ログイン翌日、思わぬ臨時収入でパロウ一番の高級ホテルに泊まったジャンヌ達は、朝からジャンヌの装備を新調すべく街を歩いていた。しかし、ジャンヌの表情はずいぶんとしかめっ面だ。
「あのホテル、ご飯はいいけどお風呂がダメね。高級ホテルなのに、なんで自分でお湯を沸かさないといけないわけ!?」
「誰だって、水を出す魔法や湯を沸かす魔法くらい使えるものだからな。むしろ、俺には個人を尊重して放っておいてくれるだけ楽だったが」
肩に乗せたアーデの腹を撫でながら、ソロが答える。ホテルでは部屋ごとに個人風呂が用意されていて、大浴場のように人の目を気にせず入浴できるのが気に入ったらしい。どうやら、風呂でアーデの身体を綺麗に洗ってやれたことが、ソロには嬉しいことのようだった。
「そりゃあ、出来る人には出来ない人間の気持ちなんて解らないものよね!ふんだ!いいわよいいわよ、私みたいなのには皆で入れる安宿の大浴場がお似合いなのよ!」
誘拐された女性を助けて歓迎された村では風呂に入れなかったせいか、ジャンヌはホテルでの入浴を特に楽しみにしていたらしい。だが、蓋を開けてみれば個人風呂の水も湯もセルフサービスである。魔法が使えないジャンヌには、せっかくの高級スイートもただ浴槽が置いてあるだけの個室付き部屋でしかなく、お預けを食らった分、余計に悔しいようだった。ジャンヌは結局、朝になってからソロに水を用意してもらい、水浴びを済ませただけだ。彼女は特別綺麗好きという訳ではないのだが、期待していたものが手に入らないというのはダメージが大きいのだろう。
二部屋分のスイート料金を払い、手元に残った金は10万ドルゴと端数である。これで剣と鎧を買うのなら、どちらも数打ちの量産品しか買えないだろう。実の所、ジャンヌはその戦い方から傷みが激しい傾向にあり、あまり安物だと長持ちしない為にコスパが悪いのだが、こればかりは無い袖は振れないとしか言えなかった。結局、そこそこのロングソードと革の鎧一式を買い込んだ辺りで、二人に声をかけてきた人物がいた。
「おにいちゃん、おねえちゃん!」
「ん?」
「ああ、あなた昨日の……えっと、名前が」
「わたし、サシャだよ。こんにちは!おにいちゃんとおねえちゃんはおかいもの?」
「ええ、そうよ。もう終わったけどね。そういえば、サシャが昨日売ってくれたお花、とってもいい香りだったわ。ありがとうね」
「えへへーっ!そうでしょー?おかあさんがまほうでそだてたとくべつなおはなだからねっ」
「花を育てる魔法?そんなのがあるんだ。ソロ、知ってた?」
「そりゃな。とはいえ、魔法で花を育てるのも中々大変なんだ。作る花の種類を増やすには、その分の術式を知識として覚えて組み込まないといけないし、一度に多くの花を育てようとすれば当然、魔力の消費も膨大になる。サシャ、君のお母さんは優秀な人なんだな」
「ゆーしゅー?」
「凄い人ってことよ。ちょっとソロ、もう少し小さい子に優しい言葉を使ってあげなさいよ」
ジャンヌに言われて、ソロは少しバツの悪そうな顔をしたが、対照的にサシャは嬉しそうにえへへと笑っている。よほど母親が褒められたのが嬉しいようだ。何とも子供らしく愛嬌のある笑顔に、ジャンヌの顔も綻んでいる。そうしてテンションの上がったサシャは、はしゃぎながらある提案を口にした。
「そーだ!おねえちゃんたち、サシャのおうちにあそびにきて!ママもね、おねえちゃんたちにあってみたいっていってたんだぁ!」
「えっ?いや、でも……ソロ、どうしよう?」
「とりあえず、送って行こう。実は、少し気になる情報を仕入れたんだ」
「気になる情報……?」
ソロはジャンヌにそう耳打ちすると、詳しい事は後で話すからと付け加えて、先を行くサシャに着いて行った。ただならぬ様子を感じたジャンヌもまた、少し緊張した様子で二人に続く。そんな三人を物陰から静かに見つめる人物がいたことに、今は誰も気付いていないようだった。
