LOGIN閉鎖的な田舎の高校二年生の因果崎神は三人のクラスメイトから日々イジメに遭っていた。 それは徐々に過激化し、グループの中心である黒羽霧は彼の恋人の糸賀律にも目を付け、自殺するよう仕向ける。お前が死んでくれたらもう二度と因果崎に手を出さないと言って。 だから彼女は校舎の屋上から飛び降りた。因果崎のために。笑顔を浮かべながら。だがイジメは続いた。そして糸賀の一周忌に墓前で涙を流す因果崎の前に糸賀が幽霊となって現れる。 因果崎と共に復讐をするために。
View More「黒羽、お前それは……」
「そうだよ。さすがにちょっとやりすぎだって……」 夕焼け空が広がる放課後の学校の屋上で、黄金色に染められた男子二人が一人の女子に対して口にした。隠し切れない戸惑いと、そして、これから目にするであろう悍ましい光景を想像しながら。 「は? 何それ。やりすぎ? 別にどうってことないじゃない。それに、私は何もしてないし」「何もって、お前……さすがに」
「さすがに、何? コイツが勝手に死ぬって言ってるだけじゃない。自分の意思で勝手にね」「勝手にって……」
ニヤケ顔の女子――
僕――
徐々に体温を失っていき、そのまま氷のように冷たくなるのではと錯覚してしまいそうになる程に怯えて見える。l
「ねえ、どう? 因果崎? 大切な恋人がこれから目の前で死ぬところを見られる気分は」 まるで用意された台本をただただ読み上げるかのようにして、黒羽は言葉にたった一ミリも、塵程度も、黒か白かも判別できない燻み切った色を含んだ声音で訊いてきた。 何を言っているんだと思った。どうだって? ふざけるな。律は僕にとって大切な恋人だ。それをお前はこれから殺そうとしているんだ。答える気になれるはずもないだろうが。 「大丈夫だよ、神くん。ねえ黒羽。私が死ねば二度と神くんのことをイジメないんだよね? 苦しい思いをさせたりしないんだよね?」 黒羽に再度確認した律の足元には、つい先程、無理やり書かされた遺書と脱いだ革靴が丁寧に揃えられて置かれていた。 「バカ言うな律! コイツの言うことを本気にするな! 頼むから……頼むからそれだけはやめてくれ!!」 ゆっくりと、律は頭を振った。 僕の瞳の奥にある『何か』を確かめるようにして見つめながら。「いいの。神くんのためなら何だってできるから。だって私、神くんの彼女だもん」
「だったら僕の言うことを聞いてくれよ! 何だってできるんだろ! それに、お前が死んだらどれだけ僕が悲しむかくらい分かるだろ!!」 「ははっ! いいじゃないの二人とも。最後の最後まで惚気話だなんて。素敵だわ。それに嬉しいわね。そっちの方が私にとってより『美味しく』なるから」 まるで機械から発せられたような、無機質な笑い声だった。 黒羽霧。こいつ、人間じゃない。 「だ、だから黒羽! やめておけって! そんなことさせたらどうなるかくらい分かるだろ!」 小林のその一言で、黒羽は眉間に皺を寄せ、鋭い目で睨み付ける。 「なによ小林。私に命令するつもり? それか、この女の代わりにアンタが死んでくれるのかしら」 あまりに冷淡な口調に、小林だけではなく、隣にいた三井も顔を強張らせ、黙り込んだ。手を、細かく震わせながら。
「それじゃ、そろそろ準備してくれるかしら? 糸賀ちゃーん?」 「……その前に、ちゃんと答えて。私が死ねばもう二度と神くんに何もしないんだよね? 約束してくれるんだよね?」 「しつこいわねえ。はいはい、約束しますよ。ちゃんとアンタが私を楽しませてくれたらね」 「――分かった」 一歩前に足を進め、律はフェンスを乗り越える。 (マズい。無理やりにでも止めないと)そう考え動こうとした刹那、小林と三井が僕を羽交い締めにした。
