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八十八回目の婚礼キャンセルのあとで
八十八回目の婚礼キャンセルのあとで
Auteur: 石ころ

第1話

Auteur: 石ころ
また天宮美結(あまみや みゆ)から「遺書みたいな電話」がかかってきた。一条悠真(いちじょう ゆうま)は一切迷わず、私たちの結婚式をまたストップさせた。

純白で高価なウェディングドレスの裾を握りしめて、私は顔色も悪いまま彼の前に立ちふさがる。

「せめて、式が終わるまで待てないの?これ、八十八回目なんだよ」

目頭がじんじん熱くなる。

悠真は深くため息をついて、申し訳なさそうに私を抱きしめた。

「もうちょっとだけ、待っててくれないか。紬、お前も知ってるだろ、あの事故以来、美結の心がずっと不安定で……俺、本当に彼女が何かしでかさないか怖いんだ。

大丈夫。今回はちゃんと話すから。それが終わったらすぐ、式をやろう」

――この言葉、八十八回も聞いた。

最初の八十七回は、私もバカみたいに信じて、何度も自分に言い聞かせてきた。「悠真が好きでいてくれるなら、式が延びたっていい」って。

だけど毎回、式はキャンセルされるし、先延ばしになるばかり。

実際、八十回も式をやったのに、神父の前に立てたことは一度もなかった。

美結は、いつだって完璧なタイミングで何かしら起こしてくる。

事故を起こしたり、突然「鬱だ」って騒いだり、自殺未遂したり。

そのたびに悠真は、必ず一番に彼女のもとへ駆けつけて、なぜか毎回彼女の「死にたい」気持ちを落ち着かせて帰ってくる。

……おかしいよね?

リストカットして、睡眠薬を飲んで、叫びながら死のうとする女の子が、私の未婚夫が来た途端に正気に戻るんだよ。生きる気力が一気に戻るんだ。

私はもう何も言えなくなって、せめてもの願いを込めて、必死で彼を抱きしめた。せめて、今だけでも傍にいてほしかった。

悠真はまだ私をなだめていたけど、母が我慢できずに急かし始める。

「紬、もうやめろ。悠真を早く行かせて。美結、もうベランダに登ってるのよ!」

父は険しい顔で私を睨んだ。

「何をまたごねてるんだ。あの時、お前を助けるために美結はあんな目に遭ったんだぞ。普段お前が自分勝手なのはまだしも、今は妹が命の危機だ、少しは空気を読め」

スマホがまた鳴った。悠真は私の手を離すのが名残惜しそうだった。

「紬、俺は行かなきゃ。お前も許してくれるよな?」

私は返事をする間もなく、ヒールがぐらついて転んだ。

腕が花台の金属装飾にぶつかり、思いきり切れてしまった。

刺すような痛みが全身を走る。思わず声が漏れる。

でも悠真は、その痛みには気付かず、振り返りもせず玄関に駆け出していった。

消えかける後ろ姿に向かって、私は崩れるように叫んだ。

「悠真!私はここで今日が終わるまで待ってるから。もし帰ってこなかったら、もう結婚なんてしなくていいよ!」

彼の足が一瞬だけ止まった。でも、やっぱり振り返ることはなかった。

両親も早足で玄関に向かい、私の横を通り過ぎるとき、父は冷たい声で吐き捨てる。

「そんなみっともない格好、誰に見せたいんだ。紬、ただの式中止で文句を言うな。いっそ悠真も妹に譲ってやれ。それぐらい妹の命のほうが大事だ」

母も複雑な表情でこっちを見た。

「紬、わかってね。式なんてまたできるけど、今は悠真に妹を助けに行ってもらわないと。普段なら好きなだけ妹と張り合ってもいいけど、今はそんな余裕ないの」

こんな言葉、家に戻ってから何度も何度も聞かされた。

私がこの家に連れ戻されたときには、美結はすでに十五年も、天宮家で養女として暮らしていた。

私は一度も「出て行け」なんて言わなかったし、彼女のことも家族だと思っていた。

でも彼女は、私の好きなものなら何でも欲しがった。

嫌いだったはずのテディベアも、着ない赤いワンピースも、私が大事にしていると知ると必ず奪いにくる。

「どうして?」って、何度も美結に聞いた。

あの子はにこっと笑って言ったんだ。

「別に理由なんてないよ。お姉ちゃんが絶望する顔を見るのが好きなの」

その時はあまりにもショックで、正直、両親に全部話したらきっと信じてくれると思っていた。

でも私は甘かった。美結の策略も、彼女が両親に与える影響も、全然わかっていなかった。

返ってきたのは、冷たい叱責だけ。

「紬、どうしてそんなに嘘つきで自分勝手なんだ?本当にガッカリだよ」

……もう、ガッカリされたってかまわない。

私は本当に、心の底から疲れてしまった。

涙も出なくて、ただただ全身が冷たく、感覚も麻痺していく。

床に手をついて立ち上がり、血が止まらない傷をぐしゃっとティッシュで押さえた。

「父さん、母さん、美結の様子見てきてあげて。あの子、まだ屋上にいるから」
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