「ママー!おきゃくさんだよーっ!」
サシャの案内で着いたのは、街外れにある小さな生花店だった。店先には色とりどりのサフォラがたくさん飾られていて、近づいただけで花の香りが胸いっぱいになり、とても華やかである。花の種類がサフォラ一つしかないのは気になったが、それを問う前に店の奥から声がして、中から一人の女性が顔を覘かせた。
「サシャ!?お客さんって……どこへ行ってたの?今日は花売りに出ちゃダメって言っておいたでしょう」
「ぇ!?……ご、ごめんなさい。おねえちゃんたちにまたあいたいとおもって……」
「お姉ちゃんって……あら、あなた達は」
「ど、どうも……お邪魔してます」
ジャンヌ達が挨拶もそこそこに名を名乗ると、サシャの母、ネリィは頭を下げつつ二人を店の奥へと案内してくれた。どうやら店舗兼住宅という造りのようで、店の奥にはキッチンやダイニングなどのスペースがある。ちなみに、この国では住宅などの生活スペースにおいて靴を脱ぐ生活スタイルが一般的であり、サシャ達は一階の店舗では土足で、その他の部屋では靴を脱ぐのが決まりのようだ。
通されたダイニングで席に着くと、サシャは興味深そうにソロの肩に留まったアーデを眺めていた。アーデは子供に触られるくらいなんともないのだが、サシャの方が少しアーデを怖がっているようで、おっかなびっくりに近づいては離れたりしている。「ジャンヌさんとソロさんですか、昨日は本当に娘がお世話になりました。ありがとうございます。まさか、あの子が本当に一人で花を売って来るなんて夢にも思わず……大変失礼をしたと思います。なんとお詫びをすればいいか」
「いえ、こちらこそ、気が回らずに申し訳ございません。あまり一人で歩かせると危ないと思い、10ドルゴを渡して帰らせようとしたのですが……まさか、その勢いで他の花まで全て売り切っていたとは」
挨拶ついでに事の次第を聞きソロとジャンヌは呆気にとられた。昨日、ソロがサシャに花代を渡すと、彼女はお礼を言ってどこかへ行ってしまったのでてっきり家に帰ったと思っていたのだが、実際にはそれでやる気を出して手元に残っていた花を全て売り切ってしまったらしい。100ドルゴという、子供が持ち歩くには大きい金額を持って意気揚々と帰宅したサシャに、ミリィは大層驚いたそうだ。
ソロにしてみれば、まさか自分の行動が奮起する材料になるとは夢にも思わず、多めの金額を持たせれば気が済んで帰るだろうと思ってのことだったので、責任を感じずにはいられないようだった。 互いに謝り合う微妙な空気を換えようと、ジャンヌが不意に口を開く。「そ、そういえば、ミリィさんは魔法がお上手なんですね!花を育てる魔法って、難しいんだって聞きましたけど」
「ああ、いえ、私はそれほどでも……元々、花を生み出すのは主人の、夫が得意だったんです。彼は、隣国の魔法師団に勤めていて、とても魔法が好きだったものですから」
「隣国の……」
「失礼ですが、ご主人は?」
「事故で亡くなりました、半年ほど前に。あの人、魔法が好きで魔法師団に入ったのは良かったんですが、根が臆病で……戦いに出るのが怖いからと嘆いて怒られてばかりだった所を、上司に褒められたんだそうです。独創性のある魔法を生み出していて優秀だと」
「そうだったんですか」
「前線から外されて、後方支援の魔法を考案する部隊に配属されてから、彼はとても喜んでいました。その上司の方は夫よりも若いのに、素晴らしい実力を持った方で、その人に褒められたのが嬉しいと。ええと、お名前は何と言ったかしら……確か、|猛禽《もうきん》の|月卿《げっけい》と呼ばれていたはずで」
「ぶはっ!?」
「ちょっとソロっ!?やだ、汚い!なにしてるのよ!?すみません、汚してしまって」
その名を聞いた途端、ソロは口にしていたゴナを噴き出した。まさか、こんな所で自分の異名を聞かされることになるとは夢にも思っていなかったソロは、少しの間、動揺のあまりむせ返すのだった。