「離せよお前ら!」 小林は僕の耳元で小さく言葉にした。ごめん――と。 初めて耳にした謝罪の言葉だった。そして、その時に理解した。 この二人も、黒羽に怯えているのだということを。 「神くん、ごめんね。私、どうしたら神くんを助けてあげられるのか分からなくて。こんな方法しか思いつかなかった」 「なんで律が謝るんだよ! これは僕の問題だ! 僕自身で解決すればいいんだ! それに死んでどうするんだよ! 僕と一緒にいなくても律は平気だって言うのか!?」 「そんなこと、ない。私は神くんとずっと、ずっと一緒にいたい。でも、神くんにとっての問題は、私の問題でもあるから。それに、好きな人のためだったら、私は笑いながら死ぬことができる」 僕は見逃さなかった。 律の脚が恐怖で震えていることを。 「だからって、お前が死ぬ必要なんか――」 「私、ほんと頭悪いよね。テストの成績も悪いし、色んなことを間違えてばっかりだったし。それでいつも神くんのことを困らせてばっかりだった。ダメな彼女だったよね」 「ダメな彼女? そんなことない! お前がいてくれたから僕は――」 フェンスを乗り越えてコチラに向き直った律は、言葉を紡ぎ続けた。 「だけど、こんな私だけど、好きだった。神くんのとが本当に好きだったの。一緒にいられる時間が幸せで仕方なかった。たくさんの笑顔を贈ってもらった。それはね、私にとって、心の中でずっと大切にしてきた、絶対に手放したくない宝物なの。いっぱい。いーっぱいあるの。だから――」 だから今度は私が神くんに贈り物をする番――と、律は紡いだ。 そして両手を広げた。夕焼け空を見上げながら。その景色を目に焼き付けるようにしながら。 「離せって言ってるだろ!!」 二人を払いのけ、彼女の所まで走り出す。そして、体をゆっくりと後方に傾け、何もない空白に身を預けるようにして落ちていこうとする律を掴もうと手を伸ばした。 『間に合え!』と、心中で叫びながら。 しかし―― 最後の最後まで、僕に笑顔を見せたまま、律は屋上から落ちていった。 「ありがとう、神くん」と、感謝の言の葉を残しながら。 * * * 「やめろーーーー!!!!」 大声を出すとともに勢いよく身を起こした。視界がぼやける中、ぐるりを見渡す。見慣れた景色が目に入ったところで把握した。ここが自分の部屋であることを。 「夢……だったんだ」 ベッドの上で胸に手を当てる。乾いた空気の中で響き渡るのではないかと思える程に、激しく鼓動していた。寝巻きとして着ていたTシャツを汗でぐっしょりと濡らし。 「赤色、か……」 あまりにも鮮明で、色の付いた夢だった。 通常、夢というものはモノクロである。しかし、色の付いた夢にはそれぞれ理由があるものだ。今見ていた夢は赤色。 それは、怒りを意味する色だ。 あの三人組。特に黒羽に対しては、毎日のように腹わたが煮えくり返っていた。だからその色の夢を見るのも納得できるし、至極当然である。 でも、不思議なことに、赤色の夢を見たのはこれが初めてのことだった。 「今日が律の一周忌だからかな……」 【続く】階段を上り、屋上までやってくると、黄金に染まった夜と夕刻の中間の空が視界いっぱいに広がった。 真夏は日が暮れるのが遅いけれど、しかし、すでに太陽は沈みかけていた。それだけ長い間、僕と律は体育倉庫で話し込んでいたということだ。 時間を忘れる程に。「なんだか懐かしいね」「――そうだね」 律にそう言葉をかけられたが、上手い返しが見つからなかった。 複雑な気分だ。 自分が死んだ場所を見た人間は、一体どのような感情を覚えるのだろうか。 そして、律は今、何を覚え、何を思い、何を考えているのだろう。どのような『色』を見ているのだろう。 僕は、それが知りたかった。「――ねえ、神くん覚えてる? 私がここから飛び降りた時のこと」 少しの静寂を破るかのようにして、律は訊く。忘れるわけがない。あの時のことの全てを、僕は頭の脳裏に焼き付けている。心に刻み込んでいる。胸の中に仕舞い込んでいる。 哀切。悲しみ。孤独感。