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月山 歩
月山 歩
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Novels by 月山 歩

あなたの浮気を目に焼き付けて、終わりにします

あなたの浮気を目に焼き付けて、終わりにします

大好きな恋人ディアス様の浮気を信じらずにいたけれど、やはり彼は浮気をしていた。その光景を目に焼き付けていると、後ろから「人の逢引きを覗くのはさすがにやめたら?」と声をかけられる。 でも、今はそれが私には必要で。 気づかないフリをしたら、恋人のままでいられるのに、これでようやく私はあなたを諦める覚悟ができた。
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Chapter: 9.結婚式
 マリアナは、昨日のイグナス様の衝撃的な告白から、ショックを引きずったまま邸に帰り、一睡も出来ずに朝を迎えた。 朝食の席で、私はお父様を問い詰める。「お父様、イグナス様から聞いたわ。  お父様が女性にお金を払って、彼を誘惑させていたって。  酷いわ。」 お父様は時々自分本位に考えることがあり、自分が正しいと思えば、お母様の助言すら聞き入れず、動いてしまうことがあった。 けれど、今回の件に関しては私も許せない。  イグナス様を思って、どれだけ涙したか。「あの男が言ったのか?」「じゃあ、本当なの?」「そうだ。」 お父様は全く表情を変えず、淡々とその事実を認める。  その顔に悔んでいる表情は一切受け見受けられない。「何て酷いことを。」「あいつが誘惑に乗らなければいい。  ただ、それだけのことだ。」 その意見は昨日、シスモンド様も言っていた。  けれども、わざわざそこまでする必要があるの?「でも、もし誘惑されなかったら、浮気しなかったかもしれないのに。」「それはないな。  あいつは遅かれか早かれ浮気していただろう。 お前と結婚すれば、我がディアス家の地位と財産を手にするんだぞ。  結婚していても、金目当ての女達はいくらでも寄ってくる。 お前の懐妊中や、療養中、年老いてもなおあいつがそういう女達を追い払うと思うか? お前がまだ若く、あの男だけを見ている時ですら、浮気するような男が。 私はただ確かめたかったんだ。  あいつが本当にお前に相応しいかどうかを。」「…。」 私はお父様の言葉に返す言葉が浮かばなかった。 だって、お父様が言うのは正しく、イグナス様は誘惑して来た女性を拒むことなく、次々と浮気を繰り返していたのだから。 それどころかモテ出したせいで、どんどんエスカレートさせたとも言っていた。「誘われたから、浮気をする。」そう言えば正当化されるかもしれないけれど、実際には誘われても浮気しない人だっている。 私だって、いつまでも若くはないし、結婚生活の中で、夫よりも子供や家族に気を取られる時もあるだろう。 その時、イグナス様は浮気しないかと問われたら、おそらく彼は浮気するだろうと答えてしまう。 だとしたら、やはりイグナス様との未来なんてなかったのだ。  遅いか早いかだけの話だと思う。 だって、私が求めてい
Last Updated: 2025-04-03
Chapter: 8.婚約披露パーティー
 結婚を前に、シスモンド様の邸で華やかな婚約披露パーティーが行われた。 王族の方々から裕福な商人まで、多くの著名な方々が私達の婚約をお祝いするために駆けつけてくれていた。 私は、お父様とシスモンド様の幅広い交友関係に驚くばかりだ。 その日は、シスモンド様のグルフ家に代々伝わる紫色の宝石をふんだんに使ったネックレスなどを身につけ、シックなスミレ色のドレスを着て、彼の腕に自分の腕を絡ませながら、彼を見上げる。「今日のマリアナは一段と美しいね。  グルフ家の宝石が本当によく似合っているよ。 正直、君を一人占めして誰にも見せたくない気持ちと、僕のものだと見せびらかしたい気持ちが、混じり合っているよ。  愛してる。」「ふふ、ありがとう、私も好きよ。」 シスモンド様の甘さは日に日に増して、お母様達の話を聞いた私は、彼がどうしてこんなに好きになってくれるのか、その理由をやっと理解した。 お父様はシスモンド様のことをすぐに認めたように見えたから、私には彼を勧めていた印象が強かった。 けれども、実際にはお父様は私の思いを尊重して、イグナス様を好きでいる間は、彼からのお誘いを止めていたなんて意外だった。 もし、イグナス様とお付き合いして浮かれていた時期に、シスモンド様と出会ってお話をしたとしても、お母様達のことを懐かしく感じるだけで、それ以上の関係にはならなかっただろう。 何しろ私はイグナス様に夢中で、他の男性には目もくれなかったはずだから。 私達の出会いは、あの時のタイミングで良かったのだと思う。 パーティーも終わりに差し掛かった時、飲み物の提供をしているように見えた男性が、休憩室で休んでいた私の腕をいきなり掴み、話しかけてきた。「マリアナ、久しぶりだな。」「イグナス様、どうしてここに?」 彼はこの邸で働く人たちの制服を着ていて、どうやらこっそり忍び込んだようだ。 摘み出されるのを恐れているのか、キョロキョロと周りを見ながらも、私を射すくめる。「いいか、時間がないからよく聞くんだ。  俺はマリアナと付き合い出してから、モテるようになったんだ。 それで浮かれて有頂天になり、自分を誰だろうと受け入れてくれると勘違いして、色々な女に手出した。 だけど、マリアナと会わなくなってからは、まるでダメになった。  その意味がわかるか?」 イグナス
