تسجيل الدخول15年前、側近の裏切りで父を亡くした東条志乃は、「佐倉」と偽名を名乗り地味な眼鏡OLとして仇の潜む東城デパート外商部へ潜入する。目的は父を死に追いやった裏切り者たちを社内から冷酷に破滅させること。 共犯者である情報屋の駆とともに最初の標的・根津親子の失脚を企む志乃だが、指導係として現れたのは最大の本丸・現社長の息子である三島絢人だった。 志乃は彼を復讐の道具にしようと近づくが、絢人は高い知性と鋭い観察眼で志乃の完璧なポーカーフェイスの裏にある「謎」を探り始める。復讐の毒蜘蛛と仇の御曹司、互いの真意を隠した危険な騙し合いが幕を開ける。
عرض المزيد大きめの黒縁眼鏡、後ろでひとつに結んだ黒髪、一切の無駄を省いたリクルートスーツ。どこからどう見ても、華やかなデパート業界には不釣り合いな「地味で冴えないOL」——それが、外商部に入社して二年目になる私の姿だ。
十五年前、老舗『東城デパート』の社長だった私の父は、側近たちの裏切りによってすべてを奪われ、自殺に追い込まれた。
私の本名は東条志乃。人事部長の渋沢さんの手引きにより、親戚の苗字を借りて身元を偽り、このデパートへ潜入した。目的はただひとつ。父を死に追いやった裏切り者たちを、一人残らず社内から叩き潰すことだ。
「おい、佐倉さん」
デスクで朝の資料を整理していると、上から声が降ってきた。
外商部部長、根津栄治。かつて父のカバン持ちでありながら、裏切りの情報を売って現在のポストを手に入れた男だ。
根津は机の上に書類の山を置いた。
「今日から現場研修で入る新人さんの指導係、君に頼むからね。君は真面目だけが取り柄だし、雑用ついでにちょうどいい。しっかり教えてやってくれ」
「……かしこまりました。ご指導のほど、よろしくお願いいたします」
私は表情ひとつ変えず、完璧な角度で一礼した。
表面上は丁寧に取り繕って、私はこの男を地獄に落とす計算を巡らせていた。
社会的に、二度と這い上がれない地獄へ落とすことこそが私の復讐だ。15年前の仇のひとりであるこの男を、どう追い詰めていくか。
入社して2年。
復讐を決行する準備は整った。
「さて、さっそくで悪いんだが、新人さんが来る前にメンズアパレルのチーフバイヤー、根津健太のところへこの資料を持って行ってくれないか」
根津健太。根津部長の息子であり、父親の七光りを背景に社内で好き勝手に振る舞っている二世社員だ。
「承知いたしました」
私は資料を受け取り、静かに歩き出した。
まずはこの根津親子。父を裏切って甘い汁を吸い続けてきた最初の標的として、申し分ない相手だった。
◇
メンズアパレル部門のオフィスへ行くと、仕立ての良いスーツを着た青年——根津健太が、女性社員と話をしていた。
「だからさ、今夜の打ち上げ、君も来なよ。僕の親父の顔を立てると思ってさ」
「あの……根津チーフ、今日は予定がありまして……」
困惑する女性社員の前に、私は静かに足を進めた。
「根津チーフバイヤー。外商部の佐倉です。根津部長から資料をお届けに上がりました」
私は眼鏡の位置を直し、淡々とした声で割り込んだ。
健太は少し不機嫌そうに振り返り、私を上から下まで見分めた。
「ああ、外商部の佐倉さん? ご苦労様。……でもさ、人が話してる最中に急に割り込むのは感心しないな。その資料、デスクの端に置いておいてよ」
健太は受け取ろうともせず、あしらうように手を振った。その拍子に手元が当たり、資料が床へ滑り落ちて散らばってしまう。
「あ、悪いね。滑っちゃった。拾っておいてくれる?」
悪びれもせず微笑む健太。
「失礼いたしました。すぐに拾います」
私は静かに屈み、散らばった用紙を一枚ずつ拾い集めた。
