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第7話

Author: 楽しくお金を稼ごう
「離婚できないって、どういうこと?」

奈々の言葉に、沙綾の瞳は暗く沈んだ。

「沙綾、私の友達じゃどうにもならなかったわ。でも安心して。兄に頼んだから」奈々は言葉を継いだ。「兄が言うには、書類さえ揃っていれば、七日で済むそうよ」

陣が書類に目を通すことすらなく、直接断ってきたとは思いもしなかった。

彼は選ばれた人間であり、その性格は高慢で冷酷。およそ人情というものがない。

姉との関係があるから、自分には少しばかり忍耐強く接してくれているのだと思っていた。

自分は彼にとって、少しは特別な存在なのだと。

だが、「俺に無駄な時間を使うな」という彼の一言で、儚い幻想はあっけなく打ち砕かれた。

結局のところ、その程度の忍耐を、自分が勝手に過大評価していただけなのだろうか。

それでも、彼のそばに他の女はいない。ならば、まだチャンスはあるはずだ。

奈々のその後の言葉を聞いて、張り詰めていた沙綾の神経がふっと緩んだ。その途端、手首の傷口にズキズキとした痛みが走った。

「ありがとう、奈々。お兄さんにもお礼を言っておいて」

「沙綾、何かあったの?声の調子がすごく悪そうだけど」

「ううん、なんでもないわ」

沙綾は奈々に心配をかけたくなかった。

離婚さえ成立して、時彦との関わりがなくなれば、心も少しずつ晴れていくはずだ。

「明日のチャリティーオークション、来られそう?」

「蒼海市でジュエリーの展示会があって、残念だけど今回は行けそうにないの」奈々は申し訳なさそうに言った。

橋本家の長女は遠くへ嫁ぎ、長男は敏腕弁護士になったため、家業である老舗ジュエリーブランドを継げる子供は、奈々しか残っていなかった。

目が回るほど忙しいはずなのに、自分のために奔走してくれている奈々に、沙綾は深く感謝していた。

「出張から戻ったら、お兄さんも一緒にご飯をごちそうするわ。体に気をつけてね」

電話を切ってから、沙綾は手首の包帯に血が滲んでいることに気づいた。

ドレスショップに戻り、マネージャーに救急箱を持ってきてもらうと、傷口の包帯を巻き直した。

有栖と手早くドレスを選び終えると、二人はそれぞれ別の道へと別れた。

その頃、高級レストランでは。

洋一が身をかがめ、時彦に報告していた。「社長、記者が持っていた写真はすべて処理しました。何も撮られていません」

時彦は冷ややかな表情のまま、短く応じた。「ああ」

向かいに座っていた朱里は、手にしていたナイフとフォークをふいに止めた。そして、心の焦りを誤魔化すように、すぐさまステーキへとナイフを下ろした。

「時彦、ちょっとお手洗いに行ってくるわ」

時彦のうなずきを見て、朱里は立ち上がり、席を外した。

化粧室に入ると、彼女は急いで電話をかけた。

「残金はすぐに振り込むわ!もし一言でも漏らしたら、二度とこの街に帰れないようにしてやるから」

電話の向こうで、記者たちは泣き言を並べた。

「朱里さん、帰れと言われても、怖くて帰れませんよ。高橋社長の部下から、次に顔を見せたらただじゃおかないと脅されているんですから!

今後、こういう仕事はもう勘弁してください。

高橋社長が奥様を気にしていないだなんて、とんでもない。俺たち、危うく半殺しにされるところでしたよ」

「黙りなさい!」

朱里は電話を切ると、鏡に映る自分を睨みつけた。その眼差しは暗く、執念深さに満ちていた。

時彦が沙綾のことを気にかけているわけがない。

彼らをこの街から追い出したのは、自分の名誉を守るためだ。決して沙綾のためなんかじゃない。

あと28日!

長すぎる!

もう待てない!

本当は沙綾の裸の写真を撮って新聞にすっぱ抜き、大恥をかかせてやるつもりだった。

そうすれば、時彦も体裁よく彼女をすぐさま家から追い出せただろうに。

それが、あろうことか試着室から忽然と姿を消すなんて!

