七年の冷遇、離婚後は御曹司に溺愛されます

七年の冷遇、離婚後は御曹司に溺愛されます

作者:  星入りポケット剛剛更新
語言: Japanese
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故事簡介

現代

離婚

CEO・社長・御曹司

天才

隠し身分

後悔

結婚して七年、赤沢知輝(あかさわ ともき)は一度も花谷宥里(はなや ゆり)を公の場へ連れて出たことがなかった。それなのに、いつの間にか自分の教え子と結婚式を挙げようとしていた。 姑と息子までがそろって式に出席し、宥里を容赦なく追い払った。 夫は「謝れ」と言い、姑は「みっともない」となじり、息子までもが「もうママなんていらない」と言い放つ。 またしても家族に見捨てられた宥里は、ここでようやく決心がついた。もう、自分を大切にして生きていこうと。 赤沢夫人の座も、息子も、いらない。 知輝は思い込んでいた。かつて自分と結婚するため、なりふり構わずベッドにまで潜り込んできたあの宥里が、赤沢夫人という肩書きを失ってしまえば、まともに生きていけるはずがないと。 だが彼は知らなかった。見下していたはずの妻が、学術界の天才であり、知輝の一族全体の命運さえ左右できる存在であることを。しかも、彼女に想いを寄せる優秀な男たちは星の数ほどいることを。 誤解が解け、真実を知った知輝は焦り出す。だがその頃にはもう、宥里は、誰も逆らえないほどの大物にしっかりと囲い込まれていた。 隠されていた素性がひとつ、またひとつと明かされるたび、あの名門一族の正真正銘の令嬢すら警戒を強めていく。だが誰も知らない。偽物のお嬢様と蔑まれていた宥里こそが、あの名門一族ただ一人の後継者だということを。 やがて、己の愚かさを思い知った元夫が縋るように言う。 「宥里、全部俺が悪かった!だから頼む、俺を見捨てないでくれ!」 宥里「汚らわしい。さっさと消えて」 息子「ママ……もう僕のこと、いらないの?」 宥里「ごめんね。でも、あなたは私の子じゃないの」 貞末絢斗(さだすえ あやと)「ねえ、宥里。いっそ俺たちも、子供を作ってみない?」 宥里「はっ。あなた、まだお試し期間中でしょう?」

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第 1 章

第1話

「もしもし、赤沢知輝(あかさわ ともき)様の奥様でいらっしゃいますか?私、担当ウェディングプランナーの田中と申します。挙式当日の進行について、いくつか確認させていただきたく、お電話いたしました」