健太は私の手元を見下ろしながら、少し馬鹿にしたような笑みを浮かべている。
(……決めたわ)
一枚一枚、用紙を重ねていきながら、私は冷酷に決意を固めていた。
父親の権力に守られて調子に乗っているこの息子と、それを利用して社内で甘い汁を吸う父親。
まずはこの根津親子を、私の復讐の最初の犠牲者にしてあげる。どう料理して、どう社会的地位を奪ってやろうか——胸の奥で、静かで冷たい情熱が湧き上がっていた。
「これで全部ですね。失礼いたします」
綺麗に揃えた資料を健太のデスクに置き、私は完璧な一礼を残してオフィスを後にした。
(まずは親子関係の綻びを探すことからね。じっくり追い詰めてあげる)
復讐のファーストステップとして、ターゲットは見定まった。
胸の中で冷たい満足感を覚えた、その時だった。
「——すごいですね。あんな風に落ち着いて対応できる人を、初めて見ました」
背後から、低く通る声が掛けられた。
振り返ると、そこには見覚えのない青年が立っていた。
上質なスーツを纏い、育ちの良さを感じさせる端正な容姿。だが、その瞳にはどこか深みのある、鋭い知性が宿っていた。
「あなたは……?」
青年は柔らかく微笑み、胸元の ID カードを示した。
「本日付で外商部に研修配属されました、三島絢人です。指導係を引き受けてくださったと伺いました。よろしくお願いします、佐倉先輩」
三島絢人。
父を殺した最大の元凶、現社長・三島宗一の息子。
私の胸の奥で、復讐の炎が激しく渦巻いた。
だが、絢人は私の地味な眼鏡の奥を、逃さずじっと見つめていた。その瞳には、単なる「初対面の先輩」に対するものではない、観察するような深い色が浮かんでいた。
「……これからよろしくお願いします、三島さん」
私はいつも通りの地味な笑顔を作り、差し出された手を握り返した。
この男を罠に嵌め、三島家を破滅させる。そう心に誓いながら。
「佐倉さん! 三島さま! お越しになられたぞ!」午前十時前、外商部のオフィスに根津部長の引きつった声が響いた。普段は威張り散らしている根津部長が、今日は額にうっすらと汗を浮かべ、何度もネクタイの結び目を気にしている。応接室の扉が開き、姿を現したのは一人の若い女性だった。全身を海外の高級ブランドで固め、長髪を巻いた派手な美女——東城デパートの最大株主である白川グループの令嬢、白川結衣だ。「遅いんじゃない? 案内するのに何分待たせる気?」部屋に入るなり、結衣は手持ちのブランドバッグを長椅子へ投げ捨てるように置いた。「申し訳ございません、白川さま! 本日は外商部一同、心より歓迎いたします」根津部長は揉み手をしながら、揉みくちゃの笑顔で頭を下げた。「ふん、どうでもいいわ。……ところで、例のジュエリーは用意できたの?」「は、はい! メンズアパレル部門とも連携し、根津チーフバイヤーが特別ルートで手配した限定ネックレスでございます」根津部長の合図で、応接室の脇に待機していた息子の健太が、恭しい手つきでベルベットの宝石箱をテーブルへ置いた。蓋を開けると、大粒のダイヤモンドが施されたネックレスが輝く。結衣は爪を立てるようにしてそれをつまみ上げると、光にかざして溜め息をついた。「……何これ。思ったよりカットが甘いじゃない。本当に本物?」「えっ……!? は、はい! 海外の直営店から直接仕入れたと聞いておりますが……!」健太の顔色が急激に失われた。「つまんないわね。あ、それからお茶。冷めた紅茶なんて飲めないから、淹れ直してきて。そこの地味な眼鏡のあなた、早くしなさいよ」結衣は顎で私を指図した。「……承知いたしました。すぐに淹れ直してまいります」私は一切の感情を殺し、静かに一礼して応接室を出た。(……なるほどね)給湯室で湯を沸かしながら、私は冷ややかに思考を巡らせた。白川結衣の傲慢な態度は計算通りだ。だが、それ以上に収穫だったのは、あのネックレスを前にした健太の狼狽ぶりだった。(海外の直営店から直接仕入れ……? 嘘ね。あのダイヤモンドのカットと台座の彫刻、公式のラインナップじゃないわ。健太、あなた安物の模倣品を本物と偽って、差額を自分の懐に入れてるでしょう)知識の浅い二世社員がやりそうな裏工作だ。白川結衣のような本物を見慣れた客を相手にすれば