Last Updated: 2025-04-03
Chapter: 7.丘の上で
 今日はシスモンド様と王都やその周辺を見渡せる丘の上に来ていた。 豊かなこの王都には、色とりどりの建物がひしめき合い、生命力に溢れている。 ここは、喧騒から離れたところにあり、景色が綺麗で、澄んだ空気がそよそよと流れている。 ほどよく陽も照っていて、どこまでも続く青空が広がる。「空気が気持ちいいですね。」「ああ、そうだね。」「ここはよく来るのですか?」「うん、時々ね。」 シスモンド様は王都の外れの一角を見ると、どこか遠くを見つめるような深い思いが込められているような顔つきをした。 その先を目で追うと、そこはお母様が亡くなるまで最後に過ごした施設があった。「あそこは、私の思い出の場所です。  お母様が亡くなってから、一度も行ってないですけれど。」「うん、知っているよ。」「えっ?」 私はビックリしてシスモンド様の顔を見つめる。 その施設はいわゆる看取りの施設で、治る見込みのない人のために、痛みを取る薬草を使ってくれる場所だった。 お母様がいたのは、数年も前のことだし、そこでシスモンド様と会った記憶もない。「君のお母さんがそこで一番仲が良かった人を覚えているかい?」「ええ、とても優しいお婆様だったわ。  私とお母様と三人で、よくお話をしていたの。」 そこでは、痛み止めをする以外には特に治療もなく、時間だけがゆっくりと流れていた。「どんなことを話していたか覚えているかい?」「ええ、二人はよくある政略結婚だったから、私の結婚は恋愛をしてから、結婚させたいという話だったわ。 お母様はお父様にとても愛されていたけれど、そのお婆様は愛し合うことなく、過ごされたそうで。 元々お母様は貴族なのに好きだと思った人とのお付き合いが許される家庭で育ったから、恋愛を重視していたの。 結婚はそれだけではうまくいかないと考えるお父様はその考えを苦々しく感じていたけれど、お母様の気持ちを尊重していたわ。 お母様と仲良くなったお婆様は、とても気が合ったみたいで、いつも二人でこれから出会う私の運命の人を想像していたの。 それがどんどんエスカレートして、二人の妄想では私とそのお婆様の孫が偶然出会って恋をするって、ことになっていたわ。  それがどうかしたの?」「その孫って言うのが僕なんだ。」 そう言って、シスモンド様は私を真剣な表情で見つめる。
Last Updated: 2025-04-03
Chapter: 6.デート
 今日はシスモンド様に連れられて、王都の街を一緒に散策している。 大きな通りに面して、煌びやかなたくさんのお店が立ち並んでいる。 買い物をする人々が行き交い、混雑しており、一般の民と共に貴族の姿も見受けられる。「マリアナ、ここは人通りも多いから、僕の手を離さないようにね。」 シスモンド様が先に馬車から降りると、さりげなく手を差し出してくれる。「わかりました。」 私は彼の手を握り、馬車から降りると、そのまま二人は手を繋いで歩き出す。 私達はもうすでに、街中を手を繋いで歩く間柄なんだわ。  繋がれた手は痛くはないけれど、彼にがっしりと掴まれていることがわかる。 さりげないけれど、そんなところも彼らしいと思ってしまう。  彼には私をどんな時も離さない、そう思わせる力強さがある。 彼の見た目は、スラリとしていて洗練されている。  それでも、腕を絡ませると筋肉質で、繋いだ手から強い意志を感じるのはどうしてだろう? そんなことを考えながら、なんとなく隣で微笑む彼を見上げる。 すると彼は私と目が合ったことに喜び、嬉しそうに笑うのだ。  彼は本当に私を好いてくれている。  そう思うと、私の心もさらに彼へと向かう。 堂々と手を繋ぐ私達は、明らかに高位の貴族だから、王都の街の中とは言え、常に人目についてしまう。 その分、窃盗などの標的になりやすいので、シスモンド様に繋がれた手は安心感が強い。 以前、イグナス様とお付き合いしていた時は、街を歩いても手を繋ぐなど、彼からそのような気遣いをされたことがなかった。 シスモンド様のように、私の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩くのではなく、私の前をスタスタと歩いて行ってしまうので、後ろを必死で追いかけていた。 こうやって、時々言葉を交わしながら、お店の窓越しに展示されている髪飾りや宝石などを眺めることもできなかった。 気がつくとまた、シスモンド様とイグナス様を比べてしまう自分に気づく。「マリアナは、こういう繊細なネックレスが好きなのかい?  中に入ってみようか。  君が気に入ったものは買ってあげるよ。」 シスモンド様は私の視線の先を見つけて、少しでも私が目に止めている商品はすべて買おうとしてくれる。「ちょっと待って、シスモンド様。  欲しいのではなく、眺めているだけです。」「そうかい?  こ
Last Updated: 2025-04-03
Chapter: 5.シスモンド
