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誰がなんと言おうと秘密基地(1)

last update publish date: 2026-10-08 16:21:00

********

あの部屋からリリーナが解放されて一ヶ月が経とうとしている。

結局あの部屋は監禁されないだけでそのままリリーナのものとなった。ディードリヒ曰く彼女のために作った部屋らしく、更に言えば客間を作ってない屋敷だそうでリリーナは呆れながらあの部屋を使うことに。広く使いやすくてベッドも大きく良い部屋だとは思うが、本人の心境としては複雑だ。ちなみに朝起きると必ずディードリヒが隣で寝ているので、リリーナとしては毎日恐ろしい。

もう一つ言うのであれば、一悶着ありかけたお茶会は結局開催され、日々屋敷のどこかで行われている。場所はリリーナのその日の気分次第だが、時折ディードリヒが執務室を離れられない場合のみリリーナがその場に顔を見せていた。

「…なんと言いますか」

「?」

お茶会の最中、リリーナがふと言葉を落とす。

「このお屋敷の本棚はこの部屋だけですの??」

「そうだと思うけど…」

「欲を言って宜しければ一つ増やして頂けませんこと?」

「何か読みたいの?」

「暇つぶしができればなんでも良いのですが…ロマンス小説あたりがさっと読めて良さそうですわ」

「まぁここの本棚には仕事の類のものしかないし…取り寄せるよ」

そう言うとディードリヒは執事を呼んで言伝る。それからリリーナに向き直って紅茶を一口飲み込んだ。

「それにしても意外だな、リリーナってロマンス小説とか読むんだ」

「子供の頃はよく読みましたわね…想像力が育まれますわよ」

「報告にないと思ったらそういうことか…」

「報告ってなんですの?」

「ストーカーだもん。君の行動は筒抜けだよ?」

ディードリヒはにこりと笑い、リリーナは背筋に嫌なものを感じそれ以上は一度黙る。

少なくとも、いつかに胸が鳴ったのは気のせいだったと思うことにした。

「僕も昔は冒険譚とか読んでたな…今でも好きなんだけど、いつから読まなくなったんだっけ」

「まぁ、それなら私の冒険に付き合ってくださいませんこと?」

「冒険かぁ、一緒になら是非行きたいけど時間を調整しないと」

「あら、そこまでお時間はいただきませんことよ?」

「?」

「なにも遠くへ行くだけが、冒険ではないでしょう?」

***

「さぁ殿下、着きましたわ」

そう言って得意気なリリーナがディードリヒを連れてきたのは屋敷の裏。そこには厩と広い草原が広がっており、馬たちが温かい日差しの中でのんびりと過ごしている。

「随分小さな冒険だね」

「あら、初めての場所はいつだって冒険のしがいがありますわ。今日はここに秘密基地を作りますの」

「秘密基地」

そう言ったリリーナはディードリヒに持たせていた大布を受け取り、持っていた籠と日傘を置いて草原へ布を広げた。人の身の丈よりやや大きな布は二人が座っても余裕がありそうだ。

「お座りになって?」

「あ、うん」

二人は履いている靴を脱いで布の上に座る。すると、リリーナが地面に置いた籠と日傘を引き寄せた。

「ここに今布を敷きましたでしょう? そして、私と貴方だけでこのサンドイッチを食べるのです。そうしたら立派に秘密基地ですわ!」

そう得意気に笑うリリーナ。その姿を見たディードリヒは少し呆気に取られ、その後吹き出した。

「ぷっ…はははっ」

笑いだすディードリヒを見てリリーナは何事かと顔を赤くする。

「な、なんですの! 笑うなど失礼でしてよ!」

「あははっ…ごめんリリーナ馬鹿にしたい訳じゃないんだ」

「馬鹿にした態度ですわ!」

怒るリリーナに対して笑いが止まらないままディードリヒは彼女を宥めるも、どうにも通じず彼女はそっぽを向いてしまった。謝りながらも結局ひとしきり笑ったディードリヒは彼女に問う。

「これも、僕の知らない君?」

「知りませんわ、報告とやらは受けてませんの?」

「聞いてないなぁ」

リリーナは少し黙って、不意に籠を開けると中からサンドイッチを取り出したディードリヒに差し出す。不思議に思いながらも彼がそれを受け取ると、今度は水筒のお茶をコップに注ぎながら言う。

「…貴方がいつからそんな悍ましいことをしているのか知りませんが、城に通っていた頃の私しか知らないのであれば、“いいえ”と答えますわ。だって」

「だって?」

「貴族にそれは不要ですもの。城にいた頃の私はリリーナ・ルーベンシュタインですから」

「…」

「ですが、もう私の居場所は社交界にはありません。私がもう羽を伸ばしていいのなら、あの頃のように規律と模範で背を伸ばす必要はないというだけです」

彼女は紅茶の入ったコップを一つディードリヒに渡すと、自分の紅茶に口をつけた。

「こうして与えられた役目を考えない日々はいつぶりでしょう。それは遥か遠い日のようで、昨日のことのような気もします」

「リリーナ」

ディードリヒは彼女を呼んで、手を伸ばす。彼女がどこか遠くに行ってしまいそうだと、そう感じて彼は手を伸ばした。

リリーナは、ふと空を見上げる。一つ吹いた風に彼女のピンクブロンドの髪が靡く。

「…それでも、今は今ですわ。私が受け取るには少し…優しすぎるけれど」

「…」

その言葉は、確かに彼女がここに居ると証明できるものなのに、ここを受け入れてくれている確かな証拠だと言うのに、触れたら消える幻の様だとディードリヒは感じた。

「!」

それ故に、彼女の視線が前触れなく自分に向いて少し驚く。

「まぁでも、隣に変態王太子がいる事実にここはまだ罪の裁きの途中なのだと感じさせますわね」

さっきまでのことが嘘のようにすん、と儚さを失うリリーナを見てディードリヒは少し泣きそうになった。

「そんな…愛してるからこそなのに…」

目に涙を溜めるディードリヒに対してリリーナは無常に目を細める。

「私にその愛とやらが理解できるのはいつかしら」

「…リリーナのばか」

ディードリヒは拗ねた。

「知りませんわ」

そう言ってリリーナもまたサンドイッチに手をつける。その姿一つですら、ディードリヒには美しく映った。

実際その洗練された所作は美しいものだと言える。しかしディードリヒにとってそれはわかりきっていることで、彼が見ているのはそんな当たり前の部分ではない。

あの煌びやかな社交界の中に在らずとも、彼女の精神は美しいと彼は改めて感じる。真っ直ぐと自分があって、常に自信に満ちていて、その全てを堂々と隠さない。その、一人の人間としてのあり方が美しいのだ。きっとその気高き心のがあるならば、環境など瑣末な問題なのだろう。

あぁ、今日も。そう彼は考える。

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