしかないんじゃない?」紀美子は微笑みながら言った。「紀美子、今夜は瑠美を呼んでくれてありがとう」龍介はグラスを持ち上げた。紀美子もグラスを上げて応じた。「龍介さんにはお世話になりっぱなしなんだから、こんな簡単なことでお礼言われると困るわ」夜、紀美子と晋太郎は子供たちを連れて家に戻った。紀美子が入浴を終えたちょうどその時、ゆみから電話がかかってきた。通話を繋ぐと、ゆみはふさぎ込んだ声で聞いてきた。「ママ、明日お兄ちゃんたち行っちゃうんでしょ?」紀美子はぎょっとした。「ゆみ、それは兄ちゃんたちから聞いたの?」「うん」ゆみが答えた。「ママ、お兄ちゃんたち何時に行くの?」浴室から聞こえる水音に耳を傾けながら、紀美子は言った。「ママも正確な時間わからないの。パパがお風呂から出たら聞いてみるから、ちょっと待っていてくれる?」「わかった」ゆみは言った。「ママ、それまで他の話しよっか」紀美子はゆみと雑談をしながら、十分ほど時間を過ごした。すると、晋太郎がバスローブ姿で現れた。ゆみの元気な声が携帯から聞こえてきたため、晋太郎は髪を拭きながらベッドの側に座った。「もう11時なのに、まだ起きてるのか?」紀美子が体を起こした。「佑樹たち明日何時に出発するのか知ってる?」晋太郎は紀美子の携帯を見て尋ねた。「ゆみはもう知ってるのか?」「知ってるよ!」ゆみは即答した。「パパ、私お兄ちゃんたちを見送りに行きたい」「泣くだろう」晋太郎は困ったように言った。「だから来ない方がいい」「嫌だ!絶対に行くの。だって次に会えるのいつかわからないんだもん」ゆみは強く主張した。その声は次第に震え始め、今にも泣き出しそうな顔になった。晋太郎は胸が締め付けられる思いがした。「分かったよ……専用機を手配して迎えに行かせる」そう言うと彼はベッドサイドの携帯を取り上げ、美月に直ちにヘリコプターを手配するよう指示した。翌日。紀美子は早起きして、子どもたちのために豪華な朝食を用意した。子供たちは、階下に降りてきてテーブルいっぱいに並んだ見慣れた料理を目にすると、驚いたように紀美子を見つめた。「これ全部、ママが一人
龍介は瑠美に笑いかけて言った。「瑠美、この前は助けてくれてありがとう」彼がアシスタントに目配せすると、用意してあった贈り物が瑠美の前に差し出された。「ささやかものだけど、受け取ってほしい」瑠美は遠慮なく受け取り、龍介に聞いた。「開けていい?」「どうぞ」瑠美は上にかけられていたリボンを解き、丁寧に箱のふたを開けた。中身を目にした瞬間、彼女は驚いて目を見開いた。「えっ!?これどうやって手に入れたの?!瑠璃仙人の作品でしょ!?」「前に君が玉のペンダントしてたから、好きなんだろうと思って」「めっちゃ好き!!」瑠美は興奮して紀美子に言った。「姉さん!これ梵語大師の作品よ!前に兄さんに探させたけど全然ダメだったのに!」紀美子は玉のことには詳しくないため、梵語大師が誰なのかもわからなかった。彼女はただ穏やかに微笑んで言った。「気に入ってくれて良かったわ」一方、晋太郎の視線は龍介に留まった。龍介の目には、かすかな熱意のようなものがある。紀美子を見る時には決して見せたことのない眼差しだ。もしかして、龍介は瑠美に気があるのか?晋太郎は探るように口を開いた。「吉田社長の狙いがこんなに早く変わるとはな」龍介は瑠美の笑顔から視線を外し、晋太郎の目を見つめて言った。「森川社長、それはどういう意味だ?」晋太郎は唇を歪めて冷笑した。「吉田社長、新しい対象ができたのに、なぜまだ紀美子に執着してるんだ?」それを聞いて、瑠美は驚いて顔を上げ、龍介と紀美子を交互に見た。紀美子は瑠美の視線を感じ取って、説明した。「私と吉田社長は何もないから、誤解しないで」「誤解なんてしてないよ」瑠美は言った。「でも晋太郎兄さんが言ってた『吉田社長の狙い』って、私のこと?」紀美子も、晋太郎のその言葉の真意はつかめていなかった。龍介のような、感情を表に出さず落ち着いていて慎重なタイプが、活発で明るい瑠美に興味を持つのだろうか。もしかすると、あの時瑠美が龍介を助けたことがきっかけなのか?二人の年齢差は10歳ほどあるはずだ。でも、性格が正反対なほど惹かれ合うって話もある。もし瑠美が龍介と結婚したら、みんな安心できるだろう。「もしよければ、瑠美さん、連絡先を教えてくれないか?」
