Se connecter名門貴族、パルテレミー伯爵家の令嬢として生を受けたジャンヌ・パルテレミー。 彼女は追い詰められるほどに力を発揮する『大逆転』という加護を持っていた。 その一方で、とある理由から不義の子として疑われ忌み疎まれていた彼女は、不遇の少女時代を過ごし捨てられるようにして家を飛び出すと、その力を武器に賞金稼ぎという無頼の道を歩む事となる。 その道の途中、己の出生の秘密を知った彼女は、自らの未来を切り開く為、世界に破滅をもたらす者達との戦いに身を投じていく…… その戦いの果てに、ジャンヌは幸せな未来を掴み取る事が出来るのだろうか?
Voir plus雲が見当たらないほどどこまでも続く晴れた夜空に、大きな月が三つ、三角形に並び浮かんでいる。人々が|大三連月《ルイーナ》と呼ぶそれら三つの月は、この|星《せかい》の夜を照らす柔らかくも強い光を放つ月達だ。それらの月はそれぞれが濃密な魔力を有しており、三つが合わさればその力は月光さえ特別なものとなる。悠久の時代からそれに照らされることで、この星に生きる者達は強い魔力を持つこととなった。この星の人々にとって、輝く三つの月こそがまさに、神にも等しい存在なのだ。
その神秘的で眩い月の光さえも満足に届かない深い森の中を、一人の女性が息を切らせて懸命に走っていた。鼻につく草花の匂いを味わえるほど、今の彼女には余裕がない。理由は明らかで、背後からずっと一定の距離を保って、恐ろしい何かが追いかけてきているからだ。追われる側の彼女には、立ち止まって休む事など出来るはずがなかった。「はっ、はっ!ま、まだついてきてる……あっ!?」
走りながら後ろを振り向き、追跡者の様子を確認しようとしたせいで、その足元に大きな木の根が伸びている事に気付けなかった。そのせいで、彼女はそれに足を取られて前転するように勢いよく転んでしまう。しかも、転んだその先は小さな崖状の段になっていて、背中から落ちると物凄く痛い。息を吐くだけで激痛が走るものの、足を怪我していないようなのは不幸中の幸いだろう。
「|痛《いった》ぁ……っ!な、なにやってるのよ、私……!はっ?!」
そこで彼女は気付いた、気付いてしまった。闇に満ちた木陰から、彼女を取り囲むようにして無数の怪しく光る瞳が見えていることに。そこには荒い息と鼻を衝く獣の臭いが立ち込めており、獰猛な捕食者達が手ぐすねを引いて、女を食い殺すその瞬間を今か今かと待ち構えているようだ。
ハメられた、と彼女は直感した。先程の追跡者が敢えて追い付かずに一定の距離を保っていたのは、仲間が待ち構えているここに自分を追い込む為だったのだ。相手は魔獣とはいえ、高度な知能を持っているらしい。
「これってもしかしなくても……絶体絶命、よね。もう」彼らと戦いたくとも、最初に遭遇した魔獣との戦闘で肝心の武器を失くしてしまい、おまけに負傷もしているとなれば抗う手段は皆無に等しい。歯噛みする思いを抱きつつ立ち上がり、そう呟いたのと同じタイミングで、左側の草陰から一匹の獣が飛びかかってきた。狼に似たその獣はまだ若く身軽で、先陣を切るには打って付けだ。女は咄嗟に身を翻してみせたが、その攻撃を完全に躱す事は出来なかったようだ。
「つぅっ!」
左手の前腕に爪が食い込み、皮膚が切り裂かれて出血する。革の手甲を身に着けていたおかげでまだ傷は浅くて済んだが、それでも相当な痛みだった。あまりの痛みに顔を歪めつつ、身体をずらして獣の身体を蹴り剥がすと、その獣はくぐもった声で呻いた後、素早く着地して女から距離を取った。 恐らく、次は他の獣が背後や死角から襲い掛かって来るだろう。そうして、獲物が弱るのを待って、最後のトドメを仕掛けてくる……狼型の魔獣の狩りとは、そういうものだ。 「……ここまでか」その時、近くの樹上からその一部始終を見下ろしていたワシミミズクに似た大きな梟が、目を細めて翼を広げた。人の言葉を話しているが、この世界に喋る梟は存在しない。何者かの力を与えられた魔法生物――使い魔という所だ。
梟が溜め息交じりに飛び立とうとしたその時、眼下の女はその手に強力な魔力を集中させ始めていた。何らかの魔法を使うつもりなのかもしれないが、それにしては異常な力の高まりが感じられ、梟は焦った様子で声を上ずらせていた。「なんだ?何をするつもり……だっ!?」
