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第992話

Author: 木真知子
この感じだと、秦はまだ終わらせるわけにはいかない。

今ここで潰れたら、宮沢家での自分の足場が消える。

将来の駒を誰が用意してくれるっていうの。

一方そのころ。

竜也は病院の自室で荷物をまとめていた。しばらく盛京を離れるつもりで、準備はほぼ終わっていた。

その時、机の上の携帯が鳴る。画面の名を見て、竜也はぱっと顔を明るくした。すぐに出る。

「桜子様」

「竜也先生、まだ盛京にいますか?」

「います。まだ空港には向かっていません。ご用件を......」

桜子は一拍置き、低く告げた。

「今夜は行かないでください。便は私が取り直します」

「何かあったんですね?」

竜也の目に心配が宿る。

「もし指示があるなら、私は残ります」

本音を言えば、彼も去りたくなかった。

厄介ごとは怖くない。ただ、彼女の力になれないことが怖い。

「もうすぐ白露が、あなたの病院に着きます。

突然あなたを訪ねるのは、秦の件に決まってます」

今、桜子は盛京の別荘で、隼人の衣服を整えていた。

仕草は小さな良妻。けれど、口から出る声は鋭い。

「秦は光景に禁足されました。許可なしでは潮見の邸から出られないんです。

この数日、注射は打てないはずです。いまごろ、相当きついでしょうね」

竜也は日付を頭の中で弾く。

「確かにそうです。予定では一昨日に来るはずでした。

すでに二日遅れました。禁断症状、出ているでしょう」

「だから白露は薬を取りに来ました」

桜子は小さく鼻歌を口ずさみ、隼人のバスローブをクローゼットへ滑らせる。

「来たら――渡してください。全部、秦に、好きなだけ打たせて」

「なぜです?」

竜也は首を傾げる。

「苦しめるなら、断てばいいんです。毎日痛みの中で転がせばいいんです。なのに、なぜ渡すのですか?」

「私は大仏じゃないんですよ。禁断から助けてやる義理はないんです」

桜子は柔らかな布を指でなで、目尻に淡い光を落とす。

唇だけが冷たく笑った。

「堕ちたいなら、最後まで付き合ってあげます。

それに――ああいう物は、使えば使うほど『効く』のでしょう?」

竜也は、はっと息を呑む。

そうだ。ここで断てば、結果的に更生を手伝うことになる。

異変に気づいた宮沢家が厳重に囲い、秘密裏に国外へ送るかもしれない。

そうなれば、今まで敷いた布石は無に帰す
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