เข้าสู่ระบบ「ガァ、ゥオォッ!」
まず先に動いたのは、ヴォルフの方である。昨晩の戦いで、彼はジャンヌを蹴散らしたことを覚えているのだ。昨晩、一度は勝った相手に後れを取るなど、夢にも思っていないのだろう。その瞬間、オルソラの目から見て、まるでヴォルフが巨大化したように見えたほどの凄まじい勢いで林から抜け出て、ジャンヌに肉迫すると、その太い前足から生えた鋭い爪でジャンヌを引き裂こうとした。
「そこっ!」
だが、ジャンヌはその攻撃に怯むことなく、一歩前に出て、爪ではなく前足を受け止めた。それでも体格からみて相当な力の差があるはずだが、ジャンヌは決して力負けをしておらず、地面に足を沈ませながらもしっかりと受け止めている。
「グググ……!」
「昨夜とは違うのよ、こっちもね……っ!」
そもそも、ジャンヌが昨晩ヴォルフにしてやられたのは、不意打ちに近い状況があったからである。森の魔獣退治を引き受けたソロとジャンヌだったが、今回は彼女が単独で魔獣退治をすることにした。当初依頼人から受けた依頼内容では、小型のヴォルフの群れを討伐するだけだったからだ。本来、小さな群れであれば単独でも討伐は十分可能である。しかし、蓋を開けてみれば、森の奥には群れのリーダーである大型のヴォルフがいて、初手で奇襲を食らい武器を破壊されてしまった。
夜間かつ森の中という動きを制限される場所で、素手で魔獣と戦うのは難しい。ましてや、ジャンヌは|あ《・》|る《・》|理《・》|由《・》から魔法を使う事が出来ない為に、今のように肉弾戦か武器を使った格闘戦に持ち込むしかないのだ。このヴォルフを相手に体格で不利なのは言うまでもなく、その上で多勢となれば逃げるしか手段はなかった。 だが、今は昼間で、周囲は森と違って広い街外れである。状況的には十分勝算が見込めるはずだ。何よりも、この戦いには200万ドルゴという大金が掛かっている。この仕事を達成すれば、しばらくは何不自由ない左団扇の暮らしが待っているのだ。その為にも、絶対に負ける訳にはいかないという思いが、ジャンヌの背中を強力に後押ししていた。(200万ドルゴもあれば、着替えだけでなく新しい剣と鎧も買える。それに、それに!三食+お風呂付の宿に泊まれるっ……!このチャンス、絶対に逃がさないっ!)
「ええいっ!200万んッ!」「ガッ!?」
ジャンヌは絶叫しつつ、受け止めたヴォルフの右前足を掴むと、全身の力を振り絞ってそれを持ち上げ、スイングするようにして強引に投げ飛ばした。街外れだけあって近くに家屋などはないが、ヴォルフの巨体が宙に舞い、街を守る外壁にぶつかって壁が崩れてしまう。恐ろしいパワーだ。ヴォルフはよろめきながら立ち上がり、信じられないモノを見る様な目で、ジャンヌを見つめていた。
「フゥ……!まだやるつもり?今なら逃げても追いかけたりしないわよ」
「グルル……!」
ヴォルフは元々、非常に知能の高い魔獣だ。声帯が違うので喋る事は出来ないが、人間の言葉はある程度理解しているし、状況を高度に判断できる頭脳もある。だが、それ以上に彼らはプライドの高い生物でもある。群れのリーダー個体として、また森一番の大型種に成長した自負と経験、それに、昨晩の爆発で吹き飛んでしまった仲間の仇を討ちたいという強い想い。何よりも、圧倒的にサイズ差のあるジャンヌを相手に、おめおめと尻尾を撒いて逃げるという選択肢を取る事は出来なかったのだ。
そして、次の瞬間、ヴォルフは自らの魔力を体外に展開させると、それを矢のような形に収束させて撃ち出してきた。それは、通常のヴォルフにはあり得ない攻撃手段だった。
「へっ!?ちょ、ちょっとっ!」これには流石のジャンヌも面食らって驚愕するしかなかった。いかにヴォルフが知能の高い魔獣とはいえ、自らの魔力そのものを武器として放つなど前代未聞だ。基本的に、この星の生き物は皆総じて高い魔力を有しているものの、ヴォルフがその魔力を魔法や武器に変化させたなどというのは聞いたことが無い。精々、身体能力を魔力で大幅に底上げする程度が関の山だというのが一般的なのだ。
