光煌の逆転姫~その女、追い詰められるほど煌めき輝く~

光煌の逆転姫~その女、追い詰められるほど煌めき輝く~

last updateDernière mise à jour : 2026-06-25
Par:  世界Complété
Langue: Japanese
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名門貴族、パルテレミー伯爵家の令嬢として生を受けたジャンヌ・パルテレミー。 彼女は追い詰められるほどに力を発揮する『大逆転』という加護を持っていた。 その一方で、とある理由から不義の子として疑われ忌み疎まれていた彼女は、不遇の少女時代を過ごし捨てられるようにして家を飛び出すと、その力を武器に賞金稼ぎという無頼の道を歩む事となる。 その道の途中、己の出生の秘密を知った彼女は、自らの未来を切り開く為、世界に破滅をもたらす者達との戦いに身を投じていく…… その戦いの果てに、ジャンヌは幸せな未来を掴み取る事が出来るのだろうか?

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Chapitre 1

ピンチが日常

 雲が見当たらないほどどこまでも続く晴れた夜空に、大きな月が三つ、三角形に並び浮かんでいる。人々が|大三連月《ルイーナ》と呼ぶそれら三つの月は、この|星《せかい》の夜を照らす柔らかくも強い光を放つ月達だ。それらの月はそれぞれが濃密な魔力を有しており、三つが合わさればその力は月光さえ特別なものとなる。悠久の時代からそれに照らされることで、この星に生きる者達は強い魔力を持つこととなった。この星の人々にとって、輝く三つの月こそがまさに、神にも等しい存在なのだ。

 その神秘的で眩い月の光さえも満足に届かない深い森の中を、一人の女性が息を切らせて懸命に走っていた。鼻につく草花の匂いを味わえるほど、今の彼女には余裕がない。理由は明らかで、背後からずっと一定の距離を保って、恐ろしい何かが追いかけてきているからだ。追われる側の彼女には、立ち止まって休む事など出来るはずがなかった。

「はっ、はっ!ま、まだついてきてる……あっ!?」

 走りながら後ろを振り向き、追跡者の様子を確認しようとしたせいで、その足元に大きな木の根が伸びている事に気付けなかった。そのせいで、彼女はそれに足を取られて前転するように勢いよく転んでしまう。しかも、転んだその先は小さな崖状の段になっていて、背中から落ちると物凄く痛い。息を吐くだけで激痛が走るものの、足を怪我していないようなのは不幸中の幸いだろう。

「|痛《いった》ぁ……っ!な、なにやってるのよ、私……!はっ?!」

 そこで彼女は気付いた、気付いてしまった。闇に満ちた木陰から、彼女を取り囲むようにして無数の怪しく光る瞳が見えていることに。そこには荒い息と鼻を衝く獣の臭いが立ち込めており、獰猛な捕食者達が手ぐすねを引いて、女を食い殺すその瞬間を今か今かと待ち構えているようだ。

 ハメられた、と彼女は直感した。先程の追跡者が敢えて追い付かずに一定の距離を保っていたのは、仲間が待ち構えているここに自分を追い込む為だったのだ。相手は魔獣とはいえ、高度な知能を持っているらしい。

「これってもしかしなくても……絶体絶命、よね。もう」

 彼らと戦いたくとも、最初に遭遇した魔獣との戦闘で肝心の武器を失くしてしまい、おまけに負傷もしているとなれば抗う手段は皆無に等しい。歯噛みする思いを抱きつつ立ち上がり、そう呟いたのと同じタイミングで、左側の草陰から一匹の獣が飛びかかってきた。狼に似たその獣はまだ若く身軽で、先陣を切るには打って付けだ。女は咄嗟に身を翻してみせたが、その攻撃を完全に躱す事は出来なかったようだ。

「つぅっ!」

 左手の前腕に爪が食い込み、皮膚が切り裂かれて出血する。革の手甲を身に着けていたおかげでまだ傷は浅くて済んだが、それでも相当な痛みだった。あまりの痛みに顔を歪めつつ、身体をずらして獣の身体を蹴り剥がすと、その獣はくぐもった声で呻いた後、素早く着地して女から距離を取った。

