二人は、部屋の扉の鍵をかけ楽しそうにキーボードを叩いていた。念江は冷静になり、パソコンに夢中の佑樹を見つめながら言った。「佑樹、そろそろ始める時間だよ」佑樹は頷いた。「そうだね。もう時間を無駄にはできない」念江はパソコンの電源を入れ、起動を待ちながら窓の外に目をやった。「ゆみ、今どうしてるんだろう。全然連絡がないけど」佑樹は手を止め、呆れたように念江を見つめた。「あの子、昨夜もメッセージを送ってきたよ。まだ一日も経ってない」念江は少し驚き、気まずそうに笑った。「そうだったのか?いないと時間が長く感じるよ」「僕ら二人とも何もしていなかったからだよ」佑樹は言った。「学校にも行けないし」「こんな日々、いつ終わるんだろうな」「後でママに連絡して、悟に学校のことを相談してもらうよう頼んでみる」佑樹は言った。「うん、でもそれは後にしよう。まずは無線のログイン記録を消しておくよ」「その辺は任せる。僕はエリーという人物を調べるよ」佑樹は言った。「了解」三時間後。佑樹のパソコンにエリーの情報が表示された。念江は画面をちらっと見てから、再び自分のパソコンに目を戻した。「見つかったか?」佑樹は眉をひそめながら、見つけた資料をじっと見つめていた。読み進めるにつれ、体中が寒気に襲われるのを感じた。「見つけたよ」佑樹はごくりと唾を飲み込んで言った。「この女、世界殺し屋ランキングで第5位に入っている。悟がこんな人間と知り合いだなんて、信じられない!」「そんなあり得ないことでもないさ。彼は医者だろ?もしかしたら彼女を助けたことがあるのかもしれない」「その可能性も否定できないね」佑樹はさらに資料を読み進めながら言った。「でも、彼女がママのそばにいるのは危険だと思う」「一旦パソコンを閉じよう、佑樹」念江は注意を促した。佑樹はすぐにパソコンを閉じ、念江も最後のIPの記録を消した後、パソコンを閉じた。「彼女がママに手を出すことはないと思う」念江は言った。「でも、悟が本気でママを狙うつもりなら、エリーがいる限り、ママは完全に彼らの手の内だよ」念江は困ったように言った。「それもそうだね」「事実だよ」佑樹は真剣な表情で言った。「でもエリー
佑樹は携帯を受け取った。「ママ、明日叔母さんに頼んでソフトをあなたに届けさせるよ。絶対に気を付けてね」「分かったわ。ところであなたたちはちゃんとご飯を食べてる?ゆみから連絡はあった?」佑樹はゆみから送られてきた写真を紀美子に送った。写真の中でゆみの自撮りを見て、紀美子は思わず少し驚いた。彼女は急いで返信した。「ゆみ、帝都にはいないの?」佑樹は不思議そうに答えた。「そんなはずないよ。ゆみは帝都を離れるなんて言ってなかったし」ゆみが撮った写真は部屋の中で撮影されたもので、その雰囲気は小林さんが墓地近くに住んでいる家の装飾とは明らかに異なっていた。「佑樹、ゆみの電話番号を私に送って」紀美子がそう返信すると、すぐに紀美子の携帯にゆみの番号が送られてきた。実は、紀美子がゆみの番号を知ったのはこれが初めてであった。晋太郎も、ゆみ自身も知らせてくれなかったからだ。番号を受け取ると、紀美子はすぐにゆみに電話をかけた。しばらくして、ようやくゆみが電話に出た。「もしもし?」そのなじみ深い、少し幼い声が紀美子の耳に届いた。紀美子は彼女への恋しさを抑え、優しく言った。「ゆみ、ママよ」ゆみは驚いて目を見開いた。「ママ?!ママの携帯取り戻したの?!」「そうよ。ゆみ、聞きたいんだけど、今どこにいるの?」紀美子が尋ねた。「北の方だよ!」ゆみはすぐに答えた。「おじいちゃんが私を彼の故郷に連れてきてくれたの!この村にはたくさんの子どもたちがいて、みんなとても優しいの。それに、ここのおじさんやおばさんたちも私のことをとても可愛がってくれるよ……」ゆみが楽しそうに話すのを聞いて、紀美子の胸につかえていた不安がすっと解けた。話の最後になると、ゆみの声が次第に詰まり始めた。「楽しいことや美味しいものはたくさんあるけど……ママやお兄ちゃんたちに会いたいよ……」紀美子は目に涙を浮かべた。「ママもゆみに会いたいわ。お兄ちゃんたちも同じよ。でも、一度選んだ道は最後まで歩き通さないとね?おじいちゃんの言うことをちゃんと聞いて。本当に帰りたくなったら、ママが直接迎えに行くから」「分かったよ、ママ……」ゆみの声には明らかに寂しさがにじんでいた。「ママ、私にもっと電話してきてね。夜がいいわ。
