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第126話

Author: こふまる
涼が手を上げ、教授の飛沫が夕月にかかるのを防いだ。

「なんだ、この妙な空気は!」と教授は鼻を鳴らしながら呟く。

他の教授たちも影響され、辺りを嗅ぎまわり始めた。「変な空気?どこにそんなものが?」

我に返った夕月は、手持ちの招待状を教授たちに見せながら慌てて言った。

「既に公式の招待状を頂いております。皆様のご厚意に感謝いたします」

その時、群衆の中に幽鬼のように蒼白い顔を見つけた。

平田安人が彼女を見つめていた。

夕月の視線に気づくと、まるで猫を見た鼠のように、彼は逃げるように姿を消した。

決勝戦で100位以下だった安人には、夕月に挑戦する資格すらなかった。

決勝戦2位の挑戦者が夕月に敗れた後も、安人は委員会が2位の参加者に金賞を与えることを祈っていた。

彼の目には、その挑戦者の方が夕月より優れて見えたのだ。

夕月が金賞を手にした瞬間、安人は完全に取り乱した。

夕月との賭けを思い出したのだ。

両足が激しく震える。

会場を逃げ出しながら、安人は必死に考えていた。

どこかに隠れて、この騒ぎが収まるまで待とう。そうすれば誰も賭けのことなど覚えていないはずだ。

「うわっ!」

通路で誰かにぶつかった安人は、その人物の巨体に弾かれ、尻もちをついた。

ぶつかった相手は一言も発せず、安人の傍らを通り過ぎていった。

平田は悪態をつきながらよろよろと立ち上がった。自分を倒せるような相手なら手を出すべきではないと、ぶつかった相手の方は見向きもせずに立ち去った。

壁につかまりながら建物を出ると、新鮮な空気が肺に染み渡り、ようやく一息つけた。

ふと上着のポケットに手を入れると、見覚えのない薬の包みが入っていた。

不思議に思いながら取り出してみると、その裏面には説明書きが——

便秘改善、スムーズな排便を——

まさか……下剤!?

なぜ自分のポケットにこんなものが?

平田の顔が一瞬にして真っ赤に染まる。

「くそっ!」

下剤を地面に叩きつけた。

「安人!」

顔を上げると、以前桐嶋教授の家で一緒に勉強していた仲間たちが立っていた。

彼らは平田に近づくと、それぞれのポケットから同じような薬の包みを取り出した。

「誰が入れたのかは分からないけど、安人、必要なら使えよ」

十数個の下剤が平田の手のひらに載せられた。

「まさか本当に……逆立ちし
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