Masuk「お前を愛することはない」 巫女の家系で無能と虐げられてきた白藤薫子は、妹の身代わりとして「怪物」と恐れられる黒竜の御曹司・黎斗に嫁がされる 。 黎斗は幼少期、死にかかったところを巫女に助けられた記憶がある。かつての恩人を妹だと誤信し、本物の番である薫子を「不実な女」と冷遇 。 夜は竜の暴走を鎮める道具として求められ、昼は突き放される歪な生活。 命を削り癒やし続ける薫子だが、妹の罠で大罪を着せられ離縁を決意する 。 「あなたに幸ありますように」 薫子が去った瞬間、偽りの香りが消滅し、真実が明かされる。 狂乱した黎斗は、地の果てまで彼女を探し、愛を乞う。 「二度と離さない」 最強の黒竜による、重すぎる執着溺愛劇!
Lihat lebih banyak(わたくしが……あの『怪物公』のもとへ嫁ぐ……?)
日の当たらない物置のような自室から呼び出された白藤薫子(しらふじかおるこ)は、冷え切った大広間で、父の言葉に凍りついた。
「鈴子(すずこ)の代わりに、お前が黒竜家(こくりゅうけ)へ嫁げ」
父の視線は、薫子を見てすらいない。
西洋文化を取り入れ、華々しく咲く花のように変わりゆく帝都。その繁栄と平和の均衡を保つのが、人外の力を宿す『黒竜家』だ。だが、その当主は竜化の呪いに蝕まれた『怪物公』と恐れられている。代々、聖なる力で妖を浄化する巫女を輩出してきた白藤家。
今回の縁談は、強大な巫女の力を持つ妹、鈴子に来たものだった。(なぜ、力を失った無能のわたくしが……)
薫子は、震える手元を見つめた。かつては龍を鎮める力を持っていた。だが、ある事件を境にその力を永遠に失ってしまったのだ。もう力は出すことはできない。
「お前のようなお荷物、怪物の生贄にでもなって、少しは白藤家の役に立ちなさい」
奥の間から、継母の冷ややかな声が追い打ちをかける。
「お母様、そんな言い方……薫子お姉様が可哀想だわ」
その時、広間のふすまが静かに開き、一人の少女が姿を現した。薫子の妹、鈴子だ。
西洋風の白いドレスに身を包み、陶器のように白い肌と澄んだ瞳。彼女こそが、白藤家が誇る、強大な巫女の力を持つ真の巫女だった。「鈴子、お前は本当に優しい子ね。でも、この役立たずのせいで、お前が怪物の元へ行くなんて、お母様は絶対に許しません」
継母の静江(しずえ)は、鈴子を優しく抱きしめ、薫子には蔑みの視線を向ける。
「鈴子は帝都を守る次世代の巫女として、もっと幸せにならなければならないの。お前のような日陰者が、鈴子の代わりに犠牲になる。それが、白藤家の繁栄に繋がるのよ。幸い顔は知られていないから、白藤家から娘を差し出せばそれですむのよ」
静江の言葉は、鋭い刃物のように薫子の心を切り裂く。
幼い頃から食事は残り物、服は鈴子のお下がり、寝床は物置。道具として扱われることには慣れていた。だが、怪物と噂される男の元へ、妹の身代わりとして差し出される。それは死を意味するのと変わらない。「これは……お父様のご希望なのですか?」
薫子は微かな希望を抱いて奥の間に座る父へと視線を向ける。だが父は、またしても薫子とは目を合わせなかった。ただ、静かに湯呑みを啜るだけだ。
「お父様も鈴子の幸せを第一に考えていらっしゃるわ。お前のような無能が、鈴子の代わりに犠牲になる。それが、白藤家の繁栄に繋がるのよ」
静江の言葉に、薫子は絶望の淵に立たされた。この家には自分の味方など存在しない。
「お姉様……ごめんなさい……私のせいで……」
鈴子が泣き崩れながら広間に入ってきた。可憐で、無垢な、白藤家自慢の巫女。自分とは大違いだ。彼女のために、身代わりとして生かされているのだと、薫子はようやく自分の存在意義に気が付いた。
「鈴子、お前が泣くことはないよ。薫子が勝手に力を失ったのが悪いんだ。お前は、帝都を守る巫女として、もっと幸せにならなければならないの」
「お母様、でも、薫子お姉様がかわいそう……」鈴子の涙は、薫子の心を溶かすどころか、さらにフラストレーションを溜め込ませた。
彼女は嘘がうまい。鈴子の嘘にはなんど騙されたことか。きっと自分に縁談がきたから、父親に泣きついたのだろう。「薫子、さっさと準備をしなさい。明日には、黒竜家の使いが来るわ」
「はい、わかりました」
どうせここでも辛いのだ。黒竜家に行ったところでさして変わらないだろう。 薫子は諦めの気持ちを飲み込み、物置部屋へと下がっていった。季節が、ひとつ巡るあいだに、帝都は変わりはじめていた。 長く謎めいた存在として遠巻きにされてきた黒竜家が、その当代の主の手によって、別の顔を人々の前に晒した。 黎斗は、もともと商才に長けた男だった。 軍と剣の影に隠れていたその才覚が、妖を斬る必要のなくなった今、ようやくその本来の場所で、輝きはじめていた。 長年止まっていた黒竜家の交易路を、彼はひとつずつ結んでいった。 北の港から南の海まで。山を越え、川を渡り、絹と、米と、紙と、染料が、新しい街道を行き交いはじめる。雇われる人足が増え、新しい店が立ち並び、空き家だった一角に子どもの笑い声が戻った。 「あの黒竜家のご当主様が、商いの神様らしい」 帝都内で、そんな噂がまことしやかに囁かれはじめた。
