Masukその時、柊馬は既にベッドから起き上がり、一花のそばに歩いてきていた。彼は上着を羽織っており、点滴を終えたばかりで顔色は少し優れなかった。しかし、一花の姿を見ると、どんなに疲れていても、彼の目には光が宿っている。柊馬は一花の不安げな様子を見て、そっと彼女の手を取ると、声はさらに優しくなった。「行こう」彼女は振り返って柊馬を見つめ、彼の少し冷たい頬を撫で、さらに上着をちゃんと着せてから、サイン済みの報告書を医師に返した。「皆さん、ありがとうございました。お疲れ様です」ただの礼儀だけの言葉だったが、一花は非常に丁寧に言った。彼女は皆に向かって一礼までした。それを見て、医療チームの者たちも慌てて応じ、一花にあまり堅苦しくならないようにと言った。柊馬も手を伸ばして一花を再び胸に引き寄せた。彼は視線を落とし、その吐息が彼女の眉や目の辺りにそっとかかった。「本当に悪くない感じだ。心配しなくていい」「うん」一花はうなずき、余計な言葉は言わず、ただ彼の唇の端にキスをした。病院の入り口には、既に運転手が車を停めており、アシスタントがドアを開けて、二人を近くの泊るところまで送り届けた。距離は遠くなく、数分だけかかるものだ。しかし、一花の沈黙が時間を長く感じさせた。突然、一花の手が柊馬に少し強く握られた。彼女は無意識に彼を見た。「須藤さんの件はどうなった?」柊馬が突然彼女に尋ねた。彼はめったに他人のことを自ら尋ねることはなかったが、一花は彼が自分の注意をそらそうとしているのだと分かった。柊馬が病人なのに、気遣いされるなんて。「陸斗さんは今回、私の想像を超えていたわ。でも、私は夏海と誠が幸せになれることを願っている」一花は簡単に柊馬に事情を話し、話しながら彼のそばに寄り添った。「きっとなるさ。相思相愛の者が不幸になるはずがない」彼女は柊馬がぎゅっと握っている自分の手を持ち上げ、彼の名を呼んだ。「柊馬」「どうした?」一花は顔を向けて彼を見つめた。彼の顔色は非常に悪く、唇は少し乾いていたが、彼女の手を握る力は普段と変わらず安定しており、全く不快感がないかのようだった。「今日、点滴をしている時、何を考えていたの?」柊馬は即座に答えた。「君のことだよ」「私の何を?」
「ヒーローになりたかったのか、それともただその感情を抑えきれなかったとか?」一花はやはり、からかわずにはいられなかった。彼女と陸斗は長い間、反りが合わなかったが、それでも彼のことは少しは分かっている。嘘を言い慣れると、本当のことを言うのが難しくなる。なぜなら、言っても誰も信じないからだ。「一花君、君は人の気まずいことを蒸し返すのをやめられないのか?」「ありがとうね」陸斗は呆けた。一花の声は小さく、ただ短い返事をしただけだが、彼の胸に熱いものが込み上げてきた。目頭も少し熱くなった。陸斗はすこし喉を鳴らし、言葉が出ず、しばらく沈黙してから適当に一言返して、電話を切った。一花は少し物悲しい気持ちになり、携帯をしまってから病室のドアを開けた。柊馬は点滴を終えたばかりで、病室内には主治医の医療チームと看護師が二人囲んでいた。彼の今後の治療方針は既に決まっていた。病院にはある癌の新薬があったが、まだ成熟の段階には行っていなかった。完全に市場に出るまでには、少なくともあと十年はかかる。しかし、臨床試験では、この特効新薬に柊馬の胃部の腫瘍を完全に治す確率が三十パーセントあることが示されていた。だが、高リターンの裏には高リスクが伴う。この新薬の「攻撃性」は非常に強く、また病人によっての状況が違い、二十パーセントの確率で予測不能な悪化を引き起こす可能性もある。総合的な評価では、良い方向に向かう可能性の方がやや高い。一花と柊馬がここに来たのは、完治を求めるためだった。保存療法では病が進行する可能性が高く、しかも柊馬は既に苦しい症状が現れ始めており、安定を維持して長く持たせたとしても、柊馬は必ず大きな苦痛を味わうことになる。それでも、この方針が提案されると、すぐに一花が反対した。彼女はリスクが大きすぎると考えた。しかし、柊馬は彼女との意見が真逆で、二十パーセントの悪化リスクを冒してでも、試したいと考えた。一花はこのことで丸一日一晩、彼と対立した。結局、一花が折れた。柊馬の考えは明らかだった。彼は潔く死ぬことを選んでも、余生を無様に生きていくことは受け入れられなかった。一花は、もし自分がどうしても認めないなら、柊馬は妥協するだろうと分かっていた。しかし、自分の一方的な欲望のために、愛す
