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余命を偽った私と、愛を忘れられなかったあなた
余命を偽った私と、愛を忘れられなかったあなた
Author: 叶ちゃん

第1話

Author: 叶ちゃん
優璃が陽一に言われたものを買って、南雲学院高等学校に駆けつけると、校門の外に場違いなロールスロイスが停まっているのが目に入った。

車体がかすかに揺れている。中から女の甘い喘ぎ声と、男の低く押し殺した呻き声がかすかに漏れてくる。

その声の一つ一つが鋭い刃のように、優璃の胸をえぐった。爪が掌に深く食い込んでいるのに痛みは少しも感じない。

強く握りしめてひしゃげてしまった箱を指で撫でながら、少しずつ元の形に整える。車のそばまで行き、後部座席の窓から伸びてきた、すらりと長い指に箱を渡した。

これもいつものことで、彼女は立ち去らず、助手席に乗り込んだ。

ルームミラー越しに、後部座席での情事が優璃の目に飛び込んできた。

陽一は前席の優璃に背を向けるようにしていた。スーツをきっちりと着込んだまま、一糸纏わぬ女に覆いかぶさっている。表情は冷え切っているのに動きだけが狂おしく激しい。

組み敷かれた女は悦びと苦しさの入り混じった声で手加減を乞い、全身を情欲の色に染めていた。

「あっ……社長……もう少し、優しく……っ」

陽一は冷たく笑った。低く凍えるような声だった。

「手加減したら、お前は満足できないだろう?」

そう言うなり、動きはいっそう激しくなる。

車の揺れが前の席にまで伝わり、優璃の身体もそれに合わせて震えた。それでも目を逸らさない。まるで自分を痛めつけるようにすべてを見つめ続けた。

やがて女が甲高い声を上げ、ようやく陽一は身を離して座席に座り直すと、無造作に窓を下ろした。

冷たい風が吹き込み、車内にこもっていた濃密な情事の気配を吹き飛ばしていく。

陽一は煙草に火をつけた。立ちのぼる紫煙に霞んで、優璃には陽一の顔がよく見えない。

先に優璃に気づいたのは、女のほうだった。

「きゃっ!」

女は小さく悲鳴を上げると、陽一の胸元に身を寄せた。

「社長、なんで使用人まで乗ってるんですか?早く降ろしてくださいよ」

陽一は優璃をちらりと見やり、気のない口ぶりで言った。

「使用人なんかじゃない。こいつは俺の初恋の相手だ。愛しても手に入らなかった、忘れられない女だよ」

陽一は煙を深く吸い込むと、煙草を挟んだ右手をゆっくりと持ち上げた。

「この手が見えるか?彼女を庇って事故に遭って、今も重い後遺症が残ってる。もう一生、車は運転できない」

まるで他人の身の上話でもしているかのような、穏やかな口調だった。それなのに優璃の胸は鷲掴みにされたように痛み、息もできない。

女は一瞬きょとんとしたあと、陽一の腕の中でくすくすと笑った。

「もう、社長ったら冗談ばかり。本当に初恋の方なら、私たちのこんなところを見せたりしませんよ。もっと大事にするはずでしょう?