黎斗は薫子を抱き上げたまま、ゆっくりと、屋敷へと帰る道を辿った。 薫子の体は軽かった。長い祈りで力を使い果たした彼女は、夫の腕の中で半ば瞼を閉じている。月光が、二人をひとつの彫像のように照らしていた。 「……黎斗様」 囁くような声に、黎斗は足を緩めた。「これからのこの都に、もう、闇は、入って参りません」「ああ」「あなたが、ながいながい年月、たったお一人で背負っていらしたもの——わたくしが、お引き受けいたしました」 黎斗は薫子の額に長い口づけを落とした。「俺は、もう一人ではない。——お前と二人だ。これからは辛
窓の外で雀が鳴いていた。障子の隙間から朝の白い光が薄く差し込んでくる。微睡(まどろ)みの中で、薫子は自分の頬が誰かの胸に押しつけられていることに気がついた。 とくり、とくり、と刻まれる、規則正しい鼓動。あたたかい、生身の体温。 長い夜の終わりに、その温度を確かめるように薫子は薄く瞼を開けた。 黎斗が、隣で眠っていた。 眠っている彼をこんなにも近くで見るのは初めてのことだった。眉間の険しい皺は消えていた。長年、世界中の敵意を一身に受けていた、その硬い表情の代わりに、頬には淡い陽の影だけが落ちている。乱れた前髪の下、閉じられた瞼の睫毛が、思ったよりずっと長くて——薫子は、ふっと、笑ってしまった。(こんなお顔も、なさるのね) 薫子はそっと指を伸ばし、彼に触れようとした時――
褥に薫子の体がゆっくりと横たえられた。 残された薄絹が肩から滑り落ちていく。灯りの光が薫子の肢体を、白い陶器のように浮かび上がらせた。 黎斗はその上にゆっくりと身を伏せた。 彼の唇が薫子の額に、瞼に、鼻先に、頬に——降り注ぐ雨のように口づけを落としていく。やがてその唇は、首筋を辿り、鎖骨をなぞり、薫子の胸の柔らかな膨らみの先へとたどり着いた。彼の唇に尖端が捕らえられた。 薫子の体がぴくりと跳ねる。「あ……ん、っ」 堪えきれず漏れた声に、薫子は自分の口元を手の甲で覆った。聞かれてはならぬような、けれど止められぬような、未知の声だった。&
「あら……」 先日の鈴子がやってきた事件から3日ほど経った。 着替えを行っていた薫子が、長い髪を結い上げた際、黎斗に触れられ、若干痣になっていた箇所が、小さな竜の刻印のようになっていた。(黎斗様がわたくしに付けた印……) そっとその痣を指でなぞってみると、心臓がとくん、と跳ねる。「薫子様、黎斗様に呼ばれたので、少し離籍いたしますね」 千代が鏡台の前でぼんやりしている薫子に声をかけたので、彼女が我に返った。「あ、ええ。行ってきて。わたくしは大丈夫だから」「はい。すぐ戻ります」 千代は薫子の部屋を後にした。 一方黎斗は書斎で一人、最近の帝都にはびこる妖の動きについての報告書
薫子の祈りは言葉にならない叫びとなって、黎斗の体に触れた指先から彼の体内へと流れ込んだ。 その瞬間。薫子の体の中で、失っていたはずの巫女の力が、突然、激しく共鳴した。「……っ!?」 薫子は自分の体から溢れ出す、温かく、神々しい光に驚愕した。 失われたはずの力がみなぎってくる。それが今、黎斗の暴走する黒い呪いの気を、優しく、しかし確実に包み込んでいく。「……う、あああ……!」 黎斗は薫子の光に包まれ、苦悶の表情が次第に安らぎへと変わっていく。彼の体から噴き出していた黒い気が、薫子の光に吸い込まれるように消え失せ、部屋中に漂っていた香の煙も一瞬にして晴れ渡った。 今の香りは
和館は静寂に包まれていた。古びた木造の廊下を進むにつれ、空気が次第に重く、圧し潰されるような冷気を帯びていく。白藤家とはまた違った寒さを感じた。 薄暗い廊下の突き当たり。重厚な漆塗りの扉の前で薫子は足を止めた。鼓動が全身を駆け巡るように高鳴っている。 (この向こうに、怪物公が……) 薫子は震える手で扉に触れ、ゆっくりと押し開けた。「失礼いたします」 部屋の中は香の煙が立ち込め、霧がかかったように視界が悪い。 その奥、一段高くなった上座に一人の男が座っていた。 黒い軍服に身を包み、完璧な容姿を持つ男。頭に角、瞳は赤く、その背中には悍ましい黒い鱗に覆われた竜の翼が、威圧的に
白藤家を去る朝、帝都を彩る桜は薫子の目には灰色に映った。 彼女が着用している着物は、鈴子のお下がりですらない古びた地味な着物だった。小間使いが着るようなもので、静江からは「黒竜家を刺激しないよう、目立たぬ格好で行け」と釘を刺された。 みすぼらしい恰好で嫁に行っても大丈夫なのか、と心配になるほどに。 出発の差異、白藤家の誰も薫子を見送りには来なかった。父は書斎に引きこもり、静江と鈴子は薫子が去り際、まるで厄介払いが済んだかのような安堵の表情を浮かべていた。 (さようなら、私の地獄……) 薫子は迎えに来た黒竜家の使いの車に乗り込み、一度も振り返ることなく、住み慣れた屋敷を後にし
Ulasan-ulasan