スープをかき混ぜていた花谷宥里(はなや ゆり)の手がふと止まった。その日は気分がよく、宥里は微笑みながら答えた。

「ええ、赤沢知輝の妻ですが……あの、結婚して七年になりますし、最近は式を挙げる予定なんてありませんよ?」

電話の向こうが一瞬沈黙し、すぐに確かめるように尋ねてきた。

「えっ……お電話番号を間違えてしまったのでしょうか。桃木香織(ももき かおり)様でいらっしゃいますか?」

カチャン。

宥里の手からスプーンが滑り落ちた。耳の奥で、激しい耳鳴りがした。

「もしもし?お声が聞こえにくいのですが。桃木様でいらっしゃいますか?」

宥里は青ざめた顔で、かすれた声を絞り出した。

「わ……私は、違います……」

「失礼いたしました。お電話番号を間違えてしまったようです」

相手はそう詫びて、そのまま電話を切った。

けれど宥里は、どうしても心を落ち着けることができなかった。電話口で告げられた新郎の名が、ほかならぬ夫の知輝だったからだ。

宥里は二十一歳で知輝と結婚し、籍を入れてから七年。六歳になる息子もいる。

香織という名前にも、覚えがあった。知輝のかつての教え子で、今は彼が経営する会社の研究室で働いている女性だ。

これまで何度となく、知輝の口からその名を聞いてきた。その名を口にするたび、決まって褒めていた。

理由もなくこんな電話がかかってくるとは思えない。それに相手は、最初から迷いなく知輝と香織の名を口にしていたのだ。

夜十時、広々としたリビングに、宥里はただ一人。ソファに座り、ぽつんと知輝の帰りを待っていた。その間、何度も電話をかけたが、一度も出なかった。

ようやく十一時近くになって、知輝から折り返しの電話があった。

宥里が口を開くより先に、電話の向こうから低く冷ややかな、明らかに苛立ちを含んだ声が響いた。

「今忙しいんだ。少しはこっちの都合も考えてくれ」

胸がぎゅっと締めつけられる。いつからだろう。自分が夫から「物分かりの悪い妻」扱いされるようになったのは。

「今夜は帰ってこないの?」

彼女は小さな声で尋ねた。

「帰らない。週末は出張だから、今夜は会社の近くに泊まる」

「私、何か……」

荷物を整理して会社まで届けようか。そう尋ねようとした、その時。電話の向こうから、はっきりとした女の声が滑り込んできた。

「先生、早くしてくださいね。式場のほうが……」

「ああ、もういい。この話はまた今度だ。こっちは忙しいんだ、家のくだらない用事でいちいち俺の邪魔をするな」

その女の声を最後まで聞き取る前に、知輝に電話を切られてしまった。

それでも、「式場」という言葉だけは、はっきりと耳に残った。

氷のような冷たさが、心の底から手足の先まで這い広がっていく。

朝になった頃、宥里はすでに隣町へ向かう車の中にいた。

一睡もできず両目は赤く腫れ、顔色も青白く、落ち着かない様子で窓の外を見つめていた。

一晩中考え抜いた末に出した結論は、本当に結婚式が行われるのかを、この目で確かめに行くことだった。

住所は、別の電話番号から式場にかけ直し、問い合わせを装って聞き出したものだ。相手は深く疑うこともなく、あっさりと教えてくれた。

ぼんやりと物思いに沈んでいると、長らく連絡を取っていなかった相手から電話が入った。

着信画面に浮かんだ名前を見つめ、数秒ためらってから、宥里は通話ボタンを押した。

「先輩」

声はどこかかすれ、喉がカラカラに渇いていた。

「宥里、出てくれて本当によかった」

相手は明らかに嬉しそうだった。

「俺が何のために連絡したか、分かってるだろう?だから単刀直入に言う。研究所は今、本当に君を必要としているんだ。戻ってきてくれさえすれば、研究開発センター長のポストを君に用意する。どうだ?」

宥里の声には、あまり感情がこもっていなかった。

「先輩、研究所には先輩も先生もいらっしゃるんですから、私が戻るかどうかなんて、大した意味はありませんよ」

電話の向こうの声が、焦ったように高くなる。

「意味がないわけないだろう!量子発振子の研究室は、君が一から築き上げたものなんだぞ。この分野であの研究室がどれほど重要な意味を持つか、誰より君が分かっているはずだ。

それに、あのセンター長の座はもともと君のものだった。七年前、君が身を引きさえしなければ……いや、すまない。俺はただ、君の代わりを務めているだけなんだ。まさか、一生代役をやらせるつもりじゃないだろう?」

様々な感情がどっと押し寄せ、胸の奥が激しくざわめいていた。一睡もしていない今の宥里には、何かを考えることも、まともに答えることもできそうになかった。

「少し考えてから、お返事します」

隣町はそれほど広くなく、宥里はほどなくして結婚式が行われるホテルを見つけた。この辺りでは結婚式場としても知られている、格式あるホテルだった。

案内表示に従って宴会場のあるフロアへ向かうと、披露宴会場の受付前に、新郎新婦の写真を使ったウェルカムボードが飾られていた。

写真の中の花嫁は、愛らしい顔いっぱいに幸せそうな笑みを浮かべている。その表情からは、新郎への愛情がひしひしと伝わってきた。

宥里は花嫁から、その隣に立つ新郎へと視線を移した。

そこに写っていたのは、紛れもなく夫の知輝だった。その姿が、宥里の胸を深く抉った。

「あの、どちら様ですか?」

中年の夫婦が近づいてきた。夫のほうが、警戒するような目で宥里を見た。

「うちの娘夫婦のウェルカムボードの前に、ずいぶん長く立っていらっしゃいますが……式に出席される方ですか?」

娘夫婦……

なるほど、この二人は香織の両親だったのか。

「私、知輝を探して……知輝の……」

「ああ、知輝のご親戚でしたか!」

宥里の言葉は、香織の父親、桃木時雄(ももき ときお)に遮られた。相手は彼女を新郎側の親戚だと勘違いしたらしい。

とはいえ、あながち間違いでもない。確かに身内には違いない。ただし赤の他人のような遠縁ではなく、正真正銘、知輝の妻なのだ。

「はい」

宥里は頷いた。

香織の両親はそれを聞くと、たちまち顔中に笑みを広げた。母親の桃木淳子(ももき じゅんこ)は親しげに宥里の腕を取った。

「あら、こんなギリギリに来たのね。さあ、早く行きましょう。もうすぐ式が始まるわよ」

そう言われ、宥里は二人に促されるまま、宴会場へと歩き出した。

道すがら、淳子は嬉しそうにしゃべり続けた。

「知輝のこと、本当に気に入ってるの。顔もいいし、学歴もあるし、ご実家もしっかりしてるでしょう?あれだけ条件のそろった人、なかなかいないわよ。香織が知輝と結婚できるなんて、本当に幸せなことだわ」

