FAZER LOGIN一花は柊馬の話に耳を傾けた。彼が落ち着いた口調で話すほどに、彼女の心に広がる波がますます激しくなっていく。柊馬はもう一花に何も隠す気はなく、M国から南関に帰ってくるまでに起きたことを全て彼女に話した。彼は淡々と語っていた。たった数言で、自分に起きた出来事とその心情をはっきりと説明していた。しかし、聞いていた一花は心が張り裂けそうだった。涙がとめどなくまた溢れ出し彼の指先に落ちた。「どうしてもっと早く伝えてくれなかったの……」一花は声を震わせていた。彼女は柊馬の体、腕、足と全てに触れようと思ったが、彼の腕を持ち上げた時に、その場所を見ると、見るにも痛々しい恐ろしい傷跡が目に飛び込み、もう見続けることができなくなった。彼女は彼が会いに来なかったのは、きっと彼の体が原因なのだろうと予想していた。しかしまさか、ここまでひどい状況だったとは……柊馬は小さい頃から自信に溢れていた。一花も彼が外見は冷静で自制心があり、完璧を求める一方で、心のうちでは、常に不安と恐怖に押しつぶされそうになっているということは知っていた。このような性格の彼は、もしかすると死というものを受け入れられても、見るに堪えない憐れな自分には向き合うことができないのかもしれない。一花も自分が彼の立場になった様子を想像することができなかった。もし、ある日突然体が不自由になってしまったら、毅然とこの世界で生きていくことができるだろうか?自分でさえも、きっと自信をなくし、生きる希望も捨ててしまうかもしれない。それなのに、彼に強くあれと言えるだろうか。一花は絶望の淵でも、自分を信じることはできる。しかし、彼は違う。彼は絶望に突き落とされれば、自分への希望など失ってしまうのだ。その瞬間、一花は突然感情を抑えることができなくなり、柊馬を強く抱きしめた。心が締め付けられ、自分を責めながら目を閉じた。柊馬は彼女の肩をそっと抱きしめ、落ち着いた声で言った。「もう分かったよ。これから先……俺は本当に君とは離れないから。一花、今回は俺を許してくれるだろうか……」「バカ……あなたはどうしてそんなにバカなの?」一花はかすれた声を出した。何とも言えなくなってしまった。どうしてここまで馬鹿な男に出会ってしまったのだろうか。彼には弁明する余地が
柊馬は慌てて一花の涙を拭い、自分自身に腹を立てて、彼女の手を掴むと自分の胸元を叩かせた。「俺が間違えていた。死んで当然の男だ!」「その言葉は二度と口にしないで!」柊馬の言葉を聞き、一花はさらに焦りだした。彼女は彼の手をほどき、柊馬を押した。彼の体は瞬間壁の隅のほうへ傾き、窓から銀色の月明りが落ちてきた。その明りが二人の姿を照らした。「分かった、もう言わないよ……」柊馬は瞳を暗くさせ、眉をひそめ一花を見つめた。ただ自責の念に駆られ、心が粉々に砕け散るように痛んだ。「柊馬、あなたは私の夫よ」一花は少し前屈みになり、彼よりもずっと華奢で小さな体が柊馬の大きな胸元に寄った。まるで子猫が飼い主にすり寄るように甘えている。しかし、彼女が涙を浮かべながら言った言葉は一言一句が力強く、その存在感はまったく相手に劣っていない。「もう一度言うわ。私がほしいのは、血の通った、痛みも苦悩も理解できる、互いを必要として支え合える夫よ。自己犠牲によって何かを成し遂げるヒーローなんていらない。私にいつも不安や恐怖心を与えるような人なんてもっといらないわ。……そんなところから作り出される愛なんて、私はお断りよ」柊馬は彼女の言葉に衝撃を受け、瞳孔が急激に縮まった。今まで一度も、一花がこのように激情し、厳しい警告を自分にしてきたことはなかった。それに、自分があらゆる犠牲を惜しまずに尽くした結果が、ここまで残酷なものになるとは一度も想像していなかった。しかもそれは本当に耐えがたい状況だ。感情というものに対して、彼は自分が思うほど自信満々でも、冷静でもいなかったことに気付いた。一花のような勇敢さはない。「一花、俺を捨てないでくれよ」柊馬の声は小さく、プライドも構わず懇願するのように言ったが、最後には素直な言葉に変わった。彼は口では一花を信じていると言っていたが、実際は怖かった。彼は自分がもう以前と同じように、彼女の傍に立ち、陰で支えることはできないと恐れていた。一花は彼の言葉に返事をしなかったが、燃えるように熱い眼差しで彼を見つめた。「さっき『俺が死なない限り』って言ったわね……もしかしたらいつか本当に私たちの関係が終わりを迎える時が来るかもしれない。だけど、それは『死』が私たちを分かつ時じゃないわ。それは