「シスモンド卿、私、あなたとこの後二人きりで熱い夜を過ごしたいわ。」 知人に招かれて、パーティーで楽しく食事をした後、少し時間が経つと、よくこんなことになっている。 シスモンドは一瞬で嫌気がさした。 さっきまでは、男女複数人と仕事についての会話をしていたはずが、気がつくといつの間にか女性と二人きりにさせられている。 まだ婚約者がいない独身の僕に、周囲は息抜きも必要だと、いらない気を使う。「いや、僕は仕事仲間と話をしていたつもりだったんだ。  みんなはどこへ行きましたか?」 僕は自分にしなだれかかる卑猥な笑みを浮かべた女性から、そっと離れる。 彼女は襟ぐりの深い胸を強調した真紅のドレスを身に纏い、下から媚びるように僕を見上げる。「あら、みなさんはそれぞれにお部屋に行って、誰もいなくなりましたわよ。  私達も空いているお部屋に移りましょう。 それまで待てないと言うのなら、この場でも構いませんけれど。」 そう言って、その女性はクスクス笑いながら、僕の手を握り、自分の胸へと導く。「僕にはそんなつもりはない。  離してくれ。」 僕は彼女の手を素早く振り解く。「シスモンド卿は冷たいのね。」 またか。  何故、性的な関係を抜きにして、普通の会話だけをして終わることができないんだ? 僕は一度も、そんなのを求めたことはないのに。   どうして、こうやって僕を狙う女性が毎回のように現れるんだ? そして、その話に乗らないと、まるで僕が物分かりの悪い人間になった気分にさせられるのは、どうしてなんだ? パーティーの終わりになると、主催側の意図なのか、それとも女性達の独断なのかわからないけれど、とにかく女性をあてがわれる。 そうすれば、仕事が円滑に進むとでも思っているのか、ただ女性が僕と関係したいと思っているのかは不明だけど、この手の危険な罠に囲まれているのは確かだ。 僕は自分自身でもわかるほど、昔から良くモテている。 そして、約一年ほど前から、そのモテ方が、純粋な好意から明らかな誘惑へと姿を変えていた。 物分かりの良い令嬢ならまだしも、こういうタイプの女性は本当にタチが悪い。 一夜の遊びに見せかけて、弱みを握られて、身動きが取れなくなった男の話なら腐るほどある。 おかげで酒さえも思うように飲めない生活を送っている。 酒を飲み過ぎた夜
Last Updated: 2025-04-03
Chapter: 4.夜会
 数日後、マリアナはシスモンド様にエスコートされて、王宮での夜会に来ていた。 彼から送られたドレスは、スミレ色のふんわりとしたデザインで、彼のタキシードと対になっている。「僕の選んだドレスを着てくれたんだね、ありがとう。  スミレ色のドレスが君によく似合っていて、とても素敵だよ。」 シスモンド様は私の全身をうっとりと眺めている。 プレゼントしてくれた服を着ただけで、こんなに喜んでくれる人がいるのね。 私は恥ずかしいけれど、ちょっとくすぐったいような気分になった。「こちらこそ、ドレスをありがとうございました。  シスモンド様が選んでくださったのですね。」 先ほど、邸にシスモンド様が馬車で迎えにいらした時、二人でしばし衣装を褒めあったのだ。 しびれを切らしたユニカに「そろそろ出かけられたらいかがですか?」と言われた時は、二人で思わず笑ってしまった。 時を忘れてお互いを褒め合うなんて、初めての経験だった。 この見せびらかすかのような明確なカップル感、いかにも「私達付き合っています。」と言わんばかりだ。 正直なところ、ここまでの揃いの衣装は、二人にはまだ早い気がするが、シスモンド様が贈ってくれた初めての物だから、断るのも難しく、結局着てきている。 私達の登場に、夜会の会場全体がざわめいた。 令嬢達が口々に、「ディアス侯爵令嬢は、イグナス卿とお付き合いしていると思った。」「シスモンド卿にエスコートされて現れるなんて、どう言うこと?」など、さまざまな憶測と疑念の声が聞こえてくるけれど、直接私達に聞いて来る者はいない。「シスモンド様、やはり私達が一緒に夜会に来るのは、早過ぎたかしら?」「いいや、いずれこうなるんだ。  ちょっと皆が思うよりも、早かっただけだよ。」 シスモンド様が私の耳元で囁きながら、微笑む。 すると、彼の笑みを見た周りの令嬢達が、キャーっと一斉に悲鳴を上げる。 この光景は、私も以前遠くから見たことがある。 シスモンド様に憧れる令嬢達が、彼の笑顔を一目見ようといつも群がっている。 だからこそ、私は最初の出会いであるイグナス様の浮気現場を見ていた時、シスモンド様に声をかけられて、周りにいるはずの令嬢達の視線を気にした。 彼の周りには常に令嬢達がいるはずだから。「そう言えば、初めてお会いした時、お一人でしたよね?  
Last Updated: 2025-04-03
愛を見失った第三側妃の憂鬱

愛を見失った第三側妃の憂鬱

第三側妃のマリアナは王との間に子を授かり懐妊中である。私だけを愛すると言っていたけれど、懐妊がわかると王は一切寝室を訪れなくなってしまった。代わりに他の二人の妃のところに行っているそうだ。世継ぎにすら興味を示さないなんて。もう私への愛などどこにもないのね。
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Chapter: 8.スタンレー王国へ