宥里は、目尻に皺を寄せて笑う淳子の顔をぼんやりと見つめた。それが心からの喜びであることは、疑いようもなく伝わってきた。

「知輝は……香織さんに優しいですか?」

「もちろんよ!香織にだけじゃなく、うちの家族全員によくしてくれてね」

今度は時雄が口を開いた。隠しきれない得意げな声だった。

「この間も、香織の弟の就職を世話してくれましてね。うちの家も、知輝が建ててくれたようなものなんです。中の家具も全部知輝が買ってくれました。しかも、どれも輸入品なんですよ」

「先月、私が胃を悪くした時も、この町の病院じゃ心配だからって、知輝が都市部の大病院で診てもらえるよう手配してくれたのよ。診察の間もずっと付き添ってくれて、特別室に入れてくれた上、その診療科の科長先生や院長先生まで呼んでくれてね」

淳子が続けた。

「全くお前は。ただの食あたりだったくせに、まるでこの世の終わりのように騒ぎ立てて」

時雄は不満げに妻をたしなめたが、その顔には隠しきれない得意げな表情が浮かんでいた。

淳子に腕を取られていた宥里の体が、一瞬こわばった。

先月、宥里は甲状腺の腫瘍を摘出する手術を受けた。病院からは、手術の説明を家族にも聞いてもらい、当日は付き添ってもらうよう言われていた。

宥里は事前にきちんと知輝へ伝えていたし、必要な書類への署名も含め、当日は必ず付き添うと約束してくれていたはずだった。

けれど当日になっても、彼はなかなか現れなかった。電話をかけても、呼び出している途中で切られるか、つながらないかのどちらかだった。

結局、宥里は自分一人で書類にサインをし、術後に入院した三日間も、病院側に事情を話し、看護師たちに身の回りの世話まで頼るしかなかった。

後になって、なぜ来なかったのかと問い詰めると、知輝は「あの日はお世話になっている方の看病をしていた」とだけ答えた。

さらに問い詰めると、知輝は苛立ちを隠さなくなった。

「宥里、もっと物分かりよくならないのか。甲状腺の手術くらいで死にはしないだろう。俺がどれだけ仕事で忙しいか分からないのか?付き添いを頼む金だって、ちゃんと渡したじゃないか」

