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第3話

Auteur: 枝火
「修也さん、でも……お腹がまた痛くなってきた」

優花が修也の裾をつかみ、唇を噛んだ。

「先生が、ここ数日はあなたがそばにいてって言った」

優花がつらそうに口を結ぶのを見るなり、修也はあっさり折れ、慌てて向き直って宥めにかかった。

修也は使用人に言いつけ、自分がいない間は優花をきちんと看て、風に当てるな、三十分おきに湯たんぽを替えて下腹に当てろと念を押した。

紗良は横で立ったまま、冷えた目で二人のやり取りを眺めていた。

ようやく優花が涙を止め、修也は外へ出ることを許された。

洋食の店。

紗良はスープを小さく口に運びながら言った。

「修也、優花が流産してなかったら、あなたにとってはいい奥さんになってたかもね」

修也はしばらく黙り、今夜の紗良がどこかおかしいとやっと気づいた。

「言っただろ。俺の妻はお前だけだ。優花が休み終えたら、ちゃんと出ていかせる」

紗良は返さず、俯いたまままたスープを少しずつ飲んだ。

空気がさらに冷えていくのを感じ、修也はさっきの話題を切り上げた。

「紗良、母さんは何の書類を渡したんだ?」

紗良が目を上げた瞬間、修也のスマホが鳴った。

受話口の向こうから、女の泣き声がこぼれてくる。

「修也さん……また、胸が張ってきて……どうしたらいいの……」

修也は椅子を蹴るように立ち上がった。

「泣くな。今すぐ戻る」

電話を切ると、修也は紗良を見た。

「ゆっくり食べろ。あとで使用人に送らせる」

「待って」

首筋がむず痒くなり、赤い斑が、波打つように一気に全身へ広がっていくのが分かった。

「修也……私、アレルギーが出たみたい。エビがだめなの、知ってるでしょ。……どうして、エビ入りのスープなんか頼んだの」

最後まで言い切る前に、修也はすでに背を向けていた。

紗良はその背中を見つめ、やがて、ゆっくりと俯く。

こぼれ落ちた涙が、大きな粒のまま、静かに床を濡らした。

修也。

もうすぐ知るだろう。私があなたと離婚したいってこと。

最後の一回のチャンスまで、あなたは捨てた……

喉が締まるように苦しくて、紗良はまともに息ができない。

腕の力が抜け、身体が右へ傾き、指先がだらりと落ちた。

一時間後、紗良は胃洗浄を終えた。

看護師に車椅子を押され、ちょうど優花の病室の前を通りかかる。

扉の隙間から、紗良は修也が優花を抱き寄せ、気だるい声で話すのを見た。

「医者も言ってただろ。静養中は、母乳が漏れることもある。珍しいことじゃない」

優花は泣き腫らした目で縋りつく。

「修也さん、私、つらいの……もう二度とあなたの子を授かれない気がして」

修也は腕に力を込めた。

「約束しただろ。休み終えたら白見原の評判のいい医者に診せる。一人目どころか、二人目も三人目も……きっと授かる」

狭い隙間越しに、紗良は二人が夫婦みたいに妊娠の話をしているのを見てしまった。

喉の奥で短く呻き、次の瞬間、鮮血を吐き出した。

真っ赤な血が病衣を染め、看護師は顔色を変えて医師を呼びに走った。

入口の騒ぎに気づいた修也が立ち上がりかけたが、優花が袖をつかんで止めた。

さらに三十分後、紗良は病室のベッドに横たわっていた。

ゆっくり目を閉じると、二年前のことが浮かんだ。引退して妊活を始めようとしていた頃。

そのとき修也は紗良を抱き寄せて言った。

「紗良、お前は舞台に立つために生まれてきた。子どもは、まだ先でいい。

紗良との子どもなら、いつ授かっても、大切にする」

どうしても分からない。

あの頃の修也の愛は、熱くて、まっすぐで、本物に見えたのに、どうしてこんなに早く変わる。

紗良は布団をゆっくり頭まで引き上げた。

悔しさが溢れて、涙はもう止められなかった。

翌朝、紗良が目を開けると、天井の蛍光灯が眩しすぎて目が痛んだ。

ベッド脇に修也が座り、黒い瞳に不安をいっぱい詰めていた。

「起きたか。アレルギー出たなら最初に俺に電話しろよ。昨夜ずっと心配した」

紗良は身体を起こし、見上げるように修也を見た。

電話しろって?

そんなの、もう無理。

これから先、何があっても、紗良はもう修也に連絡しない。

「怒ってる?ここ数日、俺がちゃんとそばにいなかったせいか」修也は眉をひそめた。

「さっきマネージャーから電話があった。今日の午後、クランクアップの撮影があるんだろ。俺が現場まで一緒に行く、いいか」

紗良が冷たく断っても、修也は引かなかった。

紗良は結局、洗面まで支えられ、朝食を口に運ばれ、いつものように靴下も靴も履かされた。

二人が外へ出ようとしたところで、病室の扉が開いた。

優花がそっと顔をのぞかせ、怯えたような表情を浮かべる……

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