どうやら、沙綾に対して私はまだ優しすぎたようだ。

時彦と朱里がキャンドルディナーを終え、屋敷に戻った頃には、すでに深夜になっていた。

彼は主寝室のドアの前で足を止め、ドアノブに手をかけた。

その時、スマートフォンが鳴った。

海外事業部からの電話だった。

時彦はドアノブから手を離し、二階の書斎へ向かうと、定例の国際会議を取り仕切った。

……

一方、沙綾は疲労困憊の体でスーツケースを引きずりながら、朧月レジデンスへと到着した。

広さ70坪、家具付きの高級マンション。

トランク一つですぐに生活を始められるのが好都合だった。

沙綾は主寝室を簡単に片付け、その夜はなんとかやり過ごした。

見知らぬベッドで眠れるか不安だったが、風邪薬を飲んでいたせいか、枕に頭を沈めるとすぐに眠りに落ちた。

翌朝、目を覚ます。

27日後には国を出て、自分が愛してやまない研究の道に戻れる。

そう思うと、自然と活力が湧いてきた。

沙綾はホテルへ向かい、チャリティーオークションの手配と、すべての進行手順の最終確認を行った。

夜が更けると、ホテルは星屑を散りばめたようにまばゆく輝き、上流階級の夫人たちが一堂に会した。

貴重な品々が次々と落札されていく。

有栖は興奮した面持ちで声を弾ませた。

「小林さん、もうすぐ4億円に達しますよ!」

沙綾はほっと息をついた。

このお金は、白血病の子供たちの手術費用として集められたものだ。

最低でも4億円は必要だった。

オークションの目玉である結婚指輪が壇上に飾られた、その時。

ホテルの外から、どよめきが沸き起こった。

記者たちのカメラのフラッシュが人々の視界を白く染め上げ、美男美女が腕を組んでオークション会場へと足を踏み入れた。

沙綾は、朱里の首元で輝くルビーのネックレスを見て、愕然と目を見開いた。

あれは祖母の形見であり、母から譲り受けた嫁入り道具の一つだ。

確かにジュエリーケースの奥に鍵をかけてしまっておいたはずなのに。

事情を知らない夫人たちは、沙綾がこの光景にショックを受けているのだと勘違いし、面白半分の冷笑を浮かべた。

「沙綾さん、お気を落とさずに。男なんてみんなあんなものですわ」

「どうせ、よその女に貢ぐよりはマシでしょう」

嘲笑の声が絶え間なく耳に飛び込んでくる。

彼が彼女を家に引き入れただけでも許しがたいというのに、こともあろうに公衆の面前で堂々と不倫相手を連れ歩き、妻である自分の顔に泥を塗るなんて。

怒りがこみ上げたが、白血病の子供たちを代表してオークションに参加している小さな子供たちの姿を見て、沙綾はぐっと堪えた。

「あの方たちに席を用意してあげて」

寄付金を集めることが最優先だ。

有栖が歩み寄り、時彦と朱里を最前列の席へと案内した。

さきほどまで沙綾を嘲笑っていた夫人たちは、時彦と朱里を前にすると、ころっと態度を変えた。

朱里の美貌を褒めちぎるか、ドレスやネックレスを絶賛するかして、まるで彼女こそが高橋家の正妻であるかのように持ち上げた。

沙綾はあえて視線を外し、オークショニアに進行を続けるよう合図した。

展示台のピンクダイヤモンドにスポットライトが当たった瞬間、背筋が凍るような極寒の視線が沙綾を射抜いた。

会場からもヒソヒソと囁き声が漏れ始めた。

「あれって、高橋社長が奥様に贈ったプロポーズの指輪じゃない?当時、新聞にも大々的に載っていたのに、どういうこと?」

「どういうことって、結婚指輪さえいらないってことは、そういうことでしょう……」

沙綾はその場に立ったまま、周囲の反応など気にも留めない様子で、オークショニアに開始の合図を送った。

オークショニアが声を張り上げた。「最低落札価格は2400万円から。ワンコールごとに100万円の加算となります。それでは、スタートです」

しかし、会場は水を打ったように静まり返り、誰一人としてパドルを挙げる者はいなかった。

沙綾はここでようやく気づいた。

皆、時彦を恐れて、このピンクダイヤモンドを落札しようなどとは到底思えないのだ。

彼女は福祉振興会の会長であるため、競売に参加する権利はない。

ソファに座る純真で可愛らしい子供たちの姿を見て焦燥感に駆られた彼女は、ふと紀行のことを思い出し、スマートフォンを取り出して電話をかけた。

「先輩、私の代わりにピンクダイヤモンドを落札してもらえませんか?お金は後で必ず振り込みますから」

「構わないよ、沙綾」

紀行の声が耳元に響いた、その直後だった。

澄んでいながらも低く響く声が、広大なオークション会場にこだました。

「2600万円」

声のした方へ視線を向けると、長身で姿勢の良い一人の男が逆光の中に立っていた。

彼はダークグレーのトレンチコートを羽織り、その下から覗く白いシャツと黒のトラウザーが、逞しい肉体を包み込んでいる。