 恐らく、次は他の獣が背後や死角から襲い掛かって来るだろう。そうして、獲物が弱るのを待って、最後のトドメを仕掛けてくる……狼型の魔獣の狩りとは、そういうものだ。

「……ここまでか」

 その時、近くの樹上からその一部始終を見下ろしていたワシミミズクに似た大きな梟が、目を細めて翼を広げた。人の言葉を話しているが、この世界に喋る梟は存在しない。何者かの力を与えられた魔法生物――使い魔という所だ。

 梟が溜め息交じりに飛び立とうとしたその時、眼下の女はその手に強力な魔力を集中させ始めていた。何らかの魔法を使うつもりなのかもしれないが、それにしては異常な力の高まりが感じられ、梟は焦った様子で声を上ずらせていた。

「なんだ?何をするつもり……だっ!?」

「こ、のぉぉぉっ!……って、あ?!力が……きゃーーーっ!?」

 次の瞬間、バチバチと放電するような危険な音を立てて女の手に集められた凄まじい魔力が暴走し、辺り一面を巻き込んで大爆発を起こした。森にはぽっかりと穴が開き、さながら隕石でも落ちたかのようなクレーターが出来ていて、爆発の威力がありありと見て取れる。これが、|彼《・》|女《・》の日常だった。

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122
二人と一羽
「いやぁ、昨夜は大変だったわねー」「……」 若い男女が街中を並んで歩いていた。石造りの建物が建ち並ぶ街並みは平和そのものだが、そこに住み、また行き交う人々は時に剣や鎧のような武器や防具を纏っている。そんな剣吞な空気の中にあって、進む二人の様子は対照的だった。 二十代半ばといった風貌で、魔法使い然としたローブに眼鏡をかけた男の方は、顔立ちこそ美男子だというのに酷く仏頂面だ。彼の名は、バーソロミュー・サマーヘイズ。その肩には美しい|月白《げっぱく》色の羽毛で覆われた大きな梟が留まっているが、所々、羽根に煤がついて黒くなってしまっていた。  かたや、女の方は男よりももう少し若く見える。彼女の名はジャンヌ・パルテレミー。歳の頃は二十歳そこそこといった所だが、服装は無惨にも焼け跡だらけでボロボロだ。とはいえ、まるでたったいま火事場から逃げ出してきたかのような装いだというのに、不思議と火傷や傷跡は全く無い。後頭部で編み込んでいても、まだなお腰にまで届くほどの、長く美しい濃紺の髪を揺らしながら苦笑いを浮かべている。あまり化粧っけは感じさせないものの、暗緑色の大きな瞳はとても美しい。顔のあちこちが煤だらけでなければ、きっと周囲の男性が放っておかないだろう。「ねぇ、ソロ、まだ怒ってるの?いいじゃない、ちゃんと依頼は果たしたんだから。大した怪我もなかったし、私とアーデはちょっと煤まみれになっちゃったけど」「ごめんね?」と言いながら、男の肩に乗ったアーデという名の梟の身体を撫でると、アーデは気持ち良さそうに目をつぶった。本当は頭を撫でて欲しそうなのだが、彼女とソロには身長差があるので、彼の肩に乗っているアーデの頭までは手が届かないのだ。なので、アーデは身体を撫でられるだけで我慢しているらしい。一方、ソロは不機嫌が更に加速したようで、彼女の答えが更なる反論を引き出してしまった。   「あのな、ジャンヌ……俺達が引き受けたのは|魔《・》|獣《・》|の《・》|討《・》|伐《・》だ。森の一部を吹っ飛ばせなんて話じゃない。君はもう少し、自分の力のコントロールを覚えるべきだ!」「あははっ!だから、ごめんってば。今度は気を付けるから、ね?それより、お腹空かない?ご飯にしましょ、依頼主からお金貰えたんだし」「……あのザマで依頼主が金を払ってくれたと思うか?」「えっ?ウソ、じゃあ…
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MIRAとNeck
