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第212話

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だから、別れる時もどんなに縋ろうとも、傷つけられた方には、相手が一生許さない権利があるんだ。

それもあって月子は、静真が最初から最後まで自分のことを愛していなかったことを逆に良かったと思えた。

おかげでしつこく縋られることもなく、未練がましい態度をとられることもなく、スムーズに離婚届を出せたのだから。

そして、静真の偽りの愛情や偽善に直面する必要もなく、もう二度と嫌な思いをすることもなく、結婚生活で受けた傷をさらに深めることもないことを本当によかったと月子は思ったのだ。

それに、彼女は情に厚い人間だ。もし静真が本当に愛情を装って騙していたら、自分がどんな反応をしていたか想像もつかなかった。

そう考えると、月子は皮肉だなと思った。静真が自分を愛していなかったことが、彼の唯一いいところだったなって。

なにせ、この結婚生活にはそれ以外に、心温まる思い出なんて何もない。

だから、離婚は必然だったんだろう。

もしどうしても静真のことを覚えておかなければならないとしたら、それは彼がかつて自分を助けてくれたあの瞬間だけだ。

それ以外、何もない。

考え事を終えた月子は、顔を上げると隼人の視線とぶつかった。

彼はずっと彼女を見ていたのだ。

隼人の視線は元々深みがあり、人を見る時は特に真剣で、それが強い威圧感を与えていた。

月子は、まるで実際に重さのあるかのような彼の視線に耐えられず、少し目をそらした。そして、眉をひそめた。実は彼女には隼人に聞きたいことがあった。「鷹司社長、おじいさんには……」

隼人は彼女の葛藤を察していた。「彼に話したくなければ、話さなくてもいい」

月子は尋ねた。「本当にそうしていいんですか?」

言うと、隼人が嘲笑うかのように口角を上げたのが見えた。「結婚も離婚もお前だけの問題じゃない。結婚生活が破綻したのは静真にも責任がある。おじいさんに責められるべきは静真の方であって、お前ではない」

隼人は、月子の心の内を代弁してくれた。

彼女は正雄に会うのが怖いわけではなかった。前回正雄に訴えようとしたのも、静真に離婚を迫るためだった。今となっては彼が離婚に応じた以上、もはやその必要はなくなった。だから、あとは離婚したことだけを伝えればいいのだ。

結局、離婚は二人の問題だ。

月子は少し考えてから、静真に電話をかけた。

静真はすぐに電話
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