得意げに笑う香織の両親を前に、宥里の胸に、ズキズキとした痛みが広がっていく。

なるほど。あの日、知輝が口にした「お世話になっている方」とは、香織の母親のことだったのか。

時雄たちがさらに何か言おうとしたところで、スタッフが駆け寄ってきて、早く入場するよう二人を急かした。式は、もうすぐ始まろうとしていた。

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10 章節
第1話
「もしもし、赤沢知輝(あかさわ ともき)様の奥様でいらっしゃいますか?私、担当ウェディングプランナーの田中と申します。挙式当日の進行について、いくつか確認させていただきたく、お電話いたしました」スープをかき混ぜていた花谷宥里(はなや ゆり)の手がふと止まった。その日は気分がよく、宥里は微笑みながら答えた。「ええ、赤沢知輝の妻ですが……あの、結婚して七年になりますし、最近は式を挙げる予定なんてありませんよ?」電話の向こうが一瞬沈黙し、すぐに確かめるように尋ねてきた。「えっ……お電話番号を間違えてしまったのでしょうか。桃木香織(ももき かおり)様でいらっしゃいますか?」カチャン。宥里の手からスプーンが滑り落ちた。耳の奥で、激しい耳鳴りがした。「もしもし?お声が聞こえにくいのですが。桃木様でいらっしゃいますか?」宥里は青ざめた顔で、かすれた声を絞り出した。「わ……私は、違います……」「失礼いたしました。お電話番号を間違えてしまったようです」相手はそう詫びて、そのまま電話を切った。けれど宥里は、どうしても心を落ち着けることができなかった。電話口で告げられた新郎の名が、ほかならぬ夫の知輝だったからだ。宥里は二十一歳で知輝と結婚し、籍を入れてから七年。六歳になる息子もいる。香織という名前にも、覚えがあった。知輝のかつての教え子で、今は彼が経営する会社の研究室で働いている女性だ。これまで何度となく、知輝の口からその名を聞いてきた。その名を口にするたび、決まって褒めていた。理由もなくこんな電話がかかってくるとは思えない。それに相手は、最初から迷いなく知輝と香織の名を口にしていたのだ。夜十時、広々としたリビングに、宥里はただ一人。ソファに座り、ぽつんと知輝の帰りを待っていた。その間、何度も電話をかけたが、一度も出なかった。ようやく十一時近くになって、知輝から折り返しの電話があった。宥里が口を開くより先に、電話の向こうから低く冷ややかな、明らかに苛立ちを含んだ声が響いた。「今忙しいんだ。少しはこっちの都合も考えてくれ」胸がぎゅっと締めつけられる。いつからだろう。自分が夫から「物分かりの悪い妻」扱いされるようになったのは。「今夜は帰ってこないの?」彼女は小さな声で尋ねた。「帰らない。週末は出張
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第2話
会場入口へたどり着いた宥里は、そこで初めて香織本人を目にした。これまで彼女について知っていたことは、すべて知輝から聞いた話に過ぎなかった。たとえば、生家は決して裕福ではなく、幼い頃から苦労を重ねてきたこと。町一番の才女であること。たとえば、彼女は極めて聡明であり、知輝がこれまで教えた学生の中で群を抜いて優秀であること。たとえば、純粋で明るく芯が強く、まるで太陽に向かって咲くひまわりのようであること。今、入場を前にした香織は、確かに愛らしく華やかな顔立ちをしていた。純白の美しいウェディングドレスに身を包み、花嫁らしい緊張と初々しさを頬に滲ませている。「どうしよう。もうすぐ入場だと思うと緊張しちゃう。途中でよろけて転んだらどうしよう?私、普段スニーカーばかりで、ヒールなんて全然履き慣れてなくて……」そばに控えていたスタッフが、にこやかに声をかけた。「大丈夫ですよ。そんなに緊張なさらないでください。私たちがしっかりお支えしますから、転ぶ心配はありません。どうぞ安心して、笑顔でいてくださいね」香織はドレスの裾を両手でそっとつまみ、はにかんだ。「ふふ。私、綺麗?」「ええ。今日が一番綺麗ですよ!」スタッフも笑って応じた。会場へ足を踏み入れる前の宥里の目に飛び込んだのは、そんな光景だった。宥里の瞳がかすかに揺れ、胸の奥が締めつけられた。かつて自分も、知輝との結婚式を胸を高鳴らせながら待ち望んだことがあった。だがあの時、知輝は真剣な面持ちで告げた。「今年は准教授審査の大事な時期なんだ。会社も研究室も立ち上げたばかりで、式を挙げる余裕がない」二十一歳だった彼女は、当時二十六歳の知輝の事情を察し、結婚式を諦めた。まさか七年後、二十八歳になった自分が、夫と他の女の結婚式に立ち会うことになろうとは思いもしなかった。香織が宥里に気づいた。一瞬笑みをこわばらせたものの、すぐにいっそう華やかな笑顔を浮かべた。「私と先生の結婚式にお越しくださって、ありがとうございます」その瞬間、ある言葉が宥里の喉元まで出かかった。知輝には妻がいるって、知っているの?だが、それを口にするより早く、扉の向こうから式場スタッフのよく通る声が響いた。「新婦のご入場です」その声を合図に、チャペルの扉がゆっくりと開かれる。香織は慌てて姿勢を正