 セレスの首が座る頃、フレデリク様が迎えに来た。 やっぱりスタンレー王国へ戻らないといけないのね、憂鬱だわ。「マリアナ、手を。」「ありがとうございます。」 フレデリク様は上機嫌で、馬車にエスコートしてくれた。 フレデリク様と結婚しようと、ここからスタンレー王国へ旅立ったのが、遠い昔のように感じる。 あの頃は、愛に包まれていて、フレデリク様に大切にしてもらえると疑わなかった。 だから、心が弾んでいた。 でも今は、逆に不安が募るばかり。 なるべく、目立たないように、セレスと二人、王宮の片隅で静かに生きていこう。 そうすれば、二人の妃達から嫌がらせを受けずに済むかもしれない。 個性豊かなあの妃達と共に、フレデリク様に仕えるなんて、考えるだけ気が滅入る。「浮かない顔をしているな。」「…。」 もうスタンレー王国に戻りたくないと、皆の前で言って、ここでいらない怒りは買いたくない。 二人は静かに馬車に乗り込んだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 二日後、馬車はスタンレー王国の王宮にたどり着いた。 王宮内に入ってみると、まだ新しい木の香りが漂い、以前住んでいたのとは異なる部屋の造りになっている。「おいで、ここがセレスの部屋だよ。そして向かえがマリアナの居室で、奥が寝室さ。」 フレデリク様に案内された部屋は、セレス用の子供部屋と、新しく作られた明るい私の部屋だ。「フレデリク様、お部屋を新しくしてくれたのですか?ありがとうございます。セレスの部屋まで。」「気分を一新しようと思ってね。マリアナの寝室からは、私達二人の寝室に繋がっているんだ。そして、その先に私の寝室がある。」「えっ。」 新しい部屋に喜んだ次の瞬間、私の笑顔は固まった。 私は今までフレデリク様の寝室には、行ったことがない。 いつも、彼が私の寝室に来ていたのだ。 私とフレデリク様の寝室がこんなに近ければ、彼が二人の妃の寝室に行く時は、物音で気づいてしまうかもしれない。 今ちょうど二人の元へ行っていると思いながら、夜を一人で過ごさないといけないの? どうして、こんなにもフレデリク様は残酷になれるの?そんなの女として辛すぎる。「…どうして私達の寝室をこんなに近くにしたんですか?」「むしろ今までが距離があり過ぎたんだ。これからは、もっと自由に行き来できるよう
Last Updated: 2025-01-24
Chapter: 7.出産
 マリアナがコーネル王国に戻ってから、しばらくの月日が流れていた。 スタンレー王国の護衛達の仮設宿舎もでき、元々穏やかなコーネル王国では、私を狙う者などいるはずもなく、ただ静かに時が流れている。 私はお父様の執務室で、お父様と仕事をしているゲレオン卿を訪ねた。「ゲレオン卿、少しお時間いただいてもよろしいかしら?フレデリク様からの連絡がまだ来ていないのでしょう? ここの国は安全だから、私を狙おうとする者など現れないわ。だから、せめて少しでも護衛達をスタンレー王国に帰らせてあげることはできないかしら?もう随分長いことこちらにいるし、家族が恋しい者もいるかもしれないわ。」「そうですね。そろそろ、交代要員を手配しますね。」「ちょっと待って。そこまでせずに、護衛を減らすだけでいいと思うの。」「それは絶対に無理です。マリアナ妃に何かあってからでは遅いのです。」 「私は大丈夫だと思うのだけど。」「あらゆる想定を考えてのこの人数です。ですから、もうこの話は終わりです。フレデリク王の指示を違えることはありません。」「わかったわ。」 私はゲレオン卿を説得するのを諦めた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーそんなある日、もう臨月に差し掛かった私は、ついに陣痛が始まった。 痛むお腹を抱え、もういよいよ子が産まれそうになった時に、何故かフレデリク様の姿が頭に浮かび、彼にそばにいて欲しいと願った。 彼は私を捨て、もしかしたら、命を落とすかもしれないこんな時に、そばにいてくれない人なのに。 この胸が押しつぶされそうな寂しさが湧き上がるのは、何故なのだろう? もちろん、彼がそばにいたとしても、出産時は男性は扉の向こうで待つことになる。 だから、やっぱり一人なのだけど。 それでも、もしもこのまま命を落とすとしたら、せめて最後にフレデリク様の笑顔を見たいと思うのだ。 私を捨て、妃二人に囲まれている人なのに、やっぱり私はフレデリク様が好きなのね。 普段はあんな男なんていない方がいいと、理性が私の心を守ってくれているのに、痛みと不安で抑えていた感情が露わになるのを止められない。 この事実がつらくて、涙が溢れそうになる。 私は心の奥底では、フレデリク様が恋しい。 もう諦めるべきなのに、種火のように燻る想いが消えないのだ。 どうして、この想いはなくならな
Last Updated: 2025-01-24
Chapter: 6.コーネル王国へ
「マリアナ様、至急、荷物をまとめよ。とのことです。」「えっ、何ですって?」 朝ゆっくりと寝ていたら、メイベルによって起こされた。「裏門に馬車が待っているから、誰にも見つからないように、王宮を離れ、コーネル王国に向かうように。とのことです。」「えっ、何故?」「理由はわかりません。でも、フレデリク王からの指示だそうです。急ぎましょう。」 私はメイベルに連れられて、隠すように置かれていた馬車に乗り、王宮を後にした。 急いでいたため、荷物は最低限だし、私は懐妊中だから、馬車の歩みは非常にゆっくりだ。 前後左右に馬に騎乗した護衛が、五十人ぐらいも馬車を取り囲んでいる。 この大規模な護衛は一体どうして? 馬車の前で私を待っていてくれて、その後一緒に馬車に乗り、私達を案内してくれた男性がいる。 今までフレデリク様がお忍びのように昼寝中にやって来た時、見張りをしてくれていたゲレオンと言う男だった。「ゲレオン卿、どうしてこんなにも護衛がつくのかしら?まるで軍隊の移動だわ。」「フレデリク王が、マリアナ妃をお守りしたいと思ったかったからです。」「そうなの?また、フレデリク様はわけのわからないことを始めたのね。」「わけのわからない?」「そうでしょ。これほどの数をつけなくても、もう私は無理にでも王宮に戻ろうとしないから、大丈夫なのに。