それから数年の時が経ち……アクシア公爵領にある。古い教会兼産院は、孤児院としても機能していた。そこでは藍色の髪を揺らした若い女性が、エプロンを纏って子供達を学校へ送り出そうとしている。「皆ー!手洗いとうがい忘れんじゃないわよー?」「はーい!ねぇ、ジャンヌせんせー、きょうのばんごはんなにー?」 「それは帰って来てからのお楽しみっ!ほら、さっさと行ってらっしゃい!道草食って遅刻したら、お仕置きだからねっ!」「はーい!」 まだ十歳にも満たない子供達だが、彼らは元気よく声を上げて学校へ向かう。かつては廃領となり、人がいなくなってしまったアクシア公爵領も、領主であるアクシア家が復活した事で、少しずつ人が戻り始めているのだ。今はまだ小さな集落があるだけだが、ゆくゆくは元の領地と同じ活気を取り戻せることだろう。「……さて、ソロとジーナが来るのは午後からだから、それまでお母さんの手伝いでもしてこようかな。あ、洗濯も終わらせないとかないとね!」 運命すら改変する力を持ったカタストロフは、失われた命さえも復活させることが出来た。そもそも、この|星《せかい》で命を落とした者達の魂は、封印されていたにも関わらずカタストロフの中に取り込まれていたからだ。それは、かつてはモンスターを永続的に生み出すダンジョンコアとしての機能であったらしい。 ジャンヌはカタストロフの中でそれを知り、エルドレッドを除く人々を蘇らせた。中には復活を拒む者達もいたので、全てという訳ではないが、ほとんど全ての人々が戻ったと言っていいだろう。そして、再びカタストロフは封印され、今は地の底で眠りについている。今度の封印は、パルテレミー家ではなく、ハバキリとムラクモを使ったものだ。その二振りが破壊されない限り、封印が解ける事はない。永遠を生きる彼らだが、新しい役割を与えられたことで満足しているらしい。ハバキリもムラクモも、もう創星者を待つだけの存在ではなくなったのだ。 ジャンヌは復活した母を手伝い、アクシア領の復興を目指しながら、現在はMIRAを辞め、親を失った子供達を
「ジャンヌッ!」 ソロがジャンヌの名を叫び呼ぶが、ジャンヌは動かない。エルドレッドとジャンヌは、肩口から胸を通り、腹までを互いに切り裂かれていたが、不死身であるエルドレッドの方に軍配が上がったらしい。ジャンヌの超再生回復能力をもってしても、そのダメージはゼロには出来ないのだ。「っく、ククク……ハハハッ!やった、勝ったぞ、この僕が!ムラクモよ、誇るがいい!君が選んだ僕こそが、創星者に導かれし究極の超越者となったのだ!」「そんな……ジャンヌが……」 ソロはジャンヌの元へ駆け寄りたかったが、ジーナに撃ち抜かれた傷が癒えていない今、動く事はできなかった。それ以前に、意識を失っているジーナを手放す訳にもいかず、ソロはただジャンヌの名を呼び続ける事しかできそうにない。 少しの間、しゃがみ込んでいたエルドレッドは、おもむろに立ち上がるとジャンヌの元へ歩き始めた。トドメを刺すつもりかとソロは緊張したが、意外にも、エルドレッドはジャンヌの手からハバキリを拾い上げて叫ぶ。「さぁ、この僕の元で一つになるがいい。天のハバキリと地のムラクモよ……お前達が雌雄を決した今、真の姿に戻るのだ!」「一つに……?一体、何をする気だ」 ——ああ、ジャンヌ。ごめんなさい、私があなたを見出したばかりに……せめて、生きて、生き延び、て…… ハバキリの声がかすれていくと同時に、ムラクモとハバキリはエルドレッドの魔力を受けて、強烈な光を放ち始めた。そして、その輝く二振りの刀を、エルドレッドは一つに重ね合わせていく。やがて光が消えると、ハバキリとムラクモは全く別の、一本の刀へと変化していた。「|神《・》|剣《・》|ク《・》|サ《・》|ナ《・》|ギ《・》……!これが、ハバキリとムラクモが一つになった、本当の姿だ!これを持つ者こそ、創星者が求めた戦士の証……ククク、遂に僕は、この|星《