「――で、どうしてこのお店だったの?ソロ。食事をしたかったって訳じゃないみたいだし。うん、お肉美味し!さすが一番のお肉ね……モグモグ」 運ばれてきたステーキを一口大に切って、ジャンヌがそれを口に運んでいる。そんな動きをしながらなのに、彼女は食器から一切音を立てていないし、食べこぼしなどもない。その上、紙ナプキンでエレガントに口元を拭く仕草が様になっている所といい、ジャンヌという女性がかなり高等なマナーの教育を徹底されてきた証と言えるだろう。とても酔っ払いの腕を捻り上げて突き飛ばすような、粗野な行いをする人物の食事風景とは思えないものだが、ソロにとってそんな彼女のチグハグさはもはや慣れっこだ。それに対して特に触れる事もなく、アーデ用の肉を食べやすいようにカットしてやるばかりである。そのアーデは机の上に移動して、大きな体なのにちょこんと座ってソロが肉を切り終えるのを待っている。  ちなみに、先程の立ち回りを目の当たりにした他の客達は、ジャンヌ達に関わるのは危険と判断したのか出来るだけ二人を見ないようにしていた。中々、処世術に長けた客達のようだ。    手早く肉を切り終えたソロは、おもむろにトントンとテーブルの角を指先で叩いてみせた。すると、美味しそうに肉を啄んでいたアーデがクルリと首を半回転させて後方を向く。その視線の先には、一人の男が黙って静かに酒を呷っていた。  アーデの瞳孔が大きく開き、カメラのレンズのように動いてピントを合わせると、男の顔がその瞳にハッキリと映りこんだ。すると、今度はその視界がソロとジャンヌに共有され、二人は男の方を見る事なくその顔を確認する事ができた。「……誰?見た事ないけど」「あいつは|Neck《賞金首》だ、名前はオルソラ・カンバス。少し前からこの国の商人|組合《ギルド》から賞金が掛かっている。手配書と人相が少し違うのは、顔を整形で少し変えたからだろう。この街には、そこそこ優秀な外科医がいるらしいからな。ただ、骨格までは変えていないようだが」 ソロはそう言うと、再びテーブルを指先でトンと叩いた。すると、首だけで後ろを向いていたアーデは前を向き、機嫌よく食事に戻った。ソロとジャンヌも視界の共有を解いて、何食わぬ顔で自分達の食事を再開しながら会話を続けた。「ふーん。でも、わざわざ商人|組合《ギルド》が賞金をかけるなんて、アイツ
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加護を持つもの
「フハハハッ!見たか、これが俺の手に入れた|力《・》だ!俺はもはや、単なる詐欺師では終わらん!これまで以上に多くの人間を手玉に取って、いずれは神と崇められる存在になってやるぜ!」 突如として襲い掛かって来た客達に押され、ジャンヌはあっという間にもみくちゃにされてしまった。つい今しがたまで、客である彼らはオルソラとは無関係の人々だったはずだが、オルソラが命じた途端に、彼らは操られてしまったようだ。  大量の客達によって一気に圧し掛かられたジャンヌの姿は、既に見えなくなってしまっている。オルソラはそれに満足したようで、両手を広げて高らかに笑い叫んでいた。「……やれやれ。苦戦してるな、ジャンヌ、手伝おうか?」「なに?な、なんだっ!?」 騒ぎの中でも一人、食事を続けていたソロがナイフとフォークを置いて呟くと、団子状にジャンヌへ集まっていた客達の山がグググっと持ち上がり、そのまま弾かれるように全員が吹き飛ばされた。その中心で、ジャンヌは何事もなかったかのように真っ直ぐに立ち、パタパタと服の煤や埃を払っている。「そういう事はもっと早く言ってくれる?ソロ。お酒臭いったらありゃしないわよ、もう!」「ば、バカな!?そんなバカな!くそっ!来るな、こっちに来るんじゃないっ!」 オルソラが叫ぶように命じると、言葉に込められた魔力が波のように渦巻いてジャンヌに圧し掛かっていった。しかし、その魔力を受けたジャンヌは一瞬身体を硬直させただけで、それ以上の影響は受けずに済んだようだ。それを見ていたソロは納得したように頷いている。