この一年間、様々な感情が僕の思考の全てを支配してきた。だからこそ、上手く言語化できないのだ。「よいしょっと」 そんなことを考えている内に、律は以前よりも高い、屋上に取り付けられたまだ新しいフェンスをよじ登った。 何故にフェンスを高くしたのか。理由は言わずもがな。「――あの時ね、私、鳥になろうと思ったの」「鳥に……?」 背を向けているのでどんな表情をしてあるのかは分からない。だが、そんなことお構いなしという感じで、律は言葉を紡ぎ続けた。「私がここから飛び降りる時にさ、両手を広げてたの覚えてるかな? あの時にね、私強く思ったの。願ったの。鳥になりたいって。空を自由に飛んでみたかったんだ。それで、せっかく死ぬんだから神様も最後くらい願いを叶えてくれるんじゃないかなって」 ――それに、と。律は紡ぎ続ける。「それにさ。もし鳥になれたら、神くんのことを見守ることができるんじゃないかなって思って。ずっと、近くで。そしたらね、気が付いたらなってたんだ。鳥に。神くん気付いてくれてたかな?」 合点がいった。あの時、確かに律は飛び降りる直前まで両手を広げていた。その時はただポーズを取っているだけだと、そう思っていた。 しかし、その次の日からやけに視線を感じていた。最初は黒羽の一味だと思ったが、違った。それに、ぐるりを見渡しても誰もいなかったことを覚えてい
塵埃まみれの小さな空間――体育倉庫の中に、僕と律はそこにいた。黴臭さと埃っぽさを混ぜ合わしたような不快極まる匂いを鼻腔で感じながら。「じゃあ神くん。そろそろ始めようか?」「……そうだね」 一体、これから何を始めるのかというと、会議だ。議題は言わずもがな。三人に対する復讐について。 だけど――「神くんどうしたの? なんかボーッとしてるけど」 体操部が使用するマットの上に腰かけながら、律は声を発した。「……いや、ちょっとね。なんか現実感がなくてさ」 嘘ではなかった。 一生、僕は二度と、柔らかで優しい声音を聞くことも、言葉を交わすことも、姿を見ることも、触れることも。それら全てを失ってしまった。絶望していた。 だけど、どういう形であれ、死んでしまった恋人と再会できたのだから。現実感が湧かないのは至極当然だ。 が、しかし。実際は少し違った。僕が今、一番深く考えていたのは『復讐』についてだ。『人を呪わば穴二つ』と言われているように、復讐をすることで、それらは必ず返ってくる。降りかかってくる。そういうものだ。だからこそ、こればかりは深く考えざるを得なかった。 でも、復讐はする。いや、しなければならない。逃げてはいけない。でなければ、律の恋人として失格だ。 それだけは、確かだった。 復讐であり、これは仇討ちでもあるのだから。「――なあ、律。復讐ってどうやってするんだ? さっき『やりようがある』って言ってたじゃん?」「うーん、それについては案はあるんだけど、順番をどうしたらいいのかなって。黒羽を最後にすることまでは決めてるんだけど」「最後に!? ちょ、ちょっと待って律!? それだとまた黒羽が、全てを揉み消すに決まってるだろ!? だから順番的には
お昼頃。僕は律の墓前にいた。「律、お前暑いの苦手だったよな」 焦げさせるかのように射してくる真夏の日差しを浴びながら、小さく呟いた。蝉の鳴き声がやたらと煩く感じながら。そして思い出す。律と過ごした夏のできごとを。つまりは思い出を。失いたくない、たくさんの大切な宝物を。「――また、一緒に海に行きたいな」 持ってきた菊の花束をそっと添え、墓前で両手を合わせた。そして、ゆっくりと目を瞑る。『あの日』の出来事を甦らせながら。 嫌な予感はしていた。 僕がイジメのターゲットにされてから、呼び出されるのはいつも体育倉庫だった。そこで小林と三井の二人からサンドバッグよろしく殴り続けられてきた。 