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第849話

Author: 豆々銀錠
啓司はその言葉を聞いて、少し冷たい口調で言った。

「彼らは僕の息子だ。当然、受け入れるし、大切にもする」

その一言で紗枝は安心し、子供たちのもとへ向かった。

夜が更け、みんなはそれぞれの部屋へと戻っていった。

そのとき、逸之が急に啓司の足にしがみついた。

「バカパパ、今夜はどこにも行っちゃダメだよ。家族四人で一緒に寝よう、いいでしょ?」

その声に、周囲の視線が一斉に啓司に集まった。

啓司がまだ返事をする前に、景之が冷たく言い放った。

「いつまで子どものままでいるつもり?エイリーさんが部屋を用意してくれたんだから、僕たちは二人で寝るよ」

その様子に、心音が思わず笑い出した。

「景ちゃんだって、弟と同い年じゃない」

景之がじろりと彼女を睨み、心音はこの子はやっぱり可愛くない、と心の中で毒づいた。

逸之の目にはうっすら涙がにじんでいた。

「僕はパパとママと一緒がいいの!お兄ちゃんは大人なんだから、ひとりで寝てよ!」

「来いってば!」

「行かない!」

逸之はますます力を込めて啓司の足にしがみついた。

「バカパパー、助けてよー、お兄ちゃんに殴られちゃうー!」

啓司は子供の頃から景之のように冷静なタイプだった。甘えるのも甘えられるのも苦手だったが、今は逸之をすっと抱き上げた。

「ほら、一緒に寝るぞ」

「やったー!」

逸之の目がぱっと輝いた。

景之は呆れた顔でその様子を見つめ、紗枝もしぶしぶ、二人について行くしかなかった。

エイリーは何も言わず、彼らの後ろ姿を見送ると、残った男性陣のために新しい部屋を手配した。

その結果、牧野と澤村はそれぞれ個室を使えることになった。

ところが、牧野は図々しくも、自分の部屋に少し荷物を置いただけで梓の部屋のドアをノックした。

その頃、隣の部屋では、紗枝が二人の子供を寝かしつけたあと、洗面所に向かおうとしていた。

宿の主人は家族四人が同じ部屋にいるのを見て、慌ててベッドを追加していた。

逸之と景之が一つのベッドに、紗枝がその隣、啓司はさらにその横のベッドで寝ることになった。

逸之は、啓司の手をぎゅっと握りしめて、布団に潜り込んできた。

「バカパパ、我慢してよ。一緒にくっついて寝た方があったかいんだから」

啓司はベッドの端に腰を下ろし、その手を離さずにいた。

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