残業を終え、デパートの勝手口を出たのは夜の九時を過ぎた頃だった。初夏の湿った夜風が、火照った頬を撫でる。絢人への指導は滞りなく終わった。彼は飲み込みが早く、私が教えた社内システムの検索コードも、顧客の購買傾向の分析手順も、一度聞いただけで完璧に把握してみせた。(優秀すぎるのも、考えものね……)夜の街を歩きながら、私は眼鏡のフレームを押し上げた。絢人の知性は本物だ。こちらの意図や動作のわずかな引っかかりを、敏感に察知する鋭さを持っている。彼を道具として操るには、想像以上に細心の注意が必要だと痛感していた。角を曲がり、人通りの途絶えた路地に入る。一見すると古びたビンテージショップの看板が見えてきた。扉を押して中に入ると、カウベルが低く鳴る。「遅かったな、志乃」カウンターの奥から現れたのは、影山駆だった。ボサボサの黒髪に、使い古されたワークシャツ。だらしない見た目とは裏腹に、その眼光は野良犬のように鋭い。「外商部での仕事はどうだった?」「順調よ。最初のターゲットを根津親子に定めたわ」私はカウンターのパイプ椅子に腰掛け、昼間の出来事を手短に報告した。根津健太の不遜な態度と、社内での立ち回りから透けて見える浅はかさ。そして、息子の失態や弱みを突けば、父親である根津部長も連鎖的に崩せるという見立てを。駆は煙草に火を点け、紫煙を吐き出しながら口元を歪めた。「相変わらず容赦ねえな。で、あのバカ息子の弱み、さっそく洗うか?」「ええ。頼めるかしら、駆」「お安い御用だ。健太の裏の顔なら、少し突けば埃が山ほど出てきそうだぜ」駆は高校時代、一人で密かに空手の鍛錬を重ねていた私を見つけ出し、実戦的な騙し合いや裏の情報の扱い方を仕込んでくれた男だ。私の過去も、復讐の執念も、すべてを知る唯一の共犯者。「それと……三島宗一の息子、絢人が外商部に研修配属されたわ。今日から私が指導係を担当しているの」駆の煙草を挟む指が、ぴたりと止まった。「……あのボクちゃんか」「ええ。思っていたより鋭い男よ。私の些細な表情の変化や仕草を、観察するように探ってきたわ」「おいおい、大丈夫かよ。ボロ出して疑われてんじゃねえだろうな」「心配いらないわ。私がヘマをするわけないでしょう」そう口にしながらも、胸の奥に小さな引っかかりが残っていた。絢人のあの澄んだ、けれどすべてを見透
「佐倉先輩、こちらの資料のチェックをお願いできますか?」デスクの横から、通りやすい爽やかな声が届く。三島絢人。外商部に配属された現社長の息子であり、今日から私が指導を担当することになった男だ。「ええ、拝見しますね」私は地味な黒縁眼鏡の位置を直し、絢人が差し出してきたファイルを受け取った。今日配属されたばかりとは思えないほど、完璧に整理された顧客リスト。文字の美しさや数字の正確さから、彼が高い知性と几帳面さを持っていることが窺えた。「完璧です、三島さん。これならすぐに実務に入れますね」「ありがとうございます。佐倉先輩にそう言っていただけると安心します」絢人は柔らかく微笑んだ。その一見すると素直で扱いやすそうな笑顔を見つめながら、私は心の中で冷酷な計算を巡らせていた。(この男を徹底的に私に依存させ、最後にどん底へ突き落としてあげる……)先ほど、メンズアパレル部門のオフィスで出会った根津健太の顔が脳裏に蘇る。