もちろん、柊馬も少し賭けに出たところはあった。もし一花が自分に会うために、ここまで大掛かりなことをして自分をおびき出そうと計画したのに、それにひっかからず、彼女をがっかりさせられるわけがないだろう?もし一花の仕掛けたことではなかったら、彼女は失踪してもうこの世にいないだろうから、迷わず彼女のもとに行こうと思っていた。「一花、俺はわざと君を怒らせようと思ったんじゃないよ」柊馬の声は少し焦っていて、低い声で一つ一つ説明していった。「俺はただ、君が誰かに指示を出して俺を捕まえたのは、本気で俺に怒っていたからかもしれないと思ったんだ。もしそんな君の怒りを鎮めることができるなら、俺はなんだって喜んでするよ。君が俺の死を望むのなら……それも喜んで受け入れる。これは本心だ」柊馬が言い終わった瞬間、一花が彼の口を押さえて、怒った。「そんな本心なんて誰が聞きたいって言った?私たちが離婚して、別々の道に行ったって、私があなたの死を望むわけないでしょ!」「離婚……」その言葉に柊馬は驚いた。一花のその一言が、死ねと言われるよりも、苦しかった。まさか離れていた期間で、彼女はすでに気持ちが薄れてしまったというのか。離婚して別々の道を歩みたいと思うほどに?「君は俺と……離婚したいのか?」一花は少し驚いた。さっきはただ、彼女も勢いのあまりその言葉を口にしただけだ。ここ数日、彼女も柊馬のことでもう発狂しそうなほどだったのだ。それなのに、彼はわざと彼女を避けて会おうとしない。一花の怒りはまだおさまっていなかったので、そのまま冷たい声で言い放った。「私を騙し、裏切るような人は嫌いだってはっきりと伝えたはずよ。あなたがもう私たちの関係を続ける気がないというのであれば、いつだって別れていいわ……離婚したって構わない」「俺がいつ、君との関係を続ける気がないとか、別れたいだなんて言った?」柊馬は起き上がった。話す時は心が押しつぶされそうだった。その声は穏やかで落ち着いていたが、わずかな一言を口にするだけで、何度も声が途切れて止まってしまった。一花の心にも動きが生じ、横目で彼を見ると、彼の表情が決して偽物ではないことに気づいた。そして彼女は失望したように言った。「だって、私がどれほどあなたを心配しているか、絶望し、苦しんで
一花の声はどんどん冷たく、こわばっていった。涙が頬を伝い、目が赤くなってしまった。柊馬も同様に目を赤くさせ、眉をひそめて一歩ずつ一花のほうへ近寄った。二人の距離が近づいてくると、一花は顔を背けたくなった。彼女がまだ落ち着きを取り戻す前に、突然、一体どのように柊馬と向き合えばいいのか分からなくなってしまった。しかし、その次の瞬間、柊馬がすかさず彼女の腕を掴み、ぐっと自分のほうへ引き寄せた。もう片方の腕はしっかりと彼女の腰に回し、きつく抱きしめた。一花は反射的に彼の束縛から逃れようともがいたが、突然唇にキスをされた。彼女は一瞬驚き、すぐに力を込めて柊馬の胸元を叩いた。一花が力を強めるほどに、柊馬のキスは深く、激しくなっていった。まるでひどく狂ったようなキスだった。彼は口の中を切ってしまったらしく、舌先から血の味が伝わってきた。それでも彼は貪るように、遠慮など一切なく、彼女の口の奥の方まで舌を絡めてきた。血の味に、一花は眉をひそめた。しかし、彼から伝わる息遣いや体温に、彼女は安心感を得た。そしてまた涙がこぼれ落ちた。それは一花だけではなく、柊馬の涙とともに落ちていった。涙が頬に伝わり、緊張していた口元の力は緩み、鉄っぽい生臭さの中にも、とろけるような甘さが広がっていった。周囲の人たちは二人の様子を見て、空気を読んでその場から立ち去った。柊馬のキスは長く、まるで時が止まってしまったかのように感じられた。失ったものをもう一度取り戻した狂いそうなほどの喜び。心の底まで深くしみ入る懐かしさ。そして、消すことのできない強い罪悪感と心の痛み。柊馬は激しく彼女の唇を貪り、舌先を何度も奥の方まで絡みつかせてきた。彼女の荒くなった呼吸を感じると、彼女を丸ごと呑み込んでしまいたいほど情熱的になった。二人の影は、月の光に合わせて壁から床に、そして古びた木製の椅子のほうへと移動していった。やがてその椅子は二人に当たり、ギシッと音を立てて倒れた。柊馬は一花に覆いかぶさった。しかし、最後の最後で、彼の体は突然震え、彼女を抱きしめて床に倒れてしまった。力尽きたかのようだった。一花の髪は乱れ、口元に残るキスの跡が明るい月明りに照らされて、格別に色っぽかった。柊馬は手を伸ばし、彼女の口角に触れた。そしてじっと丁寧に