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第3話
知輝は唇を軽く結び、瞳の奥に一瞬迷いを滲ませた。だが結局は、繰り返し響く「キス!キス!」という声に押されるように、ゆっくりと香織の赤い唇へ顔を寄せていく。香織は目を閉じ、顔を上向けた。まるで王子のキスを待つ物語の姫君のようだ。囃し立てる声が静まり、代わりに柔らかなロマンチックな音楽が流れ出す。会場全体が、甘い空気に包まれていく。そのとき、場違いな拍手の音が響き、すべてを断ち切った。「素晴らしい!そのままキスしなさいよ!」宥里は拍手をしながら、参列者の間を縫うようにして高砂へ近づいていった。ヒールが床を打つたび、こつ、こつと乾いた音が会場に響く。そして、照明の落ちた客席側から、スポットライトに照らされた新郎新婦の前へと姿を現した。会場の空気が一瞬で凍りつく。誰もが言葉を失い、突然前へ出てきた宥里に視線を集中させた。何が起きているのか。あの人は誰なのか。披露宴の最中に、いったい何をするつもりなのか。「あなたは確か、知輝のご親戚だったね?」時雄は先ほどまでの笑顔を消し、険しい表情で宥里をにらみつけた。「今は披露宴の最中だ。勝手に前へ出てきて、何をしている。すぐに席へ戻りなさい!」これは桃木家にとってこれ以上ないほどの晴れ舞台なのだ。町中の誰もが、金も地位もある男と娘が結婚することを羨んでいる。六歳の連れ子がいるとはいえ、その子だって我が家の香織にすっかり懐いているのだ。香織が嫁げば、たちまち裕福な暮らしが約束されるのだ。だからこそ、誰であろうとこの結婚式を台無しにさせるわけにはいかない。ブライダルスタッフも慌てて駆け寄り、宥里の前に立ちはだかった。「お客様、披露宴の最中です。恐れ入りますが、すぐにお席へお戻りください」それでも宥里が進もうとすると、スタッフたちは両脇から腕を取り、会場の後方へ連れ戻そうとした。宥里はスタッフの手を軽くかわし、ゆっくりと前へ進み出た。瞬きひとつせず知輝を見つめる。「席に戻れ、ですって?どうして私が?私は部外者じゃないわ。知輝の『親戚』なんでしょう?」そして、まっすぐ知輝を見据えたまま問いかける。「ねえ、知輝。私はあなたにとって、どういう親戚だったかしら?」宥里の姿を目にした瞬間、知輝の瞳にわずかな動揺が走った。だが、それもほんの一瞬だっ
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第4話
宥里が花丸市の自宅に戻った時には、すでに真夜中を回っていた。広々とした邸宅で明かりが灯っているのは玄関のセンサーライトだけだ。それ以外はどこも真っ暗で、彼女の帰りを迎える明かりなど一つもなかった。知輝と結婚して七年。それでも宥里は最後まで赤沢家に馴染めず、心から自分を家族として受け入れてくれる人は、誰一人いなかった。以前の彼女は、赤沢家の人々の冷たさなど気にせずにいられた。知輝の立場を悪くしないよう、自ら進んで彼らの機嫌を取ってさえいたのだ。自分だけの小さな家庭さえあれば、それで十分だった。夫がいて、息子がいる。それだけで、自分にも帰る場所があるのだと思っていた。けれど結局、それはすべて自分が勝手に思い描いた幻に過ぎなかった。明かりもつけず、宥里は暗闇の中を知輝と自分の寝室へ歩いていった。二人の寝室とはいえ、この七年間で共に夜を過ごした回数はごくわずかだ。ほとんどの時間、知輝は書斎か隣のゲストルームで眠っていた。以前の彼女は、知輝を、冷淡なまでに欲が薄く、自分を厳しく律する人だと思い込んでいた。研究と教育、そして会社経営にすべての力を注ぎ込んでいるのだと。だからこそ、二十六歳という若さで准教授の座を勝ち取り、研究室と会社を築き上げることができたのだと。三十三歳になった今、知輝は科学技術の分野で大きな発言力を持つまでになっていた。会社の規模は数倍に膨れ上がり、国内有数の若手企業家として名を馳せている。今年は教授への昇進も見込まれていた。けれど今にして思えば、あの冷淡さも、我慢も自制も、ただ自分にだけ向けられていたものだったかもしれない。その瞬間、宥里はこの七年間がひどく滑稽な笑い話のように思えた。スマホを取り出し、先輩の電話番号の上で指先をしばし止めた末、宥里はついに通話ボタンを押した。数コール後につながる。疲れた声の奥に、隠しきれない興奮が滲んでいた。「宥里、こんな時間に電話をくれるなんて。決心がついたのか?」「はい、先輩。決めました」宥里は目を閉じ、数秒の間を置いた。その数秒間に、彼女は本当にたくさんのことを考えた。再び目を開けた時、そこにはもう余計な感情は残っていなかった。「お約束します。研究所に戻ります」「はっはっは!よし、ありがとう!」電話の向こうで、先輩の若浦直樹(わかうら なおき
