Masuk「うらやましいです。あなたは、ずっと昔から愛莉さんを知ってて、そして……今も愛莉さんのことを独り占めしてる」「同じだと思ってたよ。君も、彼女が好きなんだね」山下君は、僕の指摘にたいして驚くこともなく、深くゆっくりとうなづいた。「僕も、菅原先生が愛莉さんを好きなことは気づいてました。あなたに、こんな僕が敵うわけないってちゃんとわかってます。それでも……僕は愛莉さんが好きなんです。先生に比べたら、一緒にいる時間はとても短い。だけど、僕は誰よりも愛莉さんを想ってます。あなたにだって負けないくらいに」山下君の顔から真剣さが伝わってくる。愛莉には、こんなにも想ってくれる人がいるんだ。そのことはちゃんと受け止めようと思う。でも、だからといって山下君に愛莉を譲るわけにはいかない。――絶対に。「俺も、愛莉への愛情は君に負けない。何があろうと……愛莉は俺が守る」「自信があるんですね。それだけの見た目ですからね。もし僕が先生の容姿だったらどんなに良かったか……って思いますよ。もちろん、中身も愛莉さんに認めてもらわないとダメですけど。先生……実は僕、愛莉さんに告白しました」愛莉に?知らなかった……「僕の友人の女性に背中を押してもらって、勇気を出すことができました。まあ、見事にフラれましたけどね。弟みたいだって言われました。それって……すごくつらいです。でも、告白したことは1ミリも後悔していません」「……」「確かに僕は、見た目も中身もあなたには勝てません。どうあがいても勝てるわけがない。でも……それでもやっぱり愛莉さんを好きでいることは諦めたくないんです。僕はこんなにも愛莉さんが好きだから」真面目でひたむきな彼の想いは、とてもカッコよく、男らしいと思う。切実に訴える涙目の山下君にかける言葉を、俺は必死に探した。
俺は、山下君が病院の中庭にいるのをたまたま見かけて声をかけた。 「山下君」 「菅原先生……こんにちは」 「仕事?」 「……はい。愛莉さんはいないですけど」 「ここの病院の仕事は別の人に変わってもらったみたいだね」 「はい。まだあまり無理はしない方がいいみたいです」 山下君は沈痛な面持ちで、そうポツリと言った。 愛莉の怪我のこと、まだ気にしてるのか…… 「ああ。山下君も仕事頑張って……じゃあ、また」 「あの! 先生」 去ろうとしたら、彼が慌てて叫んだ。 「すみません、お仕事中にこんなこと……」 「いいよ、今、休憩中だから。何かあった?」 「あ、いえ、何かあったというわけじゃないですけど、ちょっと聞いてみたいことが……」「何かな?」「あの……子どもの頃の愛莉さんは……どんな感じだったんですか?」 わざわざ俺を呼び止め、愛莉のことを聞くのか? やはり…… 「彼女は……そうだな。一言で言うと、『癒し』の存在かな。側にいるだけで、いつも俺の気持ちを落ち着かせてくれた。もちろん、他の友達にもそうだったと思う。とにかく誰にでも優しい子だ」 「今と変わらないんですね……」 俺は、その言葉にうなづいた。 「あいつは、何も変わらない。ただ……とても大人になった」 大人になる―― それは当たり前のことだけど、そこには、俺なりの愛莉へのいろんな思いがこもっていた。 「大人に……って、どんな風に……ですか?」 聞いてはいけないけど聞きたい、そんな感じを受ける質問だった。 「それは秘密だな……」「え……」「でも、久しぶりに愛莉に再会した時は本当にドキドキした」 あの時は、自分でも信じられないくらい気持ちが高ぶってしまって、それを気づかれないようにするのに必死に平静を装った。 恋焦がれながらも、別れることになった想い人との運命的な再会に…… 俺は、信じられない程、胸が熱くなったのを覚えてる。 でも…… 「ドキドキした」なんて、どうしてわざわざ山下君に話してしまったんだろう?