ナイフの切っ先がさらに近づき、柊馬の喉元を今にも切り裂いてしまいそうだった。痛みがすでに広がっている。しかし、柊馬は眉をひそめることもなかった。「彼女が見たいのなら、俺は喜んでやろう」その言葉に、後ろにいた男は少し驚いた。しかし、柊馬のその言葉の意味を理解する前に、男の肩に大きな衝撃が走り、腕が麻痺した。男の力が緩むと、柊馬は素早く横向きになり、男が持っていたナイフを縛られた手でキャッチした。柊馬の両手を縛っていた縄はいつの間にか解かれていた。彼の動作は早く、ナイフを振り上げた。後ろの男は驚き数歩後退して、手を上げて防御の姿勢をとった。柊馬がナイフを振り下ろすと思っていたが、次の瞬間、鋭い女性の声が響いた。「柊馬!」その場の全員が目の前の光景に驚いてしまった。柊馬がナイフを振り上げて、自分の首元にあて、そこからタラリと一筋血が流れ落ちていたのだ。彼は小さな窓を背にして立ち、深夜の月光が彼の広くまっすぐな姿を長く投影し、その影が女性の足元まで及んでいた。一花は飛び込むように柊馬の前まで駆け寄り、二人が視線を合わせた瞬間、柊馬は手の力を抜いた。そしてナイフが床に落ちた。柊馬は口角を微かに上げた。その黒い瞳には激しい感情の波が広がった。しばらく呆然と立ち尽くした後、ようやく一花に向かって歩み出した。しかし、彼が長い間思い続けたその愛しい女性をしっかりとその目に焼き付ける前に、力を振り絞った全力の一発が、彼の頬に強く打ち込まれた。バシンッ――鋭い音が廃屋の中にこだました。一花の力はかなり大きく、柊馬ですらふらつきそうになってしまった。その衝撃で顔が勢いよく横向きになり、ヒリヒリとした燃えるような痛みに、柊馬は眉間に皺を寄せた。一花の手はまだ上がったまま、微かに震えていた。彼女は胸を激しく上下され、目を真っ赤にさせていた。一花の心には炎のように猛烈に怒りが燃え上がり、またその奥深くには恐怖も込み上げていた。そして数秒ほどして、目に涙を浮かべたが、涙がこぼれ落ちないようにぐっと堪えていた。「あなた、正気?本気で死ぬのだとしても、私の目の前で死なないでよ……あなたのことで傷つくのはもう二度とごめんよ!」こんなに長い間ずっと会いたいと願っていた人が、今無事な姿を見せてくれた。
優紀は柊馬の性格が分かっていて、ひたすら電話をかけ続けた。柊馬は直接携帯の電源を切り、一人車を走らせた。そしてもうすぐ人の住んでいない山奥へと入る。優紀の部下は多くない。相手がわざと誘い出しているわけではないにしても、彼は情況が把握できない限り、危険を冒したくなかった。柊馬も、優紀は確かに自分の友人ではあるが、彼は第一に部下に対して責任を負わなければならないと分かっていた。だから、途中で優紀の部下に路肩で車をとめて降りさせ、自分だけで奥に進んだのだ。たとえ険しい道や罠であったとしても、一花が危険にさらされている可能性があるなら、冒険するような真似はせず慎重にいく。そのまま車を一時間以上走らせ、柊馬の体はもう悲鳴をあげていた。彼は思い切り血が出るほどに手に噛みついた。その痛みがコントロールを失いそうな体をどうにか抑え込んでくれた。突然、前を走っていた車がある狭い道へと消えていった。柊馬も急いでその後を追いかけた。しかし、あっという間に行き止まりになり、そこには廃屋があった。暗闇の中、一筋の強い光が柊馬の車の窓を貫いた。彼は無意識に腕をあげてその光を遮った。すると瞬く間に、誰かが車の前に現れた。眩しい光に目がくらみ、少し経ってからようやく目が慣れて、車の外には普通の格好をして屈強な男たち数人がいることに気付いた。彼らは何も武器になるものは持っていなかったが、全身厳重な装備で包み、顔は見えなかった。柊馬は深く息を吸い込んで、体内に渦巻く不快感と次々と襲ってくるめまいに耐えながら、素早く車のドアを開け、相手の真ん中に進んだ。夜風が山間部の冷気を帯び、彼の青白い頬を吹き付けていった。柊馬はこんな状態でも相変わらずスラリと背が高く、見た目だけでは一切衰弱しているようには見えない。柊馬が一切の迷いなく、自ら車を降りてきたのを見て、目の前に立っている数人の男たちは少し驚いていた。たった一人で後を追ってきたというのか。そこまで勇ましいと?「彼女はどこだ?」柊馬は冷たい声で言い放った。リーダーらしき男は可笑しくなった。「彼女って誰だ?俺たちが知ってる奴か?」柊馬は低い声でもう一度言った。「西園寺一花はどこにいる?」これで、彼らがわざと柊馬をおびき出したことが分かる。柊馬は先頭