「うん、大変だっただろうが、君は乗り越えたんだな」小林は言った。紀美子は鼻をすすりながら言った。「小林さん、私は子どもたちの父親のことが知りたいんです……」小林さんはため息をついて言った。「紀美子、誰しも人生には苦しみや悲しみを味わうものだが、それを乗り越えた先には、きっと報われる時が来るものだ。だが、俺から多くを語るわけにはいかない。ただ、今言えるのは、もし君にとって理解しがたい出来事があったとしても、それが必ずしも悪いものとは限らない、ということだ」その言葉を聞き、紀美子の心には複雑な思いが広がった。一体どういう意味だ?晋太郎を忘れてしまえば、この先の人生はもっと楽になるということか?「理解しがたい」というのは、いったいどういうことだろう?具体的には理解できなかったが、紀美子は小林さんに感謝の言葉を述べた。「小林さん、お話ありがとうございました。子どもの学費の件ですが、後ほど子どもの口座に振り込みさせていただきます」小林は笑いながら言った。「俺は彼女の師匠だ。遠慮するな。俺は息子や娘もいない。俺の孫娘のように育てていくつもりだ。気にしないで欲しいのだが」「もちろんです」紀美子は笑顔で答えた。「ゆみを可愛がってくださるのなら、ゆみも幸せでしょう」「だが、人生は結局自分で歩むものだ」「ええ、わかっています。それでは、小林さん、これからも子どもをどうぞよろしくお願いします」「紀美子、悪を行う者には悪果が、善を行う者には善果が返る。これを肝に銘じておけ」紀美子は一瞬戸惑った。小林さんは彼女が答える間もなく、「じゃあ、これで切るぞ」とだけ言って電話を切ってしまった。電話を置いた後、紀美子は小林の言葉をしばらく反芻した。たとえ悪人に出会ったとしても、その相手に悪事を働いてはならない、という意味だろうか?では、復讐は「悪」に当たるのだろうか?夜、加藤家。悟は加藤家の人々と夕食を共にし、お茶を飲み終えた後、中庭に出て気分転換をしていた。間もなく、藍子も後を追ってきた。「あなたに助けられた恩があるからこそ、婚約を受け入れたの。でも……人生は一度きり。もし私を愛せないのなら、地位を固めた後で早めに関係を断ち切ってほしい」その言葉を聞いた悟は、彼女に目を向けて静かに答え
「負うべき責任はちゃんと負う」悟は素直にそう言った。藍子は頷き、それ以上は何も言わなかった。彼女は静かに視線を上げ、明るく清らかな月光を見つめながら、心の中にあるほのかな想いが次第に膨らんでいくのを感じた。悟と出会う前、彼女は晴がこの世で最も魅力的な男性だと思っていた。だが今、彼女はそれがそうではないことに気付いた。本当に心を動かされる男とは、闇の中にいる自分に手を差し伸べてくれる人だと知ったのだ。彼女は留置場から出てきたあの日のことを思い出した。家族から悟との婚約を告げられた時、彼女には反発心しかなかった。顔も知らない相手に嫁ぐなんて、納得できるはずがなかった。だが、悟が家族たちと会話する姿を見た瞬間、彼の持つ穏やかで上品な雰囲気、そして柔らかい口調が魅力的に感じた。こういう男なら、結婚しても悪くないかもしれない。少なくとも、帝都の遊び人たちよりは遥かにましだ。……その夜、藍子は悟に連れられて別荘に戻った。シャワーを浴びた後、彼女はバスローブ姿でベッドに座り、悟がバスルームから出てくるのを待った。彼女は緊張のあまりバスローブの端をぎゅっと握りしめ、ドキドキと心臓を高鳴らせていた。これが彼女の初めての夜だった。彼女は、この温和で和やかな男が優しく接してくれることを期待していた。そう考えていると、悟がバスルームのドアを開け、湯気に包まれながら出てきた。彼は藍子を一瞥するとすぐに視線を逸らした。「どうしてまだ寝ていないんだ?」藍子はゆっくりと深呼吸をしてから答えた。「あなたを待っていたの」その言葉を聞いた悟は眉をわずかにひそめた。「必要はない。眠りたいなら寝ればいい」そう言うと、悟はベッドに歩み寄り、布団をめくって横になった。「ただ寝るだけなの?」藍子は彼を呆然と見つめた。悟は彼女をじっと見つめた後、静かに言った。「何をしたいんだ?」藍子はベッドの反対側に回り、布団をめくって横になった。そして彼をじっと見つめながら、真剣な様子で言った。「本当にわからないの?私たちはすでに婚約しているじゃない。周りの人たちから見れば、私たちは婚約者よ。何かが起きたとしても、誰も咎めないはずわ」彼女が近づくにつれ、悟の心には微かに苛立ちが募っていった。