根性の悪い女。何か変な手を使って誘惑しない限り、瑞先生があの子を好きになるはずがない。いったいどうやったの?『あの……急にどうしたんですか? 小川先生の仰ってる意味がわかりません』電話の向こうで焦ってるのがわかる。「瑞先生はね、あなたと違ってとても優秀なの。うちの病院で、これから活躍していく超一流の人間、エリートなの。そんな人が、もし、何かの間違いで、あなたみたいな下級の人と付き合うことにでもなったら……瑞先生の信頼や人気はガタ落ち。そのせいで、小川総合病院まで評判が悪くなるわ。あなた、それでもまだ彼を誘惑して騙すつもり?」『騙すだなんて、私は誘惑なんてしてません』「嘘よ、何か汚い手を使って瑞先生を誘惑したに違いないわ。そうでなければ、どうして瑞先生があなたみたいな女を選ぶことがあるの? おかしいわよ、花屋なんかで働く女と医師が付き合うなんて」『……』黙ってる、あまりにも正論を語られて落ち込んだ?私を怒らせたバツよ。いい気味だわ。「なんとか言いなさいよ」『すみません。今日は、瑞のことでとても大切なお話があると言われたので携帯番号を教えましたけど、そんなお話でしたら……もう切りますね』「ちょっと待ちなさいよ! 逃げるの? 身分をわきまえないで瑞先生に近づいておいて、私と向き合わないなんて卑怯よ。私に勝てるの、あなた?」『私は、小川先生に勝てるなんて……そんなことは思ってません。瑞は、本当に大事な幼なじみです。今はそれしか言えません。でも……未来がどうなるのかは、自分にもわからないんです』「幼なじみなら、幼なじみらしく、瑞先生が幸せになるように応援するべきじゃないの? 瑞先生が結婚して1番幸せになる方法、そのくらい、あなたにだってわかるわよね」『……』「私と結婚すること――それが答えよ。身分も能力も見た目も、全てが釣り合う。あなたに瑞先生の相手は無理なの! いいわね、さっさと消えなさい!」そう言って、私は電話を切った。心臓がドキドキして息苦しい。「未来はどうなるかわかりません」だなんて、よく言えたわね。 私は……あんな子に負けたくない。負けてたまるもんですか。その夜、私はベッドに入っても、悔しさが込み上げて眠れなかった。誰に対してもイライラして怒りが湧いてくる。まさか、ここに悪魔でもいるの?
「子どもの頃のことなんて忘れたわ。大切なのは今でしょ? いったい、お父様はどっちの味方なのよ? 私が可愛くないの?」お父様ひどいわ。こんな屈辱には耐え難い、なのに味方になってくれないの?「少し冷静になりなさい。菅原先生は、この病院に必要な内科医だ。とても優秀で、謙虚で、誠実な素晴らしい医師だ。だからこそ、私は彼をうちに引き抜いた。彼も、医師としてステップアップできるならと、ここに来ることを決めてくれたんだ。そんな彼に大切な人がいるなら、可哀想だが真菜にはチャンスはない」「そんな! どうしてそんなこと言うの? ひどいわ、お父様なんて大嫌い」昔からそうよ。お父様は、私を守ってくれない。医師になってもまだ認めてくれないんだ。瑞先生のことは褒めるのに!お父様、あの女、そして、私を選ばない瑞先生。私の怒りの矛先は、いくつにも枝別れしていった。お父様にはもう頼まない。私が自分で何とかするから。何か良い手はない?お父様も、瑞先生もダメなら……直接、あの女に言えばいいんじゃないの?私は、いてもたってもいられなくて、すぐに花屋に電話をかけた。あの女が出て、今夜話たいことがあるからと携帯番号を聞き出した。***夜になり、私は自分の部屋から電話をかけた。今日はずっとイライラが止まらない。『こんばんは。小川先生、どうされたんですか?』嫌な声。かわいこぶった、癇に障る声だ。「あなたに話したいことがあるの」『菅原先生のこと……って仰ってましたよね。何でしょうか?』「あなた、瑞先生のことをどう思ってるの?」回りくどいのは嫌、私は単刀直入に聞いた。『どう……って、瑞は私の幼なじみで……』「そんなことは百も承知よ。幼なじみのくせに、瑞先生を誘惑するなんて、あなた、どういうつもり?」『え? 小川先生……それはどういうことですか?』「はぁ? とぼけるつもり?」