だが、どうやらこの大型のヴォルフは、その体格の良さも含めてイレギュラーな個体であるらしい。こうなると、魔法の使えないジャンヌにはかなり厳しい相手である。ジャンヌは咄嗟に魔力の矢を躱したものの、それを目の当たりにしたヴォルフは自らの放った攻撃の威力と効果を本能で理解した。これはジャンヌに対して極めて有効な攻撃手段だと、ヴォルフは気付いたようだ。そして、ヴォルフは天性の狩りの才能を持つ魔獣である。たった今身に着けたばかりの技術であるはずが、それをすぐさま完璧な形で扱い始めていた。
ヴォルフは空中に発生させた魔力の矢をジャンヌに向けて撃ちだすと同時に、自らの巨体を利用して突進攻撃を仕掛けてきた。ヴォルフの身体はジャンヌを軽く上回る3メートルほどの巨体であり、全身の筋肉を使って体当たりをしてくるだけでも相当な破壊力がある。
「くぁっ!?」
魔力の矢を避ける事に意識が向いていたジャンヌは、その矢を追いかけるように突撃してくるヴォルフの体当たりを躱しきることが出来なかった。真正面から鳩尾付近にヴォルフの一撃を受け、ジャンヌの身体が成す術もなく吹き飛ばされる。並の人間ならば、それだけで即死してもおかしくないほどの破壊力だったが、鍛えられたジャンヌにとっては、まだ必殺の一撃ではない。しかし、何度も受ければ確実に命はないだろう。それほどの威力だった。
勝利を確信したヴォルフはニヤリと口角を上げ、更なる追撃に出る。今度は複数の魔力の矢を空中に展開しつつ、体当たりを放ってきたのだ。その破壊力の高さを身を持って体験したジャンヌはヴォルフの攻撃を躱す事に意識を集中させる。ここで先程と違ったのは、魔力の矢がヴォルフの体当たりからワンテンポ遅らせて放たれたことだ。
ジャンヌはヴォルフの体当たりこそ避ける事に成功したものの、遅れて飛来した魔力の矢を完全に避けることは出来なかった。それでもなんとか身を捻り、二発の矢を回避しただけでも大したものだろう。だが、最後の一発は、完璧なほどジャンヌの腹に突き刺さっていた。「か、はっ……!」
直後に大量の吐血をし、ジャンヌの服が朱に染まる。煤だらけの状態でなければ、間違いなく目立つ血汚れだが、今は服自体が黒ずんでいるため、逆にあまり目立たない。しかし、一部始終を目の当たりにしていたオルソラはその光景に絶望するしかなかった。この凶暴なヴォルフが、ジャンヌを仕留めただけで満足するだろうか?いや、確実にそれだけでは飽き足らず、次の獲物を探すだろう。そしてそれは、目の前にいる自分だと確信した、その時だ。
「……やれやれ、戻ってくるのが遅いと思ったら、こんな所で何をやっているんだ」
「っ!?」
オルソラの背後に立ってそう呟いたのは、アーデを肩に留まらせたソロだ。彼は血を吐き、膝立ちになっているジャンヌを心配するどころか、それがさも大した事ではないという様子で見つめていた。
「お、お前はさっきの店にいた……それよりお前、あの女の仲間じゃないのか!?アイツ、やられてしまったぞ!」
「おや、自分の心配よりジャンヌの心配とはお優しいことだ。だが、心配いらないさ。|あ《・》|の《・》|程《・》|度《・》ならな」
「なに……?」
ソロの言葉の意味が解らず呆然とするオルソラだったが、彼はすぐにその意味を知る事になる。血を吐き、崩れ落ちたはずのジャンヌがゾンビのようにゆっくりと立ち上がったからだ。しかも、それまで暗緑色に輝いていたジャンヌの瞳が、真紅に染まっている。そして、その紅い眼の中に金色の光が波打っていた。
「な、なんだ!?あれは」
「……お前さんが力を得たと喜んでいたように、ジャンヌもまた加護を持っている。その加護の名は『大逆転』、彼女が真に追い詰められた時だけ発動する力だ。実に使い勝手の悪い加護だが、その効果は絶大だ。彼女があの力を発現させれば、あの程度の傷など何の問題もない。見ろ」
ジャンヌの身体に突き刺さっていたはずの魔力の矢はいつの間にか消え去り、傷口すらも残っていない。それだけではなく、彼女の全身からはほとばしるような魔力が黄金の光となって溢れ出ていた。そして。
「ガウゥ……ッ!?」
「ハァァァッ!」