悟は、紀美子のことを考えている自分に気づき、ハッとした。なぜこんなタイミングで彼女のことを思い出すのだろう?しかも、彼女と一緒に過ごした日々の情景まで浮かんでくるなんて。自分が紀美子に……感情を抱いているはずがない!絶対にありえない!そう思い、悟は急いで立ち上がり客室を出て行った。一方、寝室では、藍子がまだ悟の態度に悩んでいた。突然ドアが開くと、彼女は再び戻ってきた悟を見て、驚きながら言った。「悟……」悟は大股でベッドの横に歩み寄り、藍子の腕を強く掴んで自分の胸に引き寄せた。続けて彼女の顎を掴み、勢いよく唇を重ねた。だが、彼が藍子に触れるほど、頭の中にはますます濃く紀美子の姿が浮かんだ。彼の呼吸は次第に荒くなり、動きも次第に粗雑になっていった。何があっても、紀美子に自分の心を支配されてたまるものか!午前三時。紀美子は、携帯の振動に起こされた。手探りで携帯を掴み、画面を見ると、瑠美からの着信だった。彼女はすぐに通話ボタンを押した。「紀美子、今すぐ別荘の南東の角に来て。ソフトを渡すわ」この言葉を聞いて、紀美子の眠気は一気に吹き飛んだ。彼女は急いでベッドから飛び起き、布団をめくった。「分かった。すぐに行く」「安心して。子供たちが見張ってくれてるから、ボディーガードたちは今巡回してないわ」瑠美が念を押してくれた。「分かった」スリッパを履き、紀美子は急いで階段を下りていった。そして静かに後ろのドアを開け、南東の角へ向かった。近づいていくと、紀美子は瑠美が黒いスポーツウェアを着て地面にしゃがんでいるのが見えた。彼女が瑠美の前に歩み寄ると、瑠美はすぐにUSBメモリを紀美子に渡した。「これで終わり。あとは気をつけて。私は先に行くわ」瑠美は小声で言った紀美子が感謝を述べようとしたとき、瑠美は急いで付け加えた。「そういえば、ずっと悟を尾行してたんだけど、昨夜、藍子が悟の別荘に行ったのを見たわ」「私は……」「何か言いたいことがあるなら、後でにして!早く戻って!あの女に気づかれる前に!」紀美子が話そうとした途端、瑠美にすごい勢いで遮られた。彼女は頷くしかなく、別荘に戻った。しかし、別荘に戻った途端、紀美子はキッチンの灯りが点いているのを見た
コートを掛けた瞬間、紀美子は目を覚ました。まるで反射的な動作のように、彼女は素早く体を起こし、悟を警戒して見つめた。紀美子の反応を見た悟は、軽く眉をひそめた。彼は地面に落ちたコートをちらりと見てから、穏やかな声で言った。「ずいぶん俺を恐れているみたいだな」紀美子は急いでスリッパを履き、手をポケットに差し込んだ。中に隠したUSBメモリを確認し、ようやく心の中で安堵した。「殺人犯を怖がらない人間なんていないわ」紀美子は冷ややかな声で言った。悟は落ちたコートを拾い上げ、別荘へ向かう紀美子の背中に向かって言った。「失ったものは二度と戻らない。過度の悲しみは君にも子供たちにも良くない。それを理解してほしい」紀美子は足を止め、ゆっくりと振り返って悟を見て、皮肉を込めて言葉を返した。「理解って?」紀美子は冷笑を浮かべて言った。「あなたには関係ないから、そんな冷たい言葉が平気で言えるんでしょうね」「俺にだって同じような経験があるから言っているんだ」悟は目を上げて紀美子の視線を受け止めた。紀美子はその言葉に苛立ちながら答えた。「自分が経験したからって、他人にも同じ苦しみを味わわせるつもり?」悟の唇には苦笑が浮かんだ。「苦しみを知らなければ、他人に優しさを説くな」紀美子は冷たく笑った。「因果応報、報いは必ず巡るわ」それだけ言うと、彼女は毅然と別荘に戻った。紀美子の気配が消えると、悟は突然胸の奥が空っぽになる感覚を覚えた。紀美子が屋内へ入ると、エリーが外に出てきた。悟を見ると、エリーは歩み寄って挨拶した。「影山さん、どうして中に入らないんですか?」悟は顔を上げて命じた。「これからは、この手のことをいちいち報告しなくていい。彼女が何をしようと勝手にさせておけ」エリーは言った。「影山さん、彼女があなたに不利なことをするのではないかと心配です」「もういい」悟は冷たく言った。「彼女の側にはもうほとんど誰もいない。彼女が何をできるというんだ?」悟の言葉を聞いたエリーは、ますます心配になった。まさか影山さんは本当に紀美子のことを好きになったのではないか。しかし、エリーにこれ以上反論する勇気はなく、仕方なくただ頭を下げた。「影山さん、どうか藍子さんのこ
「わかったよ、ママ」佑樹は少し躊躇してから続けた。「ママ、悟に頼んで、僕たちを学校に通わせてもらえないかな?」紀美子は眉を軽くひそめた。「学校に通わせてもらっていないの?」「そうなんだ。病院から帰ってきてから、僕と念江、それにおばあちゃんもずっと別荘から出れていない」「わかったわ」紀美子は答えた。「後で悟に電話して、学校に通わせてもらえるよう話してみる」「分かった」電話を切ると、紀美子はすぐに悟に電話をかけた。その時、悟は藍子と一緒に婚約指輪を選んでいた。携帯が鳴った瞬間、藍子の視線は悟の携帯の画面に移った。だが、悟の動きの方が速く、彼女は何も見ることができなかった。電話を取った悟は、藍子には何も言わず、その場を離れて電話に出た。