「ねえ、お父様。お願いだから、菅原先生との結婚を後押しして。先生が花屋なんかと結婚したら、先生の輝かしい未来が失われてしまうわ。私が瑞先生の隣にいて、彼を輝かせてみせるわ。だからお願い、私達のことを応援して」私は、何としても瑞先生と結婚したい。2人で一緒にこの病院を継ぎたい。ダメよ、他の男じゃ。あの花屋の幼なじみ、あんな何も能力の無い人に絶対負けなくない。ただ花に水をやって、客に売ってるだけでしょ?花屋なんて、誰にでもできる仕事じゃない。「真菜、それはお前の一方的な想いだろう? 菅原先生の気持ちが他にあるなら、お前がどうやっても入り込めない。お前には、嫌という程見合いの話が来ている。早く誰か良い人を見つけて会ってみなさい」お父様は何もわかってない。この私が、他の誰かに負けるなんて――そんなの絶対に有り得ないんだから。いつだって、私が1番だった。中学、高校、大学、モデルをしてる時も、他の誰よりも輝いて人気があった。近寄ってくる男性を私が見極めて、容姿端麗で秀才、お金持ちの男とだけ付き合った。絶対に向こうからはフラせない。いつだって私に選ぶ権利があったのに。なのに――この私がフラれるなんて、しかも、あんな低レベルな女に。ナチュラルメイクだか何だか知らないけど、私の方が美しいのは誰が見たって一目瞭然。いつだって瑞先生の横にいて恥ずかしくない女でいる自信がある。花屋? はぁ? そんな人が瑞先生と結婚ですって?――有り得ないわ。ふざけてるにも程がある。考えてたら、心の奥からだんだん悔しさが込み上げてくる。憎しみさえ湧いて。「お父様! お見合いなんて今はしたくないの。瑞先生以外の人となんて嫌なの。お父様から瑞先生に話してよ。私のことが大切なら、お願い!」「真菜。お前は少し自信過剰なところがある。もちろん、自信を持つことは大事だが、医師という者は謙虚であることも必要なんだ。患者にとって医師がどうあるべきか……お前だってわかってるはずだろう。子どもの頃のお前は、病気の人をたくさん救いたいって、そう言ってたじゃないか」
「そんなことないよ。賢人君は素敵な人だよ。それは私が保証する。今はまだね、私がいろいろ悩んでて。ちゃんと考えなきゃって思ってる。でも、賢人君のことは……大切な仲間。弟……みたいな存在なんだ」ハッキリと言ってしまった。「弟……ですか……」その寂しそうな表情は、私の心まで悲しくさせた。「ごめん……」「だから、僕はもっと男らしい大人の男性になりたいって思うんですよ。愛莉さんには、そのままの僕でいいって言ってもらったけど、それじゃあ、いつまで経っても恋愛の対象として見てもらえないです。でも、だからと言って、すぐに男らしくなれないし。もう、どうしたらいいのかわかりません」切々と思いをつなぐ賢人君。潤んだ瞳が、私を捉えて離さない。私は、本当に……そのままの優しい賢人君が好き。なのに、いつもの賢人君がいなくなるなんて、寂し過ぎるよ。絶対に、変わってほしくないのに。「愛莉さんにつらい思いをさせてしまって、本当にすみません。でも、落ち込んでても仕方ないですよね。人生なんて何が起こるかわからないですから。僕は、愛莉さんのこと諦めません。菅原先生に勝てるなんて全く思わないけど、それでも、僕がこの世にいる限り、勝手に可能性が0ではないと信じて……また、仕事頑張ります。真面目に頑張ってたら、きっといつか、良いことがあるような気がしますから」賢人君……やっと、笑ってくれた。やっぱり素敵だな、その穏やかな笑顔。「せっかく想いを伝えてくれたのに、ごめんなさい」「嫌だな、謝ったらダメですよ。可能性を信じてる僕としては、謝ってほしくないです。今日は思いを伝えられて、本当に良かったです。たとえ、迷惑だと思われても、僕はあなたを想い続けます」その想いは、私の心をほんのりと温かくしてくれた。こんな私に……ありがとう、賢人君。