「ジーナ!ソロッ!」 ジャンヌは二人を闇が包むと同時に傍へ駆け寄りしゃがみ込んだ。外から見えているのはソロとジーナの顔だけだが、ジーナの方は意識を失っているものの、表情は安らかだ。ひとまず心配はいらなさそうだが、問題はソロの方である。彼は何度も、ジーナの攻撃を受けていたはずだ。心配そうな顔をしたジャンヌに、ソロは苦笑いを返している。「俺の傷なら大丈夫だ。このくらい、じっとしていれば魔法で治療できる。それと、ジーナの胸にあった宝石が砕けたようだ。これが彼女を操っていたんだろう、もう心配ないさ」「……そ。なら良かったわ。それにしても、どうしてあそこで私の名前を出すのよ。そこはあんたの名前だけでいいでしょ?女心が解ってないのね、ソロは。そんなだからイェルダ陛下とも拗れたんだからね」「冗談じゃない。あれは勝手に言い寄られただけで、俺に落ち度などあるものか。……まぁ、女心を理解しているかは自信がないが」 ソロはそういうと苦虫を嚙み潰したような顔で、眠っているジーナの顔を見た。まだ若干十三歳という子供だからと思い、ソロは彼女の気持ちを理解しようとしていなかったのは事実だ。だが、子供であっても、いや、無垢な子供だからこそ純粋な気持ちで人を好きになる事もあるだろう。流石に子供相手に付き合おうとは思わないが、彼女の気持ちを蔑ろにせず、正しく大人として向き合う事は出来るはずだ。むしろ、そうせねばならない。それは、彼女の傍にいる人間として、大切なことなのだから。 一瞬の間が空いて、ソロはジャンヌに視線を戻し、しっかりとした目で言った。「ヤツはまだ何かを隠している……気を付けろよ、ジャンヌ」「誰に言ってるの、心配いらないわよ。そっちこそ、ジーナを頼んだわよ」 ジャンヌはそう答えて、ソロの目を見返した。互いの視線が絡み、それ以上の言葉はなくとも十分に思いは伝わった。後は、エルドレッドを倒すだけだ。そうして見つめ合った後、ジャンヌは決意を秘めて立ち上がり、エルドレッドを睨んだ。すると、それまで黙って様子を見ていたエルドレッドの身体が震え出し、大声で笑った。「ぷっ、ククク……アハハハハッ!面白い、実に面白い見世物だったよ!これがくだ
ダンジョンの最奥へとひた走るジャンヌとソロ。二人はお互いに黙ったまま、ただ、前だけを見て走っている。先程のライナスの様子から、彼が敵を引き付けようと囮になったのは明らかだ。本来であれば一緒に戦ってやりたかったのだが、それこそがエルドレッドの目論見だと思うと、それに乗る訳にはいかなかった。「…………っ!今の、何の音?」「爆発音……ライナスか?無事でいてくれればいいが」 一瞬、足を止めるほどの轟音と地響きがして、二人はライナスの身に何かが起きたことを察した。しかし、今更戻って確認する訳にもいかないだろう。今はただ、彼が無事に追い付いてくるのを祈るばかりだ。ライナスとはさほど長い付き合いではなかったが、一緒に行動してみれば、そう悪い人間ではなかったと思える。シーザーのような気安さはなくとも、彼は黙って気遣いをするタイプだ。ソロはほとんど一緒に行動していないが、数日見ていただけでも、彼が根っからの悪人でない事は解った。出来れば、シーザーのようにはなって欲しくないというのが、ソロとジャンヌの共通する思いである。 少しの間立ち止まった後、二人は後ろ髪を引かれる思いで再び進み始めた。これ以上、仲間の命を失う訳にはいかない。この先で、ジーナが二人の助けを待っているのだ。その想いが、二人を先へを歩ませたようだった。 それから程なくして、ジャンヌ達は大きな広い空間に辿り着いた。広さとしては、一般的な運動場くらいはありそうだ。高さも十分にあって、ここが最奥と見て間違いないだろう。ちなみに、このベヘモトの大顎の中は、ある程度地下に入ると、それなりに内部が明るくなっていた。光源らしい光源は見当たらないので、どうやら洞窟自体が発光しているらしい。だいたい、曇天の夕方くらいの明るさである。 その広い空間の一番奥には、遠くからでもはっきりと解る大きな扉がそびえ立っていた。あれは一体、なんなのだろう。だが、その疑問は、扉の前に立つ人物の姿で消え去った。「エルドレッドッ!ジーナはどこ!?あの子は返してもらうわ!」「来たか、ジャンヌ・パルテレミー。それに、バーソロミュー・サマーヘイズか。君達がここへ来た、ということは、グレッグは敗れたようだね。しかし、この場所で戦う彼を