「お客様?」販売員は笑顔で尋ねた。「こちらの指輪も素敵ですよ。試してみますか?」藍子は視線を戻し、販売員に軽く微笑んだ。「少し待ってください」「はい」一方。紀美子は悟に直接問いかけた。「子供たちには学校が必要よ。いつまで閉じ込めておくつもり?」「忘れていた。すぐに通学の送り迎えを手配する」紀美子は苛立ちを抑えながら言った。「一体いつになったら子供たちを私の元に戻してくれるの?」「その時が来たら戻す」悟は答えた。「今、少し忙しいから……」「悟、誰と話しているの?」悟が言葉を切る前に、藍子の優しい声が聞こえてきた。悟は彼女を一瞥し、電話に向かって言った。「切るよ」携帯を置いた悟は藍子を淡々と見つめた。「もう選んだのか?」藍子は悟をじっと見つめた。「さっき誰と電話していたの?私たちの間に愛情はないとしても、隠し事はしてほしくないわ」悟は冷たく言った。「入江紀美子だ」「紀美子?!」藍子は目を見開いた。「あの佳世子の友達でしょ?どうして彼女と知り合いなの?」悟は軽く眉をひそめた。「藍子、君の家の地位が必要だからと言っても、プライベートにそこまで踏み入るのを許したわけではない。君の代わりは他にいるんだ」そう言うと、悟はカウンターに向かってしまい、藍子に再び質問する余地を与えなかった。藍子は悟を見つめた。どんなに心が苦しくても、表向きには何事もなかったように装った。
紀美子は不思議そうに佳奈を見つめた。「大学を卒業してまだ間もないじゃない。あなたどれくらいお酒が飲めるの?」佳奈はにかんだ笑みを浮かべた。「社長、私を甘く見ないでください。私の故郷はお酒が有名なんです。お酒には自信がありますよ」「そう。ならこれからはあなたにお願いするわね。私の代わりにお客様と一杯お願いすることもあるかもしれない」「任せてください!」佳奈がそう言い終わると、紀美子のデスクの電話が鳴り始めた。彼女は受話器のボタンを押した。受付係の社員が応答した。「社長、加藤さんという女性がお会いしたいそうです」その言葉を聞いた紀美子の頭に真っ先に浮かんだのは藍子だった。でも、藍子が何の用だろう?会いに来るなんて、一体どういうつもりなのか?「彼女を上に通して」紀美子は言った。「かしこまりました」電話を切ると、紀美子は佳奈に声をかけた。「佳奈、お茶を入れてちょうだい。深紅色の茶碗で二つ準備して」「はい、社長」オフィスの外では。藍子が二人のボディガードを連れて紀美子のオフィスのドアの前に立っていた。外に立っているエリーを見て、藍子は彼女を一瞥した。「あなた、悟の側の人間のようね」エリーは藍子を知っているため、丁寧に挨拶した。「奥様、どうしてこちらに?」この呼び方に、藍子は満足そうな顔をした。「紀美子に用があるの。悟に、言っていいことと言わない方がいいことがあるって分かってるわよね?」「奥様、ご安心ください。邪魔者を取り除くのは、あなたたち双方にとっても良いことです」藍子が頷くと、エリーはドアを押して彼女を中へと通した。ドアの音を聞いた紀美子は、軽く顔を上げ、黄色いドレスを着た藍子が入ってくるのを見た。一目見ただけで、紀美子は再び視線を机上に戻した。そしてゆっくりとお茶を注ぎながら口を開いた。「加藤家もこの程度かしら?入る前にノックの一つもできないなんて」その言葉に一瞬足を止めた藍子だったが、すぐに笑みを浮かべ、紀美子の前のソファに座った。「恥知らずの相手に、礼儀など必要ないでしょう」藍子は冷静に言葉を返した。紀美子は眉を上げ、彼女に目を向けた。「そうかしら?本当にそう思う?」藍子は紀美子の視線を正面から受け止めた。「そう
紀美子は翔太に事情を簡単に説明した。話を聞いた翔太は深くため息をついた。「あの子たちはみんなしっかりした子たちだ。自分で決めたことなら、無理に引き止めるわけにはいかない。尊重してやらなきゃな。だが……こんな場所で気分転換するべきじゃない」「そういえば、翔太さんはここで何を?」佳世子は話題をそらすように尋ねた。翔太はバーの入口を一瞥しながら答えた。「あの連中は舞桜の遠縁の親戚たちなんだ」二人は顔を見合わせ、紀美子は怪訝そうに聞いた。「どうして舞桜の親戚と一緒に?」翔太は苦笑し、鼻をこすりながら答えた。「実はな、舞桜と一週間後に婚約する予定なんだ」「えっ!?」二人は声を揃えて叫んだ。「そんな大事なこと、どうして教えてくれなかったの?」紀美子は驚きを隠せなかった。佳世子は舌打ちした。「翔太さん、私たちより早いじゃない!」「彼らが帰ってから紀美子に話そうと思ってたんだ」紀美子は軽く眉をひそめた。「さっき見かけたけど、舞桜と同世代くらいの人たちみたいね。難しい人たちなの?」「なんというか……」翔太は小さくため息をついた。