再会した幼馴染は狂犬極道若頭になっていた上、なぜか私を飼い主と呼んで逃がさないのですが?~契約結婚から始まる極上溺愛~ のすべてのチャプター: チャプター 1 - チャプター 10

56 チャプター

父の借金

「黙って車に乗れ!!」 言いながら、男は私をワンボックスカーの後部座席に押し込んだ。 後部座席には工具が乱雑に積み上げられていて、おおよそ人間を載せるような状態にない。 私は仕方なく、工具をかき分けて隙間に身をおさめるようにした。「あ、あの……、これから、どこに行くんですか?」「うるせぇ、黙れ! てめえ、聞ける身分だと思ってんのか!?」「そ、そんな、だって、私……」 私は怯えて身体を縮こまらせるしかなかった。◇◆◇ ――父の借金。 私の自宅、狭いワンルームのアパートに彼らが踏み込んできて、私の腕をつかみながら話したのは、要はそういうことだった。 もう何年もあっていない、幼い私と母を捨てて逃げた父。 もう顔も覚えていないその男は、私を連帯保証人にして借金を重ねていたのだという。「そんな! 私は何も知りません!」 叫んだけど無駄だった。 だって、踏み込んできた男たちはどう見ても堅気じゃない。 服の袖からちらちらと覗く入れ墨。 ぎざぎざに溶けた歯。 まともな商売をしている男たちじゃないのは、どう見ても明らかだった。「借金5億円、まとめて返してもらうからな!」 私の腕をぎりぎりと持ち上げるようにしながら告げて来る男の言葉は、私を絶望に叩き落すには十分だった。 5億円。 何をしたって返せる金額じゃない! 何をしたらそんな借金を作れるの!? だいたい、私みたいな、21歳の高卒フリーターの娘を連帯保証人にしたところで、そんな金額を貸すのはまともな金貸しのやることじゃない。 つまりは最初から、彼らには借金を回収する気なんてなかったのだろう。 だとしたら、抵抗しても無駄だ。 痛い思いをさせられるくらいなら、従った方がまだいい。 おとなしくなった私を、彼らは外に連れ出した。 閉まるドアの隙間から、男たちが私の部屋を家探しし始めているのが見えた。 ――バカみたい、そんなこと慕って無駄なのに。 金目のものなんて何一つ持ってない。服だって、最低限を買い足すだけ。 雑誌の着回し術を一所懸命立ち読みして覚えて、それを基にセール品を買ってまともな人間みたいな恰好で仕事に行く。 私の部屋はそのためだけの場所で、現金もなければ、ブランドものも宝飾品もなにひとつない。 アクセサリーは全部スリーコインズで買ったもの。二束三文でだって売れ
last update最終更新日 : 2026-03-22
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幼馴染との再会