立ち上がったジャンヌに気付き、ヴォルフが再び牙を剥こうとしたその時、ジャンヌは既にヴォルフの懐へ飛び込んでいた。溢れんばかり……いや、実際に溢れ出すほどの莫大な魔力を右手に集中させ、目にも留まらぬ速さでアッパー気味にヴォルフの顎を殴り抜くと、ヴォルフの身体は遥か空の彼方まで吹き飛んで行ってしまった。
「あ、あわわ……」「とまぁ、こんなものだ。……さて、大人しく捕まるか、それとも戦うか、どっちにする?」
ソロが爽やかな笑顔でオルソラの肩を叩くと、腰を抜かしたオルソラはそのまま意識を失った。二人はこれ幸いにとオルソラを捕らえて商人組合に引き渡し、無事、賞金の200万ドルゴを手に入れる事に成功したのだった。
だがその翌日、大金を手にして喜ぶジャンヌの元に、壊してしまった街の外壁の修理代の請求書が届いた。その額は、オルソラを捕まえて得た賞金とほぼ同額だったという。それから数年の時が経ち……アクシア公爵領にある。古い教会兼産院は、孤児院としても機能していた。そこでは藍色の髪を揺らした若い女性が、エプロンを纏って子供達を学校へ送り出そうとしている。「皆ー!手洗いとうがい忘れんじゃないわよー?」「はーい!ねぇ、ジャンヌせんせー、きょうのばんごはんなにー?」 「それは帰って来てからのお楽しみっ!ほら、さっさと行ってらっしゃい!道草食って遅刻したら、お仕置きだからねっ!」「はーい!」 まだ十歳にも満たない子供達だが、彼らは元気よく声を上げて学校へ向かう。かつては廃領となり、人がいなくなってしまったアクシア公爵領も、領主であるアクシア家が復活した事で、少しずつ人が戻り始めているのだ。今はまだ小さな集落があるだけだが、ゆくゆくは元の領地と同じ活気を取り戻せることだろう。「……さて、ソロとジーナが来るのは午後からだから、それまでお母さんの手伝いでもしてこようかな。あ、洗濯も終わらせないとかないとね!」 運命すら改変する力を持ったカタストロフは、失われた命さえも復活させることが出来た。そもそも、この|星《せかい》で命を落とした者達の魂は、封印されていたにも関わらずカタストロフの中に取り込まれていたからだ。それは、かつてはモンスターを永続的に生み出すダンジョンコアとしての機能であったらしい。 ジャンヌはカタストロフの中でそれを知り、エルドレッドを除く人々を蘇らせた。中には復活を拒む者達もいたので、全てという訳ではないが、ほとんど全ての人々が戻ったと言っていいだろう。そして、再びカタストロフは封印され、今は地の底で眠りについている。今度の封印は、パルテレミー家ではなく、ハバキリとムラクモを使ったものだ。その二振りが破壊されない限り、封印が解ける事はない。永遠を生きる彼らだが、新しい役割を与えられたことで満足しているらしい。ハバキリもムラクモも、もう創星者を待つだけの存在ではなくなったのだ。 ジャンヌは復活した母を手伝い、アクシア領の復興を目指しながら、現在はMIRAを辞め、親を失った子供達を
「ジャンヌッ!」 ソロがジャンヌの名を叫び呼ぶが、ジャンヌは動かない。エルドレッドとジャンヌは、肩口から胸を通り、腹までを互いに切り裂かれていたが、不死身であるエルドレッドの方に軍配が上がったらしい。ジャンヌの超再生回復能力をもってしても、そのダメージはゼロには出来ないのだ。「っく、ククク……ハハハッ!やった、勝ったぞ、この僕が!ムラクモよ、誇るがいい!君が選んだ僕こそが、創星者に導かれし究極の超越者となったのだ!」「そんな……ジャンヌが……」 ソロはジャンヌの元へ駆け寄りたかったが、ジーナに撃ち抜かれた傷が癒えていない今、動く事はできなかった。それ以前に、意識を失っているジーナを手放す訳にもいかず、ソロはただジャンヌの名を呼び続ける事しかできそうにない。 少しの間、しゃがみ込んでいたエルドレッドは、おもむろに立ち上がるとジャンヌの元へ歩き始めた。トドメを刺すつもりかとソロは緊張したが、意外にも、エルドレッドはジャンヌの手からハバキリを拾い上げて叫ぶ。「さぁ、この僕の元で一つになるがいい。天のハバキリと地のムラクモよ……お前達が雌雄を決した今、真の姿に戻るのだ!」