「茂の親戚と似たような連中だ。だから君には早く知らせたくなかったんだよ。彼らは本当に面倒を起こすから」「舞桜が止めないの?」佳世子は聞いた。「いつまでも我慢してばかりじゃダメよ!」「止めないわけじゃない」翔太は言った。「舞桜の父親からの試練のようなものだ。舞桜は彼らのことで父親と大喧嘩したんだ。でも、父親は自分だけでは決められないと言ったらしい。舞桜の祖父の意向もあるみたいで」紀美子は話の裏を読み取って聞いた。「もしかして、その祖父って……舞桜と兄さんの関係に反対してるの?」「そうだ」翔太は率直に認めた。「舞桜の祖父は、海軍の偉いさんでさ。我々のような商人のことを、なかなか認めてはくれない」「今どきそんな家柄を気にするなんて!」佳世子は呆れたように言った。紀美子はしばらく考え込んでから言った。「でも、そうでなければ、舞桜もここまで来て兄さんと出会うこともなかったわね」「うん、その通りだ。前に舞桜が俺に会いに来たことが、余計に彼女の祖父の反感を買ったらしい」「舞桜は良い子よ」紀美子は翔太を見つめて言った。
「結婚を発表する日に、この件も公表する」晋太郎はペンを置いてから答えた。今のところ、自分はまだ紀美子を正式に口説き落としていない。いきなりこんな話をしても、笑いものになるだけだ。夜。紀美子は佳世子に連れられ、帝都に新しくオープンしたバーに来ていた。入り口に入った瞬間耳をつんざくような音楽が聞こえてきて、紀美子は鼓動が早くなるのを感じた。彼女は佳世子の手を引き寄せ、耳元で叫ぶように言った。「佳世子、ここはやめようよ。あの人たちに知られたら、飛んでくるに決まってる」「どうしていけないの?」佳世子は紀美子の手を引っ張って中へ進んだ。「あの人たちはあの人たち、私たちは私たちよ。付き合ってるからって、こういう場所に来ちゃいけないルールでもあるの?正しく楽しんでるんだから、平気でしょ!」紀美子は佳世子が気分転換のために連れてきてくれたのだとわかっていた。だが、こういう騒がしい場所は苦手だった。理由は主に二つあった。一つは環境が乱雑なこと、もう一つは晋太郎の性格だ。彼が知れば、このバーごとひっくり返しかねない。自分でトラブルを起こすつもりもなければ、晋太郎に誰かに迷惑をかけさせるつもりもなかった。ボックス席に着いても、紀美子はまだ佳世子の手をしっかり握っていた。「佳世子、やっぱりここは嫌だわ。静かなバーに変えようよ?」「え、何?!」佳世子は聞き取れなかった。紀美子はもう一度繰り返し言った。「紀美子、まず座って落ち着いて話を聞いてよ」佳世子は言った。紀美子は彼女の意図を察し、しぶしぶ一緒に座った。佳世子は紀美子の耳元に寄った。「晋太郎、まだ記憶が戻ったって認めてないでしょ?」紀美子は彼女を見て尋ねた。「それがここに来ることと何の関係が?まさか、彼を刺激したいの?」佳世子は激しく頷いた。「男ってのはみんなそうよ。何か起こさないと本当のことを言わないのよ!」「だめだめ」紀美子は慌てて首を振った。「言わないのは彼の勝手よ。私がどうするかは私の自由。佳世子、本当にここにいたくないの」佳世子はまだ何か言いたげだったが、ふと目の端に映った人影に気づき、言葉を止めた。そしてじっとその見覚えのある姿を見つめながら言った。「紀美子、あの人……あなたのお兄
二人は涙を見せれば、ゆみがますます別れを惜しんでしまうことを恐れていたのだ。「ゆみ、待ってるから!毎日携帯見て、お兄ちゃんたちからの連絡を待ってるからね……ゆみはちゃんと大きくなるよ。ご飯もいっぱい食べて、悪さしないで……うう……早く帰ってきてね……」紀美子も、堪えきれず涙をこぼした。晋太郎がそっと近寄り、彼女を優しく抱き寄せた。この別れは、誰の胸にも重くのしかかっていた。ゆみは学校に行かなければならなかったので、佑樹と念江を見送った後、昼食を取るとすぐに急いで飛行機で帰って行った。紀美子は、がらんとした別荘を見回し胸の奥にぽっかりと穴が空いたような感覚に襲われ、ソファに座ったまま呆然としていた。今にも、子供たちが階上から駆け下りてきてキッチンで牛乳を飲むような気がしてならなかった。そんな紀美子の様子を見て、晋太郎は携帯を取り出し佳世子にメッセージを送った。1時間も経たないうちに、佳世子が潤ヶ丘に現れた。ドアが開く音に、紀美子がさっと振り向いた。佳世子と目が合うと、一瞬浮かんだ期待の色はすぐに消えていった。佳世子は小さくため息をつき、紀美子の隣に座った。「紀美子、まだ子供たちのことで頭がいっぱいなの?」紀美子は微かに頷いた。「うん……なかなか慣れなくて。佑樹と念江も行っちゃったし、ゆみもすぐ帰っちゃったし……」「あの子たち、本当にあなたに似てるわ」佳世子は言った。