堂々とした足取りで、沙綾の方へと歩み寄ってきた。

俗世離れした雰囲気をまとい、夜空に高く懸かる明月のように凛として、その漆黒の瞳は深く、そして清冽だった。

沙綾はなぜか、男にどこかで見覚えがあるような気がしてならなかった。

もっとも、二人がお互いに顔を合わせるのは、これがまだ三回目に過ぎないというのに。

「氷室陣?氷室グループが海外から呼び戻した氷室家の三男坊よ。帰国してまだ二週間なのに、うちの旦那が半月も前から招待状を送り続けても来てくれなかった人だわ。

あんなに目立たないテクノロジー業界の重鎮が、この福祉事業に顔を出すなんて。高橋グループと氷室グループで、何かビッグプロジェクトでも始めるのかしら?」

「そんな話、聞いてないわよ!でも、強者同士が手を組めば、この汐見市の経済も一気に飛躍するわね!うちの会社もそのおこぼれに預かれればいいんだけど」

「わあ、すごくかっこいい!」

「国際研究機関に招聘されたことがあったとか。制服姿ならもっと素敵でしょうね!」

「でも残念ね。冷酷な性格で近づきがたいらしいわ」

夫人たちの感嘆の声を耳にしながら、まるで血が上ったかのように陣に向けてシャッターを切り続ける記者たちを見て、沙綾は我に返り、電話口に囁いた。「先輩、氷室さんがチャリティーオークションに来ているんですけど、先輩が招待したんですか?」

「氷室家は慈善事業に熱心だからね。氷室さんからその手の話を聞かれたから、この福祉事業を推薦しておいたんだ」紀行は肯定の返答をした。

「ありがとうございます、先輩」

電話を切ると、沙綾は興奮を抑えきれずに歩み寄り、陣に向けて手を差し出した。

「氷室さん、ようこそおいでくださいました!」

今朝、氷室グループからの寄付金を受け取ったばかりなのに、社長自ら会場に足を運んでくれるなんて!

なんという顔の立て方だろう!

差し出した手を、彼の手の温もりが包み込む。

陣の視線が、ふと沙綾の手首をかすめた。

自分の手首に白い包帯が巻かれていることを思い出し、不作法だと感じた沙綾は慌てて手を引っ込めると、涼やかな佇まいの彼を席へと案内した。

通路を隔てた席から、朱里と時彦の交わす声が聞こえてきた。

「氷室社長って控えめな方で、こういうパーティーにはめったに出席されないって聞いていたけれど。お姉ちゃん、どうやってあの人を招待できたのかしら?」

朱里の言葉を聞き、時彦は冷ややかな目で陣を一瞥すると、無表情のまま手を挙げた。

「4000万円」

陣はリラックスした様子のまま、涼しげな表情でパドルを挙げた。

オークショニアが声を上げる。「4100万円、ワンコール」

時彦の表情がさらに冷え込み、直接口を開いた。「1億円」

自分が贈ったプロポーズの指輪を、他人の手に渡らせるわけにはいかない。

その金額に会場はどよめきに包まれ、人々の視線は一斉に陣へと注がれ、彼の反撃を期待した。

沙綾が呆然と彼に目を向けると、陣はパドルを傍らに置き、これ以上競り合うつもりはないようだった。

確かに、これ以上続ける価値などない。

オークショニアのハンマーが振り下ろされ、落札が決まった。

直後、朱里の興奮したような歓声が聞こえてきた。

「わあ、時彦、すごい!」

沙綾は未だに信じられず、無意識のうちに時彦の方を見た。

商人は利益を追求するものだ。時彦は平素から人一倍抜け目なく有能であるにもかかわらず、ピンクダイヤモンドの市場価値をはるかに超える価格で落札した。

彼にとって、これが二度目の計算違いの投資となるのだろう。

ただ今回だけは、朱里のためだ。

今夜集まった寄付金は合計で4億4千万円となり、予想をはるかに上回る結果となった。

喜ばしいことのはずなのに、沙綾はどうしても笑うことができなかった。

子供たちを見送って戻ってくると、時彦と朱里が腕を組んで並んで立っていた。

時彦は険しい顔つきで、手の中でまばゆく光るピンクダイヤモンドを弄びながら、冷ややかな声で問い詰めた。「なぜ、結婚指輪を売り払った?」

少し離れた華やかな晩餐会の会場では、人々が身を寄せ合ってヒソヒソと話し、沙綾を嘲笑う声が絶えなかった。

寵愛を失った、見捨てられた、と。

本来なら白血病の子供たちに注がれるべき関心が、今やすっかり沙綾のゴシップに奪われている。

時彦が朱里を連れて見せびらかすように歩き回り、すべてを台無しにしてしまったのだ。

高橋グループのため、そして時彦が名誉と利益を得るために、沙綾が心を砕いて立ち上げた公益プロジェクトは、彼の一顧だにしない軽率な行動によって、あっけなく打ち砕かれた。

この瞬間、沙綾は深い徒労感に襲われ、もう取り繕う気すら失せていた。

「もう、いらないの。あなたも、私たちの結婚も、もういらない……」

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