「なるほど。他人を操り、扇動する能力か。詐欺師に相応しい力だが、俺やジャンヌには影響が薄い所をみると、操れる相手には何かの条件か制限があるようだな」「う、嘘だ……俺の、俺の力が効かないなんて……そんな事があるはずない。ちくしょう、来るな、止まれぇっ!」「あっ!逃げられちゃった。逃げ足早いわねー、アイツ。でも、わずかでも動きを止められちゃうのは厄介かも。っていうか、ソロ、見てないで止めなさいよ」「……まだ食事中だ。大体、勝手に始めたのは君だろ、ジャンヌ。食べてる最中の人間に尻拭いなんかさせないでくれ」 マイペースにゴナを飲みながら、ソロはふぅと息を吐く。オルソラはジャンヌを止めた隙に店の外へ走り去ってしまったが、ジャンヌもソロも、あまり気にしていな
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大逆転
「ガァ、ゥオォッ!」 まず先に動いたのは、ヴォルフの方である。昨晩の戦いで、彼はジャンヌを蹴散らしたことを覚えているのだ。昨晩、一度は勝った相手に後れを取るなど、夢にも思っていないのだろう。その瞬間、オルソラの目から見て、まるでヴォルフが巨大化したように見えたほどの凄まじい勢いで林から抜け出て、ジャンヌに肉迫すると、その太い前足から生えた鋭い爪でジャンヌを引き裂こうとした。「そこっ!」 だが、ジャンヌはその攻撃に怯むことなく、一歩前に出て、爪ではなく前足を受け止めた。それでも体格からみて相当な力の差があるはずだが、ジャンヌは決して力負けをしておらず、地面に足を沈ませながらもしっかりと受け止めている。「グググ……!」「昨夜とは違うのよ、こっちもね……っ!」 そもそも、ジャンヌが昨晩ヴォルフにしてやられたのは、不意打ちに近い状況があったからである。森の魔獣退治を引き受けたソロとジャンヌだったが、今回は彼女が単独で魔獣退治をすることにした。当初依頼人から受けた依頼内容では、小型のヴォルフの群れを討伐するだけだったからだ。本来、小さな群れであれば単独でも討伐は十分可能である。しかし、蓋を開けてみれば、森の奥には群れのリーダーである大型のヴォルフがいて、初手で奇襲を食らい武器を破壊されてしまった。 夜間かつ森の中という動きを制限される場所で、素手で魔獣と戦うのは難しい。ましてや、ジャンヌは|あ《・》|る《・》|理《・》|由《・》から魔法を使う事が出来ない為に、今のように肉弾戦か武器を使った格闘戦に持ち込むしかないのだ。このヴォルフを相手に体格で不利なのは言うまでもなく、その上で多勢となれば逃げるしか手段はなかった。 だが、今は昼間で、周囲は森と違って広い街外れである。状況的には十分勝算が見込めるはずだ。何よりも、この戦いには200万ドルゴという大金が掛かっている。この仕事を達成すれば、しばらくは何不自由ない左団扇の暮らしが待っているのだ。その為にも、絶対に負ける訳にはいかないという思いが、ジャンヌの背中を強力に後押ししていた。 (200万ドルゴもあれば、着替えだけでなく新しい剣と鎧も買える。それに、それに!三食+お風呂付の宿に泊まれるっ……!このチャンス、絶対に逃がさないっ!) 「ええいっ!200万んッ!」「ガッ!?」 ジャンヌは絶叫しつつ、受け止
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アーデの力