「こ、のぉぉぉっ!……って、あ?!力が……きゃーーーっ!?」次の瞬間、バチバチと放電するような危険な音を立てて女の手に集められた凄まじい魔力が暴走し、辺り一面を巻き込んで大爆発を起こした。森にはぽっかりと穴が開き、さながら隕石でも落ちたかのようなクレーターが出来ていて、爆発の威力がありありと見て取れる。これが、|彼《・》|女《・》の日常だった。
「それじゃ、私達はこれで。デックさん、頑張ってね。行きましょ、ジーナ」 一頻りの歓待を受けたジャンヌは、段々と困り顔になり始めたジーナを促して店の外へ出た。それだけ追い詰められていたということなのだろう、デックの感謝感激っぷりはとどまる事を知らず、あのまま放っておくと陽が落ちて夜が明けても帰らせてくれないかもしれない。流石にそれでは困るので、夜になる前に宿へ帰らなければならないと考えたのだ。「二人共、旅を終えたらまたいつでも家へ来てくれ。その時は商売も軌道に乗せて、もっともっと礼をするからな!待ってるぞ!」「あ、あはは。ありがとうございます、デックさんもお身体に気を付けて下さいね」 ジーナが丁寧に頭を下げてジャンヌの後に続き店の外へ出ると、辺りは既に暗くなり始めていた。散々、色々なものをご馳走になったので、戻っても夕飯は食べられないかもしれないが、ソロと合流して話の顛末を聞かせる必要はあるだろう。どう考えても、このままポンザが引き下がるとは思えないからだ。「街を出る前に、ポンザのことをソロと相談しないと……ん?」 デックの店を出てすぐに、ジャンヌは違和感を覚えていた。周囲が暗いのは陽が落ちたせいかと思っていたが、あまりにも人の気配が無さすぎるし、静かすぎる。デックの店の前は元々人の往来がそこそこある通りだったはずで、夜でもここまで静かなのは異常だ。まるで、二人のいる場所だけ切り取られたかのようだった。「ジャンヌさん、これ……」「嫌な予感がするわね。ジーナ、気を付けて。私から離れちゃダメよ」 ジャンヌ達と行動を共にするうちに何度も危険を乗り越えてきたジーナも、今の状況が異常だと気付いたらしい。ジャンヌの指示を受けて、即座に彼女へ寄り添い、緊張した面持ちで前を向く。その直後、ジャンヌの正面から何かが飛来した。「っと!……これ、ナイフ?」 飛んできたのは鋭く研ぎ澄まされた数本のナイフだった。ジャンヌはそれらをハバキリで斬り払い、地面へ落ちたナイフに首をかしげている。昨夜、ポンザの屋敷を偵察していたアーデに手傷を負わせたという相手も、ナイフを使っていたのではなかったか?だとすると、これはポンザが
精霊樹のブレスレットから生まれた種子は、とにかく途轍もない代物であった。 種そのものから滔々と魔力が溢れ出し、一目見ただけでそれが尋常のものではないと察したジャンヌ達は、すぐにデックの店を出て近くの森へと飛び込んだ。そして、適当な場所にその種を植えたところ、種はあっという間に芽を出し、立ちどころに周辺の草木を巻き込んでノーツの群生へと生え変わったのだ。これにはジャンヌもデックも、ジーナまでもが驚き、開いた口が塞がらなかった。 しかも、そのノーツの群生は、一定の範囲に生え変わった後は広がるのを自動的に止めた。その代わりというべきか、いくらノーツの草花を摘んでも、即座に再生して元の群生に戻ってしまう。はっきり言って、異常としか言えない有り様だ。 これが精霊の力によるものなのかとジャンヌは腹の中で唸ってしまったが、この状態が続くのならデックの危機的状況は一気に改善されることだろう。ノーツがいくら収穫しても尽きないのならば、デックの祖父が作っていたノーツ生地の服を作る事も容易いはずだ。ちなみに、ノーツはまさに麻と綿双方のいいとこどりをしたような植物で、綿のように花からも糸が作れるし、麻のように茎からも糸が作れるようだ。 その元によってそれぞれ出来る糸に個性があって、それら二つを掛け合わせて布を作れば、ヴィキュニア以上に優れた布を作る事が出来るという。これで後は、デックのテーラーとしての腕さえあれば、商売は成り立つことだろう。「ありがとう、ありがとう!何と礼を言ったらいいのか……!お嬢ちゃん、あんた、素晴らしい加護を持ってるな。植物を育てる加護なのか!?」「い、いや、私の力じゃ……」 デックに両手を握られ、感謝の言葉を繰り返されたジーナはとても照れ臭そうだが、その顔には大輪の花のような笑みが浮かんでいる。父の姿を重ねたデックの力になれたことで、彼女の心にあった後悔が少し薄れたのだろう。その笑顔こそ、ジャンヌが何よりも欲しかったものだ。 とはいえ、加護ではなく精霊樹の力によるものだと説明した所でデックが理解できるかは謎だし、仮に精霊樹の力だと明かすとなると、幽霊らしきジンロ爺さんと出会った時の話までする事になる。ジャンヌにしてみればあの村での出来事は色