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第5話
もともと広々としていたはずのキッチンが、この瞬間だけはやけに狭く感じられた。晴子は宥里と知輝の背後で気まずそうに立ち尽くし、数秒固まったあと、慌てて答えた。「は、はい。すぐに詰めますね」知輝は小さく頷くと、視線を宥里へ向けた。相変わらず淡々としていて、何の感情も読み取れない冷ややかな目だった。「ちょうどいいところにいた。これから一緒に病院へ行って、香織に謝ってこい。昨日のお前の行動はあまりに軽率だった。香織にひどい迷惑をかけたんだぞ」宥里は思わず笑いを漏らした。「はぁ?聞き間違いかしら?不倫して結婚式まで挙げたのはあなたなのに、今度はその愛人に頭を下げろっていうの?」「浮気だと?お前は何も分かっていない!」知輝の瞳が鋭く光り、全身からただならぬ威圧感が漂った。「あの結婚式は形だけのものだ。俺は香織を助けたかっただけなんだ。彼女の実家はひどく古い考えに縛られていて、今でも理不尽な掟が当たり前のように残っている。大学院まで進めたのも、香織が必死に両親を説得し続けたからだ。それなのに今度は、親が決めた相手との結婚を無理やり迫られた。相手はまともに意思の疎通もできない男だ。断れば縁を切るとまで言われて、親の言いなりになるか、自分の人生を選ぶか、どちらか一方を選べと迫られた。香織には、ほかに逃げ道がなかった。だから、結婚したように見せかけることにしたんだ」知輝は眉間にしわを寄せ、宥里をまっすぐに見据えた。「香織は、俺がこれまで教えてきた中で一番優秀な学生だ。今では仕事のうえでも、なくてはならない存在になっている。教師としても上司としても、困っている彼女に手を貸すのは当然だろう。宥里、お前は面白みのない退屈な女だとは思っていた。だが、少なくとも最低限の分別くらいはある人間だと思っていたよ。それが昨日は何だ。事情も知らないくせに会場へ乗り込んで、あんな騒ぎを起こして。おかげで香織は、地元で完全に顔を潰された。まだ若いのに、これからどうやって生きていけっていうんだ」宥里はその場に静かに立ち尽くしたまま、知輝がまくしたてるのを聞いていた。結婚して七年になるが、この男が一度にこれほど長く話すのを聞いたのは初めてだった。そう思うと、急に何もかもが馬鹿らしくなった。「とにかく」知輝は少しだけ声を落ち着かせると、教え子に
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第6話
要人も利用する特別施設だけあって、セキュリティは厳重だった。宥里は受付で身分証を提示し、面会者名簿に記入したうえで、ようやく中へ通された。病室へ続く廊下を歩いていると、まだかなり離れているにもかかわらず、花谷謙三(はなや けんぞう)の苛立った怒鳴り声が聞こえてきた。「宥里が今日会いに来るって言ったじゃないか!あの子はどこだ!まだ来ないのか!お前、薬を飲ませるために俺を騙してるんじゃないだろうな!」「いやいや先生、違いますって。騙してなんかいません。宥里は来ますから……」「嘘をつくな!もうこんな時間だぞ!お前、俺を騙してるんだろう!」続いて、コップか何かが床に落ちる音が響いた。まずいと思い、宥里は思わず足を速めた。だが、病室の入口までたどり着いたところで、その足が止まる。会いたくてたまらなかったはずなのに、いざ顔を合わせるとなると怖かった。そんな恐怖を、宥里は初めて味わった。病室の中では直樹が悲痛な顔をしながら、謙三が投げつけた薬とコップを拾い集めていた。ふと顔を上げると、入口で立ち尽くしたまま入ってこようとしない宥里の姿が目に入った。途端に目を輝かせ、入口を指差した。「あぁ!先生、ほら、宥里が来ましたよ!」謙三は振り返り、気まずそうに立つ宥里を見た。一瞬笑みを浮かべかけたが、次の瞬間にはすぐに顔を険しくした。「……入口で突っ立って何をしている。とっとと入ってこい!」謙三は座り直すと、また顔をしかめ、宥里のほうを見なくなった。そこまで言われては、入らないわけにもいかない。宥里は口ごもりながら、のろのろと病室へ足を踏み入れた。戸惑いと気まずさを滲ませた瞳が、謙三と直樹の間を行き来する。「ええと、その……お見舞いに来ました……」「ふん!お前が来たって、別に嬉しくなんかない。忙しい人だからな。こんな年寄りに構っている暇なんてないだろう。忙しいなら、さっさと帰れ。俺はお前の顔なんか見たくない」謙三は拗ねたように、わざとらしく顔を背けた。宥里は落ち込んだ表情を浮かべ、ますます申し訳なさを募らせていく。そこで直樹が吹き出し、謙三を茶化すように言った。「花谷先生、花谷教授、花谷大先生。さっきまでと言ってることが全然違うじゃないですか。宥里が来ないなら薬も飲まないって、あれだけ駄々をこねてたのに。いざ
