LOGINある日、愛莉は幼なじみの瑞と再会した。 数年ぶりに出会った瑞は、見違える程の「超絶イケメン」になっていた。 風邪を引いた愛莉は、偶然、瑞が医師として勤める病院で診察してもらうことになり、胸に当てられた聴診器で、激しく打つ心音を聞かれてしまう。 彼氏にフラれた愛莉に優しい言葉をかけてくれる瑞。その囁きにどうしようもなく心が動き、甘い一夜を過ごした2人。 大病院の跡取りである瑞と、花屋に勤める恋愛下手な愛莉。 2人を取り囲む周りの人達の言動にも惑わされながら、何の変哲もない毎日が、まるで魔法にかけられたように急激に動き出す―― 小川総合病院 内科医 菅原 瑞 28歳 × 「ラ・フルール」花屋店員 斉藤 愛莉 24
View More10月初旬――
夜の風は少し肌寒い。 あんなにも暑かった夏が、もうずっと前のことのように思える。 私は、花屋の仕事を終えて真っ直ぐ家に向かっていた。 1人暮らしの小さなマンションは、仕事場からそう遠くない場所にある。通い慣れた道を自転車で走りながら、ペダルがいつもより重いことに気づく。 疲れが溜まってきたのかな……花屋の仕事は結構体力がいるうえに、最近あまりゆっくりと体を休めていなかった。
私の名前は、斉藤 愛莉(さいとう あいり)、24歳。 少し茶色っぽいセミロングの髪を束ねて、だいたい毎日アップスタイルにしてる。 身長は165cmで、体重は…… 周りは「スタイルが良い」なんて言ってくれるけど、きっとお世辞だろう。 昔からずっと自分に自信が持てない地味な女で、一応、彼氏はいるけど、それに関しての悩みも尽きなくて、将来のことを何かと不安に感じることが増えてきた。 しばらく走り、ようやくマンションが見えてきたところで、駐輪場に入れるために自転車を降りた。 「愛莉!!」 誰かが私の名前を呼ぶ声が耳に響いた。 暗闇から突然聞こえたその声に、一瞬心臓が止まりそうになる。変質者かとビクッとしたけど、この声、明らかに聞き覚えがある。 「何で? 何で愛莉がここにいる?」 えっ、だ、誰? この人、どうして私の名前を知ってるの? こ、怖いよ。 本当にいったい誰なの? この、目の前にいる…… 美し過ぎる超絶イケメンは!! 「無視するなよ、俺だよ」 えっ、この声…… この懐かしい声は…… 「ま、まさか……瑞? 瑞なの?」 「まさかって……」 苦笑いする男性の顔をまじまじと見て、私は、恐る恐るもう一度訊ねた。体中から血の気が引くような、苦しい気持ちに襲われる。言葉は、時に人をナイフのように傷つける。「ごめん、今日は帰る」「まだ食事の途中だろ。先に帰って、ここの代金、俺に全部払わせる気?」「……」「いつも払ってやってたんだから、金払えよ。ほんと、お前には優しさってものが無いのかよ」いつもって……私が払うこともあったよね。こんなこと言われて、私達、本当に付き合ってたのかな? って、疑問に思えてくる。急に変わった態度の理由が知りたくなる。私は、テーブルに支払い分のお金を置いて、すぐに店を出ようとした。「また連絡する」またねって言うけど、次なんてあるの?もう……何も考えたくない。私は肩を落としながら電車に乗り、そして、マンションに向かって歩いた。何だか少し寒い。体が震えた。「いやだ、風邪引いちゃう。早く帰ろう」部屋に戻ってから、すぐにお風呂に入り、温かくして早めに眠った。今日あった嫌なことから解放されたかったし、彼の顔を思い出したくなかったから。***次の日、私は、案の定風邪を引いた。「最悪……」昔から、こじらせたら長くなるタイプだから、早めに病院に行くことにした。家から自転車で10分もかからない場所に、「小川総合病院」がある。ちょっとフラフラするけど、化粧もそこそこにして、マスクを着けて自転車で向かった。 中に入ると、たくさんの患者さんがいた。かなり大きな病院で、評判も良いから、いつも混雑している。「おはようございます」「あら、斉藤さんじゃない。どうしたの?」受付の人とは顔見知りだ。ここの病院は、うちの花屋のお得意様だから。「あの、えっと……」「今日はお花の日だったかしら?」「いえ……違うんです。実は、ちょっと風邪を引いてしまって」「あらまあ、それは大変ね。じゃあ、内科ね。これを内科のカウンターに出してね。可哀想に、とにかくお大事に」
***数日後、私は久しぶりに彼に会った。あれだけみんなにイケメンと言われてた彼を見たけど、何だか不思議――嬉しいという感情が全く湧いてこないし、全然カッコいいと思わない。いつだって、会えば自然に出ていた笑顔も、今は無理やり作ってしまってる。人は、こんなにも気持ちを変えられるものなんだ。「暇だし映画でも観ようか」「えっ、あ、うん。そうだね……」彼がチョイスしたのは、特に観たいと思ってなかったアクション映画。半年一緒にいて、私がこの手の映画が好きじゃないってこと、全然理解してくれてなかった。スクリーンを見ていると、まぶたにオモリでもついているのかと思うほど、しだいに重くなる目を無理やりこじ開けているのがつらかった。見終わった後、食事をするためにイタリアンレストランに入った。テーブルに向かい合わせで座わる。大好きなイタリア料理の匂いも、いつもみたいに食欲をそそらない。この人は今、私のことをいったいどんな思いで見てるんだろう?明らかにいつもと違うテンションの私を――「面白かったよな、あの映画。