「あなたが帝都を離れてS国に行った時も、こんな風に自分の目標に向かって突き進んでたもの」紀美子はぽかんとし、思わず苦笑した。「あれは状況に迫られてのことよ」「そんなこと言ったら、まるで子供たちがあなたから離れたくてたまらないみたいじゃない」佳世子は紀美子の手を握った。「そんな話はやめましょう。午後はショッピングに行くわよ!」「ちょっと!」紀美子は驚いたように彼女を見つめて言った。「どうして急に来たの?」佳世子はきょろきょろと周りを見回し、晋太郎の姿がないのを確認すると、小声で言った。「実は、あなたのご主人に頼まれて来たのよ!」紀美子は、ご主人様という言葉を聞いて顔が赤くなった。「え、え?ご主人なんて……私、彼とはまだそんな関係じゃないのよ……」「遅かれ早かれ、そうなるんだから!」佳
俊介は淡く微笑んだ。「晋太郎、子供たちは俺にとって実の孫同然だ。心配する必要はない」その言葉を聞いて、紀美子は少し安心した。一行は保安検査場の目の前まで来ると、紀美子は子供たちの前にしゃがみ込んだ。彼女は無理に笑顔を作りながら、子供たちの腕に手を置いて言った。「一時間後には搭乗よ。誰と一緒でも、自分のことはきちんと守って。無理しないでね」佑樹と念江は頷いた。「ママ、心配しないで。僕たち、できるだけ早く帰るから」佑樹は言った。「ママも体に気をつけてね」念江は笑みを浮かべて言った。「パパと一緒に、今度は妹を作ってよ」紀美子は一瞬固まり、念江の鼻をつまんで言った。「ママとパパはまだ何も決めてないの。その話はまた今度ね」ゆみを待っている晋太郎は、周囲を見回しながらふと紀美子の方を見た。口を開こうとした瞬間、背後から慌ただしい足音が聞こえてきた。「お兄ちゃん!!念江お兄ちゃん!!」ゆみの声が響き、一同が振り返った。ゆみは小さな体で次々と乗客の間を縫うように駆け抜け、全力で佑樹と念江の元へ突進してきた。そして両手で二人の首にしっかりと抱きついた。「間に合ったよ!」ゆみは泣きながら二人の肩に顔を埋めた。「お兄ちゃんたちの見送り、間に合って良かった」佑樹と念江は呆然と立ち尽くした。まさかゆみがこんなに遠くまで見送りに来てくれるとは思ってもいなかったのだ。二人の目が一瞬で赤くなった。これ以上の別れの贈り物はないだろう。二人はゆみをしっかりと抱きしめ、必死に冷静さを保ちながら慰めた。「もう、泣くなよ!」佑樹はゆみの背中を叩いた。「人がたくさんいるんだぞ。恥ずかしくないのか」念江の黒く大きな目は優しさに溢れていた。「ゆみ、わざわざ来てくれてありがとう。大変だったろう」ゆみは二人から手を放した。「向こうに行ったら、絶対に自分のことをちゃんと気遣ってね。時間があったら、必ず電話してよ。分かった?」佑樹と念江は、思わず俊介を見た。その視線に気づいたゆみは、俊介を睨みつけた。「あなたのくだらない規則なんて知らないよ!お兄ちゃんたちを連れて行くのはいいけど、連絡を絶たせるなんてひどいよ!ゆみは難しいことは言えないけど、家族は連絡を取り合うべきだってわか
紀美子は箸を握る手の力を徐々に強めながら、優しく言った。「念江、大丈夫よ。本当にママに会いたくなったら、会いに来ればいい」念江はぽかんとした。「でもあそこは……」紀美子は首を振って遮った。「確かにルールはあるけど、抜け道だってあるはずでしょう?」念江はしばらく考え込んでから頷いた。「うん。僕たちが認められれば、きっとすぐにママに会える」紀美子は安堵の表情でうなずいた。子供たちと食事を終えると、彼女は階上へ上がり、荷造りを手伝った。今回は晋太郎の部下に任せず、自ら佑樹と念江の衣類や日用品をスーツケースに詰めていった。一つ一つスーツケースに収める度に、紀美子の胸の痛みと寂しさは募っていった。ついに、彼女は手を止め俯いて声もなく涙をこぼし始めた。部屋の外。晋太郎が階下へ降りようとした時、子供たちの部屋の少し開いた扉から、一人背を向けて座っている紀美子の姿が目に入ってきた。彼女の細い肩が微かに震えているのを見て、晋太郎の表情は暗くなった。しばらく立ち止まった後、彼はドアを押して紀美子の傍へ歩み寄った。足音を聞いて、紀美子は子供たちが来たのかと慌てて涙を拭った。顔を上げ晋太郎を見ると、そっと視線を逸らした。「どうしてここに……」「俺が来なかったら、いつまで泣いてるつもりだったんだ?」晋太郎はしゃがみ込み、子どもたちの荷物をスーツケースに詰めるのを手伝い始めた。「手伝わなくていいわ、私がやるから」「11時のフライトだ。いつまでやてる気だ?」晋太郎は時計を見て言った。「もう8時半だぞ」紀美子は黙ったまま、子供たちの服を畳み続けた。最後になってやっと気付いたが、晋太郎は服のたたみ方すら知らないようだった。ただぐしゃぐしゃに丸めて、スーツケースの隙間に押し込んでいるだけだった。紀美子は思わず笑みを浮かべて彼を見上げた。「あなた、本当に基本的なことさえできないのね」晋太郎の手は止まり、一瞬表情がこわばった。彼は不機嫌そうに顔を上げ、紀美子を見つめて言った。「何か文句でもあるのか?」紀美子は晋太郎が詰めた服を再び取り出しながら言った。「文句を言ったところで直らないだろうから、邪魔しないでくれる?」「この2日間で、弁護士に書類を準備させた。明日届く