「俊くん……?」 私の呼びかけに、彼は昔と同じやわらかな笑顔を見せた。「久しぶり」 片手を上げて言う。 やっぱり、俊くんだ。 私の小学校の頃の同級生。藤堂俊。 卒業後、中学では学区が分かれて、それ以来会っていないけどよく覚えている。「なんで……」 でも、なんで彼がここに。 当然の疑問が口から出た。「若頭!」 でも俊くんが答える前に、私を押さえつけていた男がぱっと立ち上がって言った。「えっ」「若頭?」「なんでこんなとこに」 男たちの間に動揺が広がる。「よお」 当たり前のように男たちに声をかける俊くんを見て、私も動揺していた。 だって、若頭って。 私が知る限り、そんなふうに呼ばれるのはヤクザだけ。「おもしろそうなことやってんじゃねーか」 俊くんは否定するわけでもなく、そのまま靴音を立てながらこっちに近づいてきた。 男たちがへこへこと俊くんに頭を下げる。 ――でも。「オレに断りなく、何やってんだ? あぁ?」 ドゴッ! 俊くんが私の前にいた男を蹴り飛ばした。「ぐぁっ!」 悲鳴を上げて倒れこむ男を、そのまま何度も足蹴にする。 背中、頭、お尻。 靴跡がみるみるうちに増えていき、蹴られた頭からは血も滲み始めた。「い、いや、ちょっと売るまえに味見しようと」「だから、オレは聞いてねえって言ってんだよ! おい、お前、オレのこと馬鹿にしてんのか?」 俊くんは容赦なく男の頬を蹴飛ばして、踏みつけて、手をカカトでつぶした。「ひぎいっ!」 情けない声で男が鳴く。 圧倒的な暴力。 私はただ、震えるしかなかった。 ――なんで? 助けに来てくれたんじゃなかったの? 若頭ってことは、こいつらの仲間なの? 今はやくざってこと? 頭の中で考えがぐるぐるとしていた。 私の知っている俊くんは優しい男の子だった。 絵を描くのが好きで、いつもスケッチブックを持っていた。 絵を描くなんて男の子っぽくない趣味だから、男の子たちの間ではちょっと浮いていて、いつもひとりだったけど……。 でも私は俊くんの絵が好きだった。 色鉛筆で塗った絵を、水のついた筆でなぞって水彩画みたいにしてしまう。まるで魔法だった。「おい、てめえら」 震える私の前に立ち、俊くんがドスの利いた声で言う。「こいつは、オレのオンナにする」「で、でも若頭
last update最終更新日 : 2026-03-22
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まるでお姫様みたいに

「久しぶり、美作さん」 そう言って笑う俊くんは、小学生の頃と変わらない優しい笑顔をしていた。 なんだか、混乱してしまう。 私の記憶の中にある、優しくて温かい絵を描いていた彼。 それが今の、恐ろしいやくざの若頭と同じだなんてとても信じられない。「さあ、行こう」「行くって、どこへ?」「そのままの格好ではいさせられないよ」 俊くんが私に手を差し伸べてきた。 そこで改めて、私が酷い格好をしているのに気がついた。 仕事帰りのヨレヨレの服が、男の力で引っ張られてボタンがいくつか弾け飛んでいる。「何か食べたいものはある?」「……食べたいもの」 そういえば、夕ご飯もまだだった。 冷蔵庫の残り物で何か作るつもりでいたから……。「冷蔵庫の鶏肉、そろそろ食べちゃわないとと思ってたんだった」「チキンか、いいね」「そ、そうじゃなくて……」 別に食べたかったわけじゃない。 何となくいつも鶏肉を選ぶのは、それが一番安価だからだ。 牛や豚よりは、鶏肉を。 もも肉よりは、胸肉を。 そうやって、とにかく安価に手に入るものを選んで、調理の仕方でどうにか食べられるものに仕立てて生きてきた。そうでなければ、空腹のまま過ごす時間が増えてしまうからだ。 私はとにかくお金がなかった。 父は家にいた頃から、ろくに働きもしなかったらしい。 だから出て行ってからは金銭的には少し楽になったくらいだったらしいけれど――それでも、家にはいつもお金がなかった。 母は働きづめで、自炊する時間もなかった。 だから私は結構な頻度で菓子パンを与えられていて、ご飯を食べるのは何日かに一度くらいだった。 コンビニのおにぎりだと200円するところが、パンだったら130円くらいで食べさせられるから。 母のそういった習慣は、私が一人で生活するようになってからも受け継がれていた。「冷蔵庫の中のもの、だめになっちゃう」「確かに鶏肉が腐ると大変か。わかった、処分させておくよ」 言うと、俊くんは私を抱き寄せた。「ひゃっ」 思わず声を上げてしまう。 こんな細い見た目をしているのに、どうしてこんなに力強いんだろう。 不思議になるくらい、俊くんは力強い腕をしていた。「怖がらないでよ」「そういうわけじゃ……、ただ、びっくりしただけで……」「そうなんだ? ごめん、驚かせて」 俊くん
last update最終更新日 : 2026-03-23
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これが全部私のものなの?