「一つに……?一体、何をする気だ」 ——ああ、ジャンヌ。ごめんなさい、私があなたを見出したばかりに……せめて、生きて、生き延び、て…… ハバキリの声がかすれていくと同時に、ムラクモとハバキリはエルドレッドの魔力を受けて、強烈な光を放ち始めた。そして、その輝く二振りの刀を、エルドレッドは一つに重ね合わせていく。やがて光が消えると、ハバキリとムラクモは全く別の、一本の刀へと変化していた。「|神《・》|剣《・》|ク《・》|サ《・》|ナ《・》|ギ《・》……!これが、ハバキリとムラクモが一つになった、本当の姿だ!これを持つ者こそ、創星者が求めた戦士の証……ククク、遂に僕は、この|星《
「ジーナ!ソロッ!」 ジャンヌは二人を闇が包むと同時に傍へ駆け寄りしゃがみ込んだ。外から見えているのはソロとジーナの顔だけだが、ジーナの方は意識を失っているものの、表情は安らかだ。ひとまず心配はいらなさそうだが、問題はソロの方である。彼は何度も、ジーナの攻撃を受けていたはずだ。心配そうな顔をしたジャンヌに、ソロは苦笑いを返している。「俺の傷なら大丈夫だ。このくらい、じっとしていれば魔法で治療できる。それと、ジーナの胸にあった宝石が砕けたようだ。これが彼女を操っていたんだろう、もう心配ないさ」「……そ。なら良かったわ。それにしても、どうしてあそこで私の名前を出すのよ。そこはあんたの名前だけでいいでしょ?女心が解ってないのね、ソロは。そんなだからイェルダ陛下とも拗れたんだからね」「冗談じゃない。あれは勝手に言い寄られただけで、俺に落ち度などあるものか。……まぁ、女心を理解しているかは自信がないが」 ソロはそういうと苦虫を嚙み潰したような顔で、眠っているジーナの顔を見た。まだ若干十三歳という子供だからと思い、ソロは彼女の気持ちを理解しようとしていなかったのは事実だ。だが、子供であっても、いや、無垢な子供だからこそ純粋な気持ちで人を好きになる事もあるだろう。流石に子供相手に付き合おうとは思わないが、彼女の気持ちを蔑ろにせず、正しく大人として向き合う事は出来るはずだ。むしろ、そうせねばならない。それは、彼女の傍にいる人間として、大切なことなのだから。 一瞬の間が空いて、ソロはジャンヌに視線を戻し、しっかりとした目で言った。「ヤツはまだ何かを隠している……気を付けろよ、ジャンヌ」「誰に言ってるの、心配いらないわよ。そっちこそ、ジーナを頼んだわよ」 ジャンヌはそう答えて、ソロの目を見返した。互いの視線が絡み、それ以上の言葉はなくとも十分に思いは伝わった。後は、エルドレッドを倒すだけだ。そうして見つめ合った後、ジャンヌは決意を秘めて立ち上がり、エルドレッドを睨んだ。すると、それまで黙って様子を見ていたエルドレッドの身体が震え出し、大声で笑った。「ぷっ、ククク……アハハハハッ!面白い、実に面白い見世物だったよ!これがくだ
ダンジョンの最奥へとひた走るジャンヌとソロ。二人はお互いに黙ったまま、ただ、前だけを見て走っている。先程のライナスの様子から、彼が敵を引き付けようと囮になったのは明らかだ。本来であれば一緒に戦ってやりたかったのだが、それこそがエルドレッドの目論見だと思うと、それに乗る訳にはいかなかった。「…………っ!今の、何の音?」「爆発音……ライナスか?無事でいてくれればいいが」 一瞬、足を止めるほどの轟音と地響きがして、二人はライナスの身に何かが起きたことを察した。しかし、今更戻って確認する訳にもいかないだろう。今はただ、彼が無事に追い付いてくるのを祈るばかりだ。ライナスとはさほど長い付き合いではなかったが、一緒に行動してみれば、そう悪い人間ではなかったと思える。シーザーのような気安さはなくとも、彼は黙って気遣いをするタイプだ。ソロはほとんど一緒に行動していないが、数日見ていただけでも、彼が根っからの悪人でない事は解った。出来れば、シーザーのようにはなって欲しくないというのが、ソロとジャンヌの共通する思いである。 少しの間立ち止まった後、二人は後ろ髪を引かれる思いで再び進み始めた。これ以上、仲間の命を失う訳にはいかない。