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第863話

Author: 豆々銀錠
テントの外で震えながら立ち尽くしていた鈴は、どれだけ待っても澤村が自分を呼んでくれないことに、だんだんと腹が立ってきた。

もう一度テントの前に戻ってみると、ファスナーは中からしっかり閉められ、灯油ランプの明かりも消えている。

どう見ても、ぐっすり眠っている。

「......くそっ」

唇を噛み、悔しそうに地面を蹴った鈴は、今度は唯のテントへと向かった。だが中に寝袋はなく、山の冷気が肌を刺すように冷たい。持ってきた何枚かの服を重ね着し、体を縮めて寒さをやり過ごすしかなかった。

生まれてこのかた、こんな屈辱は初めて。

ちょうどその時、隣の牧野と梓のテントからかすかな物音が聞こえてきて、鈴は頬を赤らめながら、今夜が特に長く感じられるのを感じていた。

一方、紗枝はというと、怖い話を語って二人の子供を寝かしつけたあと、自分だけが眠れずにいた。

テントの外では、風がヒューヒューとうなりを上げ、まるで誰かが泣いているようにも聞こえる。

寝袋の中で何度も寝返りを打ったが、どうしても落ち着かない。

そんなとき、不意に声がした。

「こっちに来るか?」

「えっ?」

驚いて顔を向けると、啓司が淡々とした声で言った。

「俺の横で寝ろ」

その声は静かだったが、紗枝の怯えた様子を気遣ってくれているのがわかった。

「いらない」

紗枝は思わず反射的に拒否していた。啓司もそれ以上何も言わなかった。

しかし、それから10分経っても目を閉じたまま眠れなかった紗枝は、小さな声で尋ねた。

「啓司......まだ起きてる?」

「ああ」

「あなたも、怖いの?」

「怖くない」と言いかけた啓司だったが、紗枝の強張った横顔を見て、珍しく歩調を合わせた。

「ああ。お前の話を聞いたら、つい余計なことを考えてしまった」

「でしょ!私も、目を閉じるとあの映像ばかり浮かんできてさ......」

紗枝は、つい嬉しくなった。

普段、何も恐れないような啓司が、自分と同じようにお化けを怖がっているなんて。

心の中でこっそり思った。今度この人が私を怒らせたら、また怖い話で懲らしめてやろう、と。

「寝ろ」

そう言って、啓司はわずかに体をずらした。

「うん......」

紗枝はその隙間に身体を滑り込ませるように近づき、彼の隣に寄り添った。

啓司の体は大きく、広く、どこか包み込むよう
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