「えっ……、待って、これ……」 タワーマンションの上層階に連れていかれたと思ったら、案内されたのは洋服部屋みたいなところだった。 ウォークインクローゼット。漫画の中でしか見たことがないそれに、洋服や靴、バッグ、アクセサリー……。そういったものが山のように納められている。「全部、美作さんのものだよ」「私の?」「そう、ほら、これなんかどう?」 言いながら俊くんが近くにあったドレスを取る。 明らかに普段着には向かない、生地に光沢がある青のロングドレス。 こんなの着ている人、見たことがない。「これでご飯食べるの、ちょっと不安だな。汚したらどうしよう」「気にしなくていいよ。また買えばいいんだ」「ええっ」 俊くんの言葉に、私は目を丸くするしかなかった。 だって、また買うって。 クリーニングじゃないんだ……。「たくさんあるから、好きなものを選んで。美作さんが選んだ服を着ていくのにいい場所に行こう」 そう言うと、俊くんは私を置いて出て行こうとする。「ま、待って」「下着もちゃんとあるから安心して」「そうじゃなくて……、サイズとか、あるし」「大丈夫、全部ぴったりだよ」 訳の分からないことを言いながら、俊くんはそのまま出て行ってしまった。「そんなことあるはずない……」 そりゃあ、私は普通の部類ではあるけど。 それでも、服を着るときにはちゃんと試着する。サイズの少しの違いで見た目は全然変わってくる。 特にドレスなんかは、絶対にそうだと思う。 それなのに……。 俊くんの言うとおりだった。 そこにある服も、靴も、下着に至るまで、全部私のサイズにぴったりだったのだ。「なんで……」 どうやったら、こんなに私のサイズで揃えられるのか分からない。 そのくらい、何もかもが私のためにあつらえられたみたいだった。 困惑しながらも、私はヨレヨレの服を脱いで、畳んでまとめて、用意されていた下着や服を着た。 ドレスを着るべきなんだろうけど……。 なんだか、さすがにそれは気後れする。 そう思って、シンプルな薄手のニットとマーメイドラインのスカートを選んだ。生地の肌触りも良くて、多分、これも高価なんだろうな……。「ごめんね、待たせちゃった」 言いながら出て行くと、ソファにはバスローブ姿の俊くんがいた。「ひゃあ!」「ごめん、美作さんが何を着
last update最終更新日 : 2026-03-23
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突然のプロポーズ

「いつかは、俺と本当の夫婦になってほしいと思ってる」 私に向かって言う俊くんの表情は真剣そのものだった。 夫婦、って。 まだ恋人にすらなっていないのに? それともヤクザの世界だとこれは普通のことなの……?「ああ、ごめん」 戸惑いが顔に出てしまっていたらしかった。 俊くんが笑顔で私の頬に触れる。「順番に説明しないとならなかったんだ。食事の前に、いい?」「う、うん……」 促されて、私は俊くんと一緒にソファに座った。「こんなことを急に頼むと驚かれるかもしれないけど、オレと結婚して欲しいんだ」「えっ……?」 ――結婚。 いきなり!? 突然出てくることのあまりない言葉に私は戸惑い、言葉を失った。 俊くんは冗談を言っている様子はなく、真剣な顔で私を見ている。「ちょっと、厄介な相手との縁談が持ち上がっていて……、それで、結婚するってことになれば避けられるから」「そ、そうなんだ?」 そうは言われても、にわかには信じがたい話だった。 だって、結婚。 人生の一大事だ。 いくら厄介な相手と結婚させられるかもしれないからって、偶然再会した小学生の頃の同級生にいきなりプロポーズするなんてこと、あると思う?「驚くよね」「まあ、それは……」「でもベストな選択だと思う。オレと結婚すれば、少なくとも組のやつらから追われることはなくなる」「あ……」 そういえば、そうだった。 5億円。 そんなとんでもない金額の借金を残して、父は姿を消してしまったんだった……。 どうやったら返せるかもわからない、返す当てもない多額の借金。 ここで俊くんのプロポーズにうなずいたら、それが全部なくなるってこと? そんな汚いことを考えてしまった自分に嫌悪が湧いた。 それじゃあまるで、俊くんを利用しようとしているみたい……。「美作さん。気にしないでいい」 俊くんが私にささやいてくる。「オレは自分のために美作さんを利用しようとしてる。だから美作さんも、オレを利用することに罪悪感なんか持たなくていいんだ」「でも……」 あまりにも、私の都合の良すぎる話だ。 ある日突然、こんな広々としたマンションに住めるような人がやってきて、私をあの狭いアパートから連れ出してくれるだなんて。 夢だって言われても信じると思う。 実際、今だってあんまり、この状況を信じられて
last update最終更新日 : 2026-03-23
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私は狂犬の飼い主になった

