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第127話

Author: こふまる
容赦なく切られた通話音が響く。

会議室が凍りつくような静寂に包まれた。

冬真の全身から三尺の氷柱が生えたかのような冷気が漂う。

またしても夕月に意地を張られた形だ。

いったいいつまでこんな駆け引きを続けるつもりなんだ?

冬真の表情が凍りつき、暗い瞳には抑えきれない感情が渦巻いていた。

再度電話をかける。

今度は機械的な声が返ってきた。「お客様のお掛けになった電話番号は……」

「!!!」

ブロックされた——

深く息を吸い込んだ冬真が顔を上げると、株主たちと目が合う。気まずい沈黙が流れる。

「私から電話してみようか」凌一の声に、一同の視線が集中した。

凌一が携帯を取り出し、スピーカーモードで電話をかける。株主たちは思わず息を潜めた。

瞬時に通話が繋がった。

「橘博士!私、賞を取れたんですよ!」

夕月の弾むような声が響き渡る。これまで聞いたことのない、喜びに満ちた声色だった。

冬真は息を呑んだ。あの夕月が、こんなにも嬉しそうな声を出すのか。

「おめでとう」淡々とした凌一の返事には、何の感情も読み取れない。

「藤宮夕月!」冬真の声が低く唸るように響く。「さっきの電話、切っただろう」

三秒の沈黙の後。

「橘博士、前にお話しした件について、もう一度ご検討いただけませんでしょうか」

「!!!」冬真の顎の筋肉が浮き出るほど強張る。表情は墨を塗ったように暗い。

完全に無視された。

明らかに意図的だ。

なるほど、彼から甘い言葉を引き出したいというわけか。

冬真は深く息を整えた。

「夕月、食事でもどうかな」

まさか自分からこんな譲歩をする日が来るとは。

離婚騒動以来、これが彼に出せる最大限の寛容さだった。

「博士、私と食事、ご一緒していただけませんか?」夕月の声が凌一の携帯から漏れる。

冬真は思わず笑みを漏らした。彼女は怯えているのだ。

二人きりの食事を恐れている。

愛ゆえの畏れ。愛ゆえの恐れ。

二人きりになれば、彼の元に戻りたい気持ちを抑えられなくなる——そう怖れているのだろう。

ならば、少しだけ甘やかしてやるか。

「叔父上も同席して……」

「はい、では今夜に」

夕月の即答に、凌一との約束を取り付けられて安心したような様子が滲んでいた。

冬真は腕を組み、口元に笑みを浮かべる。

夕月の切迫した様子が、妙に心地よ
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