私をコーネル王国に送り返しているんだから、離縁するのでしょ?」「まさか、フレデリク王がそんなことをするはずがないじゃないですか。なるほど、彼の嘆きもわかる気がします。」「えっ、あなたまでフレデリク様の味方なの?」「僕はフレデリク王の忠実な家臣です。」「そうよね。」 そう言って、今までの柔和な顔つきから、一瞬で抜け目のない男性の顔へと変化させたゲレオン卿を見る。 もし、私がそれほど大事だと言うのならば、彼はフレデリク様にとってとても信頼のおける方なのだろう。 でなければ、フレデリク様が私にこれほどの護衛をつけてまで、彼に託したりはしない。「僕の立場では何も言えませんが、フレデリク王はあなたを大切に思っていると、僕は思います。この一隊を見てください。この隊はすべてあなた一人を守るためにいます。 決してあなたが王宮に戻ろうとするのを、阻止するためではないのです。阻止するためなら、こんなに隊が必要なわけがありません。な
Last Updated: 2025-01-24
Chapter: 5.ラモーナ妃
「あら、やだ、フレデリク様に見捨てられると、急に太るんですね。私も気をつけようっと。」 食堂で一人で食事をしていると、第二妃のラモーナ妃が現れ、私の食事を見て体型を侮辱する。 ラモーナ妃に話しかけられたのも、これまた初めてだ。 ラモーナ妃はニコニコと笑っており、一見人の良さそうな人に思える。 けれども、彼女の言葉は、棘が酷いとメイベルに教えられていた。「お腹が空いているだけです。」 実際、最近は吐き気が治ったせいか、食欲が増している。 二人分だから、普通のことなのかもしれないけれど、食堂で食べる方が料理人が私の食欲に合わせて、量を調節してくれるので、部屋で食べるより満足感を得られる。「あなたが、豚のようになってしまえば、フレデリク様を取り戻せないかもですよ~。」「何故、ラモーナ妃が私を心配してくれるのですか?」「心配しているのではないわ。バカにしているつもりです。」 ラモーナ妃は、はっきりと酷いことを言うが、笑みは崩れない。「そうですか?ラモーナ妃も私が嫌いでしたか?」「そうですね~、後から来て、調子に乗っているところとか気にいらないですね。」「私が来る以前は、フレデリク様はどうしていたのですか?今のように、二人の寝室を行ったり来たりしていたのですか?」「はい、そうです。ある意味、それはそれで公平な方だと思っていたんですよ。ふふ。」「では、私が二人のバランスを崩してしまったということですね。私が来てからは、フレデリク様はラモーナ妃の寝室に行っていなかったですよね?」「そうなんです。あなたのせいで、寂しかったです。」「ならばフレデリク様を横取りしたみたいな形になってすみません。私、政略結婚だから、ラモーナ妃は気にしないと聞いていたんです。 あなたは、私がこちらに来たとしても、フレデリク様との夜を三人で分けるべきと考えていたのですね。」「そうなります。」「私はそれをとても受け入れられません。私は私だけを愛してくれる人でなければ、一緒にはいられない。だから、私はその輪には一生入らないと思います。」「え~、それならそれでいいですけど。生意気なやつってことで。好きなだけ食べて豚になればいいで~す。」 この方、なんだか笑顔と言葉が乖離していて怖い。ある意味、アデラ妃より苦手かもしれない。 でも、もう私にはフレデリク様との未来な
Last Updated: 2025-01-24
Chapter: 4.溢れる贈り物
「マリアナ様、このクローゼットがいっぱいで、扉が閉まりません。収まりきらないドレスを、少し処分してもいいですか?」 私の居室で、溢れかえるドレスや宝石類などを眺めながら、困り顔のメイベルに提案されている。「そうね、でも、せったくいただいたのに、処分してしまうのはもったいないわ。せめて、教会などに寄付したらどうかしら?」「マリアナ様、素晴らしいお考えですが、寄付されたとしても、マリアナ様のドレスを着て行くほどの場所もないし、もらった方が持て余してしまうかと思います。 リメイクするなら、まだ何とか活用できるかもしれませんが。」「そうなのね。寄付するのも、うまくいかないものね。そもそもどうして、私のドレスが急に増えたのかしら?」 今までドレスはきちんとクローゼットに収まっていたはずなのに。「実は、お伝えしていませんでしたが、ドレスが増えたのではなく、減らなくなったのです。以前は洗濯に出すと、ほぼ綺麗な形では戻って来なかったのに、今では戻ってきています。」「なるほど、そうだったのね。」「誰の仕業かわかりませんが、ズタボロにされたドレスをあまりマリアナ様に見せないようにしていましたから、実感がなかったかと思いますが。」 メイベルは洗濯に出したのに、何故か破れたり、汚れて返ってくるドレスを、マリアナの目に入る前に処分していた。 それほどまでに、私はこの王宮の中で嫌われていたのね。そのことも今まで全然気がつかなかった。 私はここの侍女や使用人達とほとんど話したことはないけれど、笑みを交わして挨拶していたから、これほど嫌われているとは思っていなかった。「そうだったの?メイベルに気を使わせてしまったわ。」「私はいいんです。」「それにしても、いつから嫌がらせが終わったの?」「これもまた、お伝え辛いのですが、フレデリク王がこちらにいらっしゃらなくなってからです。」「なるほど。もう彼が私のところに来ないから、私に対する妬みがなくなったということなのね。」「はい、おそらく。」「嫌がらせしていた方の見当はついているの?」「直接手を下しているのは、侍女達ですが、そこに妃様方の指示があったかどうかまではわかりません。」「なるほどね。どちらにせよ、もう嫌がらせを受けなくなったのは良かったわ。ただやっぱり、多すぎるドレスは贅沢すぎるから、クローゼットにも入り