「はぁ……お腹空いた……」 重い足取りで森の中を彷徨いながら、ジャンヌはポツリと呟いた。木々の合間から見上げる空は青く、雲一つない清々しい天気のはずだが、今の彼女にはその爽やかな空さえも恨めしい。 あの日、オルソラを捕らえて大金をせしめたまではよかったが、外壁の修理代で賞金のほとんどは消えてしまった。手元に残った僅かな金は、穴だらけで血と煤に塗れた服を新調するので精一杯だった。元々着ていたミニスカートのワンピースとタイツは動きやすかったが、防御力という点ではかなり心許ないものだった。その為、革の胸当てなどで補強していたのだが、今回はそこまで予算がないので白シャツにタイトパンツである。その上から旅人用のロングコートを羽織っている形だ。ここまで揃えた時点で、後は一晩の宿代でおしまいであった。結局、ジャンヌは相変わらず、金欠のままだった。「ああ!あの200万があれば!しばらくは三食昼寝付きの生活が出来たのにぃっ!」「ホゥ……」 絶叫するジャンヌの肩で、アーデが心配そうに鳴いている。とにかく金がないジャンヌ達は、適当な|Neck《賞金首》を探しつつ、簡単な依頼を受けて路銀を稼ぐことにした。ただし、ソロは次なるNeckの情報を得る為に別行動である。つまり今は、アーデとジャンヌの二人きりだ。 現在、ジャンヌが受けているのは、立ち寄った村で頼まれた人探しである。何でも昨日、村の若者の一人が山菜採りに行くと言って出掛けた後、帰って来ていないらしい。幸い、この森には危険な魔獣などは生息していないが、やはり一人で行動するには多少の危険がある。今の時期は村の男衆が大きな街へ出稼ぎに出ている為に、探しに行く人手が足りないというのだ。    男衆が出稼ぎに出るだけあってあまり裕福とは言えない村であった為、報酬の額も大したことはないのだが、今はほとんど素寒貧と言っていいジャンヌ達にとっては、文句など言っていられない。一も二もなく話に飛びついて、今は森を彷徨っているという訳だ。「あ~……私、こんなにお腹が空いてるのに、なんで加護が発動しないのかしら?これって結構ピンチだと思うんだけど……大逆転でお金が降って来ればなぁ」 どう考えてもあり得ない妄想を口に出す程、ジャンヌは心がささくれているようだ。ちなみに、大逆転は過去に記録がないほどに珍しい加護なのだが、当然ながらどこからと
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誘拐犯を探せ
 それから数十分かけて、ジャンヌはひたすらその隠された足跡を追っていた。 アーデの視界は単に視力がいいというだけではない。その眼は魔力を使うことで、対象を立体的に、様々な角度から見る事も可能だ。ただし、それは本来の主であるソロの方が得意な芸当であり、ジャンヌが同じ事をするには数倍の精神力を必要とし、体力も使うことになる。  よって、たった100メートルほどその足跡を追うのに、これだけの時間がかかってしまったのだ。だが、そのお陰で確実に犯人に繋がる手応えはあった。「ふぅ、少し休憩しようか。水の音がするから、近くに沢があるのね。沢……沢か」 ジャンヌはアーデの視界から視線を外して目頭を押さえつつ、周囲の様子に耳を傾けた。人間が生きていくには、絶対に水が必要不可欠である。誘拐犯が何の目的で女性を攫ったのかは不明だが、人間の、しかも大人の女性一人を連れて簡単に山を抜けられるとは思えない。少なくとも隠された足跡から解るのは、犯人が一人であるということだ。女性がいなくなってからは、まだ一晩しか経っていないようだし、もしかすると、犯人はまだ女性と共に山で潜伏しているかもしれない。 そう考えた時、敵が水辺の近くにいる可能性は十分に考えられた。そして自分の目で見てみると、沢へ降りる道は多少整えられていて、思ったよりもずっと近い。ここを通れば、安全に降りていけそうだ。ジャンヌはそこに一縷の希望を見出し、沢へと下る道を進んでいった。 (これは、ビンゴね) 沢へ降りて再びアーデの視界を借りると、今度はさっきよりもしっかりと、誘拐犯らしき存在の痕跡が見つかった。土の上とは違い、沢辺は石が多い。それを踏んだり砕いたりした跡は、流石に隠しきれないのだろう。しかも、その足跡は、ちょうど沢と接する場所にある、大きな洞穴へと繋がっていた。  その穴はかつて、何か大きな獣が、巣穴として利用していたのだろう。人間が立って歩くにも十分すぎる高さと、二~三人が並んでいても歩けるほどの横幅がある洞穴だ。こんな所にわざわざ入っていくのは、命知らずな子供か、身を潜めていなければならない人間かのどちらかだろう。だが、少なくともここは子供の足で遊びに来られるような場所ではない。となれば、答えは一つだ。 ジャンヌは洞穴の入口まで進むと、アーデに中の様子を見させた。真っ暗な洞穴の中は、外からジャンヌの目