誠の声は次第に低くなり、話しながら身を寄せてきた。言葉が終わるか終わらないうちに、夏海の返事を待たずに彼はそっと彼女の唇に噛むようなキスをした。一方、広い屋敷の寝室に苦しげな声が響いた。陸斗は鏡の前で、苦労しながら腰の傷の薬を塗り替えていた。傷は深くはなかったが、腫れがひどかった。包帯を替えるたびに消毒しなければならず、その痛みは死にたくなるほどひどかった。これからの人生、刃物のようなものは二度と見たくない!手当てが終わると、陸斗の顔色は真っ青になり、こめかみも汗で濡れていた。しかし、水に濡らすわけにはいかないので、風呂に入ることはできず、不快を我慢してタオルで体を拭くしかなかった。ヴーヴー……その時、携帯が鳴った。陸斗は表示を見て、すぐに電話に出た。すると、一花の声が聞こえてきた。「陸斗さん、大丈夫? 夏海さんから聞いたわ。彼女、今は鳥宮さんと一緒にいるのよ」「彼女は本当に君を身内だと思ってるんだな。すぐに君にいい知らせを伝えたのか」陸斗は軽く笑ったが、鏡に映るその顔は苦痛に満ちていた。一花は珍しく陸斗とやり合わず、声を少し柔らかくした。「あなたの傷は大丈夫なの?」陸斗は自分の怪我のことを外には一切話していなかった。それは、一花の前で格好悪い様子を見せたくなかったからだ。あの日、彼が一花に誠と夏海が一緒になるのを認めてほしいと頼んだ時点で、既にすべてを捨てる覚悟だった。陸斗が自ら愛する人を譲ったことで、一花の目には、悪い奴が自分を改めたのか、それとも報いが来たかのような皮肉に映ったに違いない。しかし、言うまでもなく、一花は彼を監視する者を手配していたので、彼が深夜に一度病院へ行っただけですぐに怪我のことを知ったのだ。確かに、一花の部下は陸斗の状況を報告していた。しかし、その報告がなくても、ただ陸斗が誠と夏海をくっつけさせようとすること自体に、彼女も安心できなかった。「大丈夫だ。かすり傷だ。傷が増えても何ともない。俺には一つの傷が増えても特に変わらないさ」陸斗はそう言いながらも、嫌そうに眉をひそめた。腹や腰の傷跡は、見た目にかなり影響していた。美容整形で消せるものなら消したいものだ。将来、誰かと寝る時も、いちいち電気を消さなくて済むように。「昨夜、あんなに
彼はこの時ようやく顔を上げて、夏海を見つめた。二人は互いに見つめ合った。様々な感情が渦巻いていた。夏海は眉をひそめていたが、誠のほうは相変わらず微笑んでいた。「きっと危険な時には君は俺に安心感を覚えるだろう。俺自身、普通の男よりも強く、頼りになるように見えるってわかってる……」この時夏海は彼が言いたい事がわかった。彼女は何も言わず、ただ彼を見つめて話を聞いていた。誠は続けた。「だが、俺には欠点がたくさんある。俺は学歴もないし、大学を卒業してる君たちのように賢くはない。それに人の気持ちには鈍いし、社会に出て会社で働いた経験もない。喧嘩なら問題ない。でも、もし恋愛して誰かを世話するとか、誰かの夫になってうまくやれるかはわからない」「誠、言いたいことはわかったから……」夏海はそれ以上聞きたくなくて、表情を曇らせた。彼女は立ち上がってその場を離れようとしたが、誠に腕を掴まれた。「いや、君は俺が言いたいことの意味を理解していない」誠が夏海に近寄ると、その大きな体が彼女に影を作った。「俺が言いたいのは別に否定的な話じゃない。俺はただ真面目に君に伝えておきたかったんだ。俺は本気で……夏海と愛し合いたいと思ってる」夏海はその言葉に驚き、瞳を震わせた。そして誠の瞳に溢れ出る優しさを見つめた。夏海は彼が言いたい事の意味が完全にわかったわけではなかった。誠を前にすると、彼女は反応や思考が鈍くなってしまうようだ。いつも受動的に彼に振り回されてしまうような感じがした。それではとても不安になる。「俺は今まで好きな人ができるとは思ってもいなかったし、自分が誰かを好きになってどうすればいいのかも考えたことはなかった……さっき嫉妬しないのかと尋ねられて、それで説明しておかないといけないと気付いたんだ。君が俺の態度を確かめたいと思うのは、俺の問題だ。夏海ははっきりと俺への気持ちを示してくれたというのに俺は君にきちんと自分の気持ちを伝えていなかった」誠の一言一言が、ずっしりと優しく夏海の耳に入り、彼女の心に落ちていった。夏海の不安そうだった表情はだんだん穏やかになり、彼女は涙の溜まった瞳で彼を見つめた。「じゃ、つまり、あなたは私のこと……」夏海は落ち着いて呼吸し、誠は続けた。「夏海、俺がここに残る