この先で、ジーナが二人の助けを待っているのだ。その想いが、二人を先へを歩ませたようだった。 それから程なくして、ジャンヌ達は大きな広い空間に辿り着いた。広さとしては、一般的な運動場くらいはありそうだ。高さも十分にあって、ここが最奥と見て間違いないだろう。ちなみに、このベヘモトの大顎の中は、ある程度地下に入ると、それなりに内部が明るくなっていた。光源らしい光源は見当たらないので、どうやら洞窟自体が発光しているらしい。だいたい、曇天の夕方くらいの明るさである。 その広い空間の一番奥には、遠くからでもはっきりと解る大きな扉がそびえ立っていた。あれは一体、なんなのだろう。だが、その疑問は、扉の前に立つ人物の姿で消え去った。「エルドレッドッ!ジーナはどこ!?あの子は返してもらうわ!」「来たか、ジャンヌ・パルテレミー。それに、バーソロミュー・サマーヘイズか。君達がここへ来た、ということは、グレッグは敗れたようだね。しかし、この場所で戦う彼を
「はああああっ!」 ライナスが裂帛の気合を込め、強く一歩を踏み出す。地面に小さな亀裂が走るほどの踏み込みは強烈な加速へと転化し、あっという間にグレッグの懐へと潜り込んだ。そして、右手に握った剣で、グレッグの胴へと斬り込んだ。「むぅっ!?」 強烈な斬撃が、グレッグの鎧に触れた瞬間、グレッグは大きく開いた手を下ろしてライナスの肩を掴もうとした。 (なんだ!?この感覚……マズいっ!) 既に加護を発動させていたライナスは、彼の身体が見せた異様な筋肉の動きと、その行動の先が読めない事に恐怖を感じ、攻撃の手を途中で止めて咄嗟にそこから離れた。そのせいで、傷がついたのは鎧の表面だけだ。きっちりと攻撃を叩き込んでいれば、鎧を抜けただろうが、その時にはあの異常な何かにやられていただろう。ライナスの頬に冷たい汗が落ちていく。 グレッグは舌打ちをして、ライナスの顔を睨みつけている。「小僧、よく躱したな。今の攻防、普通であれば何も感じずに終わりだったはずだが……これが勝負勘というものか?」「さぁ、な……いや、な予感がした……だけだ」 ライナスの先見は、発動するとまるでレントゲンやCTスキャンをしたかのように相手の鎧や服を透過し、筋肉の動きを視られるのだが、それで視た今のグレッグの動きはかなり奇妙だった。ライナスの肩をただ掴むだけのような動作だったというのに、わずかに|全《・》|身《・》|が《・》|沈《・》|ん《・》|だ《・》|よ《・》|う《・》|に《・》|見《・》|え《・》|た《・》のだ。それが何を意味しているのか、ライナスにはまだその答えが解らない。すると今度は、グレッグが動き出す。「ふん。今のを単なる運の良さで済ますのは愚か者のすることよな。小僧、貴様は我が力の本質を見抜いていると考えるべきだろう。ならば、手の内を隠す必要もない……!」「な、に……?っ!?」 グレッグはそう言い放つと、両手をダランと下げて構えを解いた。その直後、グレッグの身長がどんどんと縮んでいく。「背、が……いや、違うっ!身体が、沈んで……!?」「フハハハハッ!その目でとくと見ろ!そして味わうがいい、我が加護『|岩間《ガンマ》』の恐ろしさを!」 グレッグの巨体が縮んだように見えたのは間違いであった。グレッグの両足が、まるで水に沈んでいくように音もなく地面の中へと入っていくのだ。
ベヘモトの大顎……それは、パルテレミー領の北部に位置する巨大な地下洞窟を指す言葉である。 モンスター達が跋扈していた500年前には既に、その遥か昔からこの|星《せかい》の全てのダンジョンはここから生まれたのだと噂されていたらしい。それをいつ誰が言い出したのかは定かではなかったが、パルテレミー家の先祖・銀の魔女ジェニファーが、このダンジョンの最奥でダンジョンコアからカタストロフを創った為に、それが真実だと証明された形だ。 今そこへ足を踏み入れようとしているのは、ジャンヌ、ソロ、ライナスの三人だけだ。ダルクとメイヴァはそれぞれ帝都に残り、未だ襲撃の続く貴族達への攻撃を防ぐ為に指揮を執っている。