親の権力を傘に着て威張り散らし、資料を落として私にあっけらかんと拾わせた二世社員。思い出すだけで、胸の奥から冷たい愉悦が湧き上がってくる。あんな男、親の威光を剥ぎ取れば何も残らない。健太の浅はかな身振りと高慢な態度から、社内での立ち回りや雑な仕事ぶりは容易に想像がついた。父親である根津部長の弱みと合わせてどう料理し、二人まとめて二度と再起できないどん底へ叩き落としてやろうか。(もっとじっくり追い詰めて、惨めに這いつくばらせてあげる……)自分のデスクに向き直り、PCの画面に視線を落としながら、私は眼鏡の影で誰にも見えないようにそっと口角を上げた。暗い殺意に満ちた、冷たい微笑だった。だが、その瞬間。「……佐倉先輩?」ふいに絢人の声が聞こえ、私は一瞬で笑みを消して平常心に戻った。完璧なポーカーフェイスで振り返る。「はい、何でしょうか?」絢人は自分のデスクの椅子に深く腰掛けたまま、じっと私を見つめていた。その瞳は、先ほどまでの穏やかなそれではない。私の些細な表情の変化や身のこなしの隙を逃さず観察するような、深く静かな光を宿している。「いえ……先輩は、仕事をしている時が一番楽しそうだなと思いまして」「そんなことはありませんよ。ただ、ミスがないように集中しているだけです」「そうですか」絢人は追及するでもなく、静かに微笑んで視線
大きめの黒縁眼鏡、後ろでひとつに結んだ黒髪、一切の無駄を省いたリクルートスーツ。どこからどう見ても、華やかなデパート業界には不釣り合いな「地味で冴えないOL」——それが、外商部に入社して二年目になる私の姿だ。十五年前、老舗『東城デパート』の社長だった私の父は、側近たちの裏切りによってすべてを奪われ、自殺に追い込まれた。私の本名は東条志乃。人事部長の渋沢さんの手引きにより、親戚の苗字を借りて身元を偽り、このデパートへ潜入した。目的はただひとつ。父を死に追いやった裏切り者たちを、一人残らず社内から叩き潰すことだ。「おい、佐倉さん」デスクで朝の資料を整理していると、上から声が降ってきた。外商部部長、根津栄治。かつて父のカバン持ちでありながら、裏切りの情報を売って現在のポストを手に入れた男だ。根津は机の上に書類の山を置いた。「今日から現場研修で入る新人さんの指導係、君に頼むからね。君は真面目だけが取り柄だし、雑用ついでにちょうどいい。しっかり教えてやってくれ」「……かしこまりました。ご指導のほど、よろしくお願いいたします」私は表情ひとつ変えず、完璧な角度で一礼した。表面上は丁寧に取り繕って、私はこの男を地獄に落とす計算を巡らせていた。社会的に、二度と這い上がれない地獄へ落とすことこそが私の復讐だ。15年前の仇のひとりであるこの男を、どう追い詰めていくか。入社して2年。復讐を決行する準備は整った。「さて、さっそくで悪いんだが、新人さんが来る前にメンズアパレルのチーフバイヤー、根津健太のところへこの資料を持って行ってくれないか」根津健太。根津部長の息子であり、父親の七光りを背景に社内で好き勝手に振る舞っている二世社員だ。「承知いたしました」私は資料を受け取り、静かに歩き出した。まずはこの根津親子。父を裏切って甘い汁を吸い続けてきた最初の標的として、申し分ない相手だった。◇メンズアパレル部門のオフィスへ行くと、仕立ての良いスーツを着た青年——根津健太が、女性社員と話をしていた。「だからさ、今夜の打ち上げ、君も来なよ。僕の親父の顔を立てると思ってさ」「あの……根津チーフ、今日は予定がありまして……」困惑する女性社員の前に、私は静かに足を進めた。「根津チーフバイヤー。外商部の佐倉です。根津部長から資料をお届けに上がりました」私は眼鏡