Last Updated: 2025-01-24
Chapter: 3.アデラ妃
「あら、ご機嫌よう。」 夕暮れ時、日課の散歩中に庭園に差し掛かると、アデラ妃が待ち伏せするように、侍女達を引き連れて立っていた。 アデラ妃は背が高く、吊り目の女性で、原色のドレスを好み、派手な印象をあたえる方である。「こんにちは、アデラ妃様。」「最近、フレデリク様が夜おいでになって、私をいつまでも寝させてくれないの。お肌に良くなくて、困ったものだわ。」 アデラ妃は、自慢気に話す。 そのことを伝えたくて、わざわざ私を待ち伏せしたのね。「そうですか?それは大変ですね。」「ちょっと、マリアナ妃、あなた最近ではフレデリク様に全く構われなくなったそうね。一体何をやらかしたの?」「さぁ、私にもよくわかりません。むしろ私の方が聞きたいくらいです。」「ほんの少し前までは、あちこちでこれ見よがしに仲良くして、見せつけていたじゃない。これで少しは、私の気持ちがわかったかしら?」「アデラ妃様は政略結婚だから、私とフレデリク様が仲良くしていても気になさらないと思っておりました。もし、私の行動で気を悪くされていたなら、申し訳ありません。」「ふん、今更なんなのよ。同じ側妃と言う立場で、私がそれを見て、なんとも思わないと本当に思っていたの?鈍感女。」「すみません、本当にそうですね。」 私はようやく、私に対するアデラ妃の思いを理解した。 フレデリク様は「二人の妃は共に政略結婚だから、それぞれ好きなことをして過ごしており、私は全く気にすることはない。」と言っていた。 フレデリク様のおっしゃっていたこととは、どうやら違うのね。 だとしたら、ラモーナ妃もフレデリク様を慕い、私に嫌悪感を抱いているのだろうか?「伺いたいのですが、ラモーナ妃様も同じようにお考えだったのでしょうか?」「ラモーナ妃のことなんて、知らないわ。」 そう言って、私にするのと同じぐらい眉間に皺を寄せ、腕を組んで私を見下ろす。「ラモーナ妃と仲が良いとばかり思っていたのですが。」「そんなわけないでしょ。私達はフレデリク様を巡るライバルなのよ。表面上、仕方なく話しているだけだわ。」「そうですか。」 私は結婚してから、一年近くここで過ごしているのに、アデラ妃の本音や妃同士の関係について、一切気がつかなかった。 本当に私はフレデリク様と結婚して、浮かれていただけの、どうしようもない女なのだ。「
Last Updated: 2025-01-24
君は妾の子だから、次男がちょうどいい〜long version

君は妾の子だから、次男がちょうどいい〜long version

侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。 *こちらは元の小説の途中に、エピソードを追加したものです。 文字数が倍になっています。
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Chapter: 22.大切な人
「タイラー様、お話してもいいですか?」 タイラー様の居室には、タイラー様とロドルフがいて、マリアを迎えた。「どうぞ、座って。」 そう話すタイラー様は、微かに笑みを浮かべているが、瞳は何も映さず、心は見せない。 その姿はいかにも貴族だ。 彼の部屋に入って、今ここにいつもの三人でいるけれど、私の心は一人ぼっちで、タイラー様の気持ちが遠くにあるのがわかった。 そう感じたのは、この部屋で初めて出会ったばかりの時以来だった。 いや、違う。 あの頃ですら、私を受け入れてないのにも関わらず、タイラー様は婚約破棄され、傷ついた私を気遣ってくれた。 今、目の前にいるのは、それよりももっと遠い存在の人。 どう言葉を紡げば、再びいつもの優しいタイラー様の心を取り戻せるのかわからない。 「これからのことを自由に考えて。」と彼は言っていたけれど、もう心の中ではすでに、私との決別を決めてしまったのだろうか? カーステン様との話し合いを終わらせて、タイラー様に伝えたい想いがたくさんあるから、それを胸にこの部屋に来たけれど、もうそれさえもあなたには終わってしまったことなの? 手を伸ばせば届く距離にいるのに、到底彼に近づくことなどできそうにもない。 今ここにいるタイラー様は、ちょっとした知り合いのような心の見えない侯爵令息そのもので、私は彼といるのに切なくて、話すこともできずに泣き出した。「ちょっと待って。 どうしたの? 話を聞くから。」 そう言って、慌ててハンカチを差し出して、私を慰めようとするタイラー様はいつもの優しい彼で、私は涙が止まらなかった。 タイラー様と心が離れるということは、こんなに胸が苦しいのね。 私もタイラー様のように冷静に自分の気持ちを伝えようと思ってここに来たのに、口から出て来るのは、私の心の奥底の一人ぼっちの寂しがりな自分だった。「だって、タイラー様が私と距離を置こうとしているのよ。 私は、タイラー様といつものようにしていたのに。 私を一人にしないで。」 タイラー様は、そんな私を慰めようとしてくれる。「わかった。 わかったから、まずは座ろうか。」 優しく促されてソファに座らせると、タイラー様は、並んで一緒に座ってくれる。 私は、タイラー様の手をぎっちり掴む。 優しい彼と離れるのが、怖くてたまらない。「何があったの?