「いいか、オレと結婚しろ」 強引にささやく俊くんに、私は何も言えなくなってしまった。 固まっていると、彼が私の前に膝をつく。「オレと結婚するなら、どんな願いだって叶えてやる。うなずきさえすれば、オレは今日からお前の飼い犬だ。お前をどんな危険からも遠ざけてやるし、金に困らせることもしない。ただオレの頭を撫でて『いい子だ』と言いさえすればいい」 そんな都合のいい話があるの? 私はただの、貧乏な高卒のフリーターだ。 高校卒業後、何とか一般企業に就職はしたけど、借金取りが会社に詰めかけて私はすぐにクビになってしまった。 その後はアルバイトを転々としている。 今はコンビニで働いていて、主に人が足りない時間帯ならどこにでも入るし、どれだけ長時間の勤務でも大丈夫なスケジュールで動いている。 長時間働くメリットは、廃棄のお弁当を食べられることくらい。 それ以外ではとにかく安いものを買ってきて、いい具合に調理してお腹を満たして。 そしてまた働きに行く。その繰り返しだ。 そんなだから、髪だってパサパサ。肌もカサカサしているし、どう考えても愛人にと望まれるような美貌は持ち合わせていない。 しかもこれは愛人になれって話じゃなくて、妻になれって話なんだから。ますます、意味がわからない。そんなことをして彼に何のメリットがあるの?「いい話だろう?」 思わずうなずいてしまいそうになるくらいには、魅力的な話だった。「私は代わりに何を渡せばいいの?」 私は何も持っていない。 お金も、美貌も。 若さはかろうじてあるけれど。 でも、もう私は21歳。 少なくとも、そろそろ若いと言える年齢じゃなくなっているのは確か。 その辺りには18歳19歳くらいの若い子がいくらでもいて、夜になるとコンビニにはそういう若いバーやラウンジで働く女の子たちがやってくる。 ああいう子たちを見ていると、ああ、もう私って若くもなくて、綺麗でもなくて、このままただここで年を取っていくしかないんだってそう思っていたから……。「……何も」 答える俊くんの目が揺らいでいるように見えた。「ただ俺の妻でいてほしい」 その声は懇願するような響きを帯びている。 どうして、そこまで私を望むの? ただ都合がいいという理由だけにはどうしても思えない。 でも、尋ねても答えてくれない気はした。 ど
last update最終更新日 : 2026-03-23
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不安を抱えたままの夜を越えて

俊くんの態度には不安が残ったけれど、私にはそれ以上追求するという選択肢はなかった。 だって、お金も安全も、全部俊くんに頼るしかない。 だから私は彼に連れられて、カジュアルなダイニングバーに連れていかれて、借りてきた猫のような気分を味わっていても、じっと我慢して身を縮こまらせていた。 「どうした?」   俊くんがワイングラスを片手に訪ねてくる。 「なんだか、場違いじゃないかなって......」 「場違い? どこが?」   ささやくような声で言われた。 「ここにいるなかでお前が一番きれいだよ」  きっと、心からの誉め言葉。  それはわかるのに、見覚えのある顔が、見覚えのない口調で話すのになんだか、どうしても居心地が悪かった。 「何か飲むか? また烏龍茶?」 「ええと……、じゃあ、甘いお酒を......」  からかうように言われて、つい、反射的にそう答えてしまった。  話しづらいことを話すときには、お酒の力を借りるといいって。  最初に働いていた会社で、おじさんたちがそう話していた。  その頃私はまだ18歳で、当然、お酒何て飲ませてもらえなかったけど......。  酒は人間関係の潤滑油なんだ、って。  肩を組みながら笑いあうおじさんたちの笑顔だけは覚えていた。 「そんな指定の仕方でいいんだ?」 「いい......って?」 「俺が悪い男だったら、どうなるかわからないぞ」 もしそうだったら、今、私はこんなふうに戸惑わなくてすんでいたのかな? そう思ったら、なんだかおかしかった。「お酒のことは詳しくないの。
last update最終更新日 : 2026-03-24
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彼は誠実なまま