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電光を超えろ
「っの、クソアマがあっ!」 激昂した男が、手にした剣を振るう。その剣自体はありふれた両刃のサーベルだが、その使い方はやや独特だ。剣をあえて水平に持ち、俗に平突きと呼ばれる攻撃方法で、急所となるジャンヌの首を狙ってきた。この一瞬の間に、ジャンヌが武器を持たず先程は蹴りを放ってきたことから、白羽取りを警戒したのだろう。元軍人というだけあって、戦闘における判断は早く、的確だった。 男の名はモンド・ドモンといい、以前はここバスカヴィル王国の正規兵だった人物だ。彼は加護こそ持ち合わせていないものの、武器格闘術を得意とし、優秀な成績で将来を嘱望された軍人であった。 そんなモンドが今は軍人を辞め、人攫いという犯罪に手を染めるまでに落ちぶれたのは半年ほど前のことだ。 彼は軍の任務の為、長期間|と《・》|あ《・》|る《・》|組《・》|織《・》の制圧に携わっていた。それはかなり過酷な任務であったらしく、生傷が絶えない中、単身赴任のような形で年単位もの間、自宅に帰れなかったという。その任務の前に、長年付き合っていた幼馴染と結婚していた彼は、新婚だというのに妻を放っておく罪悪感に苛まれながらも一生懸命任務に従事していた。そうして、妻との暮らしと、国民の平和を守りたい一心で長い任務を終えて帰宅した時、彼を待っていたのは、浮気相手と愛し合う妻の姿であった。しかも、夫婦の寝室でだ。 モンドはその時激昂し、我を失うほど暴れたようだ。気付けば、間男と妻は両者とも、顔の原型が解らないほどぐちゃぐちゃになった状態で絶命していた。そうして彼は殺人犯として逮捕され、軍人をもクビになってしまったのである。  ただそれ以来、モンドは自分の中にある黒い感情に気付いてしまったようだ。彼は生来、人を傷つけ苦痛を与えることに愉悦を感じる人物だったらしい。しかし、そんな強い欲望は持ち前の正義感と使命感、そして国家への敵対者に向けることで我慢し発散していたのだが、自分を裏切った妻と間男を殺した時にその渇望を完全に解き放ってしまったのだ。    妻と間男の事件については情状酌量が認められ、罪一等を減じられたモンドは、それ以降は犯罪者となって何度も悪行に手を染めた。そして、現在に至る。「わっ、わっ!?っとと、やるじゃない!」 素早く突きを躱したジャンヌに、二度三度と高速の突きが襲い掛かった。今の所当たって
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彼女達の生き方
 あくる日の昼、ジャンヌとソロ達は、パロウという街に移動していた。  パロウはこの辺りでは大きめの部類に入る街であり、人口も多く中々発展している都市だ。昨日ジャンヌが捕らえた誘拐犯のモンドを官憲に引き渡す為、この街に来たのである。ジャンヌは知らなかったが、モンドにはかなりの余罪があり、指名手配までされている|Neck《賞金首》の一人だったのだ。懸賞金の額は30万とそう高くはないが、臨時収入としては悪くない。ただ、余罪が明らかになればもう少し金額は上乗せされただろう。その意味では、ジャンヌは少しタイミングが悪かったとも言える。 モンドを引き渡し、ソロとアーデが賞金の受け渡しに行っている間、ジャンヌは一人溜息を吐いて、空を見上げていた。   「……はーぁ、まさかソロがあんなに怒るなんて。別に私がアーデにネズミを食べろって捕まえさせた訳じゃないんだけど。まぁ、アーデにあんな気遣いさせた私が悪いってことか」 せっかく臨時収入が入るというのに、ジャンヌの表情は暗い。