その間、黒羽はというと、苦痛で顔を歪ませる僕を見てはニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべながら悦に入る。 それが、日常だった。 が、しかし。あの日に限っては僕だけではなく、律も一緒に連れて行かれたのだ。『ギャラリー』と称して。 二人に殴られている僕を見て、律は嗚咽を漏らしながら涙を流し、何度も何度も大声で叫んでいた。『もうやめて!!』、と。 律も驚いたことだろう。心配をかけないよう、イジメの件は詳しく言わないでおいていたから。だからこその涙だったのだろう。目の前で、日々恋人が殴られ続けていたことを知ってしまったのだから。そりゃ泣きたくもなるはずだ。 僕はあの日の律と黒羽が交わした会話を思い出す。『お願い!! イジメなんてくだらないことはもうやめてあげて!! 神くん死んじゃうよ!!』『イジメる? 何言ってんのよ、このクズが。ちょっと可愛いからって調子に乗ってんじゃないわよ。私はわざわざアンタに見せてあげてるのよ? このショーを。目の前で。特等席で。嬉しく思いなさいよ』『何がショーよ! 黒羽、アンタ人間じゃないわ! 自分は一切手を出さないで苦しむ神くんを見て楽しそうにして。何が面白いって言うのよ! 父親が誰だとかどんな人なのか、そんなこと知ったこっちゃないわよ! 神くんを殴るなら、代わりに私を殴りなさいよ!』 律のその言葉を聞いて、黒羽は表情を一変させた。 もしかしたら、最初は律のことを本当の意味で『ギャリー』としか見ていなかったのかもしれない。 だが、恐らく黒羽はこの時に予定を変えたのだろう。律を殺して僕が苦しむ顔を見ようと。そして、自分をバカにした律
「黒羽、お前それは……」「そうだよ。さすがにちょっとやりすぎだって……」 夕焼け空が広がる放課後の学校の屋上で、黄金色に染められた男子二人が一人の女子に対して口にした。隠し切れない戸惑いと、そして、これから目にするであろう悍ましい光景を想像しながら。「は? 何それ。やりすぎ? 別にどうってことないじゃない。それに、私は何もしてないし」「何もって、お前……さすがに」「さすがに、何? コイツが勝手に死ぬって言ってるだけじゃない。自分の意思で勝手にね」「勝手にって……」 ニヤケ顔の女子――黒羽霧は長い黒髪をさらりと手で流しながら飄々と言い放った。 僕――因果崎神と糸賀律は、そんな黒羽を見て背筋をゾッとさせた。コイツが今から律にさせようとしていることが本気であると確信したから。 僕達だけではない。小林と三井も同様だ。いつもは黒羽のマリオネットような二人だが、しかし、今はまるで違って見えた。 徐々に体温を失っていき、そのまま氷のように冷たくなるのではと錯覚してしまいそうになる程に怯えて見える。l「ねえ、どう? 因果崎? 大切な恋人がこれから目の前で死ぬところを見られる気分は」 まるで用意された台本をただただ読み上げるかのようにして、黒羽は言葉にたった一ミリも、塵程度も、黒か白かも判別できない燻み切った色を含んだ声音で訊いてきた。 何を言っているんだと思った。どうだって? ふざけるな。律は僕にとって大切な恋人だ。それをお前はこれから殺そうとしているんだ。答える気になれるはずもないだろうが。「大丈夫だよ、神くん。ねえ黒羽。私が死ねば二度と神くんのことをイジメないんだよね? 苦しい思いをさせたりしないんだよね?」 黒羽に再度確認した律の足元には、つい先程、無理やり書かされた遺書と脱いだ革靴が丁寧に揃えられて置かれていた。「バカ言うな律! コイツの言うことを本気にするな! 頼むから……頼むからそれだけはやめてくれ!!」 ゆっくりと、律は頭を振った。 僕の瞳の奥にある『何か』を確かめるようにして見つめながら。「いいの。神くんのためなら何だってできるから。だって私、神くんの彼女だもん」「だったら僕の言うことを聞いてくれよ! 何だってできるんだろ! それに、お前が死んだ