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第7話
声は左手から聞こえてきた。宥里は足を止め、左側の病室へ顔を向けた。病室のドアは完全には閉まっておらず、大きく開いた隙間から中の様子がはっきりと見えた。香織はベッドに半身を起こし、陽太は小さな体をベッドの縁に寄せるようにして、両手でしっかりと香織の手を握りしめていた。ベッドから少し離れた椅子には知輝が腰を下ろし、穏やかな眼差しで二人を見守っている。事情を知らない者が見れば、仲睦まじい親子三人そのものだった。香織は愛おしそうに陽太を見つめ、彼に手を握られたまま優しい声で言った。「もう大丈夫だよ。陽太くんを心配させちゃったね。ごめんね」そう言うと、香織は優しく陽太の額へキスをした。陽太はまったく嫌がる素振りを見せず、それどころか照れたように頬を赤らめた。あどけなく、思わず頬が緩むほど可愛らしい仕草だった。だが、その口から出てきた言葉は、扉の外にいる宥里の心を凍りつかせるものだった。「全部ママが悪いんだ。何も知らないくせに勝手に邪魔ばっかりして、香織さんを入院させちゃったんだから。僕、ママなんて嫌い。香織さんに謝りに来ない限り、もう仲直りしないから。絶対に許さない!」香織は目を丸くした。陽太がそんなことを言うとは思っていなかったらしい。目を潤ませ、その瞳には戸惑いと安堵が入り混じっていた。そこで知輝が口を開いた。声にはわずかに厳しさが滲んでいる。「大人の事情は、子供が余計な口を挟むものじゃない」陽太は不服そうに口を尖らせた。「余計な口なんかじゃないよ!ママのことが、本当に嫌いなだけ!」そう言うと、香織の手を離して知輝のそばへ歩み寄った。そして、とても真剣な顔で言った。「ねえパパ、早くママと離婚してよ。香織さんに本当のママになってもらいたいんだ。いいでしょ?」「えっ?」香織がその言葉に息を呑んだ。ひどく動揺した様子だった。「陽太くん、何を言い出すの……」「陽太」知輝の顔がすっと冷たくなり、声にも厳しさが増した。「誰にそんな馬鹿げたことを教わったんだ」知輝は大学院生を指導する教授であると同時に、千人を超える社員を抱える科学技術企業の経営者でもある。ひとたび冷たい顔で怒れば、その威圧感は本物だった。周囲の空気まで凍りつかせるようだった。陽太はその様子に怯えて泣き出し、香織の胸に飛び込んだ。それでも
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第8話
病室に束の間の沈黙が流れた。知輝の薄い唇がわずかに動き、何か言おうとする。だが、知輝が何か言うより先に、香織が口を開いた。「奥様、お願いです。先生と離婚しないでください。全部、私のせいなんです。本当に申し訳ありません。どうしたら許していただけますか?土下座でも何でもします。どうか先生のことを誤解しないでください」言い終えるや否や、香織は布団を勢いよくはねのけ、裸足でベッドから下りた。周囲が止める間もなく、宥里の前に膝をつく。その拍子に、膝が床を打つ鈍い音が病室に響いた。細い両手で宥里のズボンの裾をしっかりと掴み、声を振り絞って泣きじゃくる。「もう、お願いですっ……もう先生に怒らないでください。全部私のせいなんです。こうして謝りますから、どうか……」ようやくわずかに和らいでいた知輝の表情が、香織が跪いた瞬間、たちまち凍りついた。「香織、何をしてるんだ!すぐに立て!」彼女のもとへ駆け寄り、抱き起こそうと手を伸ばす。「嫌ですよ!」香織は必死に首を振って抵抗した。「奥様が許してくれるまで立ちません!」その瞬間、知輝の怒りが頂点に達した。強引に香織を抱き上げる。「お前には何の非もない。謝るべきなのはお前じゃない!」香織はぐったりと知輝の腕に体を預け、息を切らしながら泣き続けていた。青ざめた小さな顔には、必死に耐えているような痛々しさが滲んでいる。大好きな香織が今にも泣き崩れそうな様子を見て、陽太はたまらず声を張り上げた。「ママ!早く香織さんに謝ってよ!香織さん、気を失っちゃいそうなんだよ!謝らないなら、もうママなんていらない!」「そう」宥里は静かに陽太を見つめて言った。「じゃあ、いらなくて結構よ」身を削る思いでこの世に産み落とした我が子を、じっと見つめる。痛みが限界を超えると、こんなにも何も感じなくなるのかと、改めて思い知った。「ちょうどよかったわ。私も、もうあなたはいらない」陽太はその場で固まった。数秒呆然としたあと、甲高い泣き声を上げる。「いらないならいい!僕だってママなんていらない!香織さんが僕のママになるもん!あっち行って!行って!」「宥里!」知輝は、宥里が陽太にそんな残酷な言葉を投げつけるとは思ってもみなかった。「陽太はお前の子供だぞ。よくもそんな残酷なことが言えるな。もうが
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第9話