朝方になって合流したソロは、ジャンヌと別行動をしている間もアーデを通して逐一情報を受け取っており、アーデがマッド・ラットを捕獲して、ジャンヌに食べさせようとしたことも知っていた。使い魔とはいえ、アーデをとても可愛がっているソロにとってはそれは許しがたい行いであったようで、相当な剣幕でジャンヌに雷が落ちたのだ。 ジャンヌ自身、アーデに対しては悪い事をしたなという思いがあるので、ソロの怒りに反論することはしなかった。二人は大人だし、付き合いもそれなりに長いので喧嘩をすることもある。なので、この位の事では関係が変わる事はないと解っているのだ。 とはいえ、一人になると流石に少し気が滅入るというか、手持無沙汰なのは否めない。ボーっとしながらソロの帰りをまっていると、ジャンヌの視界に行方不明者の情報提供を呼び掛けるビラが目に入った。中身は昨日助けた女性のものとは違っていて、数日前に別の街のバーの入口で見たものとも違うようだ。つまり、他にも複数、行方不明になっている人間がいるということになる。その答えに辿り着くと、ジャンヌは嫌なものを見たという風に顔をしかめていた。「行方不明って、ここでも?どういうことよ。…………そういえば、あのモンドってヤツが誰かに頼まれたって言ってたっけ」 モンドをこの街まで連れて来る際
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事情、様々
 翌日、思わぬ臨時収入でパロウ一番の高級ホテルに泊まったジャンヌ達は、朝からジャンヌの装備を新調すべく街を歩いていた。しかし、ジャンヌの表情はずいぶんとしかめっ面だ。「あのホテル、ご飯はいいけどお風呂がダメね。高級ホテルなのに、なんで自分でお湯を沸かさないといけないわけ!?」「誰だって、水を出す魔法や湯を沸かす魔法くらい使えるものだからな。むしろ、俺には個人を尊重して放っておいてくれるだけ楽だったが」 肩に乗せたアーデの腹を撫でながら、ソロが答える。ホテルでは部屋ごとに個人風呂が用意されていて、大浴場のように人の目を気にせず入浴できるのが気に入ったらしい。どうやら、風呂でアーデの身体を綺麗に洗ってやれたことが、ソロには嬉しいことのようだった。「そりゃあ、出来る人には出来ない人間の気持ちなんて解らないものよね!ふんだ!いいわよいいわよ、私みたいなのには皆で入れる安宿の大浴場がお似合いなのよ!」 誘拐された女性を助けて歓迎された村では風呂に入れなかったせいか、ジャンヌはホテルでの入浴を特に楽しみにしていたらしい。だが、蓋を開けてみれば個人風呂の水も湯もセルフサービスである。魔法が使えないジャンヌには、せっかくの高級スイートもただ浴槽が置いてあるだけの個室付き部屋でしかなく、お預けを食らった分、余計に悔しいようだった。ジャンヌは結局、朝になってからソロに水を用意してもらい、水浴びを済ませただけだ。彼女は特別綺麗好きという訳ではないのだが、期待していたものが手に入らないというのはダメージが大きいのだろう。 二部屋分のスイート料金を払い、手元に残った金は10万ドルゴと端数である。これで剣と鎧を買うのなら、どちらも数打ちの量産品しか買えないだろう。実の所、ジャンヌはその戦い方から傷みが激しい傾向にあり、あまり安物だと長持ちしない為にコスパが悪いのだが、こればかりは無い袖は振れないとしか言えなかった。結局、そこそこのロングソードと革の鎧一式を買い込んだ辺りで、二人に声をかけてきた人物がいた。「おにいちゃん、おねえちゃん!」「ん?」「ああ、あなた昨日の……えっと、名前が」「わたし、サシャだよ。こんにちは!おにいちゃんとおねえちゃんはおかいもの?」「ええ、そうよ。もう終わったけどね。そういえば、サシャが昨日売ってくれたお花、とってもいい香りだったわ。ありがとう
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