「大丈夫か?」 ふらつく私を、俊くんが支えている。 私は彼に身をもたらせながら、足を引きずるように歩いていた。「ごめんなさい」「別にいいよ」 俊くんが私の腰に手を添えて、抱えなおすようにする。 あのあと、私はすっかり酔っぱらってしまっていた。 まるでジュースみたいな味のあのお酒は、ほとんどジュースみたいなものだったらしい。 それなのに、私はすっかり酔っぱらっていて、一人では歩けないくらいだった。「疲れてると酔いやすいって言うしな」「そうなんだ……」「今日は色々あっただろ」 言われて、まるでもう遠い出来事みたいに思える雑居ビルでの出来事を思い出した。 私に襲い掛かっていたヤクザを、引きはがして足蹴にして、ゴミみたいに扱っていた俊くん。 その彼が、今、私を抱き寄せて優しい声を出している。 落差に頭がくらくらした。どっちが本当の彼なんだろう?「そんな顔するなよ。まさか、ここまで弱いとは思わなかったんだ」「……そんな顔?」「怯えた顔、してた。俺にとって食われるんじゃないかって、思ってそうな顔」「取って食われるんじゃないか、なんて……」 さすがに思っていなかった。 でも、そういうことだってありうるんだ。 そのことに気がついたら、急に自分がとんでもないことをしている気分になってきた。 ふらふらになって、俊くんにもたれかかって。 このままどこかに連れ込まれたって仕方ないのかも……、「家に帰るぞ」「帰るの?」「なんだ、まだ遊び足りないのか?」「そうじゃなくて」「安心しろよ。いくらだって連れて行ってやるさ。どんなところがいい? 裏カジノ? それとも地下闘技場か?」「そ、そんなところがあるの?」 驚いていると、俊くんが声を上げて笑った。「冗談だよ」 どうやら、からかわれていたらしい。 やくざはそういうところに出入りするのかって、一瞬、信じそうになったのに……。「まあ、お前が見たいってんなら、作ってもいいけど」 恨みがましく見つめていると、俊くんが何でもないことみたいに言った。「地下闘技場を?」「カジノじゃないのか」「だって、ギャンブルでしょう?」 何をするところなのかはよく知らないけど、多分、あんまりいいところじゃないだろう。 父はどうしようもない男だった。 ギャンブルにはまって、家のお金を持ち出すよう
last update最終更新日 : 2026-03-25
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何もないことが不安に思えて…

