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6.休みの日

Author: 月山 歩
last update Last Updated: 2025-07-14 10:21:32

レナータは王宮に出仕して初めての休日を迎えた。

せっかくの休みだし、今日は王都の散策をしてみようと思う。

何せ田舎から出て来た私は、王都について何も知らないのだ。

執務中、ずっと不思議に思っていたのだが、南部からの書状が飛び抜けて多く、そんなに大きな地区じゃないのに、どうしてなのか気になっていた。

そして、件数がそもそも多いのもそうだけれど、書状の不備も圧倒的に多い。

だから、一体南部とはどのようなところなのか、一度行ってみたいと思っていたのだ。

そう思い、散々歩きたどり着くと、南部は貧しい人々が住むの街のようで、街は荒み、鼻をつくような独特の臭い匂いが漂っている。

なるほど。

これなら事件や嘆願書も絶えないわけだわ。

南部の街に立ち、周りを見渡すと、何をするでもなく、私をじっと見ている男達が数人いて、これ以上進むと危険な予感がする。

彼らの目には、そんな淀みがある。

気づかないフリをして、逃げるのが先決だわ。

早足で立ち去ろうとした時、後ろから声をかけられた。

「ここで何をしている?

こっちへ来い。」

まずい、変な男の人に目をつけられてしまった。

私は立ち止まると振り返る前に、その人の隙をついて一気に真横に走り出す。

昔から一日中勉学に励んでいた私は、とにかく絡まれ易い。

その時には、いちいち対応せずに、走って逃げるのが一番効果的だと知っている。

相手は、こちらが予想外に動くことで、出だしが遅れ、追うのを諦めるのだ。

けれど、今回は違った。

その男にあっという間に追いつかれて、二の腕を掴まれる。

これではもう逃げられない。

「そっちへ行くな。」

「やめて、離して。」

「騒ぐな。」

「レナータ、僕達です。」

聞き覚えのあるダグラスさんの落ち着いた声だった。

「ダグラスさん?」

「そうです。

周りが見ています。

大人しくついてきてください。」

「わっ、わかりました。」

私はその怪しく見えた二人に囲まれながら、少し離れた小さなお茶屋の個室に案内された。

「何故、あんな危ないところにいる?」

水色の瞳で、黒色の髪と髭たくわえた男性が瞳に怒りを溜めて、私を見ている。

えっ、この不機嫌そうな声と瞳には覚えがある。

オズワルド様?

私は驚いて目を見開いた。

「そうだ、僕だ。」

「どうしてここに?」

「僕達はある捜査で南部の街に来ていたんですよ。」

ダグラスさんが答える。

「サウセド亭事件ですか?」

「君は優秀だね。」

ダグラスさんは、瞳に笑いを滲ませる。

「まだ、答えを聞いていない。

何故、あんな危険なところにいた?」

「それは、南部からの書状が多いから、どういうところなのか知りたくて、来てみました。」

「何故訪ねる前に、ダグラスに聞くなどして、下調べをしない?

