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第374話

Author: こふまる
「触るな!」冬真が叫ぶ。

しかし楓は更にエスカレートし、彼の上に覆い被さろうとした。

「冬真!手伝ってあげてるのに!私だって脱いでるじゃない。なんであなたは脱がないの?」

「やめろ!離せ!」

抵抗すればするほど、楓の興奮は増していく。

「どうしてそんな顔するの?私に食べられちゃうとでも思ってるの?」

楓が冬真のスーツのボタンに手をかけるが、なかなか外れない。

「もう!暴れないでよ!そんなにくねくねされたら、何しでかすか保証できないわよ!」

冬真の背筋が凍り、頭の中で警報が鳴り響いた。

両足で蹴り上げ、楓をソファから突き飛ばした。

「きゃあっ!」

床に転がった楓が悲鳴を上げる。

ソファに倒れこんだまま、冬真は床に転がる楓を恐怖の目で見つめた。

「お前、正気か?」

この監禁も楓の仕業なのではと疑い始めたが、すぐに否定した。

彼女にそこまでの知恵はないはずだ。

「冬真!なんで蹴るのよ!私のこと、もう親友とも思ってないの?」

楓が憤慨する声も無視して、冬真はソファから身を起こし、扉に向かった。

背を向けたまま手を伸ばすが、ドアはしっかりとロックされていた。

「くそっ!」

荒々しい声が漏れる。

夕月の仕業だと思うと、更に怒りが込み上げてきた。

窓際まで行ってみるが、窓もまた固く閉ざされている。

だが、まな板の上の魚のように、ただ捌かれるのを待つつもりはない。

何としてでも、ここから脱出する方法を見つけ出さねばならない!

冬真の目が部屋を素早く見回し、アロマディフューザーに釘付けになった。

息を止めながらディフューザーに近づき、背を向けたまま電源コードを引き抜いた。

そのまま手に持ち、窓ガラスに叩きつけようとする。

新鮮な空気が入れば、二人とも正気を保てるはずだ。

だが後ろ手に縛られた状態では、ディフューザーを振り上げることすらままならない。

雨に打たれたように、汗が顔を伝い落ちる。

やむなくディフューザーを諦め、他に鋭利な物はないかと探し始めた。

だが窓を割ろうとすることは、夕月も当然想定済みだろう。

部屋中を探し回っても、使えそうな物は見当たらない。

意を決した冬真は、自らの体で窓に突進した。

「ドン!」

全身の力を振り絞って窓に体当たりする。

窓全体が大きく揺れた。

その衝撃音に楓が震え上がる。

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