第653話

佳子はその場で呆然と立ち尽くしたまま、車が彼女に向かって突っ込んできた。

まさに危機の瞬間、ある力強い腕が伸びてきて、佳子の華奢な腰をがっしりと引き寄せた。すると、佳子は暖かくたくましい胸の中に抱き込まれた。

車は佳子のすぐ横をかすめて通り過ぎた。

まだ恐怖で震えている佳子は顔を上げ、自分を抱きしめている男性を見つめた。

彼だった。

佳子が探していた、マスクをした男が視界に飛び込んできた。

彼が現れた！

佳子は彼を見つめながら言った。「あなただね」

男は彼女をそっと放し、低く沈んだ声で言った。「俺を探してたのか？」

佳子はうなずいた。「うん、探してた」

男は冷たく言った。「次からは前をよく見て歩け」

そう言うと、男は背を向けて歩き出した。

佳子は慌ててその後を追いかけた。「あなた、誰なの？私たち、会ったことあるでしょ？」

男「知らない人だ」

佳子はまるで信じていない様子だった。「知らない人なんて嘘。じゃあ、なんで私を助けたの？しかも今日、あなたは二回も私を助けてくれたし」

一度は黒服の男たちから、もう一度は車から、佳子を助けたのだ。

男は感情のない声で言った。「たまたま見かけたから。ちょっとした親切だ」

「そんなはずない！絶対に知ってる人だ。あなたは私の知ってる誰かだもの！」

男は逆に質問してきた。「それって……君の好きな人か？」

好きな人？

その問いに佳子は一瞬言葉に詰まり、まつ毛を震わせながら答えた。「昔、好きだった人……」

男は数秒黙ってから、「あっそ」とだけつぶやいた。

彼は、「あっそ」と応じたのだ。

佳子は彼の後をついていきながら言った。「なんでずっとマスクつけてるの？もしかして、わざと顔を見せないようにしてるの？」

男は答えた。「別にわざとじゃない。俺の顔ひどいんだ。人を怖がらせたくない」

え？

顔がひどい？

人を怖がらせる？

そんなわけがない。

昔の迅は学校一のイケメンだった。多くの女子が彼に夢中で、付き合いたがっていたくらいの顔立ちだった。

しかし、佳子は一言も信じなかった。「そんなこと言っても無駄よ、信じないし。マスクを外して見せて。見ればすぐ分かるから」

男は足を止めることなく言った。「帰れ、もうついてくるな」

だがその時、佳子は彼の前に立ちふさがり、行く手を遮った。佳子の美しい瞳が