陸斗に誠の声を聞かれてしまったようで、夏海はどぎまぎしてしまった。別に気にすることはないというのに、陸斗がこのような様子だと、夏海はかなり罪悪感を覚えた。誠は彼女が立ち上がってやって来ると、何か言いたげな様子で彼女の手を取った。「西園寺さんからか?」「うん、彼から会社を休んだことを聞かれて、心配してくれたし、あっちから三日休みをとれって言ってくれたの」夏海は笑って、誠が変な方向に考えないように、自ら詳しく伝えておいた。誠はやっとここに留まる決心をしてくれた。夏海は彼を不安な気持ちにさせたくなかった。誠も彼女の気持ちを見て取った。「彼はとても良い人だって知ってる。夏海にも良くしてくれているよ。俺がそれを気にするとか心配しなくていいから」「心配しなくていいって……じゃ、彼が私のことを好きでも、あなたは全然嫉妬しないってこと?」すると夏海は誠に難題をつきつけた。彼女の心は実際矛盾していた。誠が陸斗のことを気にするのは嫌だが、全く気にしないのも嫌だ。あの日、三人で食事をしていた時に、陸斗が挑発するような言葉を投げてきたが、誠はかなり落ち着いた様子で対処していて、夏海は心が苦しくなった。もし好きなら、少なくとも少しはヤキモチを焼くものだろう?誠は夏海に対して独占欲というものがない。それなら好きなのではないのかもしれない。今日、病院で誠は彼女の気持ちに応えてくれた。二人の間にあった壁はすでに消えてしまった。しかし、誠は今になってもはっきりと彼女に好きだと伝えてくれていない。夏海はあまり面倒くさい彼女のような一面を出したくないが、しかし、突然やってきたこの幸せはどうも現実味に欠けているような気がしてならなかった。誠は笑うだけで、すぐには夏海の質問に答えなかった。彼女を食卓まで連れていって座らせた。彼女にお粥を取り分け、スプーンを渡してあげると、隣に座った。「まずは食べて、冷めると美味しくないから」夏海の期待する眼差しは、誠のその一言で消えた。本当に食いしん坊だ。いつでもまずは食事が優先される。しかしそれには彼女も思わず笑ってしまった。まだ不満な気持ちはあったが、そこまでつらくはなかった。誠が作った夕飯はとてもシンプルだったが、とても美味しかった。あっさりした香りの良い卵がゆに、
こっそりと誠と夏海のキスシーンをその目におさめていた陸斗は、息を殺した。腰にできた傷口の痛みが心臓に移動したかのように、心がズキズキと痛んだ。しかし、彼は嘲笑うかのように口角を上げた。「西園……」隣にいた秘書が何か言おうとした瞬間、陸斗の視線に口をつぐんだ。陸斗は秘書が持っていたお見舞いをそっと病室の入り口に置くと、スーツを整えて顔を上げてその場を離れた。秘書は微かに開いた病室のドアを見つめ、急いで陸斗を追いかけた。夕方、陸斗は家に帰ってから、夏海に電話をかけた。この時、夏海はすでに退院し、誠と一緒に家に帰っていた。キッチンでは、誠が夕食の支度をし、夏海はソファで休んでいた。誠は夏海に少し寝ていてもらうか、テレビでも見てリラックスしてほしかったが、彼女は何もする気になれず、ただ彼の後ろ姿を幸せそうに見つめていた。好きな人と一緒にいるのは、まるで夢でも見ているかのような感覚になる。彼が傍にいてくれるだけで、心が満たされる。何をしていても、楽しく思えた。一花と柊馬がお互いのために自分の身を犠牲にしたり危険な目に遭うのも厭わないわけだ。茉白と侑李も傷ついても相手から離れようとしない。人生に愛する人が必ず必要かといえばそうとは限らないが、愛する人ができると全てが満たされていく。夏海はクッションを抱きしめ、病院で彼としたキスを思い返し、恥ずかしくなって顔を埋めた。この時に電話が鳴った。陸斗からの電話だとわかり、夏海の神経は張りつめた。彼はもう諦めてくれたのではないのか……少しの間ためらってから、夏海はやはり電話に出た。「今日は病欠だったようだけど、体調は良くなったか?」電話が繋がると、陸斗の声が耳に入ってきた。「ええ、だいぶ良くなりました。明日から仕事に行けます」夏海は午後になってから休みを申請し、陸斗にも伝えていなかった。陸斗の性格を考えれば、今になって電話がかかってくるのはすでに彼らしくない。「明日から会社に来られるって?」陸斗は少し声を詰まらせた。「ええ」夏海はそう答えたが、陸斗が何を言いたいのかよくわからなかった。「病気になったのならしっかり休んだほうがいいだろう。最近は特に急いで進めるプロジェクトもないし、特別に三日休暇を出しておくから」陸斗の声か