そう言うと、晋太郎はさりげなく紀美子から車の鍵を受け取った。佑樹が傍らで晋太郎をじっと見て言った。「パパ、違うよ。ママが誰かとお見合いするわけじゃん」晋太郎は生意気な佑樹を見下ろしながら聞き返した。「じゃあ、何だって言うんだ?」佑樹は笑いながら紀美子を見て言った。「ママみたいな美人、お見合いなんて必要ないじゃん。ママに告白したい人を並ばせたら、地球を一周できるよ」念江も付け加えた。「前におばさんから聞いたけど、ママの会社の重役や課長さんたちもママに気があるらしい」晋太郎の端整な顔に薄ら笑いが浮かんだが、その目には陰りがあった。「ろくでもない奴らだ。君たちのママはそんなやつらに興味ない」重役と課長か……晋太郎は鼻で笑った。計画を早める必要がありそうだな。「そろそろ時間よ。遅れちゃうわ。三人とも、もう出発できる?」紀美子は腕時計を見て言った。一時間後。紀美子と晋太郎は二人の子供を連れてレストランに到着した。龍介が予約した個室に入ると、彼はすでに待っていた。紀美子を見て龍介は笑顔で立ち上がった。「紀美子、来たね」紀美子が前に出て謝った。「龍介さん、ごめん。渋滞でちょっと遅れちゃった」「気にしないで」龍介は晋太郎を見上げて言った。「森川社長、久しぶりだな」晋太郎は鼻で嗤い、皮肉をこめて言った。「永遠に会わなくてもいいんじゃないか」龍介はその言葉を無視し、子供たちにも挨拶してから席に着いた。紀美子が子供たちに飲み物を注いだ後、龍介に尋ねた。「今日は何の用?」「じゃあ単刀直入に言うよ」龍介の表情が急に真剣になった。「紀美子、瑠美は君の従妹だよね?一度彼女に会わせてくれないか?」紀美子は驚き、晋太郎と視線を合わせてから龍介を見た。「この前の件で瑠美に会いたいの?」龍介は頷き、率直に答えた。「ああ、命の恩人に対して、裏でこっそり調べたり連絡するのは失礼だと思ってね」「紹介はできるけど、彼女が会ってくれるかどうかはわからないよ」「頼むよ。あれからずっと、ちゃんとお礼も言えてなかったから」紀美子は頷き、携帯を取り出して瑠美の番号を探し出した。「今連絡してみる」電話がつながると、瑠美の声が聞こえた。「姉さん?どうした?
どっちみち焦っているのは晋太郎の方で、こっちじゃないんだから。これまで長い年月を待ってきたのだから、もう少し待っても構わない。2階の書斎。晋太郎はむしゃくしゃしながらデスクに座っていた。紀美子が龍介と電話で話していた時の口調を思い出すだけで、イライラが募った。たかが龍介ごときに、あんなに優しく対応するなんて。あの違いはなんだ?ちょうどその時、晴から電話がかかってきた。晋太郎は一瞥してすぐに通話ボタンを押した。「大事じゃないならさっさと切れ!」晋太郎はネクタイを緩めながら言った。電話の向こうで晴は一瞬たじろいだ。「晋太郎、家に着いたか?なぜそんなに機嫌が悪いんだ?」晋太郎の胸中は怒りでいっぱいになっており、必然と声も荒くなっていた。「用があるなら早く言え!」「はいはい」晴は慌てて本題に入った。「さっき隆一から電話があってな。出国前にみんなで集まろうってさ。あいつまた海外に行くらしい」「無理だ!」晋太郎は即答した。「夜は予定があるんだ」「午後、少しカフェで会うだけなのに、それも無理か?」午後なら……夜の紀美子と龍介の待ち合わせに間に合う。ついでに、あの件についても聞けるかもしれない「場所を送れ」30分後。晋太郎は晴と隆一と共にカフェで顔を合わせた。隆一は憂鬱そうにコーヒーを前にため息をついた。「お前らはいいよな……好きな人と結婚できて」晴はからかうように言った。「どうした?また父親に、海外に行って外国人とお見合いしろとでも言われたのか?」「今回は外国人じゃない」隆一は言った。「相手は海外にいる軍司令官の娘で、聞くところによると性格が最悪らしい」晴は笑いをこらえながら言った。「それはいいじゃないか。お前みたいな遊び人にはぴったりだろ?」「は?誰が遊び人だって?」隆一はムッとして睨みつけた。「お前みたいなふしだらな男、他に見たことないぞ!」「俺がふしだらだと?!」晴は激しく反論した。「俺、今はめちゃくちゃ真面目だぞ!」隆一は嘲るように声を上げて笑った。「お前が真面目?笑わせんなよ。佳世子がいなかったら、まだ女の間でフラフラしてたに決まってるだろ!」「お前だってそうだったじゃないか!よく俺のことを言える