Last Updated: 2025-04-25
Chapter: 21.タイラーとロドルフ
 タイラーが、マリアに想いを告げ、マリアが居室から出て行くと、部屋にはタイラーとロドルフだけが残った。 部屋は静まり返り、沈黙が二人を覆う。 僕はきっといつかこんな日が来ることをわかっていた。 だから僕は無意識に、この邸に戻り兄とマリアを会わせるのを、できるだけ後回しにしていたんだ。 マリアを失うのが、怖かった。「タイラー様、どうしてマリア様に、これからのことを好きに選んでいいって言ったんですか? 今はタイラー様と婚約中なんだから、何も言わなければ、マリア様は、このままタイラー様の婚約者でいてくれたかもしれないのに。」 そう言うと、ロドルフは悲しげに僕を見つめ、目に涙を浮かべる。「どうして、ロドルフが先に泣くの?」「だって、僕ですよ。 タイラー様を、ずっと見てきた僕ですよ。 タイラー様が、マリア様に相応しい男になるために、陰でどれだけ運動も、領地経営も頑張ってきたかを、ずっと見てきた僕ですよ。 こんなにもマリア様を大切にしてきたって、僕ならいくらでも語ることができます。」「そうだったね。 ロドルフ、泣いていい。」「タイラー様~。」 ロドルフは、椅子に腰掛けているタイラーに抱きついて泣きだした。 長い付き合いだけど、ロドルフがこうやって泣く姿を見せるのは初めてだった。 以前は一人で僕を看病し、負担に感じていた時もあっただろう。 その時だって、僕の前でこのように感情を見せることはなかった。 なのに今、僕のために涙するロドルフは僕より僕の心に正直だ。 それに、いつも僕とマリアがうまくいくように、手助けしてくれていた。 そんなロドルフの気持ちを僕は裏切ってしまったのかな。 でも、頑張っても手が届かないこともあるし、変えられないものもある。 それでも、感謝だけは伝えないと。「マリアとのことをいつも応援してくれたね、ロドルフ、ありがとう。」「タイラー様、かっこつけないで、マリアは僕のものだって、言えば良かったじゃないですか。 絶対に誰にも渡さないって。」 泣きつくロドルフの背中を撫でながら、静かに口を開く。「僕は、かっこつけたわけじゃない。 本当にただ、マリアの幸せを優先したかっただけ。 僕は、彼女と知り合ってから、たくさんのものをもらった。 この動くようになった体も、皮膚がボロボロでも、受け入れてくれる女性がい
Last Updated: 2025-04-25
Chapter: 20.妹
 私は、タイラー様とのことも気がかりだけれど、それと同じぐらいハリエットのことが心配だった。 カーステン様を頼りにして、クライトン家に身を寄せていただろうに、その彼にあんなことを言われて、この侯爵邸で一人、さぞ傷ついて、心細い思いをしているのではないかと思った。 今私は、カーステン様のことは置いておいて、侍女に案内してもらい、ハリエットの部屋を訪れた。 すると、ドアは閉まっているが、中から女性の怒鳴り声が聞こえてきた。 私が慌てて居室に入ると、ハリエットが暴れていて、部屋の調度品を薙ぎ倒し、部屋は無残なありさまだった。 周りにいる侍女達は、彼女の暴力に恐れながらもそれを必死におさめようとしていた。「ハリエット、落ちついて。」「来たわね、私を笑いに。」 ハリエットは、お酒に酔っているらしく、私を見つけると焦点の定まらない目で睨みつけながら、ふらふらと近づいて来る。 とりあえず暴れることはやめたので、ハリエットをソファに侍女達と共に座らせる。「ハリエット、お酒を飲みたくなる気持ちはわかるわ。 でも、侍女達に迷惑をかけたり、物に八つ当たりしてはいけないわ。」 私は、ハリエットが落ち着いて来たようなので、目配せして怯える侍女達を下がらせた。 そして、侍女に託された水の入ったコップをハリエットに手渡す。「相変わらずね。 お姉様は、どんな時でも正しくて、イライラするわ。」「まずは、お水を飲んで落ち着いて。 話ならいくらでも聞くから。」「ねぇ、お姉様の頭の中はいつまでお花畑なの? もしかして、まだ、気づいてないの? どうして、クライトン侯爵に、お姉様が妾の子であるとバレたと思っているの?」「さぁ? わからないけれど、事実だから気にしても仕方ないと思っていたわ。 お父様が話したのかどうかもわからないし、考えても答えが出るとは限らないし。」「もう、お姉様はどうしていつもそうなの? どこまでも聖人で腹が立つわ。 もっと怒ってよ。 どうして婚約者を奪われても、そんなに平然としていられるの?」「声を荒げるのはやめて。 みんなビックリして集まって来てしまうから。 私だって冷静でいられたわけじゃなかったわ。 私はカーステン様のことを想っていたから、あの時は随分ショックを受けたのよ。 私の痛みは見えにくい、ただそれだけだわ。」 
Last Updated: 2025-04-25
Chapter: 19.選択肢
 次の日、目を覚ますと自分が使っているベッドの中だった。 そのすぐそばにはタイラー様がいて、すでに目を覚まし私を見つめていた。「おはよう、マリア、ぐっすり寝れたようだね。」「おはようございます、タイラー様。 あれっ、私、どうしてここに? ごめんなさい、帰りの馬車で寝てしまって。 それに、どうして今まで起きなかったのでしょうか? きっとタイラー様に、ご迷惑をおかけしましたよね?」「迷惑だなんて思っていないよ。 昨日のパーティーの祝杯で酔ってしまったんだね。」「すみません、口をつける程度にしたつもりですが、お酒は今まで飲んだことがなかったのでこうなるとは、わかりませんでした。 私、お酒にかなり弱いんですね。」「飲み慣れていないから酔いがまわったんだよ。 その後、ダンスも踊ったし、王都に来てからの疲れも溜まっていたのだろう。」「それにしても、私どうやってこのベッドまで来たのですか?」「それは、もちろん僕が運んだんだよ。 僕はマリアを抱いて歩くと、めちゃくちゃ遅いし、力もまだ弱いから、ロドルフに支えられながらだけど、他の誰とも君を抱く役目を代わりたくなかったんだ。」「そうだったんですね。 