 ――しばらくたわいない話をした後は、なんとなく、そろそろ休もうかということになった。 軽くシャワーを浴びてから、自分の部屋に入る。 そこには誰もいなくて、私はなんだか拍子抜けしてしまった。 やくざの若頭、しかも私に契約結婚を迫るくらいだから……。 何か、あるんじゃないかと、少しだけ思っていた。「……恥ずかしい」 自分ばっかり、バカみたい。 恋愛経験豊富じゃないから、こんな勘違いしたことを考えてしまうのかも。 もぞもぞとベッドにもぐりこみながら、私はため息をこぼした。 だって、これまで、恋愛なんてする暇はなかった。 家にほとんど帰らないくせに、お金は持って行ってしまう父。 母はいつも泣いていて、私の顔を見ようともせず、私は自分を押し殺して大人しくしているしかなかった。青春なんて言葉、私の世界には存在しなかった。「……でもこれからも、青春は無縁かあ」 さすがに、21歳にもなって青春だなんて、そんなこと言うのもどうかと思うけど。 でもやっぱり、ちょっとした憧れはあった。 大学生になってみたかったし、キャンパスライフって言うのを楽しんでみたかった気もする。 勤務先のコンビニによく来る大学生は、みんなでワイワイ楽しそうにしていたから……。 もちろん、奨学金とか色々な方法を駆使したとしたって、私には無理な話ではあったんだけれど。 それがさらに遠くなってしまった。 俊くんからの契約結婚の申し出を受け入れてしまったし、彼はヤクザの若頭で一般人ではないし。 今日だって、お店は普通のダイニングバーに見えたけど、なんだか店員さんたちも丁寧だったし……。「もしかして、私も極道の妻についてみたいな……、勉強とか、した方が良かったり?」 具体的なところはよくわからないけど、映画とかドラマでそういう作品は色々ある気がする。「何? 美作さんも着物が着たい?」 布団の上から声がした。 慌てて跳ね起きると、スウェット姿の俊くんが私を見下ろしている。「え、な、何!?」 もしかして、私も俊くんが来るつもりで準備していたほうがよかった!? 下着は適当にシンプルで楽そうなものを身に着けて、普通にふわもこの部屋着を着てしまったけど……。「どうしたの? 可愛いよ」 俊くんがそっと私の頭をなでる。 髪の毛、乾かしただけで、明日やればいいやと思って何もや
last update最終更新日 : 2026-03-26
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厄介なひと

 翌日は、あいさつに行くと言われてキレイめのワンピースを着させられた。 あいさつってどこに? そう思いながら連れていかれた先は、まるで映画にでも出てきそうな日本家屋だった。「すごい……」 思わず声が漏れる。 こんな大きな家を、都内に建てられる人って、実在するんだ。 実在しているのは当たり前なんだけど、私にとっては全然当たり前のことでは無さ過ぎて、おかしな反応をしてしまう。「あんまりキョロキョロするな」 ずっと優しい態度だった俊くんが、少し緊張した様子で言う。 背筋がピッと伸びた。 きっと、これから俊くんが緊張するような相手と会うんだ。 お父さんとかかな……。 そういえば、私は俊くんの家のことを何も知らなかった。 今だって、ヤクザだって言うことと、若頭って呼ばれる肩書の人だってことしか知らない。 緊張して立っていると、門が開いた。ずらりと黒いスーツ姿の男の人たちが並んでいる。「ヒッ」 悲鳴を上げかけて、口を押えた。 だって、これって……。「お疲れ様です!」 男たちが一斉に頭を下げる。「ああ、お疲れ」 俊くんが軽く手を上げると、そのまま当たり前みたいに歩き始めた。 びくびくしながらその後をついていく。「ね、ねえ……」 小声でささやく。「どうした?」 俊くんは変わらず、優しい声音で答えてくれた。 そのことにはホッとするけど、ずらりと男たちの並んだ花道のようなところを歩いていくのはどうしても落ち着かない。 だいたいこれ、どこまで続くんだろう……。「ここって……」「おやじの家だよ」「お父さんの?」「ああ、違う違う。親分の家ってこと」「……親分さんの」 説明されて、やっと理解できた。 ここは俊くんの所属しているやくざの組の、親分の家ってことなんだ!「角鵜野組はここらだと結構大きめのとこだからな」「そ、そうなんだ……」 そうとしか言えなかった。 私って、なんて場違いなんだろう。 そう思いながら俊くんと一緒にお屋敷の中に入った。 いかつい男性が、態勢を低くして、私と俊くんを案内していく。「結婚ってことなら、挨拶は必要だからな」「真っ先に親分さんにしないとまずいんだ」「まあ、そうだな。メンツってもんがあるから」「そうなんだ……」 やっぱり、子分の結婚は一番に祝うのが大事とか、そう
last update最終更新日 : 2026-03-27
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