マーロによると、現時点でメタノイアには力のある幹部はほとんど残っておらず、貴族への襲撃を行っているのは、ゴーシュやリリィのような|Neck《賞金首》を雇い入れて仕立てた雑兵達なのだそうだ。雑兵と言っても、彼らは幹部として祀り上げられていないだけで、実力はそこそこあるので油断は出来ない。Neckは元々が腕利きの犯罪者達なのだから、当然だ。 ちなみに、何故Neckを使うのかと聞いてみると、それは後腐れがないからだという答えだった。狙われている貴族達とは、いわゆる為政者だ。領民や領地を守る彼らにとって、Neckはそれらを食い物にしようと狙う悪質な捕食者なのだ。当然、権力者として放置することはないし、MIRAに頼らず官憲が直接捕まえて刑に処す場合もある。それはつまり、Neckから見れば、貴族はMIRAと同等以上の敵であるということだ。そうした彼らを勧誘して戦力に使うのは、貴族廃滅を謳う彼らにとって非常に都合が良かったのだろう。 仲間にするのが簡単で、しかも使い捨てにするのも問題ないとなれば、エルドレッドがNeckを利用しようと目を付けたのは、良い着眼点だったとも言える。 そういう訳で、ここに挑むのはジャンヌ達三人(とアーデ)だけなのだ。厄介な幹部クラスの駒が少ないのなら、こちらも少数精鋭で強襲をかけようというのがソロの立てた作戦であった。「凄いわね。これが大昔に出来たダンジョン?とても信じられないわ。天井……は、高すぎてよく見えないけど、壁なんて全然風化
ソロとマーロ達の戦いが決着を迎えた頃、室内ではジャンゴ達を守る警備兵達がちょうど全滅した所であった。「ハッ!この程度でワタシが止められるもんかよ。さぁて、あんた達、覚悟はいいかい?」「くっ!貴様ら、本当にカタストロフを……あ、アネットがそれを話したというのか?!」 ジャンゴは問い質すように疑問を投げ掛けた。彼が気にしているのは、一族の秘事であるカタストロフの秘密を、よりによって愛娘であるアネットが他人に話したということだ。誤解したままのジャンヌから漏れたのなら解るが、家を継ぐ事の無いジャンヌには敢えてカタストロフの情報を秘密にしていたので
緊迫した状況の中、最初に動いたのはソロだった。会話の最中から|槍杖《そうじょう》に魔力を溜めていて、そこから魔法を放ったのだ。「|吹き荒れる風の魔法《ウェントゥス ウィオレントゥス》!」「ぬぅ!?」 ソロの魔力が暴風に変わり、横方向の小型竜巻がゴーシュを飲み込む。敢えて範囲を狭めているのは、ジャンヌ達を巻き込まないようにしている為だが、それでも室内は目を開けているのも困難なほどの風が吹き荒れていた。竜巻はあっという間にテーブルやソファまで巻き込んでゴーシュを窓の外へと吹き飛ばした。 狭い室内で、他人を巻き込まないようにして
「――で、どうしてこのお店だったの?ソロ。食事をしたかったって訳じゃないみたいだし。うん、お肉美味し!さすが一番のお肉ね……モグモグ」 運ばれてきたステーキを一口大に切って、ジャンヌがそれを口に運んでいる。そんな動きをしながらなのに、彼女は食器から一切音を立てていないし、食べこぼしなどもない。その上、紙ナプキンでエレガントに口元を拭く仕草が様になっている所といい、ジャンヌという女性がかなり高等なマナーの教育を徹底されてきた証と言えるだろう。とても酔っ払いの腕を捻り上げて突き飛ばすような、粗野な行いをする人物の食事風景とは思えないものだが、ソロにとってそんな彼女のチグハグさはもはや慣れっこだ
雲が見当たらないほどどこまでも続く晴れた夜空に、大きな月が三つ、三角形に並び浮かんでいる。人々が|大三連月《ルイーナ》と呼ぶそれら三つの月は、この|星《せかい》の夜を照らす柔らかくも強い光を放つ月達だ。それらの月はそれぞれが濃密な魔力を有しており、三つが合わさればその力は月光さえ特別なものとなる。悠久の時代からそれに照らされることで、この星に生きる者達は強い魔力を持つこととなった。この星の人々にとって、輝く三つの月こそがまさに、神にも等しい存在なのだ。 その神秘的で眩い月の光さえも満足に届かない深い森の中を、一人の女性が息を切らせて懸命に走っていた。鼻につく草花の匂いを味わえるほど、