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第108話

Author: こふまる
夕月は十数名のボディーガードに護衛され、ようやく教室棟から脱出することができた。

しかし、まるで蚊のように執拗に付きまとう記者たちは、彼女の後を追い続けた。

「あなたたち、どちらの方々ですか?」

「誰に雇われているんですか?」

記者たちは無表情なボディーガードたちの顔にマイクを突きつけ、騒々しく質問を浴びせかけた。

この騒ぎに、多くの学生たちが興味を引かれ、夕月のいる方向を好奇心に満ちた目で見つめていた。

最後尾を歩いていたボディーガードの一人が、しつこく付きまとう記者たちに身分証を提示した。

記者たちは身分証に記された「桜国警備」の文字を目にした途端、足を止めた。

「何を報道していいか、何を報道してはいけないか、皆さんご存知でしょう?不適切な報道をすれば、責任は自己負担となりますよ」とそのボディーガードは警告した。

群がっていた記者たちは一瞬にして静まり返った。

機転の利く数名のカメラマンは即座に肩から下ろしたカメラのレンズにキャップをはめた。

桜国警備のボディーガードだと知った途端、記者たちは大人しくなった。

黒塗りのセンチュリー ノブレスが近くに停まっていた。桜都大学では学長でさえ構内の自由な車の乗り入れは許可されていなかった。

しかし、この威厳に満ちた高級車は、大学校内へと悠然と進入してきた。

車のドアが開くと、広々とした後部座席に長身の若い男性が座っていた。

車内は薄暗く、男の表情は影に隠れていたが、立体的な骨格からその優れた容貌が窺えた。

記者たちは首を伸ばし、目を見開いた。

「橘冬真社長じゃないですか?似てる気が……」

「橘社長は藤宮さんと離婚したはずでは?」

「桜国警備のボディーガードを動かせるなんて、橘社長に可能なんでしょうか?」

訓練された警備員たちは、記者たちを数メートル先で制止していた。

夕月は車のドアの前まで歩み寄り、中の男性を確認すると、丁寧に頭を下げた。「叔父様」

その言葉を口にした瞬間、不適切な呼び方だったと気付いた。

車内の空気が一気に重くなり、息苦しさを感じた。

もう冬真と離婚した今、橘凌一(たちばな りょういち)を叔父様と呼ぶ資格はないのだ。

「乗りなさい」

大聖堂のパイプオルガンのような低く渋い声音には、拒否できない威厳が漂っていた。

その抗いがたい力に導かれるように、夕月
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