「それは――龍介さんが自分で瑠美とちゃんと話すしかないんじゃない?」紀美子は微笑みながら言った。「紀美子、今夜は瑠美を呼んでくれてありがとう」龍介はグラスを持ち上げた。紀美子もグラスを上げて応じた。「龍介さんにはお世話になりっぱなしなんだから、こんな簡単なことでお礼言われると困るわ」夜、紀美子と晋太郎は子供たちを連れて家に戻った。紀美子が入浴を終えたちょうどその時、ゆみから電話がかかってきた。通話を繋ぐと、ゆみはふさぎ込んだ声で聞いてきた。「ママ、明日お兄ちゃんたち行っちゃうんでしょ?」紀美子はぎょっとした。「ゆみ、それは兄ちゃんたちから聞いたの?」「うん」ゆみが答えた。「ママ、お兄ちゃんたち何時に行くの?」浴室から聞こえる水音に耳を傾けながら、紀美子は言った。「ママも正確な時間わからないの。パパがお風呂から出たら聞いてみるから、ちょっと待っていてくれる?」「わかった」ゆみは言った。「ママ、それまで他の話しよっか」紀美子はゆみと雑談をしながら、十分ほど時間を過ごした。すると、晋太郎がバスローブ姿で現れた。ゆみの元気な声が携帯から聞こえてきたため、晋太郎は髪を拭きながらベッドの側に座った。「もう11時なのに、まだ起きてるのか?」紀美子が体を起こした。「佑樹たち明日何時に出発するのか知ってる?」晋太郎は紀美子の携帯を見て尋ねた。「ゆみはもう知ってるのか?」「知ってるよ!」ゆみは即答した。「パパ、私お兄ちゃんたちを見送りに行きたい」「泣くだろう」晋太郎は困ったように言った。「だから来ない方がいい」「嫌だ!絶対に行くの。だって次に会えるのいつかわからないんだもん」ゆみは強く主張した。その声は次第に震え始め、今にも泣き出しそうな顔になった。晋太郎は胸が締め付けられる思いがした。「分かったよ……専用機を手配して迎えに行かせる」そう言うと彼はベッドサイドの携帯を取り上げ、美月に直ちにヘリコプターを手配するよう指示した。翌日。紀美子は早起きして、子どもたちのために豪華な朝食を用意した。子供たちは、階下に降りてきてテーブルいっぱいに並んだ見慣れた料理を目にすると、驚いたように紀美子を見つめた。「これ全部、ママが一人
龍介は瑠美に笑いかけて言った。「瑠美、この前は助けてくれてありがとう」彼がアシスタントに目配せすると、用意してあった贈り物が瑠美の前に差し出された。「ささやかものだけど、受け取ってほしい」瑠美は遠慮なく受け取り、龍介に聞いた。「開けていい?」「どうぞ」瑠美は上にかけられていたリボンを解き、丁寧に箱のふたを開けた。中身を目にした瞬間、彼女は驚いて目を見開いた。「えっ!?これどうやって手に入れたの?!瑠璃仙人の作品でしょ!?」「前に君が玉のペンダントしてたから、好きなんだろうと思って」「めっちゃ好き!!」瑠美は興奮して紀美子に言った。「姉さん!これ梵語大師の作品よ!前に兄さんに探させたけど全然ダメだったのに!」紀美子は玉のことには詳しくないため、梵語大師が誰なのかもわからなかった。彼女はただ穏やかに微笑んで言った。「気に入ってくれて良かったわ」一方、晋太郎の視線は龍介に留まった。龍介の目には、かすかな熱意のようなものがある。紀美子を見る時には決して見せたことのない眼差しだ。もしかして、龍介は瑠美に気があるのか?晋太郎は探るように口を開いた。「吉田社長の狙いがこんなに早く変わるとはな」龍介は瑠美の笑顔から視線を外し、晋太郎の目を見つめて言った。「森川社長、それはどういう意味だ?」晋太郎は唇を歪めて冷笑した。「吉田社長、新しい対象ができたのに、なぜまだ紀美子に執着してるんだ?」それを聞いて、瑠美は驚いて顔を上げ、龍介と紀美子を交互に見た。紀美子は瑠美の視線を感じ取って、説明した。「私と吉田社長は何もないから、誤解しないで」「誤解なんてしてないよ」瑠美は言った。「でも晋太郎兄さんが言ってた『吉田社長の狙い』って、私のこと?」紀美子も、晋太郎のその言葉の真意はつかめていなかった。龍介のような、感情を表に出さず落ち着いていて慎重なタイプが、活発で明るい瑠美に興味を持つのだろうか。もしかすると、あの時瑠美が龍介を助けたことがきっかけなのか?二人の年齢差は10歳ほどあるはずだ。でも、性格が正反対なほど惹かれ合うって話もある。もし瑠美が龍介と結婚したら、みんな安心できるだろう。「もしよければ、瑠美さん、連絡先を教えてくれないか?」