「あ、アーデ……!ちょっとソロ、どういうこと!?アーデが怪我を!」 フラフラと飛びながら戻って来たアーデの身体には、ナイフによる傷跡が複数残っていた。純白の毛皮は所々が血で赤く汚れていて、非常に痛々しい。これまで、一度たりともアーデがダメージを負った姿など見たことがないジャンヌは、あまりのショックでソロに噛みついている。ソロもまた、唇の端を噛み締めながらジャンヌに応えた。「落ち着け、ジャンヌ。大丈夫だ。魔力を供給しているから、もう傷口は塞がっている。俺の傍にいて少し休めば……」「わ、解ったわよ……けど、一体何があったの?」 ジャンヌがそう尋ねると、ソロは弱ったアーデを優しく抱きかかえて答えた。「あのポンザという男の屋敷に、様子を見に行かせたんだ。何か、秘密があるんじゃないかと思ってな。そうして、窓から屋敷の中を確認していたら突然……」「そんな……ごめん。私達の為に」「別にそれはいい、気にするな。だが、あの男には間違いなく何かあるぞ。アーデの闇を抜けて攻撃出来るなんて、たかが商人が雇うレベルの護衛じゃない。それに奴が崇めていた、あのオブジェ……あれは一体」「オブジェ?」 アーデが見たものを見ていないジャンヌには、ソロが何を言っているのか解らないようだ。ソロ自身、あれが何だったのかは断言が出来ないため、ひとまずその説明を避けて話を続けることにした。事実として、ポンザに強力な護衛がついているのは間違いなく、敵はそれほどの護衛を必要とする状況にあるのは間違いない。その理由が何なのか、ソロには一つ思い当たる答えがあった。「アーデを通して聞こえた奴の言葉からすると、奴は自らの加護を使って何か良からぬことをしているようだ。デックさんの名も呟いていたし、件の書面に関係があるのかもしれない」「ちょ、ちょっと待ってよ……それって」「ああ、この推測が正しいなら、奴が過剰とも言える護衛を雇っている理由も納得がいく。しかしこれは、ハッキリ言って……」 ソロとジャンヌが言葉を濁したのは、それが重大犯罪に繋がる可能性があるからだ。特にここ、バスカヴィル王国においては、加護を悪用して違法
「ふーん、そんな事があったのか。それで、どうなったんだ?」 その夜、ソロと合流して夕食の際、ジャンヌ達はデックの話をすることにした。デックの話によると、彼の店は元々、旅人達の旅装を仕立てる|仕立て屋《テーラー》だったらしい。この近くには、厳しい山岳地帯にのみ生息するハイラントという生物がいて、そのハイラントの毛皮はヴィキュニアと呼ばれ、王家に献上されることもあったほどとても上質な毛皮なのだそうだ。デックの店では、そのヴィキュニアを使った携帯毛布や、マントなどが主力商品だったという。ジャンヌが見た上等な生地の普段着は、その余った素材を再利用して作ったものだったようだ。 しかし、最近、領内の別の街からやってきた商人がいた、それがポンザだ。 ポンザは領主ルドマンに繋がる遠縁の男らしく、彼は領主の印が記された書類を持っていた。そこには、近在に生息するハイラントと、その毛皮から作られるヴィキュニアの全ての商品を独占して管理し、販売する旨の許可が記されていたのだ。この書類がある以上、ポンザを除いた誰もがヴィキュニア製品を取り扱って商売をすることが出来ない。もちろん、ハイラントを捕まえることもだ。 これにより、デックの店では全ての商品を販売する事が出来なくなってしまった。あまりに突然の宣告に、デックはポンザに何度も抗議したが、ポンザは売り上げの70%を支払わない限り許可を出さないと突っぱねたようだ。しかし、当然ながら70%ものロイヤルティを支払っては生活など立ち行かない。そんな事があって、店をたたもうとした所へジャンヌ達が通りがかり、昼間のやり取りへと繋がったのだった。「――ってわけ、それでどうにか出来ないかと思ったのよ」 「なるほどな。しかし、相手にその書面がある以上、正当性はあちらにあるからどうする事も出来ない、という訳か」「そうなんだけど……私、どうも納得いかないのよね」 「どういうことだ?」「だって、そうでしょう?それまで皆のものとして分け合ってきたものを、ある日突然個人が独占して管理するなんておかしいじゃない。何か裏があるに決まってるわよ!」「……まぁ、確かにな」 ソロ