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第908話

Author: 豆々銀錠
工場の外――

雷七は部下たちと共に、警備員を音もなく制圧した。

内部の熱源反応と音声を分析し、啓司と紗枝の位置が突入に最適であることを確認すると、彼は牧野と目を交わし、無言の合図を送った。

次の瞬間、ドアが重たい音を立てて蹴破られた。

「突入!」

事態の急変に、陽翔は一瞬、現実を受け入れられずに目を見開いた。部下たちは動揺し、散り散りに混乱した動きを見せた。

「陽翔様ァッ!」

怒号の中、陽翔はようやく理解した。紗枝が時間を稼いでいたのは、まさにこの瞬間のためだったのだ。

だが、彼女がどうやって雷七たちをここへ導いたのかを考える余裕はなかった。

逃げ場がない。

ならば、道連れにしてやる。

「この女二人と啓司を仕留めた者には、2億!死んでもいいなら、その家族にさらに2億追加だ!」

ざわめきが走る。

2億――普通の人間なら、一生かけても稼げない大金だ。

数人の男が顔を見合わせると、次の瞬間には刀を抜き放ち、紗枝めがけて殺到した。

「早く逃げて!」

紗枝は啓司の手を掴み、必死に叫んだ。

鋭い刀の風切り音が、耳元をかすめる。背筋が凍りつき、足がすくむ。

「啓司さん、助けてぇええっ!」

鈴の悲鳴が空間を切り裂いた。

だが三人の中で、鈴はすでに負傷し、紗枝は妊娠中、啓司も右腕に新たな刀傷を負っていた。

逃げる術など、どこにある?

刃が振り下ろされる直前、紗枝は無意識に、両手で腹を庇った。

もう......だめだ。

その瞬間、啓司が彼女の前に身を投げ出した。

視界が、真っ赤に染まった。

「啓司っ!!」

ズキンと腹部に鋭い痛みが走り、紗枝は彼を抱きしめるようにして膝をついた。

「啓司......!」

雷七が駆け寄り、逆手で刀を振るった男を一撃で倒した。

「確保!」

牧野の号令とともに、戦闘は一気に収束に向かった。

わずか10分足らずで、残る武田の手下は全員制圧され、陽翔も二歩逃げかけたところで、特殊警棒の一撃を食らってその場に崩れ落ちた。

その騒がしさをよそに、紗枝は啓司の頭を抱え込み、片膝をついて彼の身体を支えていた。

彼の胸元から、熱い血が流れ出している。指の間をすり抜ける赤......どこから出ているのか、彼女にはわからなかった。

「啓司......大丈夫?」

「平気......だ」

啓司の唇は青ざめ、だ
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