ここは、とても危険なところなんだぞ。」

「すみません。

王都にもそんなところがあると思ってなくて。」

「なかなか解決させれない僕達の責任だが、ここは事件が頻発しているから、昼間だとしても二度と来てはいけない。

ただ、仕事をする上で理解したいという姿勢には、敬意を払う。

それでも、危険だから許可できないこともある。」

「…はい。

わかりました。」

私は返す言葉もなく俯いた。

オズワルド様のいうように、確かに下調べをしていない。

ただ「見てみたい」という気持ちだけで南部に足を踏み入れてしまった。

もし南部が他と違うなら、その理由があるはずで、ただ思いつきで訪れるのは、浅はかだ。

彼らは普段、書状の裏の事情まで読み取りながら、本質を見極め仕事をしている。

ただ書状の不備を直している私とは、見ているものの深さがまるで違う。

もし私が、ただ目の前の書状を整えることだけを考えて働いているなら、彼らの一員だなんてとても言えないし、彼らに遠く及ばない自分に愕然とする。

肩を落としている私の様子を見て、オズワルド様はやっと不機嫌な顔を解いた。

「君は本当に真面目なんだろうけど、どこか危うい。

仕事の前に、自分の身を守ることが大前提なんだ。

それを忘れないでくれ。」

ダグラスさんも静かに頷いている。

「すみません。

私は昔から絡まれることも多くて、何かあったら逃げればいいかと…。

それに、もうそろそろ引き返そうと、思っていたんです。

私、捜査の邪魔をしてしまいました?」

「いや、また戻るから問題ない。」

「それなら、良かったです。」

とにかく、私は皆さんの足を引っ張っていないようで、胸を撫で下ろす。

「じゃあ、ここを出たら、気をつけて帰るんだよ。」

「はい、皆さんはいつもこうして捜査しているんですか?」

「うん、時々かな。

オズワルド様は目立つ容姿だから、こうして変装しているんだよ。」

「はい、最初わからなくて、すごく怖かったです。」

「はは、ごめんね。

じゃあ、またね。」

オズワルド様達は、素早く来た道を戻って行った。

その背中を見送りながら、私は本当なら落ち込むべきなのに、王宮の外で彼らがどんな活動をしているのか知れて嬉しいと思う自分がいた。

いつか私も一緒に捜査に出向きたい。

そんなことを言ったら、また、怒られるかしら?

————————————————————

「オズワルド様、レナータに少し怒り過ぎですよ。

彼女は田舎の出身だから、本当に南部が気になっただけでしょうに。」

「そうだとしても、無防備過ぎる。

僕達がいなかったら、危険な目にあっていたかもしれないんだ。」

オズワルドは、南部の街を歩きながら、周りを鋭く見渡す。

こんな危険なところに女性一人で来るなんて、どうかしている。

「南部がどんなところか知りたかった。」と、彼女は話していた。

休日に仕事のために動く女官など初めて会った。

女官は有力な貴族令息と出会うために王宮に来ている者達ばかりで、仕事とは無縁なのだ。

だからこそ、彼女の勤勉さや仕事の優秀さは異色であり、貴重だ。

実は、女官の採用試験の時、今日のように姿を偽って、彼女達を見ていた。

それは、危険分子になりそうな女官を王宮に紛れ込ませないようにするためであったが、思いがけずレナータに会った。

彼女は、明らかに質素な身なりで、他の候補者達が質問にまともに答えられない中で、ただ一人、どんな質問をしても、的確に答えていて、僕の目を引いた。

けれども、試験官達は未来の妻候補を品定めするように、容姿にしか興味を示さず、レナータを落とそうとしていた。

だから、僕が彼女を合格させ、僕の直属にしたのだ。

僕に媚びない頭の切れる女官がほしいとずっと思っていたから。

実を言えば、僕の部署が長らく女官を受け入れていなかったことは、以前から問題視されていた。

それは、差別への嫌悪ではなく、僕に近寄りたいと思う者達からの圧力だった。

僕は王の従兄弟で、僕を取り入ろうと思う者は女官や令嬢だけでない。

その背後にいる一族そのものが僕との縁を通じて、自分達の権力を高めたいと狙っている。

だからこそ僕は、自分に近づく者達を徹底的に調べ上げるし、信頼できる者以外、近寄らせない。

それでも、僕に近づこうとする者が後をたたない。

だから、レナータを僕の部署に引き入れた。

予想通り、彼女は優秀でありながら、僕に媚びるそぶりを見せない。

むしろ、僕の方が彼女が心配で、気になっていると言ったら、僕を知る者は笑うだろう。

彼女の不器用な真面目さと危うさが、心配で目が離せない。

次の日、レナータが王宮に出仕すると、机の上に小さな菓子袋が置いてあった。

「それ、南部で人気のあるお菓子なんだ。

オズワルド様が買って帰ろうと言った時は、冗談かと思ったよ。

でも、自分が南部に来てはいけないと言った手前、レナータはもう来れないだろうからって、帰りに買ってたよ。」

ダグラスさんがやれやれと言った様子で、教えてくれた。

わざわざ私のために…。

私はその菓子を見つめ、胸の奥がぽっとあたたかくなるのを感じた。

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