それに社長ほどの方が、どんなに好きな女性のためでも、手に一生残る傷を負うなんてあり得ません。そこまで愛するなんて……」

優璃は俯き、爪で抉った掌の血の跡を見つめて口の端に苦い笑みを浮かべた。

ええ、そうね。誰が信じるというの。けれど陽一の言ったことはすべて事実だった。

――10年前、二人は南雲学院高等学校で出会った。名家の御曹司だった陽一は、何の後ろ盾もない優璃に恋をした。

彼女のために、家を継ぐ権利すら手放したのだ。狭いアパートの一室で身を寄せ合い、1杯のカップ麺をふたりで分け合った。

大学を卒業した後、ふたりの未来のために、陽一は必死で事業を立ち上げようとした。あの事故が起きるまでは。

陽一の父親の平手打ちが、優璃を現実に引き戻した。

「これ以上、陽一をどうするつもりなんだ!陽一は小さい頃から、長谷部家の跡取りとして育ててきた。どれだけ手をかけてきたと思ってる。

それなのに、お前のために何度も人に頭を下げて仕事を取り、指輪を買う金を作るために無理な接待までして、体を壊した。

挙げ句には、お前を庇って事故に遭って、手にまで後遺症が残ったんだ!頼むから、もう陽一を自由にしてやってくれ」

その日、優璃は屋上でひと晩じゅう立ち尽くし、最後には去ることを選んだ。

退院した陽一がプロポーズしてくれたその日、優璃は薔薇の花束を陽一の顔に叩きつけ、冷たく笑った。

「はっ……もう終わりにしようよ。今のあなたは、長谷部家の跡取りでもなければ、仕事だってうまくいってない。

その手だってまともに使えないし、今のあなたには何もない。そんなあなたに付き合って、どうして私まで人生を無駄にしなきゃいけないの?」

優璃は迷いなく背を向けた。陽一が声を振り絞って引き留めても、一度も振り返らなかった。

そうして優璃は、丸3年間姿を消した。陽一の胸に残ったのはもう憎しみだけだった。

ついに2年前、ふたりは再会した。

陽一は再び実権を握り、長谷部グループの社長になっていた。一方の優璃は、夜の店で酒を売り、誰にでも踏みつけにされる女に成り下がっていた。

陽一は権力にものを言わせて優璃を無理やり傍らに縛りつけた。そして次から次へと女を抱く姿を見せつけたのだ。

今日はちょうどその100人目だった。

後部座席では陽一が小切手を1枚切り取り、無造作にゼロを書き連ねた。

「これを持って秘書のところへ行け。二度と俺の前に現れるな」

女はこれが陽一のいつものやり方だと知っていた。どれほど美しい女だろうと、一度寝れば捨てられる。

それでもこんなにいい男を手放したくなくて、赤い唇で陽一の指先を咥え、甘えた声を出した。

「社長……」

陽一の瞳がすっと冷え、声には骨まで凍るような冷たさが宿った。

「金を受け取って消えるか、このまま居座るか。好きなほうを選べ。後悔しても知らないぞ」

その鋭さに、甘えていた女の顔からさっと血の気が引く。慌てて服を身につけ、転げるようにして車を降りていった。

陽一も車を降り、タブレットを優璃の前に差し出した。

「次の女だ。選べ」

優璃を徹底的に苦しめるため、陽一は女を替えるたび、次の相手を優璃自身に選ばせていた。

優璃は胸を刃でかき回されるような思いで、それでも懸命に平静を装った。

「選ばなくても……いい?」

もう選ばせないで、お願いだから。

陽一、私、癌なの。もうすぐ死ぬのよ……

私が死ぬこと、それがもう、陽一にとっていちばんの仕返しになるはずだから。

陽一は優璃をじっと見据え、口の端をわずかに歪めて嘲笑した。

「選ばないだと? お前はあの時、俺に選ぶ機会をくれたか?」

優璃は唇を震わせたが、声にはならなかった。

陽一はタブレットを優璃の胸元に放り投げた。口元には笑みを浮かべているのに、その目は冷え切っていた。

「お前みたいな女でも苦しいと思うのか? お前は悪女で、俺も悪党だ。だったら一生絡み合ったまま、ふたりで地獄に堕ちようじゃないか」

ロールスロイスはあっという間に走り去った。優璃はその場に立ち尽くしたまま、いつしか降り出した雨が涙と混じり合い、頬を伝っていくのに任せていた。

顔を天に向け、雨に打たれるままにしながら、独り言のようにかすかな声でつぶやいた。

「もういいの、陽一……あなたはちゃんと生きて。長生きして。

今度は私ひとりで、地獄に堕ちれば十分だから……」

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