「はああああっ!」 ライナスが裂帛の気合を込め、強く一歩を踏み出す。地面に小さな亀裂が走るほどの踏み込みは強烈な加速へと転化し、あっという間にグレッグの懐へと潜り込んだ。そして、右手に握った剣で、グレッグの胴へと斬り込んだ。「むぅっ!?」 強烈な斬撃が、グレッグの鎧に触れた瞬間、グレッグは大きく開いた手を下ろしてライナスの肩を掴もうとした。 (なんだ!?この感覚……マズいっ!) 既に加護を発動させていたライナスは、彼の身体が見せた異様な筋肉の動きと、その行動の先が読めない事に恐怖を感じ、攻撃の手を途中で止めて咄嗟にそこから離れた。そのせいで、傷がついたのは鎧の表面だけだ。きっちりと攻撃を叩き込んでいれば、鎧を抜けただろうが、その時にはあの異常な何かにやられていただろう。ライナスの頬に冷たい汗が落ちていく。 グレッグは舌打ちをして、ライナスの顔を睨みつけている。「小僧、よく躱したな。今の攻防、普通であれば何も感じずに終わりだったはずだが……これが勝負勘というものか?」「さぁ、な……いや、な予感がした……だけだ」 ライナスの先見は、発動するとまるでレントゲンやCTスキャンをしたかのように相手の鎧や服を透過し、筋肉の動きを視られるのだが、それで視た今のグレッグの動きはかなり奇妙だった。ライナスの肩をただ掴むだけのような動作だったというのに、わずかに|全《・》|身《・》|が《・》|沈《・》|ん《・》|だ《・》|よ《・》|う《・》|に《・》|見《・》|え《・》|た《・》のだ。それが何を意味しているのか、ライナスにはまだその答えが解らない。すると今度は、グレッグが動き出す。「ふん。今のを単なる運の良さで済ますのは愚か者のすることよな。小僧、貴様は我が力の本質を見抜いていると考えるべきだろう。ならば、手の内を隠す必要もない……!」「な、に……?っ!?」 グレッグはそう言い放つと、両手をダランと下げて構えを解いた。その直後、グレッグの身長がどんどんと縮んでいく。「背、が……いや、違うっ!身体が、沈んで……!?」「フハハハハッ!その目でとくと見ろ!そして味わうがいい、我が加護『|岩間《ガンマ》』の恐ろしさを!」 グレッグの巨体が縮んだように見えたのは間違いであった。グレッグの両足が、まるで水に沈んでいくように音もなく地面の中へと入っていくのだ。
ベヘモトの大顎……それは、パルテレミー領の北部に位置する巨大な地下洞窟を指す言葉である。 モンスター達が跋扈していた500年前には既に、その遥か昔からこの|星《せかい》の全てのダンジョンはここから生まれたのだと噂されていたらしい。それをいつ誰が言い出したのかは定かではなかったが、パルテレミー家の先祖・銀の魔女ジェニファーが、このダンジョンの最奥でダンジョンコアからカタストロフを創った為に、それが真実だと証明された形だ。 今そこへ足を踏み入れようとしているのは、ジャンヌ、ソロ、ライナスの三人だけだ。ダルクとメイヴァはそれぞれ帝都に残り、未だ襲撃の続く貴族達への攻撃を防ぐ為に指揮を執っている。マーロによると、現時点でメタノイアには力のある幹部はほとんど残っておらず、貴族への襲撃を行っているのは、ゴーシュやリリィのような|Neck《賞金首》を雇い入れて仕立てた雑兵達なのだそうだ。雑兵と言っても、彼らは幹部として祀り上げられていないだけで、実力はそこそこあるので油断は出来ない。Neckは元々が腕利きの犯罪者達なのだから、当然だ。 