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第0610話

Author: 十一
政司は招待状を彼女に差し出した。「ほら、自分で見て」

絵梨は怪訝そうに受け取り、読み終えると一瞬呆然とした。「本当に実験室を建てたんだね……」

「うちの娘は息子に劣るところなんてないだろう?それでもまだ不満か??ふん!言っておくけど、これからはこんなことを絶対に早苗の前で言わないでくれよ……陰で言うのも禁止、分かったかい?」

絵梨は口を尖らせた。

「返事は?」

「わかったわよ!早苗はあんたの大事な宝物!誰にも文句なんて言わせないわよ!」

政司はようやく満足そうにうなずいた。「わかってればいい」

「……」

その日の午後、夫婦は荷物をまとめ、空港へ向かった。

村の入り口を通りかかった時。

「大家さん、また海釣りに行くのかい?」

「今回は海釣りじゃない、帝都に行くんだ」

「おや、そんな遠くまで何しに?」

「早苗に会いに行くんだ」

「あの子がどうした?」

政司は胸を張った。「すごいことを成し遂げたんだ!」

「??」

……

同じ日、大学側と研究科側にも招待状が届いた。

学長は首をかしげた。「生命科学研究科の学生が、自分で実験室を建てて、もうすぐ開所式だと?」

彼はそう尋ねて、やや当惑した表情で副学長を見た。

副学長は少し言いよどんだ。「ええ……私もつい先ほど知ったばかりで、以前から研究科からの報告はありませんでした」

「雨宮凛って……この前Scienceに論文を発表したばかりの院生1年じゃなかったか?」

「はい、その学生です」

「自分で実験室を?」学長はその言葉をあまりに突飛だと感じた。

副学長は額の汗をぬぐいながら言った。「おそらく学生の自主的な試みで、ちょっとしたことですよ。大した波は立たないでしょう……」

「大谷先生がわざわざ自分の学生のために招待状を学校に回してきたんだぞ。それでもまだ小さな出来事だと思うのか?」

学長が学長たり得るのは、常人とは比べものにならない視野と判断力を持っているからだ。

副学長は戸惑いを隠せなかった。「でも……そこまで大げさな話ですか?実験室なんてそう簡単に建てられるものじゃありませんよ」

「私たち学校の管理者が考えるべきなのは、校内で無償で研究室を与えているにもかかわらず、雨宮たちがなぜわざわざ校外に実験室を設けたのかという点だ。その背景にどんな理由があるのか、誰が関わっているのか、
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