宥里はゆっくりと顔を上げた。目の前には、値踏みするような冷たい目を向ける貞末奈緒が立っていた。「本当にあんたなのね!」貞末奈緒(さだすえ なお)は驚いた様子を見せながらも、口元には嘲りの色を滲ませていた。「ああ、違ったわね。あんたはとっくに貞末姓を名乗る資格なんてなくなってるんだった。私の居場所を奪っていた偽物のくせに、貞末家を追い出されてから、さぞみじめな暮らしをしてるんでしょう?」まさかこんな場所で貞末家の人間と鉢合わせするとは、宥里も思っていなかった。できることなら、一生関わりたくない相手だった。奈緒の嘲りに、返す言葉はなかった。宥里はうつむいたまま相手を避けて通り過ぎ、一刻も早くこの場を離れようとした。だが奈緒は、そう簡単には見逃してくれなかった。付き添いのスタッフに命じる。「通さないで!」行く手を塞がれ、宥里は悟った。奈緒は、このまま自分を黙って通り過ぎさせるつもりなど毛頭ないのだ。「偽物さん、正直に言いなさいよ。何の用でここに来たの?」奈緒は宥里から視線を離さず、その表情に浮かぶわずかな動揺さえ見逃すまいとしていた。「診察に来ただけよ」宥里はこれ以上関わり合いになりたくなかった。ただ早くこの場を離れたい。「嘘つき!診察なら外来でしょ。どうして入院病棟にいるのよ!」奈緒も馬鹿ではない。鋭くそこを突いてくる。「もしかして、外での暮らしが立ち行かなくなって、伯父様がここに入院していると聞いて、こっそり忍び込んだの?それで、貞末家に戻してくれって頼み込むつもり?」奈緒の言う伯父とは、貞末家の実権を握る当主で、東邦グループの会長でもある、国内一の資産家、貞末源一郎(さだすえ げんいちろう)のことだった。そして奈緒は、貞末家の分家筋で見つかった、正真正銘の貞末家の令嬢だ。一方、偽物として貞末家を追い出されたのは――宥里だった。宥里は首を振った。「貞末会長がここにいらっしゃるなんて知らなかったわ。奈緒さん、お見舞いに来たのなら、早く中へ入ったら?私にかまって時間を無駄にする必要はないでしょう」奈緒は時間を確認した。確かに、急いで中へ入らなければならない。源一郎はいつも多忙で、入院中であっても仕事の手を緩めない人だった。今日は良い知らせも持ってきている。「偽物さん、身の程をわ
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第10話
花谷謙三は、国内の科学技術分野では知らない者がいないほどの重鎮だった。生涯を研究に捧げ、結婚もせず、子供も持たなかった。弟子を取ることも滅多になかったが、かつて彼のもとで学んだ者たちは、今ではそれぞれの分野で国を支える存在となっている。直樹も、謙三の弟子の一人だった。現在、謙三は体調の都合で第一線を退かざるを得ず、直樹が代わって研究所を預かっている。直樹こそが謙三の後継者だと言っても、決して過言ではなかった。謙三はすでに新たな弟子を取らなくなっている。だからこそ、直樹の弟子になることは、この分野を志す学生たちにとって、何よりも重要な登竜門となっていた。奈緒が直樹の弟子になれたことを、源一郎は大変喜んでいた。それはつまり、奈緒がこの分野の頂点へ上る切符を手にしたも同然だったからだ。「よくやった。さすが我が貞末の血筋だ」源一郎は満足げに奈緒を褒めた。「慢心せず、若浦さんのもとでしっかり学びなさい」「はい、そうします」奈緒は素直に頷いた。大事な用件を伝え終えると、そばで黙っている絢斗の様子をちらちらと窺いながら、彼のすぐ近くに腰を下ろした。だが、座った途端、絢斗の射抜くような冷ややかな視線に気づき、椅子ごと慌てて距離を取った。絢斗はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。「そういえば、花谷先生が一番可愛がり、誰よりも目をかけていた弟子は、若浦さんではなかったはずだ。そう考えると、若浦さんの弟子になったくらいで、そこまで得意げになることでもない」奈緒の顔がこわばった。絢斗の言葉に滲む嘲りを、聞き逃すはずがなかった。彼女はうつむき、瞳の奥に湧き上がる暗い感情を必死に押し殺した。源一郎はそんなことには気も留めず、絢斗の話に頷いた。「ああ、俺もそれとなく聞いたことがある。先生が一番可愛がっていたのは、最後に取った弟子だったそうだな。しかも先生ご本人が正式に認めた最後の弟子だったとか。ずば抜けた才能の持ち主で、百年に一人ともいわれる天才だったらしい」そう言って、源一郎は苦笑した。謙三のその評価は、いささか大げさだと思っていたからだ。この世に百年に一人の天才など、そうそういるものか。とはいえ、あれほどの人物にそこまで見込まれ、可愛がられていたというなら、その実力は相当なものに違いない。
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