すみません。 私、その間も全然起きなかったのですね。」「ああ、僕とロドルフが大騒ぎしながら運んでいても、君はスヤスヤと気持ち良さそうに寝ていたんだ。 今思い出すと、ちょっと笑えるよ。 君には、お酒に慣れるまで僕がいない時は、外で飲むのを控えてもらうかな。」 そう言って、タイラー様は笑う。「はい、約束します。」 私は、そんな優しい彼に苦笑いするしかなかった。 なんて恥ずかしいの。 その様子を邸の者達は、微笑ましく見守っていたのだろう。 そう思っただけで、顔が熱くなる。 こちらの邸の人達の前では、令嬢らしく振る舞いたかったのに、早速、失敗してしまったわ。「昨日は色々あったけど、馬車の中でマリアを初めて抱きしめられたし、その後も抱っこして運んだり、寝顔も久しぶりに見れた。 僕にとっては、とても素敵な一日の締めくくりだったよ。 マリアは、以前僕の傷に練り薬を塗ってくれたことがあったけど、僕から君に触れたのは、手を繋ぐことぐらいだからね。 昨日は、君が心配で思わず抱きしめてしまったけれど、嫌じゃなかったかい?」「そんなタイラー様が
Last Updated: 2025-04-25
Chapter: 18.王都で
 王子のご成婚披露パーティーの前日に、私達は王都のクライトン侯爵家に、馬車で到着した。 別邸へ向かった時と違って、タイラー様が、ゆっくりと歩いて馬車から降りると、クライトン侯爵、カーステン様、ハリエットが揃い、その姿を見守るように待ち構えていた。「よく帰ったな。 タイラー。 本当に歩けるようになったんだな。 肌も元通りに綺麗になって本当に良かった。 手紙ではそのことを聞いていたけれど、実際に見ると感極まるよ。」 クライトン侯爵は、目に涙を浮かべている。 彼のその反応には、別邸に移ってからの長い時を感じさせた。 それほどの間、私達は王都に戻らなかったということだ。「タイラー、良くやったな。 おめでとう。 疲れただろうから、応接室に行ってから挨拶をしよう。」「ああ、そうしてくれると助かるよ。」 私とハリエットは、お互いに笑顔を交わすと、クライトン侯爵家の方々と、応接室へと移動した。 それぞれ並んでテーブルを囲んでお茶を飲んでいると、上機嫌のクライトン侯爵が話し出す。「改めて、こうして全員が揃ったのは初めてだな。 息子たち二人が共に婚約中で、未来の義娘達を連れてこの邸に来てくれたことに感謝する。 私は、義娘達とは顔を合わせているが、息子達は初めてだろうから、それぞれ紹介してくれ。」「じゃ、僕から。 僕は、兄のカーステンです。 隣が婚約者で、マリアの妹のハリエットだ。 僕は、マリアとは手紙のやり取りをしていたけど、会ったのは初めてだね。 よろしく。」「次は、僕だね。 僕は、弟のタイラー。 以前は寝たきりだったけれど、マリアのおかげもあって、今はこの通り、ゆっくりなら歩けるようになったんだ。 今はマリアと別邸に住んでいる。 そして、隣にいるのが婚約者のマリア。 マリア達は、姉妹だね。 よろしく。」「それにしても、君達姉妹は全然似ていないんだね。 逆に僕達兄弟は似てるだろ? 眼の色が水色か、紫かの違いだけなんだ。」「そうですわね。 私達姉妹は、母親が違うからあまり似てないんです。 顔も性格も。」「性格なら、僕達も違うよ。 兄さんは昔から何でもできて、僕の憧れなんだ。」 穏やかな会話をしているが、テーブルの下でタイラー様は、私と手を繋いだまま離さなかった。 翌日の夜、王宮では王子のご成婚披露パーティ
Last Updated: 2025-04-25
Chapter: 17.夜会への招待状
 楽しい旅から別邸に戻った後、タイラー様の歩行状況はどんどん良くなり、今では走るや踊る以外であれば、ゆっくりだがすべてのことができるようになっていた。 いつものように二人で手を繋いで庭園を散歩していると、これはお世話なのか、ただのカップルの手繋ぎデートなのか、もうわからない。 タイラー様は、顔のブツブツが消えてから、お顔が数段美しくなったので、日増しに私は、彼に見つめられると胸が高鳴り、意識せずにはいられない。 それだけではなく、以前のぎこちない立ち振る舞いが、いつの間にか美しい貴族の所作に変わって、さらに私を夢中にさせる。 でも、それを直接伝えるのは恥ずかしくて、タイラー様には内緒にしていた。 「タイラー様、もう安定して歩けるようになったから、歩く時に手を繋ぐのはやめますか?」 実は彼が、いつまでも私にお世話をされたくないと、内心では思っているかもしれないので、一応確認のために聞いてみた。 すると、「絶対にダメ。 僕の歩行訓練の意欲を奪うようなことを言ってはいけないよ。」 と珍しく強く拒否された。 こんなに否定されたのは、高熱を出している時は近づかないと約束させられた時と、護衛の数の話以来だった。 私は少し驚きながらも、多分タイラー様は、私と手を繋ぐのが好きなんだと思う。 だから、もうこれはカップルの散歩なのでしょう。 そう受け止めて、今日も彼とのデートを続ける。 だって私も、恥ずかしさはあっても、彼から求められる嬉しさは、私が欲しかったものそのもので。 そんなある日、王都のクライトン侯爵から、タイラー様宛に書状が届く。 それを見て、タイラー様はみるみる険しい表情を浮かべる。「マリア、僕達は王都に戻らないといけなくなった。 第一王子がご成婚されるそうだ。 だから、貴族は全員、ご成婚披露パーティーに出席しなければならない。 僕は、療養中だから無理しなくていいとあるが、兄とマリアの妹さんが、父の邸にいる。 君は、彼らと一緒にパーティーに出席しなければならないから、僕も行くよ。 父上にもう歩行は問題ないと伝えているが、まだ信じきれていないのだろう。」「そうですか。 一人では不安なので、タイラー様も一緒に来て頂けるなら心強いです。」「急いで僕達の夜会用の衣装を作ろう。」「はい。」 その日から、半年後のご成婚披露パー
Last Updated: 2025-04-25
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