そう言うと、晋太郎はさりげなく紀美子から車の鍵を受け取った。佑樹が傍らで晋太郎をじっと見て言った。「パパ、違うよ。ママが誰かとお見合いするわけじゃん」晋太郎は生意気な佑樹を見下ろしながら聞き返した。「じゃあ、何だって言うんだ?」佑樹は笑いながら紀美子を見て言った。「ママみたいな美人、お見合いなんて必要ないじゃん。ママに告白したい人を並ばせたら、地球を一周できるよ」念江も付け加えた。「前におばさんから聞いたけど、ママの会社の重役や課長さんたちもママに気があるらしい」晋太郎の端整な顔に薄ら笑いが浮かんだが、その目には陰りがあった。「ろくでもない奴らだ。君たちのママはそんなやつらに興味ない」重役と課長か……晋太郎は鼻で笑った。計画を早める必要がありそうだな。「そろそろ時間よ。遅れちゃうわ。三人とも、もう出発できる?」紀美子は腕時計を見て言った。一時間後。紀美子と晋太郎は二人の子供を連れてレストランに到着した。龍介が予約した個室に入ると、彼はすでに待っていた。紀美子を見て龍介は笑顔で立ち上がった。「紀美子、来たね」紀美子が前に出て謝った。「龍介さん、ごめん。渋滞でちょっと遅れちゃった」「気にしないで」龍介は晋太郎を見上げて言った。「森川社長、久しぶりだな」晋太郎は鼻で嗤い、皮肉をこめて言った。「永遠に会わなくてもいいんじゃないか」龍介はその言葉を無視し、子供たちにも挨拶してから席に着いた。紀美子が子供たちに飲み物を注いだ後、龍介に尋ねた。「今日は何の用?」「じゃあ単刀直入に言うよ」龍介の表情が急に真剣になった。「紀美子、瑠美は君の従妹だよね?一度彼女に会わせてくれないか?」紀美子は驚き、晋太郎と視線を合わせてから龍介を見た。「この前の件で瑠美に会いたいの?」龍介は頷き、率直に答えた。「ああ、命の恩人に対して、裏でこっそり調べたり連絡するのは失礼だと思ってね」「紹介はできるけど、彼女が会ってくれるかどうかはわからないよ」「頼むよ。あれからずっと、ちゃんとお礼も言えてなかったから」紀美子は頷き、携帯を取り出して瑠美の番号を探し出した。「今連絡してみる」電話がつながると、瑠美の声が聞こえた。「姉さん?どうした?
どっちみち焦っているのは晋太郎の方で、こっちじゃないんだから。これまで長い年月を待ってきたのだから、もう少し待っても構わない。2階の書斎。晋太郎はむしゃくしゃしながらデスクに座っていた。紀美子が龍介と電話で話していた時の口調を思い出すだけで、イライラが募った。たかが龍介ごときに、あんなに優しく対応するなんて。あの違いはなんだ?ちょうどその時、晴から電話がかかってきた。晋太郎は一瞥してすぐに通話ボタンを押した。「大事じゃないならさっさと切れ!」晋太郎はネクタイを緩めながら言った。電話の向こうで晴は一瞬たじろいだ。「晋太郎、家に着いたか?なぜそんなに機嫌が悪いんだ?」晋太郎の胸中は怒りでいっぱいになっており、必然と声も荒くなっていた。「用があるなら早く言え!」「はいはい」晴は慌てて本題に入った。「さっき隆一から電話があってな。出国前にみんなで集まろうってさ。あいつまた海外に行くらしい」「無理だ!」晋太郎は即答した。「夜は予定があるんだ」「午後、少しカフェで会うだけなのに、それも無理か?」午後なら……夜の紀美子と龍介の待ち合わせに間に合う。ついでに、あの件についても聞けるかもしれない「場所を送れ」30分後。晋太郎は晴と隆一と共にカフェで顔を合わせた。隆一は憂鬱そうにコーヒーを前にため息をついた。「お前らはいいよな……好きな人と結婚できて」晴はからかうように言った。「どうした?また父親に、海外に行って外国人とお見合いしろとでも言われたのか?」「今回は外国人じゃない」隆一は言った。「相手は海外にいる軍司令官の娘で、聞くところによると性格が最悪らしい」晴は笑いをこらえながら言った。「それはいいじゃないか。お前みたいな遊び人にはぴったりだろ?」「は?誰が遊び人だって?」隆一はムッとして睨みつけた。「お前みたいなふしだらな男、他に見たことないぞ!」「俺がふしだらだと?!」晴は激しく反論した。「俺、今はめちゃくちゃ真面目だぞ!」隆一は嘲るように声を上げて笑った。「お前が真面目?笑わせんなよ。佳世子がいなかったら、まだ女の間でフラフラしてたに決まってるだろ!」「お前だってそうだったじゃないか!よく俺のことを言える