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第864話

Author: 豆々銀錠
悲鳴の方を振り返った紗枝は、それが唯のテントから聞こえてきたことに気づいた。中に鈴がいるとは思わず、小走りで駆け寄った。

「唯、大丈夫?」

その言葉が終わらぬうちに、テントから飛び出してきたのは唯ではなく、鈴だった。彼女の目は見開かれ、恐怖でいっぱいだった。

「蛇よ!中に蛇がいるの!」

その叫びは他のテントの住人たちにも届き、みな一斉に顔を覗かせた。

「何があった?」

最初に姿を現したのは雷七だった。

きちんと服を着て、すでに身支度を整えていたようだ。早くに目覚めていたのだろうが、皆を起こさぬよう気を遣っていたに違いない。

鈴は紗枝の存在をあえて無視するかのように、雷七のもとへ駆け寄った。

「雷さん、お願いです!テントの中に蛇が!」

紗枝はその態度にいちいち反応せず、唯のことが心配だった。

昨夜、唯が好意で鈴にテントを譲ったに違いない。だが今、鈴が出てきたということは......もし唯がまだ中にいて、蛇に噛まれたりしたら――

「唯!」

紗枝は慎重にファスナーを開け、中を覗き込んだ。

そこには誰の姿もなかったが、代わりに、毒々しい模様のアマガサヘビが鎌首をもたげていた。

瞬間、紗枝の体が硬直した。一歩下がって素早くファスナーを閉じ、鈴の方へ振り返った。

「唯は?」

だが鈴が答える前に、隣の澤村のテントから物音がし、唯が顔を赤らめながら澤村と共に出てきた。

「紗枝、違うの、私たち、何もしてないのよ!」

「何を弁解する必要がある?」と澤村は眉をひそめた。「我々は婚約している。一緒に寝ていて何が悪い?」

唯はその言葉に怒り、彼の足を思い切り踏んだ。

そこへ、梓と牧野も目をこすりながらテントから出てくる。

「何ごと......?」

唯の無事を確認した紗枝は、ようやく息をつき、テントを指さした。

「中にアマガサヘビがいるの」

「ええっ!?」

梓が悲鳴のような声を上げた。

「アマガサヘビって、猛毒の......どうするの!?」

そのとき紗枝は、テントの隅に開いた大きな穴に気づいた。

そこから、一匹のアマガサヘビが、ゆっくりと這い出してくるところだった。

「きゃああああっ!出てきたぁ!」

鈴は再び悲鳴を上げ、恐怖で足をばたつかせた。

そのときようやく、周囲の人々も、蛇がすでにテントの外へ出てきており、それが紗枝のすぐ近
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