ヒーロー、ちょっとバカっぽかったけどさ。あの俳優の演技が笑えたよな」「えっ……あ、うん」「何だよ、さっきからずっと暗くない?」「別に……そんなことないけど」「そんなことあるだろ。せっかく誘ってやったのに、嫌な顔されたらムカつく。彼氏の前で笑えないってヤバいだろ」「……ごめん」どうして私、謝ってるの?何がごめんなのかわからない。「ムカつくけど、まあ、いいよ。あのさ、愛莉。お前に頼みがあるんだ」「……あっ、うん。何?」何だかすごく嫌な予感がする。「ちょっと今金欠でさ、お金貸してもらいたい。このままだと美味いもの食えないし」「……お金?」「ああ、頼むよ。頼れるの、愛莉だけだしさ」「……いくら?」「そうだな、とりあえず3万かな。今までお前のために使った金額考えたら、それくらい貸してくれるよな」そのお願いに、「もうダメかも」と、直感的に感じた。悲しいくらいに心が痛くなる。「今日は持ち合わせがないから」「嘘だろ? 3万も無いの?」「3万なんて……そんなに持ち歩かないよ」「ちぇっ、ケチくさいよな、愛莉は」どうして……なぜそんな言い方するの?私のこと、そこまで嫌いになった?あんなに……優しかったのに。「とにかくお金は
ある日、久しぶりに彼氏から会いたいと連絡が入った。お互い忙しくて最近ほとんど会えてなかったから、ちょっと嬉しかった。半年前にできた「彼氏」。知り合いに紹介してもらった彼は、みんなが「カッコいい!」と、口を揃えるほどのイケメンだった。何度かデートを重ね、告白してくれた時はすごく嬉しくて、初めてできた恋人を……私は本気で好きになった。きっと、最初のうちはお互い好き同士だったと思う……たぶん。よくデートに誘ってくれたし、食事をしたり、お酒を飲んだり、どこかに出かけたりして、大切に想える人がいることにとても満足していた。遅れてやってきた「青春」を満喫し、毎日が充実してた。でも今は……一緒にいる時間も、離れている時間も、彼が私のことをどう思ってるのか、すごく不安で。なぜなら、「好き」とか、「可愛い」とか……そういう口に出してほしい言葉が、だんだんと聞けなくなってしまったから。その上、「会いたい」って誘われる回数もかなり減ってしまって……付き合って半年なら、まだ手をつないでもおかしくないだろうし、会えばキスくらいしたいと思うよね。なのに、彼は何も言わないし、何もしてくれない。どちらかといえば少しチャラめの彼なのに、今は体もごくたまにしか求めてこなくて、一緒にいても何か物足りないし、つまらない。私のことを大切に思ってるなら、せめて「好き」って……言ってほしい。それって、高望みし過ぎなのかな?大好きな花達に囲まれてる時だけは、余計なことを考えなくて済んでる。でも……仕事から離れると、途端にいろいろ考えてしまって……もう、こんな地味な私のこと嫌いになっちゃったの?もしかして私以外に好きな人ができたとか?気持ちを確かめられないまま毎日が過ぎ、何だか少し諦めモードになっている自分が虚しい。彼に何かを期待することは、無駄なことなのかも知れないって……本気で思い始めてしまってる。
「ラ・フルール」、意味は「一輪の花」。これが、私の勤める花屋の名前。フランス語の店名で、可愛くて、すごく気に入ってる。小さな頃から花が大好きだった私。大人になったら花屋で働く……それが、ずいぶん昔からの夢だった。だから、大手フラワーチェーンに入社できた時は本当に嬉しかった。今も、可愛くて美しい色とりどりの花達に囲まれて、ワクワクドキドキの毎日を過ごしている。この支店で働き出してまだ2年目だけど、後輩の指導も任されるようになった。 今年の春に入社したばかりの山下 賢人(やました けんと)君、23歳。彼の指導係に任命されて、いろいろ教えてる。というか、私だってまだまだ未熟だし、今は一緒に勉強してる感じだ。「ラ・フルール」に入社して思ったことは、男性でも花が好きな人が意外と多いということ。賢人君も、その1人だ。今どきの可愛い系イケメンで、シュッとした小顔にメガネをかけている。オシャレなメガネの奥の瞳は、夢や希望に満ち溢れているかのように、いつもキラキラ輝いてみえる。まつげが長くてぱっちり二重だから、ちょっと中性的な雰囲気もある……かな。髪型はナチュラルマッシュのパーマスタイル。ふわっとシャンプーの香りがして、とても爽やかな「メガネ男子」だ。この何とも愛嬌のある素敵な見た目のうえに、優しくて性格も良いから、必然的に女子社員みんなからモテモテで。誰とでも話を合わせることができる賢人君、私もつい弟みたいに接してしまってる。きっと、賢人君も私を姉みたいに頼ってくれてると思う。店員みんなで切磋琢磨できるこの働きやすい環境に身を置けて、私はとても感謝してる。「愛莉さん」その声に振り向くと、キラキラオーラをまとった賢人君が立っていた。センスの良いメガネを何本か持ってるんだろう、どれをかけていてもすごく良く似合っている。「あ、ごめん、何?」「すみません。これって、こんな感じで合ってますか?」賢人君は、私からたくさんのことを学ぼうとしてくれ、よく質問してくれる。こんな私を先輩として見てくれてるんだから、キチンと応えなきゃと思う。もっとしっかり勉強して、賢人君と一緒に成長したい。疲れてるなんて、言ってる場合じゃないよね。私は、心の中で自分に喝を入れた。