ちなみに、何故Neckを使うのかと聞いてみると、それは後腐れがないからだという答えだった。狙われている貴族達とは、いわゆる為政者だ。領民や領地を守る彼らにとって、Neckはそれらを食い物にしようと狙う悪質な捕食者なのだ。当然、権力者として放置することはないし、MIRAに頼らず官憲が直接捕まえて刑に処す場合もある。それはつまり、Neckから見れば、貴族はMIRAと同等以上の敵であるということだ。そうした彼らを勧誘して戦力に使うのは、貴族廃滅を謳う彼らにとって非常に都合が良かったのだろう。 仲間にするのが簡単で、しかも使い捨てにするのも問題ないとなれば、エルドレッドがNeckを利用しようと目を付けたのは、良い着眼点だったとも言える。 そういう訳で、ここに挑むのはジャンヌ達三人(とアーデ)だけなのだ。厄介な幹部クラスの駒が少ないのなら、こちらも少数精鋭で強襲をかけようというのがソロの立てた作戦であった。「凄いわね。これが大昔に出来たダンジョン?とても信じられないわ。天井……は、高すぎてよく見えないけど、壁なんて全然風化
あくる日の昼、ジャンヌとソロ達は、パロウという街に移動していた。 パロウはこの辺りでは大きめの部類に入る街であり、人口も多く中々発展している都市だ。昨日ジャンヌが捕らえた誘拐犯のモンドを官憲に引き渡す為、この街に来たのである。ジャンヌは知らなかったが、モンドにはかなりの余罪があり、指名手配までされている|Neck《賞金首》の一人だったのだ。懸賞金の額は30万とそう高くはないが、臨時収入としては悪くない。ただ、余罪が明らかになればもう少し金額は上乗せされただろう。その意味では、ジャンヌは少しタイミングが悪かったとも言える。 モンドを引き渡し、ソロとアーデが賞金の受け渡しに行っている間、
「っの、クソアマがあっ!」 激昂した男が、手にした剣を振るう。その剣自体はありふれた両刃のサーベルだが、その使い方はやや独特だ。剣をあえて水平に持ち、俗に平突きと呼ばれる攻撃方法で、急所となるジャンヌの首を狙ってきた。この一瞬の間に、ジャンヌが武器を持たず先程は蹴りを放ってきたことから、白羽取りを警戒したのだろう。元軍人というだけあって、戦闘における判断は早く、的確だった。 男の名はモンド・ドモンといい、以前はここバスカヴィル王国の正規兵だった人物だ。彼は加護こそ持ち合わせていないものの、武器格闘術を得意とし、優秀な成績で将来を嘱望された軍人であった。 そんなモンドが今は軍人を辞め、人
それから数十分かけて、ジャンヌはひたすらその隠された足跡を追っていた。 アーデの視界は単に視力がいいというだけではない。その眼は魔力を使うことで、対象を立体的に、様々な角度から見る事も可能だ。ただし、それは本来の主であるソロの方が得意な芸当であり、ジャンヌが同じ事をするには数倍の精神力を必要とし、体力も使うことになる。 よって、たった100メートルほどその足跡を追うのに、これだけの時間がかかってしまったのだ。だが、そのお陰で確実に犯人に繋がる手応えはあった。「ふぅ、少し休憩しようか。水の音がするから、近くに沢があるのね。沢……沢か」 ジャンヌはアーデの視界から視線を外して目頭を押
「フハハハッ!見たか、これが俺の手に入れた|力《・》だ!俺はもはや、単なる詐欺師では終わらん!これまで以上に多くの人間を手玉に取って、いずれは神と崇められる存在になってやるぜ!」 突如として襲い掛かって来た客達に押され、ジャンヌはあっという間にもみくちゃにされてしまった。つい今しがたまで、客である彼らはオルソラとは無関係の人々だったはずだが、オルソラが命じた途端に、彼らは操られてしまったようだ。 大量の客達によって一気に圧し掛かられたジャンヌの姿は、既に見えなくなってしまっている。オルソラはそれに満足したようで、両手を広げて高らかに笑い叫んでいた。「……やれやれ。苦戦してるな、ジャン